第131話 妹、初ダンジョン探索を終了す
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若干顔色が蒼い美佳達を気遣いつつ、俺達はダンジョンの入口を目指し帰路に着いていた。途中、汚れどころか衣類の乱れさえ無い俺達に、すれ違う探索者達は怪訝な表情を浮かべながら見てくる。だが蒼い顔の美佳達の様子を見て、皆納得した表情を浮かべ軽い慰めの挨拶をして去っていく。
吐いていないだけ、まだマシなんだよぁ……。
「大丈夫か、2人共?」
「う、うん」
「はい」
どうやらモンスター退治からそれなりに時間が経った事と、ダンジョン探索がもう直ぐ終わると言う安堵感から一気に心労が来たようだな。
2人の返事の声は小さく、入場前の覇気は無く注意力も散漫になっている。早めにダンジョンを出て、2人を休ませないとマズイな……。
「もう直ぐで外に出られるから、頑張れ。ダンジョンの中だと、ゆっくり休めないんだからな」
「うん」
「はい」
俺達は2人に励ましの声を掛けながら、入口を目指し歩くスピードを少しだけ上げた。
しかし、こう言う時に限って邪魔と言うものは出てくる。
「……モンスター」
ライトの光で照らし出されたモンスターの影を確認し、美佳の口から少し引き攣った様な響きの混じった声が漏れる。もう直ぐで出口だと安堵した所での遭遇だ、心労の溜まっている美佳と沙織ちゃんにはキツい状況の様だ。
「……来るぞ」
俺達の先頭を歩いていた裕二がモンスター……ハウンドドッグの動きを見て言葉短く注意を促す。
そしてライトで照らされたハウンドドッグは、裕二の声を切っ掛けにしたかの様に俺達に襲いかかってきた。威嚇の咆哮を上げたハウンドドッグは、ホーンラビットより速い移動速度で走り寄ってくる。俺達とハウンドドッグの間合いは見る見る縮まり……。
「邪魔だ」
裕二は短く言葉を吐いた後、無造作に右足でハウンドドッグの顎を下から蹴り上げる。鉄板で補強された安全靴での蹴りだ、それはさながら鈍器による一撃に等しい蹴りだった。裕二の蹴りを顎に食らったハウンドドッグは、鈍い打撃音を辺りに響かせながら悲鳴も上げられず天井付近まで吹き飛ぶ。
そして、ハウンドドッグは綺麗な放物線を描きながら数秒間の空中浮遊をした後、潰れたトマトの様な鈍い着地音を立てながら地面に落下した。
「おおっ、良く飛んだな。天井ギリギリじゃないか」
「そうね。蹴り上げた頭が爆散していない所を見ると、力加減も上手くいっている様ね」
「「……」」
俺と柊さんは裕二の手加減具合に感心し、美佳と沙織ちゃんは目と口を見開き唖然としていた。まぁ、軽い調子の蹴りでモンスターが宙を舞えばそう言う反応にもなるか。で、モンスターを蹴り飛ばした当人の裕二はと言えば、蹴った足を下ろし倒れ伏し痙攣しているハウンドドッグを注意深く観察していた。
そしてハウンドドッグが落下して数秒後、ハウンドドッグの死体は跡形もなく消えた。
「……残念、外れか」
裕二は何も残らない地面を見て、若干残念気な呟きを漏らす。どうやら今回のハウンドドッグは、ドロップアイテムを残さない、ハズレモンスターだったようだ。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
「ん? なんだ?」
裕二のとんでも迎撃術を目撃して唖然としていた美佳が、動揺を隠せない様子で俺の袖を引っ張りながら話しかけてくる。
「モンスターに、ハズレってあるの?」
「ああ、そう言えば言ってなかったか? ドロップアイテムには、出現率ってのがあるんだ。比較的よくドロップするアイテムは、沙織ちゃんが手に入れたコアクリスタルや美佳が手にしたモンスター肉で、マジックアイテムやスキルスクロールは希だな。だから、ドロップアイテムを残さないモンスターはハズレって呼ばれるんだよ」
「へぇー、そうなんだ」
「勿論、例外はあるぞ。例えば……柊さん良いかな?」
「ええ、良いわよ」
俺のお願いを快く受け入れてくれ、柊さんは腰の後ろから一本のナイフを取り出す。数多のモンスターの血を吸った、柊さん愛用の剥ぎ取りナイフだ。このナイフで、どれだけオークやミノタウロスのブロック肉が出てきた事か……。
美佳と沙織ちゃんは、柊さんの取り出した剥ぎ取りナイフを凝視する。
「見ての通り、見た目は唯のナイフだけど、実はこれマジックアイテムなんだよ」
「「マジックアイテム……」」
柊さんの持つ剥ぎ取りナイフを凝視しながら、俺の言ったマジックアイテムと言う言葉を美佳と沙織ちゃんは感心した様な口調で呟く。
「この剥ぎ取りナイフの効果は、倒したモンスターに突き刺すと食用アイテムをドロップさせると言う物だ」
因みに、この剥ぎ取りナイフを使用すると肉などの食用アイテム以外ドロップしなくなるので、スキルスクロールやマジックアイテムが欲しいのであれば、剥ぎ取りナイフの使用は厳禁だ。食材調達が専門の探索者なら問題ないんだけどな、昔の柊さんみたいに。
「へー、便利な物があるんだね」
「まぁ、デメリットもあるんだけどな。便利なのに違いはないよ。ねっ、柊さん?」
「ええ。これのお陰で、随分助かったわ」
柊さんは手にした剥ぎ取りナイフを、感慨深げに見る。まぁ実際、剥ぎ取りナイフのおかげで毎回、目標量のオーク肉が手に入れられたからな。
剥ぎ取りナイフがあるのと無いのじゃ、調達効率に天と地ぐらいの差があるからな。
「おーい、皆。話はその辺にして、早くダンジョンを出ないか? 話をするのなら、ダンジョンを出た後にでも出来るぞ」
「あっ、悪い裕二。じゃぁ取り敢えず話はここまでにして、ダンジョンを出ようか?」
ハウンドドッグを倒した後、辺りを警戒していた裕二が長話をしていた俺達の話に割って入ってくる。俺はバツの悪い表情を浮かべ、裕二に軽く頭を下げ謝った。
「そうね。詳しい話は、ダンジョンを出た後にまたしましょう。良いわよね、美佳ちゃん、沙織ちゃん?」
「「はい」」
柊さんは剥ぎ取りナイフを元の位置に収納し、残念そうな表情を浮かべていた美佳と沙織ちゃんをたしなめる。
「よし。じゃぁ、出発するぞ」
俺達の出発準備が出来た事を確認し、号令を掛けながら裕二は歩き始めた。俺達もそんな裕二の後を追い、再び歩き始めた。
そして10分後、俺達はダンジョンを脱出し美佳達の初ダンジョン探索は終了した。
ダンジョンを出た俺達は未だ多数の探索者が並ぶ入場者を横目に見ながら、滅菌灯やエアシャワーがある衛生管理区画へと足を進める。俺達にとっては既に慣れた行為だが、大掛かりな滅菌行為が初体験の美佳達は驚愕していた。
まぁ、いきなりバイ菌扱いされたら驚くよな。
「ビックリした。ダンジョンを出たら、探索者ってこんな事しないといけないんだね……」
「これもダンジョンが原因の、バイオハザードを起こさない為の処置さ。万が一を起こさない為の備え、って奴だな」
「そっか……でも、バイ菌扱いはちょっと嫌かな?」
衛生区画の必要性を理解しつつも、美佳は不満そうな表情を浮かべていた。
うーん。“洗浄”スキルを使うタイミングが、早かったかな? 返り血を浴びたまま行動する不快さを、美佳達にも体験させておくべきだったかもしれない。返り血が付いたままダンジョンを出れば、もう少し衛生管理区画の必要性を実感出来たかもしれないな。
「なに、ダンジョンに通っていればその内慣れるさ」
「そうかな……?」
「ああ、そんな物さ」
そして美佳と話している間に、全員の滅菌処理が終了した。滅菌処理を終えた俺達はいまだ長蛇の列を作る入場者の行列の脇を抜け、ダンジョンの入口がある建物を後にする。
その後、俺達は更衣室に直行した。
「着替え終わったら、またこの待合室で会いましょう」
「了解。じゃっ、また後で」
「ええ。美佳ちゃん、沙織ちゃん、行きましょう?」
「「はい」」
更衣室の前で俺達は別れ、美佳と沙織ちゃんは柊さんに連れられ更衣室に入って行った。
俺と裕二は3人を見送った後、その場に佇み少し話をする。
「……今の所、大丈夫そうだな」
「ああ。顔色は少し悪いけど、2人とも取り乱す様な様子は無いし、大丈夫だろう」
「そうだな。でも今はまだダンジョン探索直後で疲労の実感が薄い、って所じゃないか? 俺も初ダンジョン探索の疲れを実感したのは、帰宅した後だしな」
何だかんだ言っても、一番気が抜けるのは自宅だしな。
俺も初探索後の昼飯は普通に食べられたのに、家での夕食はロクに喉を通らなかった。うーん、となると美佳達にも昼食の時に腹一杯食べさせておいた方が良いかもな。
「そうかもな……」
どうやら裕二も心当たりがあるのか、何かを回想している様な苦々し気な表情を浮かべている。
「まっ、後は2人の心持ち次第だけどな。俺達に出来るのは、相談に乗るくらいか」
「そうだな。2人とも、溜め込み過ぎない内に相談してくれれば良いけど……」
「後で柊さんにも、2人が相談してきたら乗ってあげて、ってお願いしておくか」
「それが良いだろうな。俺達に相談しづらかったとしても、柊さんとなら女同士で相談しやすいかも知れないからな。……俺からも頼んでおくよ」
「ありがとうな、裕二」
「なに、気にするな」
俺は裕二に軽く頭を下げ、礼を言う。
「さて。じゃぁ、俺達も着替えるか?」
「ああ、そうだな。あまり長話をしていると、柊さん達に先を越されるな」
話を終えた俺と裕二は、荷物を持って更衣室へ移動した。
モンスターと戦う事も無かった俺は、特に汚れると言う事も無かったので早々に着替えを終えた。
ダンジョンを出る前に“洗浄”スキルを使ったから本当は必要はなかったかもしれないけど、一応シャワーを浴びて汗は流した……まぁ気分だな気分。
そして早々に着替えを済ませた俺と裕二は、待合室のソファーに座ってジュースを飲みながら柊さんが出てくるのを待っていた。待っていたのだが……。
「なぁ、裕二……」
「……何だ?」
「俺達さ……かれこれ、どれ位待ってるんだっけ?」
「さぁ、な? 俺達が更衣室を出て20分は経つんじゃないか?」
「そっか……」
更衣室を出て少しの間は互いに話をしていたが、特に話す話題も無くなったので互いに自分のスマホを弄り始めたのだが……未だ誰も出てこない。
そろそろ出てきてくれないかな……。
「そう言えばさ、裕二」
「……ん? 何だ?」
「この後どうする? 今さ、まだギリギリ12時前じゃないか? 下の街で、お昼を食べて帰るか?」
「……そうだな。一応、昼飯は買って持って来ているけど……コンビニおにぎりだしな。持って帰る事も出来るし……下で食べて帰るのも良いかも知れないな」
「そだよな」
今日のダンジョン探索は元々、美佳達にダンジョン探索がどういう物か体験させると言う目的だったので、短時間で切り上げる予定だった。なので、食料品は各自コンビニおにぎり数個しか用意して来ていない。食べずに持ち帰る事には、大して支障はない。
たまには、下の街で食べるのも良いのではないのだろうか。
「大樹は、どこか良い店でも知っているのか?」
「ん? はい、これ。そこのフリーペーパー置き場に置いてあったぞ」
俺は、ジュースを買った時に取って来ていた、フリーペーパーを裕二に渡す。
「下の街のグルメマップだってさ、割引クーポンも付いてるぞ」
「どれどれ……へぇ、いっぱいあるな」
裕二は俺が手渡したグルメマップを熟読し、昼食をとる店を俺と一緒に吟味し始める。
そして俺と裕二が店を決めた頃、やっと柊さん達が更衣室から出てきた。
「お待たせ、2人とも」
「おまたせ!」
「すみません、お待たせしました」
私服に着替え荷物を持った3人が、ソファーに座りグルメマップを見ていた俺達に話しかけてくる。
俺達はその声を聞き、グルメマップから顔を上げて3人に軽い調子を装い返事を返す。
「そんなに待ってないから、大丈夫だよ」
「ああ。気にしなくて良いぞ」
本当は、30分近く待っていたんだぞ!と言いたいが我慢する。ここでそんな事を言っても空気を悪くするだけで、何も良い事はないからな。
「あれ? お兄ちゃん、何を見ているの?」
「ん? 下の街のグルメマップだけど?」
「グルメマップ?」
俺は疑問符を浮かべる美佳や沙織ちゃん、柊さんに、先程まで裕二と話していた内容を説明する。
「へー、下の街にもダンジョン産の食材を使った料理屋さんが、こんなに有るんだ」
俺達の話に、一番食いついたのは柊さんだった。飲食店の娘という事もあり、興味津々といった様子だ。
「良いんじゃないかしら? 昼食を下の街で取るって言うのは」
どうやら、柊さんは俺達の提案に賛成の様だ。
しかし、美佳と沙織ちゃんは少々表情が暗かった。
「えっと、お兄ちゃん。ダンジョン産の食材を使った料理屋さんって、普通の料理屋さんより高いよね?」
「ん? ああ、まぁ原材料費がかかっている分、普通の料理屋よりは高い価格設定だろうな」
「……じゃぁ、私は無理だよ。そんなお店に入る様なお金、余分に持って来ていないよ」
「……私も無理ですね。今日は余分なお金は持って来ていないので、そんな高価格設定のお店にはいけません」
美佳と沙織ちゃんは行きたいけど無理だと言う、残念気な表情を浮かべていた。
なので。
「心配するな。2人の昼飯代くらいなら、俺が奢ってやるよ。初ダンジョン探索を、2人とも無事に乗り切れたって事でさ」
俺の収入的にはそう痛い出費と言う訳ではないので、俺は2人に奢ってやると提案する。
それに2人には帰宅する前の今の内に昼食を確り取らせておかないと、夕食が食べられないって可能性があるからな。この提案は、その予防策だ。
「本当!」
「ああ」
「やった!」
俺の真意には気付かず、美佳は俺が奢ってやると言ったので飛び跳ねて喜ぶ。
「良いんですか、お兄さん? 私の分まで……」
「ああ、かまわないよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「良いってことさ」
沙織ちゃんは頭を下げながら、俺にお礼を言った。
そして話が纏まった所で、俺は声をかける。
「よし。じゃぁこの後の予定も決まった事だし、早くドロップアイテムの換金を済ませてしまおう」
「そうだな。じゃぁ、行くか?」
「ええ、行きましょう」
「うん!」
「はい」
そして俺達は更衣室を後にし、買取カウンターがある建物へと移動を開始した。
お着替えと言う名の、柊さんの精神ケア。
男二人は、待ちぼうけを食らう目に……。




