第147話 初級ゾーンに挑戦
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4つある入場ゲートの前にあるブースで受付を済ませ、整理券を受け取る。整理券の番号は74番、今は69番の組が訓練中なので5組待ちだ。
土曜日の昼過ぎとは言え、もう既に70組近くの探索者達が挑戦していたんだな。だが……。
「70組近くが挑戦して、クリア数が2組……ね」
「合格率は3%程か……」
係員さんが待機しているブースの上に設置してある電光掲示板には、本日の初級ゾーンの利用状況と言うタイトルと共に、初級ゾーンに挑戦したチーム数とクリアチーム数、不合格になったチーム数と再訓練行きになったチーム数が掲載されている。ってあっ、再訓練行きの数字が増えた。
どうやら、69組目は再訓練行きになったらしい。
「これで再訓練は58組か……再訓練行きが8割超って大丈夫か?」
「まぁ経験の無い初心者が挑戦するのなら、こんなものなんじゃないのか?」
「そうか?」
俺と裕二は電光掲示板を見ながら、呑気に初級ゾーンのなかなか悲惨な利用状況について話しあう。多分、初級ゾーンの利用者の多くは美佳達と同じ高校生に成り立てで、探索者になったばかりの連中だろうが……この状況はいかがな物だろう。こんなトラップ対応技能では、まともにダンジョン探索など出来ないだろうな……と他人事の様に話し合っていた。
そして、俺と裕二が呑気に話している隣では、美佳と沙織ちゃんは不安気な表情を浮かべながら電光掲示板を見ている。
「うわぁ……今日の合格者は2組だけなんだ」
「ねぇ美佳ちゃん、私達合格出来るかな……?」
「大丈夫!って言いたいけど、前回ここに来た時の事を考えると……ね?」
「……そう、だよね」
前回の体験ゾーンでの経験を思い出したのか、2人は自信なさげな溜息を吐きながら落ち込む。まぁ、結構散々な目にあったからな。俺達は幻夜さんの所で嫌と言う程対トラップ訓練をしたけど、美佳達は前回ここに来た時と探索者試験の時位しかトラップ突破経験が無いから、自信が持てなくても当然だろう。
そして、そんな落ち込む2人に柊さんが穏やかな口調で話しかける。
「二人とも、訓練を始める前からそんなに気落ちしないの。大丈夫、私達が一緒について回るんだから」
「「雪乃さん……」」
「これでも私達、あれから散々トラップ対応訓練を積んでいるのよ? 2人をフォローしながらでも、クリア出来るわよ」
柊さんが美佳達の不安を晴らそうと、自信有り気な表情を浮かべ語りかける。普通なら、その表情と言葉は只の過信か強がりだろう。だが柊さんの場合、確かに裏打ちされた経験から来る自信の現れだ。
まぁ、あの訓練を受けたらね……。
「それにここはモンスターが蔓延るダンジョンではなく、トラップに対応する力を磨く施設よ。失敗を恐れず、挑戦しなさい。簡単にクリアしてしまうより、失敗を重ねても何故失敗したのかを考え続ける方が得るものは大きいわ」
「「はい!」」
柊さんの言葉を聞き、美佳達は少し不安気な様子を残しているが失敗を恐れず挑戦しようと言う意気込みを見せた。まぁ、失敗は成功の母って言うしな。成功の為にも、失敗って言う経験は必要だ。失敗原因を検討した結果の積み重ねが、所謂ノウハウだしな。確かに、絶対に失敗したらいけないと言う場合もあるが、幸いここは命の危険がないダンジョン協会の訓練施設だ。ダンジョン探索中にトラップで失敗しない為にも、ここでは様々な経験を積んでノウハウを蓄積した方が良い。
俺達も幻夜さんの訓練では、散々失敗を重ねたからな。スキルに頼り切ったダンジョン攻略をしていたツケか、素の状態での技能が絶望的に不足していたせいだ。確かに、スキルを自分の力だと言って使う事自体に問題はないのだろうが、頼りきって素の力を伸ばす事を疎かにしていたのは拙かった。きちんとした土台があってこその、便利なスキルだ。
雑談をしながら待つ事15分、俺達の前の組が全部再訓練行きになったのを見届けた後、俺達の番が回って来る。だが前の組が全部再訓練行きになった事で、美佳と沙織ちゃんの緊張はピークに達し硬い表情を浮かべていた。
俺達3人はガチガチに緊張している2人の様子に苦笑を漏らしながら、緊張を解す為に声をかける。
「おいおい2人共、今からそんなに緊張してどうするの? まだ、スタートしてもいないんだぞ?」
「「あっ、うん……」」
2人共、俺の声に対する反応も硬い。おいおい、緊張し過ぎだって……。
「美佳ちゃん、沙織ちゃん。そんなに緊張していたら、トラップ突破云々の前に怪我をするから、深呼吸でもして落ち着きなよ」
「「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー」」
裕二のアドバイスに従い、美佳と沙織ちゃんは目を軽く閉じ肩を大きく動かしながら深呼吸を繰り返す。そのまま深呼吸を10回ほど繰り返すと、2人の体から過剰な力が抜けて行くのが見て取れた。
「気が抜け過ぎてって言うのは論外だけど、緊張し過ぎているのも頂けないわ。……そうそう、その調子。適度な緊張を維持しつつ集中力を保つ、ダンジョン探索では重要な技能よ。すぐに身に付ける事は出来ないでしょうけど、自覚してその状態を保てる様にしなさい」
「「……はい」」
柊さんの指摘に、美佳と沙織ちゃんは顔を少し強ばらせたまま返事を返す。まぁ、適度に緊張を維持し続けるっていうのは難しいからな。俺達も幻夜さんの訓練を受けて、苦労に苦労を重ねた上でやっと習得した技能だ。現に俺達視点で見ると、既に美佳と沙織ちゃんは再び緊張し過ぎている。緊張の維持、こればっかりは経験を積まないと習得出来ないからな。
そして、美佳達が落ち着きを取り戻したのを見計らったかの様に、ブースの係員が俺達の整理券番号を読んだ。
「整理券番号、74番の方。お待たせしました、3番入場ゲートの方にお越し下さい」
「よし、行こうか?」
「ああ」
「ええ」
「うん」
「はい」
入口にいる係員に整理券番号札を渡すと、係員が初めて初級ゾーンを利用するのか聞いてきた。俺が初めて利用すると答えると、初級ゾーンのコースについて係員が軽く説明をしてくれる。
「この初級ゾーンの訓練コースでは、全部で10個のトラップが仕掛けられた部屋をクリアして貰います」
「10個、ですか」
「はい。コースは右回り左回りの2通り。どちらから回って頂いても結構ですが、訓練と考えれば交互に利用される事をオススメします」
「あっ、なる程。確かにそうですね、わかりました」
特定の方向でコースを回り続けると、慣れでクリア出来るようになるからな。トラップ対応技能を向上させるのなら、交互にコースを選択した方が良いだろう。
「そして初級ゾーンのコースには、クリア制限時間も設定されています」
「制限時間ですか?」
「はい。制限時間は15分です。15分以内にコースを脱出して下さい」
15分か……1部屋1分半でクリアしないといけないのか。結構急がないと、制限時間内にクリアは出来ないな。
「そして初級ゾーンのクリア条件なのですが、制限時間以内に10個のトラップの内、7つをクリアして下さい」
「10個中7個ですか……」
厳しい制限時間で7つもクリアしないといけないのか……経験の少ない初心者にはかなり厳しい条件だな。確かにこの条件だと、不合格や再訓練行きが増えるな。
「そして最後になりますが、コースに設置してある10個のトラップの内半分以上……6つ作動させた場合、体験ゾーンで指定された訓練装置をクリアしないと、再び初級ゾーンに挑戦する事が出来無くなりますのでご了承下さい。その部屋をクリアしたかどうかの判定は、監視カメラ越しにこちらで行います。判定の結果は電光掲示板の近くに設置されている、青と赤のランプでお知らせします。青が成功、赤が失敗ですので、部屋を出る前にご確認下さい」
「分かりました」
取り敢えず、再訓練は回避する様に動くか。
俺達が了承した事を確認し、係員さんは入口ゲートを開けながら最後の確認を取る。
「では最後に、コースの右回りと左回りを選択して頂くのですが……どちらになさいますか? どちら周りでも、体験して頂くトラップの種類は同じです」
「そうですね……じゃぁ、左回りで」
特に理由は無いが、俺は何となく左を選択した。
「左回りですね? では、右側の赤いドアにお進み下さい。中に入ると制限時間のタイマーがスタートしますので、準備を整えてから中にお入り下さい。タイマーは各部屋に設置してある電光掲示板に表示されますので、攻略時の参考になさって下さい」
「分かりました」
「では、皆様のご健闘をお祈りしています」
係員さんが頭を軽く下げながら、俺達を入場ゲートの中へと送り出した。さて、一体どんなトラップが仕掛けられているんだろうな……。
入場ゲートを潜って部屋の中に進むと赤色と青色の扉が2つあり、その上に制限時間の15分を示す電光掲示板が設置してあった。
俺達は顔を見合わせ目で合図を交わした後、緊張で顔が強ばっている美佳と沙織ちゃんを赤い扉の前に押し出し後ろに回る。そんな俺達の行動に驚き、美佳と沙織ちゃんは強ばった表情を崩し戸惑いの表情を浮かべていた。
「えっ? 私達が先に入るの?」
「ああ。取り敢えず、前半の5つはな。再訓練行きは避けたいから、後半の5つは俺達が先に進むつもりだけど、前半は美佳達の今の力が見てみたいんだよ」
「えっと……」
「万が一、2人が前半のトラップを全て作動させたとしても、後半の5つで巻き返せるようにってな」
「言いたい事は分かるけど、何かそれって納得がいかないな。それってつまり、私達が前半のトラップを全部作動させるって思っているって事だよね?」
俺の言い様に、美佳が不満そうに頬を膨らませ俺を睨み付けてくる。沙織ちゃんも、美佳の様に睨み付けてこそこないが不服そうな表情を浮かべていた。
だって、しょうがないだろ? トラップに対する経験が殆ど無い素人が、初挑戦でクリア出来るとは思えないしさ。
「まぁまぁ、2人共。不満はあるだろうけど、大樹だって意地悪で言っている訳じゃないんだ。初挑戦なんだから念には念を、ってね。体験ゾーンで再訓練となると、色々手間だろ?」
「うぅ……」
裕二の説得に、美佳は不満げな呻き声を上げる。理解はしているけど、納得出来ないと言った所だろう。沙織ちゃんも不服そうだが、理解は示してくれているしな。
「美佳ちゃん、沙織ちゃん。九重君の提案に不満でしょうけど、まずは二人の素の力を私達に見せて。どこが悪いのか実際に見てみないと、私達としても2人に教える事が出来ないから」
「雪乃さん……」
「ねっ、お願い?」
柊さんにお願いされ、美佳と沙織ちゃんは互いに顔を見合わせる
そして2人は軽く溜息を吐いた後、俺の提案に了承の声を上げる。
「分かった。前半は私達が、お兄ちゃん達の前を進むよ。ねっ、沙織ちゃん」
「うん。何処まで出来るか分かりませんが、やれる所までやってみます」
「ありがとうな2人とも、言い方が悪くてごめん」
俺は軽く頭を下げながら、お礼と謝罪を伝える。
「ううん。考えてみれば、お兄ちゃんの提案は尤もだから。訓練に来たのに、お兄ちゃん達の後に付いて回るだけだと、訓練の意味がないもんね」
「はい。確かに、私達が前半に設置してあるトラップの全てに引っ掛かると思われている事には不服ですけど、初めての挑戦ですからね。お兄さんの心配も仕方ないと思います」
何とか、2人とも機嫌は直してくれた。
しかも……掛け合いをしたお陰で、先程までの2人の緊張感も程良く解れた様で無駄な力みが抜けている。
「じゃぁ話も纏まった事だし、早速スタートしようか?」
「ああ、そうだな。タイマーがまだ動き出していないとは言え、まだ待っている組も居るんだ。あまりスタート地点で時間を取るのも、悪いしな」
「そうね。何時までもココにいると、早くスタートしろって係員さんに注意されるわね。美佳ちゃん、沙織ちゃん、先導をお願いね?」
「うん、任せてよ!」
「はい、頑張ります!」
柊さんの激励を受け、美佳と沙織ちゃんは気合の入った返事を返す。
そして2人は足早に赤い扉の前に立ち、美佳がレバー型のドアノブに手を伸ばすと……。
「痛っ!」
「えっ!? ど、どうしたの美佳ちゃん!?」
ドアノブに手を触れた瞬間、美佳は跳ねる様に慌ててドアノブから手を離し、痛そうにドアノブに触れた手を振っていた。そんな美佳の姿を見て、沙織ちゃんは慌てて美佳に何があったのかと問う。
すると……。
「ドアノブに触れたら電気が流れた……」
「えっ? 電気って……静電気の事?」
美佳は痛そうに手を振りながら、ドアノブを離した原因を沙織ちゃんに伝えていた。
あぁ、いきなりやっちゃったな……。
初級ゾーンに挑戦!
まず始めに、美佳ちゃん達からの挑戦です。
来週の土曜日、いよいよ朝ダンが発売予定日です。よろしくお願いします!