第136話 ダンジョン探索の与えた影響は?
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美佳達の初ダンジョン探索の翌日、俺は何時もの起床時間より早めに目が覚めた。スマホの時計を確認すると、目覚ましをセットした時間より1時間程早い。
30分程2度寝をしようかと思ったのだが、どう言う訳か完全に目が覚めてしまった様なので、俺は仕方なくベッドから起きる事にした。
「ふわぁぁぁ、眠い……」
未だ頭はスッキリしないのだが、眠気自体は完全に飛んでいるので俺は顔を洗う事にした。寝惚け眼を手で擦りつつ部屋を出て階段を降りると、リビングの方からまな板を叩く包丁の音が聞こえてくる。
なので、俺は洗面所に直行する前にリビングに顔を出すことにした。
「おはよう、母さん……」
「あら、大樹。今日は随分と早い、お目覚めね?」
「うん。何か目が覚めちゃってさ……」
リビングの扉を開け中を覗き込むと、母さんが台所で朝食の準備をしていた。漂ってくる味噌の香りからして、今日の朝食は和食の様だ。
「そう。じゃあ、目覚ましのコーヒーを入れてあげるから、先に顔を洗ってらっしゃい」
「うん。ありがとう、母さん」
俺は母さんに返事を返した後、リビングの扉を閉め洗面所へ顔を洗いに移動する。冷水で顔を数回洗った事で、漸く頭がスッキリとした。
洗顔を終えた俺がリビングに戻ると、スーツ姿の父さんがテーブルに座って朝食を食べていた。
「あっ、父さん。おはよう」
「ああ、おはよう大樹。今日は随分早いな?」
「うん。なんか目が覚めちゃってね……」
俺は朝食を食べている父さんに軽い挨拶をした後、台所から母さんが出してくれたコーヒーを受け取りテーブルにつく。
「昨日は美佳のお守り、お疲れ様だったな」
「大した事は無いよ。美佳も沙織ちゃんも、俺達の指示に素直に従ってくれたからね。確かに気を遣いはしたけど、父さんが思うほど大変な事はなかったよ」
「そうか。父さんはダンジョンに入った事無いから、どれ位大変なのか分からないからな。お前の言葉を信じるしかないんだが……どうだ? 美佳は探索者としてやっていけそうか?」
父さんは朝食を摂る箸を止め、真剣な眼差しで俺に訪ねてくる。
探索者としてやっていけるかどうかか……。
「そうだね……。暫くは俺達が美佳達の事はサポートするつもりでいるから、それなりの探索者としてやっていける様に仕込むつもりではいるよ。だから、探索者をやっていけるかどうかと聞かれたら、やっていけるとは思うよ?」
「本当か?」
「うん。但し、美佳が何時まで探索者を続けるかまでは分からないけどね」
こればっかりは、本人の適性と言う物があるからな。美佳や沙織ちゃんに探索者としての適性が無いのならば、目的を果たした後も探索者を続ける様にと無理強いはしたくない。
探索者を続けると言う事は、モンスターと言えど生き物を殺す事だからな。それを嫌々我慢し続けて行えば、性格や人格が歪む原因になりかねない。
「まぁ、その場合は仕方ないだろう。美佳も昨日の夕食は食べられなかったみたいだし、暫くは様子を見た方が良いだろうな」
そう。予想通り、美佳は昨日の夕食を食べられなかった。俺が初めてダンジョン探索から帰ってきた時と同じ様に、美佳の箸が一切進まなかったのだ。
本人もなぜ箸が進まないのか不思議そうにしていたが、食べれないものは食べれないからな。結局美佳も俺と同じ様に、少量のお茶漬を食べただけだった。
「そうだね。取り敢えず、俺達が教えている間に大怪我を負わないで済む様には教えておくよ」
「そうか。大樹、苦労をかけるが美佳の事を頼むな?」
「うん」
俺は頷きながら、父さんに任せてくれと返事を返した。
父さんが食事を終え出勤をしようと身支度を整えていると、美佳が寝惚け眼を擦りながらリビングに顔を出した。
「おはよう、美佳」
「……おはよう」
「眠そうだな。まずは、顔を洗ってこいよ」
「……うん」
美佳は力無い返事をした後、洗面所へ向かった。
特に顔色も悪くないし、寝不足の様には見えないな。
「……大丈夫そうだな」
「うん。もしかしたらダンジョン探索をした影響で寝れなかったかもって思ってたけど、あの様子だとそれはなかったみたいだね」
もっとも食欲の方は、朝食を食べてからじゃないと元に戻ったかはまだ分からないけど……。
「まぁ会社に行く前に、美佳の様子が分かっただけでも良しとしておこう。じゃぁ、父さんはそろそろ会社に行ってくるよ」
身支度を終えた父さんは通勤カバンに手をかけ、椅子に座る俺にそう言ってくる。すると、台所から母さんがお弁当袋を持ち出てきた。
「行ってらっしゃい、アナタ。お仕事頑張って下さいね」
「ああ」
「はい、これ。お昼のお弁当よ」
「何時も用意してくれてありがとう」
父さんは母さんからお弁当袋を受け取り、通勤カバンにしまった。
「いってらっしゃい、父さん」
「ああ、いってきます」
通勤カバンを右手に持ちリビングを出ていこうとする父さんに、俺は顔を向けながら何時もの調子で声をかける。父さんも何時もの事と、軽く顔を向けて返事を返しリビングを後にした。
すると扉の向こうの廊下から、美佳と父さんの声が聞こえてくる。
「あれっ、お父さん? もう行くの?」
「ああ。美佳も遅刻しない様に、学校に行くんだぞ?」
「はーい」
美佳と父さんの話が聞こえなくなり少しすると、玄関扉が開く音がした。
「いってらっしゃい、お父さん」
美佳の大声が聞こえると同時に、玄関扉が閉まる音がした。どうやら、父さんが出たようだ。
そして少しすると、美佳がリビングに戻ってきた。
「おはよう。お兄ちゃん、お母さん」
「ああ、おはよう」
「おはよう、美佳。どう、昨日は眠れた?」
「うん。朝まで一回も起きないで眠れたよ」
「そう、それは良かったわね。じゃぁ朝食を準備するから、テーブルに座りなさい」
「はーい」
返事を返すと、美佳は自分の椅子に座った。
先程見た美佳の寝惚け眼は、洗顔したお陰でパッチリと目を見開いている。うん、目の下に隈や泣き晴らした跡もない所を見ると大丈夫みたいだな。
「美佳、朝は食べられそうなのか?」
「うん。特に調子が悪いって感じもしないし、大丈夫だと思うよ」
「そうか。まぁ無理はするなよ?」
「うん。心配してくれてありがとう、お兄ちゃん」
どうやら、食欲の方も戻ってきて大丈夫みたいだな
「おまたせ。さっ、朝食を食べましょう」
美佳と話していると、母さんが朝食をお盆に乗せ運んでくる。メニューは、ご飯、お味噌汁、出汁巻き卵、納豆、きゅうりの漬物と、ザ・和朝食である。
「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
俺達は手を合わせ、食前の挨拶をしてから朝食に箸をつける。ちらりと美佳の方に視線を向けると、出汁巻き卵を美味しそうに頬張っていた。どうやら食べても大丈夫なようだな。俺は美佳の様子に小さく安堵し、自分の朝食に箸を伸ばした。
そして、朝食を終えた俺達は着替えを含めた登校の準備を済ませ、リビングでTVを見ながら時間を潰していた。
「なぁ、美佳?」
「なに?」
「ダンジョン探索から戻って一晩経ったけど、今どうだ?」
「どうって……どう言う意味?」
「モンスターとは戦いたくないとか、探索者を辞めたくなったとか、そう言った意見の事だよ」
「……それは」
美佳は俺の問いに、少し戸惑いの色を見せる。まぁ、探索者デビューの翌日に、こんな質問をされれば戸惑うよな。でも、これは聞いておかないとだろ。
「……うん。大丈夫。今の所、戦いたくないとか辞めたいって思いはないよ」
「そうか。それなら何か質問があったら、気軽に声をかけてくれ。答えられる事であれば、答えるからさ」
「うん」
そうこうしている内に時間は過ぎ、登校予定時間となった。
「じゃぁ、母さん。行ってくるね」
「いってきまーす!」
「車に気をつけるのよ」
「「はーい」」
俺と美佳は母さんに登校前の挨拶を済ませて玄関を出た。
美佳と並んで通学路を歩いていると、後ろから声をかけられる。誰かと思い振り返ると、そこには沙織ちゃんが走り寄ってきていた。
「おはようございます、お兄さん! 美佳ちゃんも、おはよう」
「おはよう、沙織ちゃん」
「おはよう」
元気に朝の挨拶をしてくる、沙織ちゃん。挨拶ついでに顔を観察してみると、少々表情が陰っているように見える。やっぱり、昨日の事を少し引きずっているのだろう。
それを思うと表情に出ていない分、美佳は沙織ちゃんより幾分精神的に強いようだ。
「お兄さん、昨日はありがとうございました」
「ああ、気にしないで。昨日も言ったけど、そこまで改めて御礼を言われる程の事じゃないよ」
「いえ。ダンジョンに連れて行って貰った事もそうですが、家に帰宅してからの事も色々考えて貰っていましたから」
「ん?」
「夕食の件です。帰宅したら、私達が夕食を食べられないだろうと思って、昼食を奢ってくれたんですよね? お陰で夜中に、空腹で眠れないなんて事に成らずに済みました。ありがとうございました!」
どうやら沙織ちゃんは、俺が少々強引に昨日昼食を奢った意図に気が付いた様だ。因みに美佳は、俺の隣で驚いている様な気配を発しているので、沙織ちゃんに指摘され漸く気が付いたらしい。
まぁ、良いんだけどな……。
「いいって事さ。俺達も初ダンジョン探索をした後の夕食は、食欲が湧かず食べられなかった経験があったからね。転ばぬ先の何とかさ……」
一応、昼食の件は無駄になっても構わない程度の予防策だったからな。
「いいえ。他にも、お父さんやお母さんに私のフォローを頼んでくれていましたよね? 夜1人になって色々思い出して動揺していた時、お母さんが話し相手になってくれました。お陰で大分、気持ちの整理がつきました」
やっぱり、沙織ちゃんもそうなっていたのか……。美佳も昨日、寝る前に俺の部屋に来て愚痴を漏らしていったからな。皆が居る前では出来るだけ表に出さない様にしていたらしいが、やっぱりモンスターを手にかけた事は結構な衝撃だったらしい。泣きこそしなかったが、随分気持ちが落ち込んでいる。
もっとも、一通り愚痴を吐いたら元気になっていたけどな。我が妹ながら、中々図太い精神の持ち主だよ……。
「一応、俺が昨日のダンジョン探索の引率責任者だからね。出来るだけのアフターフォローはするよ」
本当なら、沙織ちゃんのアフターフォローも俺達が出来れば良かったのだが、次の日が学校では泊まり込みでケア……って事は出来なかったからな。だからこそ俺は昨日、沙織ちゃんのご両親に出来るだけの事情説明をしてフォローをお願いしたのだ。
ある程度、本人の事情を知って話し相手になるのとならないのとでは、ケアの効果が違うからな。
「そうですか……。でもお兄さんの気遣いのお陰で、私が助かった事には変わりありません。色々と、ありがとうございました」
「……どういたしまして」
これ以上は御礼の無限ループに嵌りそうだったので、強引に話を打ち切って歩みを再開する。
まぁそれにしても、ここで元気な姿の沙織ちゃんに会えて良かった。ここで出会っていなければ、放課後辺りまで沙織ちゃんは大丈夫かどうかと、心配し続けていただろうからな。
教室についたら裕二や柊さんにも、2人の元気な様子を報告しないと……。
教室に入ると既に裕二と柊さんは登校していたので、俺は2人に今朝の美佳達の様子を報告する。2人共、美佳達の様子を随分と気にかけていたらしく、俺の報告を聞いて安堵の息を漏らしていた。
そして週明けの月曜日と言うキツい授業を全て乗り越え、やっと放課後を迎えた。
「やっと終わった……何で月曜日の授業って、こうも怠いんだろうな?」
「そうだな。でもな大樹、俺達にとっての本番は今からだぞ?」
「そうよ。一応事前に内諾を貰っているとは言え、実際に許可書を貰うまでは安心できないわ?」
「そうだね」
俺達3人は今、生徒会室と看板が掲げられた扉の前に立っていた。以前、生徒会書記の子に取りに来るように言われていた、創部許可書を取りに来たのだ。間に中間考査を挟んだとは言え、創部手続きを始めてから半月……1ヶ月近くが経ってしまった。
しかし遂に今日、創部手続きが全て終了するのだ。
「さて、何時までもここに突っ立っていても仕方が無い。入るぞ?」
そう言って、裕二が生徒会室の扉をノックする。
すると、部屋の中から声が聞こえて来た。
「はぁい? どなたですか?」
「2年の広瀬です。創部申請の件で呼ばれていたので、他2名と一緒にきました。入室しても良いですか?」
「あっ、創部の件ですね? どうぞ、鍵は開いているので入ってきて下さい」
「分かりました。じゃあ、失礼します」
入室の許可を貰ったので、裕二は一声掛けた後に扉を開けた。
出来るだけケアをしていたとは言え、やっぱり影響は出ますね。
とは言え、大樹君達のフォローもあり重症化は避けられました。