第145話 妹達、開業する
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現時刻は16時45分、俺はスマホの時計を見て安堵の息を吐く。
どうやら予定通り、ギリギリ時間内に到着出来た様だ。
「何とか、間に合ったな」
「ああ。今日を逃すと、来週また来ないといけなかったから間に合って良かったよ」
俺達は学校から下校すると直接この施設……税務署に移動してきていた。基本的に税務署などの役所は土日が休みな上、17時までしか窓口営業をしていない。もう少し商売っ気と言うか、営業時間を延長して欲しいものである。
「お兄ちゃん、早く早く! 急いで受付をしないと、窓口が締め切られちゃうよ!」
「ああ、今行く!」
既に建物の入口に到着している美佳が正門の前で立ち止まって建物を見上げていた俺と裕二に、急ぐ様にと声を大きくして手招きしながら呼んでいた。まぁ、受付時間が残り15分しかないと焦るよな。
俺と裕二は小走りで美香に駆け寄り、軽く手を挙げながら謝罪する。
「わるい、ちょっと気を抜いてた」
「もう! あまり時間無いんだから、しっかりしてよ! ここまで来て受付時間に間に合わなかったら、最悪だよ!」
「そうだな。じゃぁ、急いで受付を済ませよう」
「うん!」
美佳は合流した俺達を引き連れ、先に受付を手続きをしていた柊さんと沙織ちゃんに駆け寄った。
「お待たせ!」
「ああ、美佳ちゃん。はいこれ、美佳ちゃんの分の受付番号札よ」
「ありがとう、雪乃さん!」
「どういたしまして。人数が少なかったみたいで、沙織ちゃんは先に窓口の方に行ってるからすぐに呼ばれると思うわ」
「本当!」
二人のやり取りを小耳に挟みながら周りを見渡してみると、確かに待合ロビーで順番待っている人の数が少ない。もうすぐ受付終了時間なので、駆け込み客とかがもう少しいるんじゃないかなと思っていたんだけど……あっ、端の方の窓口で、沙織ちゃんが職員の人と書類を書いてる。
そして俺が見渡していると、電子音声で待ち受け番号が呼ばれた。
「あっ、私の番号だ。じゃっ、ちょっと行ってくるね!」
「ああ。そんなに難しい手続きじゃないから、係の人の話を聞きながらがんばれよ」
「うん!」
元気に返事を返した美佳は、小走りで番号が呼ばれた窓口へ駆け寄っていく。俺はそんな美佳の後ろ姿を見送りながら、がんばれよーと小さく手を振った。
「それじゃぁ、2人の手続きが終わるまでジュースでも飲みながら待つか?」
「賛成」
「じゃぁ、えっと自販機コーナーは何処だ?」
2人が窓口で手続きを始めたのを確認した俺達は、ティータイムに洒落込もうと自販機を探し始めた。
それぞれジュースを片手に時間潰しの雑談をしていると、先に沙織ちゃんが手続きを終え戻ってきた。
「お待たせしました。無事、手続きが終わりました」
「お疲れ様。どうだった? 開業手続きといっても、結構簡単な手続きだったでしょ?」
「はい。事前に提出書類を用意していたので、スムーズに手続きが出来ました」
「そう、それは良かった」
沙織ちゃんは窓口で貰った書類袋を俺達に見せながら、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「と言う事は、これで沙織ちゃんも私達と同じ個人事業主ね」
「はい!」
「会計なんかの事務仕事はやる事は多いけど、毎日コツコツやれば大丈夫だからな」
「毎日コツコツですね、頑張ります」
「分からない所があったら、遠慮なく聞いてくれよ」
「はい。その時は、よろしくお願いします」
俺達は沙織ちゃんに、個人事業主の先輩として励ましの言葉をかけていく。まぁ先輩面して色々と言っているけど、俺達も半年も個人事業主はやっていないんだけどな。と言うか、探索者専門の個人事業主は全員が1年目なんだけどな……。
そして俺達が沙織ちゃんと話していると、美佳も書類袋を片手に駆け寄ってきた。
「お待たせ! 手続き終わったよ!」
「お疲れ、簡単だったろ?」
「うん。これで私も、お兄ちゃん達と同じ個人事業主だね!」
嬉しそうに笑顔を浮かべながら、美佳は俺にピースサインを向けてきた。
「ああ、そうだな。美佳、これからは毎日ちゃんと帳簿を付けろよ? 纏めてやろうと思うと、色々ゴッチャになって混乱するからな?」
「う、うん」
「それと、買い物して貰った領収書もちゃんと仕分けて保管しろよ。無くしたら経費で落とせなくって、無駄な出費をする事になるからな」
「……うん」
俺が何か言う度に、美佳が先程まで浮かべていた笑顔がどんどん陰って行く。大丈夫かな……こいつ。三日坊主とか、帳簿を付け間違えて脱税とかにならないよな……。
……何だか、急に心配になってきたぞ。
「その辺にしてあげなさい、九重君」
「柊さん……」
「雪乃さん……」
俺と美佳のやり取りを聞いていた、近くの椅子に座っている柊さんが悄気込む美佳の様子を見兼ねて口を挟んでくる。
「九重君の心配も分かるけど、もう少し手加減してあげたら? まだ始めたばかりなのよ?」
「あっ、うん。そうだね……」
「美佳ちゃんも、そんなに落ち込まないの。少しずつ慣れていけば良いんだから、頑張って覚えれば良いのよ。会計は個人事業主をやっている限り、ずっとやらなければいけない事なんだから」
「……はい」
柊さんに怒?られて、俺は言い過ぎたなと反省する。
そして気不味気に視線を美佳に向けると、美佳も俺に気不味気な視線を向けて来ていた。一瞬、俺と美佳の間に沈黙が流れたが……。
「ごめん、美佳。言い過ぎた……」
「ごめん、お兄ちゃん。心配かけて……」
俺達はどちらとも無く頭を軽く下げ、ほぼ同じタイミングで謝罪の言葉を口にする。
そして謝罪をし合った後、顔を見合わせると不意に可笑しくなり互いに苦笑を漏らした。
「ほんと、仲が良いですね。お兄さんも、美佳ちゃんも……」
「まっ、そうだな」
「只のシスコンとブラコンよ」
俺達から少し離れた椅子に座る裕二と沙織ちゃん、柊さんの小声の会話が聞こえてきたが無視だ無視。兄妹なんだから、仲が良くても別に良いじゃないか。だから、俺、シスコンじゃないからね!と、思わず鋭い視線を3人に送った俺は悪くない筈だ。
結果、俺の送った視線を受けた裕二と柊さんは平然と受け流し、沙織ちゃんは少し挙動不審になった。
「?」
その為、どうやら3人の話が聞こえなかったらしい美佳は、俺達4人の奇妙な行動の意味が分からず首を捻っていた。俺達の間に何とも言えない気不味い空気が流れたが、受付時間終了を知らせる時報の音楽が流れだしたのを切っ掛けに会話が再開する。
「……帰ろうか?」
「……ああ。帰ろう」
「……そうね。帰りましょう」
「……はい」
「えっと……なに、今の間は?」
俺の提案に妙な間を入れ流れ返事をする3人に、美佳は戸惑いながら疑問の声を出す。が、誰も美佳の疑問に返事をせず粛々と席を立ち玄関の方へと移動を始めた。
「……はっ! ちょ、ちょっと待ってよ皆!」
そんな妙な行動を取る俺達に呆気に取られていた美佳は、俺たちが玄関を出ようとした所で正気を取り戻し慌てて俺達の後を追って税務署を後にした。
税務署を出ると、皆調子を取り戻し普通の会話を再開する。特にあんな気不味い雰囲気を維持する必要もないしな。
すると、そんな会話の中で美佳が明日の予定について話を振ってきた。
「ねぇね、お兄ちゃん」
「ん? 何だ?」
「明日ってどうするの? 授業が終わった後、皆で午後から近場のダンジョンに行くの?」
美佳は少し期待を込めた様な眼差しを、身長差のせいで上目遣い気味に俺に向けてくる。チラリと視線を美佳の隣を歩く沙織ちゃんの方に向けると、沙織ちゃんも俺に期待を込めた視線を向けてきていた。
数日前に見た、2人のあの気落ちした姿は幻だったのかな……。
「残念だけど、明日は別に行く予定の場所があるからダンジョンにはいかないよ」
「「ええっ……」」
美佳と沙織ちゃんの口から期待ハズレだとでも言いたげな、不満に満ちた声が上がる。何で、そんなにやる気満々なんだ? 2人は俺が首をかしげている姿を見て、顔を突き合わせ小声で愚痴り合う。
「折角開業したんだから、頑張って稼ごうと思ったのに……」
「うん。お兄さんに借りている武器の代金もあるから、早く纏まったお金を稼ぎたいよね」
ごめん。俺に聞こえない様に小声で話してるつもりなんだろうけど、全部聞こえてるから。
しかし、そうか。そう言うつもりなら、確かに土曜日の午後からでもダンジョンに行って稼ぎたいと思うか。特に新人探索者の場合、借りている武器の代金を稼ぐのは大変だからな。この間の探索で、浅い階層で出現する普通のドロップ品の換金相場を知ったら、余計そう思うか。仮に、コアクリスタルだけで代金分のお金を稼ごうと思うと、ドロップアイテムの出現率も考えると1000体近くモンスターを狩る必要がある。俺達の様な例外でもなければ、日曜日の数時間という条件では何日掛かるか分からないからな。
俺は2人の話し合う姿から視線を外し、裕二と柊さんに視線を向ける。2人も美佳と沙織ちゃんの話が聞こえていたのか、俺と同じように苦笑いを浮かべていた。
「2人とも、九重君もイジワルでダンジョンへ行かないと言ってるんじゃないのよ?」
「そうだぞ。明日は2人も以前行った、ダンジョン協会が運営するトラップ訓練施設に連れて行く予定だったんだよ」
小声で不満を述べる美佳と沙織ちゃんに、柊さんと裕二が俺をフォローしてくれた。
「……トラップ?」
「……訓練施設?」
美佳と沙織ちゃんは不満を呟くのを止め、不思議そうな表情を浮かべながら顔を俺に向けてくる。俺は頭を大きく縦に振りながら、明日の予定について話を始めた。
「ああ、そうだよ。明日は2人を、以前行ったトラップ訓練施設に連れて行く予定だったんだ。2人とも探索者資格を取ったから、体験コースでは無い正規の訓練設備を使えるからね。ダンジョン探索をする上で、トラップへの対処能力は必須技能。ダンジョンで本物のトラップに遭遇する前に、2人には練習をして貰おうかなってさ。じゃないと、2人を下の階層に連れて行くのは怖いからね」
俺の説明を聞き、美佳と沙織ちゃんは互いに顔を見合わせた。
「折角、安全に訓練できる施設があるんだから有効活用しないとな」
「実戦で覚えるって方法もあるけど、死傷するリスクが高いから2人にはお勧め出来ないな」
「そうね。ダンジョン公開初期の頃は、トラップに慣れていない探索者が無理な探索をして、トラップに引っかかって怪我をするってケースが多かったわね。今は私達が引率しているからある程度は大丈夫だと思うけど、2人にも最低限のトラップ対応能力は必要よ?」
俺達が口々に説得と言う名の説明をした結果、2人は頭を縦に振る。
「分かった。明日はお兄ちゃん達の言うように、ダンジョン協会の訓練施設に行く」
「私達の事を考えてくれての提案だったのに……ごめんなさい」
まだ少々不満と言う感じではあるが、2人とも納得はしてくれた様だ。
しかし……。
「沙織ちゃん、これは謝るような事じゃないからね? 俺達の考えに不満や指摘があるのなら、ちゃんと口に出してくれよ。この前の探索の時の様に、俺達の提案が全て正しいと言う訳じゃないんだからさ。俺達の意見に唯々諾々と従うだけじゃなく、お互いに意見を出しあって話し合った方が良い案が出てくる事があるんだからね?」
「……はい」
沙織ちゃんは俺の言葉を考え込みながら、小さな声で返事を返す。
俺は反省会で重蔵さんに指摘された事を思い出しながら、自分の意見や考えを一方的に美佳と沙織ちゃんに押し付けていないか自問する。先輩探索者だから年上だからと、そんな考えで自分の意見を押しつけていないのかと。
「相手の意志や意見を聞かずに自分の意思や意見だけを押し付けているのだとすると、それは今から俺達が相手にしようとしている留年生達と同じ行為だ。態々悪い見本があるのに、それを真似する必要はないんだよ」
「!」
「だから沙織ちゃん、何か俺達と違う意見がある時は遠慮せず言ってね」
「……はい!」
沙織ちゃんの元気な返事を聞き、俺は美佳に視線を向ける。
「美佳も何か意見があるのなら、何でも良いから言ってくれよ」
「うん、分かった。今は何もないけど、何かあった時はちゃんと口にする」
「頼むな」
美佳の返事を聞き、俺は皆の顔を見回しこの話の結論を口にする。
「じゃぁ、皆。明日の午後はダンジョン協会のトラップ訓練施設に出かける、って事で良い?」
「良いぞ」
「私も問題ないわ」
「うん」
「はい」
「じゃぁ、決定って事で」
同意が得られたので明日の午後は、皆でダンジョン協会のトラップ訓練施設に行く事が決まった。
さて……訓練機械の種類は違うけど、前回晒した醜態のリベンジだ!




