第132話 初ダンジョン探索の成果を確認する
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俺達が建物の中に入ると、既に探索を終えたと思わしき数組の探索者グループが、待合室のソファーに座っていた。
「おー、今日は結構空いているな」
「そうだな。これなら結構早く手続きも終わるかもしれないな」
「かもな……」
裕二と軽口を交わしながら、俺は受付け機から買取りカウンターの整理券番号札を取得する。紙に書かれていた数字は、78番。呼び出し機の電光掲示板に書かれた数字が75番なので、3組待だ。
……結構早く回ってきそうだな。
「……3組待ちか。早ければ、10分位で順番が回ってくるかな?」
「3組なら、そんなもんじゃないか?。まぁ取り敢えず、ソファーに座って待たないか?」
「賛成。空いている所は……」
俺は空いている席を探そうと、待合室の中を見回そうとしたのだが……。
「お兄ちゃん、裕二さん。こっちだよ!」
美佳が少し奥まった所にある、テーブル付きのコの字型ソファーから手を振りながら俺達を呼んでいた。何時の間にか、女子3人組は席を確保しに行っていたようだ。
俺は裕二と顔を見合わせた後、軽く溜息を吐いて美佳達のもとへ移動する。
「美佳。先に席を確保するのなら、一声かけてからにしろよ?」
「ごめんごめん。でも、整理券番号札をお兄ちゃん達が取りに行ったんだから、私達が別れて先に席を確保しに行った方が効率的じゃない?」
「まぁ、そうだろうけどさ……」
俺は軽く美佳に文句を言いながら、ソファーの空いてる席に座る。
「すみません、お兄さん。一声かけてから、離れれば良かったですね……」
「あっ、そんなに畏まって謝らないでよ沙織ちゃん。別に怒っているって訳じゃないんだからさ……」
沙織ちゃんが軽く頭を下げながら謝罪しようとしていたので、俺は慌てて止める。ただの軽口なんだから、真に受けて謝らないでくれないかな……。
もう、参ったな。
「ふふっ、そうよ沙織ちゃん。唯の兄妹の戯れあいなんだから、真に受けると疲れるわよ?」
「戯れあいって……柊さん」
「でも、事実そうでしょ?」
「……」
……まぁ確かに、戯れあいと言ったら戯れあいだよな。俺と美佳は照れ隠しに、頭の後ろを掻きながらそっぽを向く。そんな俺達の様子を、柊さんと沙織ちゃんは苦笑を漏らしながら見ていた。
すると、俺と同じ様にソファーに座っていた裕二が口を開く。
「それより。美佳ちゃん、沙織ちゃん。探索者カードと、ドロップアイテムは用意している?」
「えっ、あっ、うん。ちゃんと準備してるよ、裕二さん」
「はい。私も大丈夫です」
そう言って美佳は、床に置いたバッグの中から保冷バッグと探索者カードをテーブルの上に取り出し、同じ様に沙織ちゃんもコアクリスタルと探索者カードを出した。
俺は、その新人探索者らしからぬ手際の良さに感心する。
「準備が良いね……柊さんが教えたの?」
「ええ。買取りカウンターでゴタゴタしない様に、更衣室でバッグから取り出し易い様に入れ替えさせておいたのよ」
「へー」
柊さんが言う様に新人探索者の多くは、買取りカウンターでゴタゴタしながらドロップアイテムを取り出し、無駄に時間を浪費するのだ。買取の手際1つとっても見る者が見れば、先輩探索者にキチンと指導を受けたかどうかを判断する事が出来る。
美佳達は柊さんに、その辺りの事も指導されていた様だ。
「まっそれは良いとして……2人とも。今2人が持っているドロップアイテムを買い取って貰った時、ショックを受け無い様にな?」
「「?」」
美佳と沙織ちゃんは裕二の言葉の意味が分からず、首を傾げているが、俺と柊さんは、ああなる程……と、裕二が言いたい事の意味を理解した。つまり、安く買われても驚くな、と言う意味だ。
最近は探索者の数も増え、市場に流れるドロップアイテムの数も安定化し始めていたので、一部のドロップアイテムを除き食品アイテム系やコアクリスタルは買取価格が低下傾向にある。
「まぁ、これも1つの経験だな」
「ちょっと、ショックが大きい様な気もするけどな……」
「そうかしら?現実を直視するのに、良い機会よ」
裕二も柊さんも、中々厳しい事を言うな。まぁ確かに、現実は何時か直視しないといけないけどさ。
そんな俺達のやりとりを不安気な表情を浮かべながら聞いていた、美佳が話しかけてくる。
「えっと、お兄ちゃん? それって、どう言う事?」
「あぁ、それはだな……」
俺が美佳の質問に答えようとした時、デジタル音声の呼び出し音が聞こえた。
「整理券番号、78番、でお待ちのお客様、7番、買取カウンターまでお越し下さい」
どうやら、俺達の番が回ってきた様だ。
美佳達は俺の話の続きを聞きたそうにしていたが、折角待っていた順番を逃すのも惜しいので、予備知識無しで買取カウンターに向かう。
あまりショックを受けないといいな。
美佳達を先頭に置いて、俺達は買取カウンターの前に並んだ。
「お待たせしました、本日のご用件は?」
「ど、ドロップアイテムの買取をお願いします!」
「ドロップアイテムの買取ですね? ではまず、探索者カードを提出して下さい」
「はっ、はい!」
ニュアンスのおかしな返事を返しながら、ガチガチに緊張している美佳と沙織ちゃんは、ぎこちない動作で探索者カードをカウンターに提出する。そのおかしな2人の様子に、笑顔で対応していた受付のお姉さんも、若干苦笑気味だ。
何をそんなに緊張しているんだか。
「お預かりします。……はい。では次に、こちらのカメラを順番にご覧下さい」
「「は、はい」」
美佳と沙織ちゃんは順番に、カメラを数秒注視する。
「はい、大丈夫です。これで、本人確認が取れました。では、買い取り希望の品を提出して下さい。あっ、買い取り希望の品は多いですか?」
「い、いえ。1人1つずつです」
「そうですか。では、こちらのトレーにお願いします」
「こ、これです。よろしくお願いします」
「お願いします」
美佳と沙織ちゃんは係員の女性が差し出したトレーの上に、密封袋に入ったウサギ肉とコアクリスタルを置く。
係員の女性は受け取ったトレーに蓋をかぶせ、個体識別用のバーコードラベルを貼る。
「ではお預かりします。こちらの番号札をお持ちになって、査定が終了するまでお持ち下さい」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「お願いします!」
バーコードが印字された番号札を受け取りながら、美佳と沙織ちゃんが係員の女性に軽く頭を下げた。
「さっ、2人とも。受付も終わった事だし、鑑定が終わるまで席で待とうか? 何時までもココにいると、他の人の邪魔になるからね」
「うん」
「はい」
やり遂げた感を醸し出している2人に声をかけ、俺達は元の座っていたソファーに座った。ソファーに座ると俺は早速、息を吐き出しながら緊張を解いている美佳と沙織ちゃんに話しかける。
「2人とも、随分緊張していたみたいだね?」
「う、うん。まぁ、ね?」
「他の買取手続きをしている人達が提出したドロップアイテムの量に比べて、私達の提出した量は1つずつでしたので、馬鹿にされるかな?って思ったんですよ」
「そんな事を心配したんだ、2人とも。何、新人探索者の初ダンジョン探索の成果なんて、こんな物だよ。俺達だって初ダンジョン探索の成果は、1人1つずつだったしな。ねっ裕二、柊さん?」
成果が少ない事を気にしているらしい2人を励ます為、俺は裕二と柊さんに話を振る。
別に気にするような事じゃないとは思うんだけどな……。
「ああ。俺は確か……銅の鉱石だったかな?」
「確かそうだった筈よ。因みに、私は沙織ちゃんと同じ、コアクリスタルだったわよ」
このタイミングで、俺の手に入れたと言うか提出したアイテムについては黙っておこう。
「ほらな? 皆の、初ダンジョン探索の成果なんてこんな物だよ。今はまだ、無理をする様な段階じゃないさ。まずは、ダンジョン探索に慣れる事から始めないとね」
「大樹の言う通りだぞ、2人とも。ここで成果が少なかったからと言って、無理をすると大怪我に繋がるからな」
「そうよ。他人の目が気になると言う気持ちも分かるけど、焦って自分の身の丈に合わない探索をするのは厳禁よ」
俺達は口々に少ない成果を気にする美佳と沙織ちゃんに、焦って無理なダンジョン探索はするなと伝えた。
実際問題、新人探索者の負傷率が跳ね上がるのは、初回よりも2回目の探索に多い。何故なら先程美佳と沙織ちゃんが見せた反応通り、初回探索での成果を不満や恥と受け取り、2回目のダンジョン探索で無理をする者が多いからだ、特に10代の青年層が。
「……お兄ちゃん達も、初回は一つずつだったんだね」
「そうですか……分かりました。慣れるまで、ダンジョン探索で無理はしません」
どうやら2人とも、俺達の話を聞き入れてくれたようだ。
しっかし……俺達の周りの席から時々上がって聞こえてくる、苦悶に満ちた呻き声は何だろうか? まぁ何となく理由に察しは付くが、知らないと言ったら知らない。
そんなこんな話をしていると何時の間にか時間は過ぎ、査定終了の呼び声が掛けられた。
「番号札31番、チームNES様。買取査定が終了しました。7番窓口までお越し下さい」
「呼ばれたな。じゃぁ行こうか、2人とも?」
「うん!」
「はい!」
番号が呼ばれた俺達は、荷物を持って7番窓口へと移動する。
窓口に着くと、係員の女性が話しかけてくる。
「お待たせしました。買取査定が終了しました。こちらがドロップアイテムの、買取額の明細になります」
「ありがとうございます」
そして、美佳と沙織ちゃんは受け取った明細に目を通し固まる。
まぁ、無理も無い。二人にとって、予想外の数字だったんだろうな……。
「あの……すみません。これって、本当にこの額で正しいんですか?」
沙織ちゃんは見間違えかと思ったのか、係員の女性に動揺しながら尋ねる。
「はい。査定の方は買取相場に照らし合わて決定されますので、その額で間違いはありません」
「……そう、ですか」
未だ信じられないと行った様子で、沙織ちゃんは唖然と手元の明細書を凝視していた。
うーん、少し動揺しすぎじゃないかな?
「2人とも、幾らだったの?」
「「……」」
俺の問い掛けに、2人は無言で買取明細書を俺に渡してきた。俺は二人の買取明細を受け取り、両手で持って横から覗き込んでくる裕二と柊さんにも見えるようにする。
何々……?
「美佳が500円で、沙織ちゃんが100円か……随分買取相場も安くなりましたね?」
俺は明細を見た感想を、係員の女性にふった。
「はい。最近では、浅い階層のドロップアイテムは探索者が増えた事で供給量が安定し、全体的に買取額が低下していますので。浅い階層での高額買取商品と言えば、マジックアイテムやスキルスクロールなどになりますね」
「なる程、そうですか。と言う訳だ2人とも、この査定は適正額らしいよ」
「「……」」
二人は俺と係員の女性の話を聞いても、不満と言う感情を顔に隠さず浮かべていた。
まぁ、あんな大変な思いをして、報酬がこれじゃ不満も募るか。
「あの、買取を希望されるのでしたら、この書類にサインをお願いします」
「あっはい、待たせてすみません。で、2人とも……どうする?」
「……書く」
「……私も書きます」
そう言って美佳と沙織ちゃんは、買取手続きの書類にサインを入れ係員の女性に提出する。
「はい、ありがとうございます。では、こちらが買取金になります。本日は、ご利用ありがとうございました」
「「……ありがとうございました」」
美佳と沙織ちゃんは、それぞれのトレーに乗せて差し出された500円玉と100円玉を受け取り、不満顔を浮かべたまま軽く頭を下げた。
俺は気落ちしながら歩く2人の背中を見ながら、どう慰めようか?と裕二と柊さんに目配せをした。
美佳ちゃん達の初成果は、かなりショボイ結果に終わりました。
まぁ、1階層の有り溢れたドロップ品ですからね。ダンジョン開放初期の頃なら兎も角、今更高値は付きません。