第139話 部活動初日は掃除から
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重蔵さん主催の反省会から2日後、初めての全員揃って部活動を開始する日が来る。
その日の授業を全て終えた俺達は、橋本先生が使用申請してくれた部屋……社会科準備室の前に全員で移動してきていた。
「さっ、中に入ろうか」
俺は先程職員室で借りてきた鍵で、社会科準備室の扉を開ける。
「うわっ、凄いな……」
社会科準備室の中は両方の壁に金属製の棚が並び、部屋の中央にテーブルが備え付けられていた。
棚には日に焼け変色した古い資料や土器が収められ、テーブルの上には日本地図や世界地図等の巻物が無造作に置かれている。
「……部活を始める前に、まずはこの部屋の整理と掃除から始めないといけないな」
「そうね。空気の入れ替えぐらいはしないと、ちょっと埃っぽいわ」
「何か、カビ臭い変な匂いがする……」
「……準備室に、掃除道具ってありましたっけ?」
さぁ、やるぞ!と意気込んでいた俺達は、社会科準備室の中々凄い現状にテンションがダダ下がった。俺達は顔を見合わせた後、もう一度社会科準備室の中を見てため息を吐く。
はぁ、やるしかないか。
窓を開けて空気の入れ替えをしつつ、用務員室で借りてきたブルーシートを廊下に敷いて柊さんと美佳、沙織ちゃんの3人で部屋の中の資料を運び出し、資料についたホコリを払って乾いた雑巾で拭き上げていく。
その間、俺と裕二は部屋の中を掃除だ。本来移動が面倒な金属製の棚などの重量物も、探索者補正がある俺や裕二には軽く移動出来る程度のものでしかない。“洗浄”スキルを使いながら部屋の掃除をしていくと、社会科準備室の中は短時間で見違える程綺麗になった。
一応、資料の掃除も“洗浄”スキルで……と思ったのだが、万が一、古い資料の記載内容等が汚れと判断された場合、“洗浄”スキルの効果で資料の内容が消えるのでは?と思い実行出来ず手作業で掃除を行ったのだ。
「ふぅ……終わった」
正味1時間程掛け、俺達は社会科準備室の掃除をやり終えた。初めて足を踏み入れた時に感じた埃っぽい空気や、カビ臭い匂いも大分軽減されている。
俺達は掃除を済ませた部屋で、備え付けのパイプ椅子に座りテーブルに突っ伏し項垂れかかっていた。
「部活始める前から、疲れたよ……」
「そうだね。でも、掃除しないでこの部屋を使うのは……ね?」
美佳と沙織ちゃんの愚痴が、静かな部屋に染み渡る。探索者になったとは言え、美佳達と俺達を比べたらレベル補正具合には明らかな差があるからな。でもまぁ、精神的な意味での疲労具合では大差ないけど。つまり俺達も肉体的には兎も角、精神的に疲れたって事だな。
俺はテーブルから上体を持ち上げ、突っ伏し項垂れている4人に声をかける。
「まぁ、何だ? 兎も角、これで部活を始める準備は調ったんだから、やる事をやらないか?」
「……そうだな。一仕事終わった感はするけど、部活動としては始まってさえいなかったんだよな」
「ああ。残念ながらな」
俺の声に反応し、まず裕二がだるそうに上体を持ち上げ後頭部を掻く。
ほんと、一仕事終わった感が凄いよな。
「そうね。兎に角何かしましょう。美佳ちゃん、沙織ちゃん」
「はーい」
「はい」
柊さんも上体を起こし、美佳と沙織ちゃんに声をかけ発破をかける。
取り敢えずこれで、疲れ気味だが全員部活を始める体制が調った。
先ず初めに、俺は通学カバンの中から事前に税務署のHPからダウンロードして準備していたクリアファイルに入った書類を2つ取り出す。「個人事業の開業・廃業等届出」と「所得税の青色申告承認申請書」だ。
「はい、これ」
俺は美佳と沙織ちゃんに、クリアファイルに入った2つの書類をそれぞれに渡す。
「……これが個人事業を始める時に出す書類?」
「初めて見ましたけど……随分簡単な作りですね」
「まぁ、ね。誰かを雇うような場合でもなければ基本的に、その書類に必要事項を記載して税務署に提出するだけだからね。大体15分から30分もあれば終わるよ」
その言葉に、美佳と沙織ちゃんが目を丸くする。
まぁ、俺達も税務署に行って驚いたものだ。まさか、こんな簡単な手続きで開業出来るものなんだなって。
「ここまでの手続きは、基本的に誰でも簡単に出来るんだけど。面倒なのはこの後なんだよ」
2人が手元の書類に気を取られている内に、俺は再び通学カバンを漁る振りをしてとある書類の入ったクリアファイルを取り出す。
流石にこの書類は、通学カバンに入れてはおけないからな。
「はい、これが日々記入しないといけない帳簿」
クリアファイルからプリントアウトした、俺が実際に使っている複式簿記の一部を取り出す。すると、美佳と沙織ちゃんは嫌そうな表情を浮かべた。まぁ、その気持ちは分かるんだけどね。
俺も初めて見た時には同じ表情を浮かべていた筈だしさ。
「何枚もあるから大変そうに見えるけど、PC会計ソフトを使えば難しくはないからな?」
「そうだな。基本的に慣れれば、そんなに難しくはないぞ」
「少し記入する方法を覚えないといけないけど、結構簡単よ」
俺達が口々に簡単だと言ったので、2人の表情が和らぐ。
「帳簿って、そんなに簡単に出来るものなの?」
「まぁ、な。俺達探索者業の場合、記入する内容自体はある程度決まっているからな。慣れれば大した事は無い」
探索者の場合、何かを仕入れて売ると言う様な事はしないので、基本的にドロップアイテムの買取金や装備品の購入費、ダンジョンまでの交通費の記入ぐらいか?
ああそう言えば、美佳達の槍の代金を立て替えた時なんかは少し面倒だったかな。
「まぁ、帳簿の事は一先ず置いておいて、先に2人の「個人事業の開業・廃業等届出」と「所得税の青色申告承認申請書」を書き上げよう」
「そうだな。先ず一つずつ片付けていった方が良いだろうな」
俺は一旦帳簿を回収し、通学カバンから以前作成した俺の開業届と青色申告を取り出す。これは提出した物とは別に、保管用に作成した物のコピー品で、2人の見本用にと作ってきた物だ。
「これを見本にして、二人共書類を作ってみようか?」
「これがお兄ちゃんの開業届けなんだ……って」
「あの、お兄さん? 職業欄に探索者では無く猟師って書いてあるんですけど……」
「ん、まぁ……探索者がやっている事って、基本的に猟師と同じだからね」
税務署の人に、何と記載したら良いのかと尋ねたら、探索者が個人事業を開始する場合は、職業欄に猟師と書き、事業の概要欄に、ダンジョン探索と記載すれば良い、と指示をされたのだ。
探索者でも良いんじゃないかな……と思いはしたんだけどな。
「まぁ、気になる事があったらその都度聞いてよ。じゃぁ、実際に書いてみようか?」
「うん」
「はい」
2人は筆箱からボールペンを取り出し、見本を見ながら書類に必要事項を記入し始めた。
2人が書類を書いていると、社会科準備室の入口が開く。開いた扉の前に立っていたのは、ウチの部の顧問になる橋本先生だった。
橋本先生の手には、バインダーと一台のノートパソコンが抱えられている。
「ごめんなさい。遅くなって……ってあら? 随分綺麗になったわね、ここ?」
「部活を始める前に、皆で掃除したんですよ。こんにちは、橋本先生」
「「「「こんにちは」」」」
「ええ、こんにちは。そう。皆で掃除を……」
橋本先生はテーブルの空いてる場所に書類とPCを置き、俺達が掃除した社会科準備室の中を見て回る。
そして、感心しきった様な声を上げた。
「凄いわね、皆。あんなに埃っぽかった部屋が、今は塵一つ落ちていないわよ。良くこんな短時間で、ここまで綺麗に掃除出来たわね……」
「ちょっと裏技を使いましたから。部屋の掃除自体は楽でしたよ? まぁその分、資料の埃取りは大変でしたけど」
俺が言う裏技とは、“洗浄”スキルの事だ。これがあると、本当に掃除が楽になる。
但し、表だって学校で使うと掃除当番を押し付けられるので、普段は使わないけどさ。
「そうなの? でも、ありがとう。何時かここもキチンと掃除しないといけないと、以前他の社会科の先生とも話していたのよ。でも、時間の兼ね合いや手間を考えると中々ね……」
橋本先生の話を聞き俺は思わず、何故そんな部屋を部室に申請したんだ?と思ったが、そんな部屋だから使用申請も簡単に通ったんだろうとも思った。俺は荷物の整理整頓と、掃除が終わった部屋を見渡す。確かに資料教材などで荷物は多いが、準備室の面積はかなり広い。今まで他の部が使用していなかったのが不思議なくらいだ。まぁ、部屋が今の状態なら、間違いなく他の部が既に使用していただろうな。
そんな事を考えていると、書類を書いていた美佳と沙織ちゃんが声を上げる。
「終わったー!」
「終わりました」
二人は書き上げた2種類の書類を、俺に差し出してきた。書類を受け取った俺は素早く目を通し、記載内容に間違いが無い事を確認し裕二と柊さんに書類を回す。こう言う書類は、ダブルチェックしておいた方が良いからな。
いざ提出する段になって、窓口で間違いを指摘され書き直すとか格好が悪い真似はさせたくない。
「うん。誤記は無いから、これで大丈夫だろう」
裕二と柊さんがチェックを終え、問題ないと頷いた所で緊張した面持ちでこちらを見ていた美佳と沙織ちゃんに俺はそう告げた。
「やった!」
「ありがとうございます」
2人2様だが、どちらも無事に書類作成が終わり安堵していた。
「後はこの書類の押印欄にハンコを押して、税務署に出せばOKだ。そうすれば2人共、名実ともに個人事業主だな。色々面倒な帳簿付けとかしないといけないけど、頑張れよ」
「うん」
「はい」
俺は裕二と柊さんから回収した書類を2人に返しながら、激励の言葉をかけた。
「あっ、そうそう沙織ちゃん。一つ言い忘れてたんだけど……」
「何ですか?」
「ご両親に探索者業……個人事業主になるって言うのは伝えているよね?」
「はい。ちゃんと伝えてありますけど……何かあるんですか?」
沙織ちゃんは少し不安顔で、俺の言葉の続きを待つ。
「いや。ちゃんと伝えてあるのなら良いんだけど、沙織ちゃんは今ご両親……お父さんの扶養対象に入ってるよね? 一応、書類を税務署に提出する前に、お父さんの会社の方に扶養対象関係がどうなってるか確認しておいてよ。ここで連絡の行き違いがあると、後々沙織ちゃんだけでなくお父さんの会社の方でも面倒な事になるからさ」
「はぁ、分かりました……」
沙織ちゃんは今一理解していない様だが、ご両親の方は話を聞けば理解してくれるだろう。沙織ちゃんが書類を提出して個人事業主になれば、税金の控除額が変わって色々手続きをしないといけないからな。
2人が作成した書類を通学カバンに仕舞い終えたのを確認し、空いた席に座り事の成り行きを見守っていた橋本先生が口を開く。
「一息ついたみたいだし、ちょっと私から話をしても良いかしら?」
「ええ、良いですよ。どうぞ」
俺が先を促すと、橋本先生は持ってきたノートPCを俺達に見える様にセットする。
「このPCは事前に使用申請を出して、ウチの部に貸出して貰った備品よ。中には、ちょっと古いバージョンのだけれど会計ソフトが入れてあるわ」
「会計ソフトも入れてあるんですか?」
事務室で使っているPCでも、貸出して貰ったのだろうか?
「ええ。でも、貸出して貰ったPCは普通のものよ。インストールしてある会計ソフトは、私が学生時代に勉強の一環で購入し使っていた物……私物よ」
「そうなんですか……」
「古いバージョンだから、今の税制に合ってない所もあるでしょうけど、入力操作の練習は出来るわ。どう言う項目を、どこに入力すれば良いか、とかね」
確かに、入力操作の勉強には使えそうだ。
「ありがとうございます、橋本先生。助かります」
「良いのよ。どうせ家に置いてあっても、もう使う事も無いものだから」
俺が会計ソフトのお礼を言うと、橋本先生は照れくさそうな表情を浮かべていた。
そしてそれを誤魔化す様に、橋本先生はPCと一緒に持ってきていたバインダーを取り出す。
「あっ、そうそう。もう一つ用意してきた物があるのよ。ほら見て」
橋本先生はバインダーから、1枚のカラープリントを取り出す。
それは……。
「入部希望者募集のチラシですか……」
「ええ、試しに作ってみたのよ。どうかしら?」
俺達は橋本先生が作ったと言う、募集チラシを手に取り顔を見合わせる。
何と言うか……随分と前衛的かつ独創的なチラシだった。
「えっと……このイラストは先生が?」
「ええ。文字だけだと寂しいと思って、私が描いたものよ。どう? 可愛いでしょ?」
可愛い?これが?どこをどう見れば、可愛いと言う感想が出てくるんだ?
恐らく、猫か犬を描いているのだろうが……下手糞過ぎて何を描いているのか判別がつかない。
「ええっと、その……か、可愛いかと思います、よ?」
「でしょ? 自信作なのよ、このフクロウ!」
フクロウ!?えっ、これ鳥だったの!?羽は?何で鳥に足が4つあるのさ?
俺達は興奮した様子で募集チラシのイラストを説明する橋本先生をよそに、無言で顔を見つめ合い一斉に頷いた。
こんなチラシを貼り出したら来る人も来なくなる、断固貼り出しを阻止しなければと。
「せ、先生。あの、ご、御好意はありがたいのですが、チラシは自分達で作ってみたいかな……っと」
「え、ええ。これは俺達の部としての、最初の共同作業になる訳ですし……」
「わ、私もチラシの図案は、皆で決めた方が良いんじゃないかな……と。ね、2人とも?」
「う、うん」
「は、はい。皆で作ってみたいです!」
俺達は必死に、チラシは共同作業で作り上げようと主張する。
すると、橋本先生も……。
「そ、そう……皆がそこまで言うのなら、共同作業で作りましょうか」
少々残念そうだが共同制作という線で橋本先生も折れてくれたので、俺達は橋本先生が意見を変える前にと早速募集チラシの制作に取り掛かった。
まさか、橋本先生にこんな弱点があったとはな……気を付けよう。
部活初日は、部室の掃除からです。社会科準備室って、資料教材が多く埃っぽそうですからね。利用者の健康の為にも、掃除は必須かと。
こう言う時、洗浄スキルって便利ですよね。