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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第8章 ダンジョンデビューと体育祭に向けて
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第150話 失敗と汲み取った教訓

お気に入り12990超、PV10300000超、ジャンル別日刊9位、応援ありがとうございます。




  


 受付手続きをする為には、もう一度建物の外にある列に並ばないといけない様なので、俺達は一先ず初級ゾーンのある建物を後にし、ドリンクコーナーでジュースを飲みながら今後の予定について話し合う事にした。因みにジュース代は腕に着けているロッカーキーのICタグで後払い精算出来るので、わざわざ更衣室にまで財布を取りに戻る必要はない。 

 便利な仕組みだよ、ほんと。俺は自販機の読み取り機にICタグをかざし、ジュースを買う。 


「ふぅ……で、この後どうする? もう一度、初心者ゾーンに挑戦する……か?」


 俺は購入したレモン水を飲みながら、俺と同じようにジュースを飲んでいる4人に話し掛ける。


「そうだな。正直言って、初心者ゾーンで得られる物はあまりないんだよな……」

「そうね。幻夜さんの所で体験したトラップと比べたら……ね?」


 裕二と柊さんは少し困ったような表情を浮かべながら、初心者ゾーンに対する正直な感想を口にする。因みに俺も、2人の意見に全面的な賛成の立場だ。

 そして俺は裕二と柊さんの意見を聞いた後、難しい表情を浮かべる美佳と沙織ちゃんの初心者コンビに視線を向けた。


「2人は初心者ゾーンのトラップを体験してみて、どう感じた?」

「「……」」


 俺の体験の感想を問う質問に、美佳と沙織ちゃんは顔を見合わせた後、言いづらそうに口を開く。


「お兄ちゃん達には何て事なかったトラップだったかもしれないけど、今の私達には……」

「自分達の対トラップ技能の無さが情けないです……」


 美佳と沙織ちゃんは顔を俯かせ、肩を落とし溜息を吐きながら落ち込む。

 どうやら2人は、前半で晒した自分達の全ミスという醜態と後半で見た俺達のノーミスと言う手際の良さを比べ、自己嫌悪に陥っている様だ。

 

「2人とも……探索者を始めたばかりの奴と、俺達を比べて落ち込むなよ?」


 俺達と2人の間には、少なくとも半年近い探索者としての経験の差がある。その上、正規の対トラップの訓練を受けたか否かと言う差もあるんだ。

 同じレベルの対トラップ訓練をすれば、俺達が2人を圧倒する結果になるのは自明の理だぞ?


「確かに、お兄ちゃん達と私達の間に技術や経験の差があるのはわかってるよ。でも……」

「私達が今回の事で一番気にしているのは、私達とお兄さん達との心構えの部分なんです」

「私達……訓練だって分かっていたのに気を抜いちゃってた……」

「トラップが見抜けなかったのは、私達の経験や技量の不足で仕方ない部分だと思います。でも、心構えは……」


 俺は美佳と沙織ちゃんの話を聞き、裕二と柊さんに視線を向け思わず感心したと言う表情を浮かべ安堵した。裕二と柊さんも表情を崩し、嬉しそうな表情を浮かべている。美佳と沙織ちゃんが俺達との技能や経験の差を比べ落ち込んでいるのではなく、心構えの違いを気にして落ち込んでいると分かったからだ。

 俺達が手を貸して技能や経験の差を埋める事は容易でも、トラップに対する心構えを教える事は至難の業だからな。対トラップにおいて、一番重要なのは心構えだ。慢心して油断すれば如何に経験豊富で技量が確かな者でも、どんな簡単なトラップだとしても見落とす可能性が出てくる。

 それを美佳と沙織ちゃんは、俺達に指摘される前に自分で気付いた。今回ここに来た事で得た、一番の成果だろう。


「そっか……。でも、それに気が付けたのなら、今回の挑戦は成功……いや、大成功」

「そうだぞ、2人とも。それに気が付かず、目先の技量の習得や経験だけ積み重ねて、大怪我をする奴もいるんだ。そんな奴らに比べたら、失敗から一番大事な教訓を拾い上げられた2人は立派だよ」

「2人が自分でその事に気が付けたのなら、今回の挑戦は十分な価値がある失敗よ」


 俺達3人は顔を俯かせたまま落ち込む美佳と沙織ちゃんに、優し気な表情を浮かべ称賛の声をかけた。すると美佳と沙織ちゃんも、俺達の言葉を聞き驚いたといった表情を浮かべながら俯かせていた顔を上げる。

 どうやら、俺達が上機嫌に褒めた事が不思議だったようだ。


「えっと……」

「美佳、沙織ちゃん。一番大事な教訓に気付けた以上、今回の事は決して恥じるような物じゃないからね? 寧ろ、胸を張って良い物だよ」

「う、うん」

「は、はい」


 美佳と沙織ちゃんは俺の言葉と、横で俺の言葉に大きく頷いて同意する裕二と柊さんの姿に圧倒され、戸惑いの表情を浮かべていた。

  










 俺はレモン水の入っていた空のペットボトルをゴミ箱に投げ入れた後、この後の予定について話を進める。


「となると、美佳達に経験を積ませる為にも初級ゾーンを何度か回った方が良さそうだな……」

「そうだな。確かに俺達からすると簡単なコースだけど、美佳ちゃん達には安全に経験値を稼ぐには丁度良いからな」 

 

 俺と同じ様に飲み終えたペットボトルをゴミ箱に捨てていた裕二も、俺の意見に同意する。俺達と一緒に入れば、体験ゾーン行きにならずに繰り返し挑戦出来るからな。

 そして、俺と裕二が初級ゾーンをマラソンしようかと話し合っていると、柊さんが待ったをかける。


「あら? 2人はそれで良いの? 更衣室の前で、何かしようって話しあっていたんじゃないの?」

「「あっ」」


 柊さんに指摘され、俺達が少し前に話し合っていた話題を思い出す。


「何々? 何か予定してたの?」


 忘れていたという顔をしていると、興味津々といった表情を浮かべながら美佳が俺の顔を覗き込んでくる。別に大した事じゃない……いや、大した事か。

 俺は一瞬裕二に視線を送った後、更衣室前で話していた内容を説明する。


「なる程。確かに2人の心配している通りかもしれないわね。そっか、身近さか……」

「うん。言われてみると確かに、いきなり20何階層まで潜っているんだぞって言われても、今一実感が湧かないかな……」

「そうだね。20何階層って言われるより、ここの上級ゾーンをノーミスでクリアしたとかの方がアピールとしては通りが良いかもしれませんね」

「「やっぱり……」」


 探索者になったばかりの美佳と沙織ちゃんが同意すると言う事は……感覚が近い1年生には20何階層と言うアピールは無意味とは言わないまでも効果が薄いって事だな。

 となると、あのポスターで俺達の実力が推察出来ても今一ピンと来ていない生徒が多い可能性が高いな。


「美佳ちゃん達がこう言う反応するのなら、やっぱり体育祭でのアピールの為に欲しいわね。上級ゾーンのクリア者っていう実績……」

「そうだね。でも、上級コースに行くとなると……」


 柊さんも俺達と同じ結論に達した様だが、俺は美佳と沙織ちゃんに不安気な視線を向ける。美佳と沙織ちゃんも俺の視線に気付き、思わずと行った様子で視線を逸らした。 


「……確かに今の段階で、上級ゾーンに2人を連れて行くのは不安だよな」


 俺達の無言のやり取りを見ていた裕二が、言いづらそうに俺の言いたかった言葉を代弁してくれた。俺は裕二に言いづらい言葉を代弁させてしまった事を申し訳なく思い目で謝罪し、美佳と沙織ちゃんも自分たちが足を引っ張っていると感じて申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 すると……。


「……あっ、そうだ。じゃぁ、こうしましょう?」


 気不味い空気が流れる中、柊さんが軽く両手を打ち合わせながらとある提案をしてくる。 


「私が美佳ちゃん達を連れて初級ゾーンを回るから、九重君と広瀬君のペアで上級ゾーンを回ってきてよ」

「えっと……良いの?」

「ええ。今の段階の美佳ちゃん達は上級ゾーンに連れてはいけないし沢山トラップを体験させて経験を積ませたい、体育祭で1年生に分かり易い実績として上級ゾーンクリアと言うアピールポイントも欲しい。となると、メンバーを二手に分けるしかないわ」


 柊さんが笑顔でそう言ってくれるが……何だろ? 妙なプレッシャーを感じるんだけど……。

 俺と裕二が柊さんの笑顔に圧されていると、美佳と沙織ちゃんが不安気に柊さんに確認の声をかける。


「良いんですか、雪乃さん? 私達に付き合って貰っても……」

「ええ、構わないわ。2人を放っておく訳にはいかないしね」

「でも……私達について初級ゾーンを回って貰っても、雪乃さんには何も得る物がないんじゃないんですか? 私達に付いて来て貰うより、お兄さん達と上級ゾーンを回った方が……」


 美佳と沙織ちゃんは自分達について初級ゾーンを一緒に回ってくれると言う柊さんに、申し訳なさそうな表情を浮かべながら俺達と一緒に上級ゾーンに向かった方が言いのではないかと勧める。2人とも、自分達が柊さんの負担になっているのでは?と心配しているようだ。


「確かに、私が初級ゾーンを回っても得る物はないでしょうね。でも私が一緒にまわれば、2人にちゃんとしたトラップの対処法を教える事が出来るわ。最初に対処法が良くわからないのに我流で覚えると、プロが仕掛ける本当に巧妙なトラップに対処出来無くなるわよ?」

「「……」」

「それに九重君と広瀬君のコンビなら、私がいなくても問題なく上級ゾーンをクリア出来るわ。ねっ、2人とも?」


 美佳と沙織ちゃん達に向けられていた優し気な柊さんの眼差しが、俺達の方を向くと一瞬だけ鋭い眼差しに変わった。


「あっ、うん。任せてよ」

「ああ、任せてくれ」


 俺と裕二は頭を上下に振りながら、任せろと胸を握り拳で軽く叩く。にしても……俺達、何か柊さんの不興を買うような事をしたかな? ……ああもしかして、美佳達に足手まといだと言って落ち込ませた事を怒っているのかな?

 俺と裕二が上級ゾーンのクリアを請け負う姿を見て、美佳と沙織ちゃんは決心がついたのか柊さんに軽く頭を下げる。


「お願いします」

「よろしくお願いします」

「ええ、任せて」


 柊さんは2人にお願いを、小さな笑みを浮かべつつ快く受ける。

  

「……じゃぁ悪いけど、柊さん。美佳ちゃん達の事を任せても良いかな?」

「ええ。良いわ、任せて。でも今度ここに来た時は、どっちかが引率役を変わってね。私も上級ゾーンが、どういった所なのかには興味があるから」

「あっ、うん。よろしく……」

「じゃぁ上級ゾーンのクリア、頼んだわよ」

「う、うん」

「あ、ああ」


 そう言い残し、柊さんは美佳と沙織ちゃんを引き連れ入場の行列が無くなった初級ゾーンのある建物の中に入っていった。

 俺と裕二は3人の後ろ姿が建物の中に入るまで見送った後、同時に溜息を吐く。


「「はぁ……」」

「……行くか?」

「……ああ」

 

 俺と裕二は案内看板に従い、上級ゾーンへと歩き始めた。








 苛立たしさを隠しもしない俺は手に持っていた紙切れを、唖然とした表情を浮かべる係員が待つ受付窓口のカウンターの上に叩き付ける様に置く。

 そして俺は満面の笑みを顔に貼り付け、淡々とした口調で係員に話しかける。 


「ご要望の品を持ってきましたよ。……さぁ、これでコースの準備をして貰えますよね?」

「えっ、あ、その……」


 係員の瞳に、怯えの色が見え隠れする。


「そちらが言った事ですよ? 上級ゾーンに挑戦したいのなら、中級ゾーンのクリア証明を持ってこいと……で、これがその中級ゾーンのクリア証明ですよ」

「あっ、でも、そのまだ……君達がここを立ち去ってからまだ30分も経って……」


 俺が口元の口角を吊り上げ笑みを深くすると、係員の顔が引きつる。


「だから、その30分で中級ゾーンをクリアして戻ってきたんですよ。疑っているのなら、内線で中級ゾーンの係員の方に確認を取って下さい」

「しょ、少々お待ち下さい!」


 そう言って係員は俺から逃げる様に、慌てて受付の奥に備え付けられている電話器に飛びついた。俺はそんな係員の慌てる後ろ姿を見て、漸く溜飲を下げる。 

 すると、俺の背後から溜息を吐きながら裕二が声をかけてきた。


「やり過ぎだぞ、大樹」

「ごめん。ちょっとイライラが募ってさ……思わず」

「まぁ、気持ちは分からなくもないが……」


 裕二に係員とのやり取りを叱咤され、俺はやり過ぎたなと反省する。

 何故俺がこんな対応をとってしまったかと言うと、ほんの30分程前に係員と交わした会話が原因だった。俺達が上級ゾーンに顔を出し受付をしようとした所、今逃げる様に電話機に駆け寄っていた係員に上級ゾーンへの挑戦を拒否されたからだ。幾ら規則上誰でも挑戦が可能だとは言え、今まで上級ゾーンに挑戦してクリア者がいない以上、現段階で初級ゾーンもクリアしていない俺達が上級挑戦を拒否され、中級に挑戦する様に勧められる事自体は無理もない事だと思うのだが。

 その言い方に腹が立ったのが原因で、この様な対応を取ってしまった。


「でもさ、裕二。“中級どころか初級もクリア出来ないヘボ探索者が粋がって調子に乗るな(意訳)”や“自分の実力も分からないのか?けっ!(意訳)”って、一方的に貶されたら腹が立たないか?」 

「まぁ、正直言って俺も腹が立ったさ。でもな大樹、やり過ぎだ。威嚇はするな、威嚇は」


 俺は裕二の顔から、思わず視線をそらす。一応自分でもやり過ぎたと言う自覚はあるので、些かバツが悪い。

 そんな俺と裕二の間に微妙な空気が流れ始めた時、受付の中から係員の声が響いてきた。


「大変失礼しました! 向こうの係員の確認が取れました。すぐ上級ゾーンのご案内をさせて頂きます!」

 

 ほんの30分程前に見たあの失礼な係員の姿はそこにはなく、若干顔が青ざめ脂汗を滲ませている具合が悪そうな係員の姿がそこにはあった。  
















 

美佳達の指導は柊さんに任せ、大樹と裕二は様子見を兼ねて上級ゾーンへ挑戦します。

 


朝ダン発売予定日まで、後5日です。よろしくお願いします!


挿絵(By みてみん)


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