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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第8章 ダンジョンデビューと体育祭に向けて
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第130話 初探索を終了し帰還す

お気に入り12230超、PV8740000超、ジャンル別日刊14位、応援ありがとうございます。


 

 


 

 

 俺はドロップしたウサ肉を手に取りながら、心ここにあらずといった様子で立ち尽くす美佳に声をかける。


「美佳……大丈夫か?」

「……うん」


 俺の問い掛けに美佳は小さな声で返事を返すが、目が虚ろで表情の変化が乏しい。手に持つ槍も穂先が地面を擦っているのに、その事にさえ気が付いていない様だ。

 うーん、ちょっと荒療治をするか。裕二や柊さん、沙織ちゃんに目配せをした後、俺は軽く息を吸い……。


「美佳!」

「!?」


 俺が大声で名前を呼ぶと、美佳は一瞬体をビクつかせ慌てて驚きの表情を浮かべた顔を俺に向けていた。良し、正気に戻ったな。

 俺は美佳の槍を持っていない方の手を取り、その手に拾い上げたウサ肉を手渡す。


「……ほら。これがお前が今の戦闘で手にした、お前の成果だ」

「……これ」


 美佳は自分の手に収まる、一塊のウサ肉を凝視する。大きさとしては、500mlのペットボトル飲料より小さく軽いのだが、美佳の目にはそうは映らなかった。


「……重いね、これ」

「……そうか?」

「……うん」


 ウサ肉を凝視したまま美佳は小声で呟き、そっとウサ肉を握り締めた。美佳は未だ仄かな温かさが残るウサ肉を手に持った事で、漸くホーンラビットを倒した……殺したという事を実感した様だ。

 美佳の目頭が僅かに潤んでいるように見える。それは罪悪感や後悔の念からくる物なのか、モンスターと対峙する恐怖から解放され安堵したからなのか……。 

 

「そうか、それなら忘れずに覚えておくと良い。美佳が探索者を続けるというのなら、その重さを味わう機会はこのあと幾度となく訪れる。その重さを感じるのが嫌というのなら……探索者を続けるのは辞めておけ」

「……」

 

 美佳は俺の話を聞き、唇を噛んで俯く。

 数秒そのまま黙りこんだ後、美佳は顔を上げ……。


「お兄ちゃん。私、探索者を続ける」

「……良いのか? 探索者を続けると言う事は、今お前が感じている様な思いや、それ以上の思いを何度も味わうかも知れないんだぞ?」

「分かってる。確かに、モンスターを……倒す事には躊躇するし嫌悪感もあるよ。でも、お兄ちゃん達だって乗り越えられてるんだもん。私だって、受け止めて乗り越えられる様になる筈だよ」

 

 俺は黙って美佳の決意表明に耳を傾けながら、美佳の目を真っ直ぐに見る。美佳の瞳には、決意と覚悟の色がアリアリと浮かんでいた。

 うーん、この様子なら取り敢えず大丈夫そうかな? でもまぁ、もう少し時間が経ってからもう一度聞いて見よう。もしかしたら、意見が変わっているかもしれないからな。


「……分かった。でも、辛かったら我慢せずに言えよ? 何時でも相談には乗るんだからな」

「……うん」


 俺が美佳の頭に軽くふれながら優しくそう言うと、美佳は小さな声で返事を返す。

 嫌々探索者を続けて、鬱憤を無理に溜め込むといつ振り切れるか分からないからな。誰かに不満を話すだけでも随分心が楽になるから、そのあたりのストレス管理は重要だ。

 

  

 

 

 

 

 

 一先ず美佳も落ち着いたので、やるべき事をやろう。


「さて、と。じゃぁ後片付けをして、次のモンスターを探しに行こう」

「うん!」


 美佳は背負っていたバッグを下ろし、中から小さな目の保冷材入りの保冷バッグと密閉袋を取り出す。ウサ肉を密閉袋に入れ、保冷バッグに入れてバッグに収納する。

 そして最後に、ホーンラビットの血や脂で汚れた穂先を、キッチンペーパーとアルコール入りウエットティッシュで拭き上げて行く。なので……。


「沙織ちゃん」

「はい」

「こうやって一人が作業している間、他のパーティーメンバーは周辺警戒をして置く……って事を覚えておいてね。ダンジョン内だと何時、モンスターが襲って来るか分からないから。皆で戦闘をこなしたとしても、作業は交代で必ず警戒役を置いておく事。良いね?」

「はい!」

 

 俺は沙織ちゃんに、戦後処理作業をする上での注意点を教えていく。希に全員で一斉に作業をして、作業中にモンスターの襲撃を受けると言う間抜けなパーティーも居るので、言っておいて損は無い。 


「良く拭いておけよ、美佳。拭き残していると切れ味が落ちて、いざって言う時切れなくなるからな」

「うん。でもこれ、中々綺麗にならないね……」

「槍は金属だから、まだ拭き易い方だぞ? 服なんかについたら、念入りに洗わないと落ちないからな」


 “洗浄”スキルを手に入れる前は、服や防具に付いた汚れを落とすのに苦労したからな。ロッカールーム備え付けの洗濯機を、汚れが落ちるまで何度も回した記憶がある。 

 俺は以前の洗濯事情を思い出しつつ、美佳に応急処置の方法を教えていく。 


「出来た!」

「どれどれ? うん……まぁ良いだろ」


 俺は美佳から槍を受け取り、手入れ具合を確認していく。柄の方に多少の拭き残し感があるが、ダンジョン内での応急処置としては十分だろう。

 でもまぁ取り敢えずコレで、戦後処理の練習は良いだろう。後は、仕上げだな。 

 

「じゃぁ、美佳。荷物を全部身に着けて、そこに立って」

「うん」


 美佳は俺の指示に従い、バッグを背負い直し俺の前に立つ。

 俺は美佳に右手を向け……あえて向ける必要はないけど、一応形だけは取っておく。 

 そして、一言。


「“洗浄”」


 俺が口にした言葉を切っ掛けに、美佳の体から返り血などの汚れが消えて行く。

 数秒もすると、美佳の姿はダンジョンの中に入る前と同様の綺麗な物へと変わった。


「はい、終了。どうだ? スッキリしたか?」

「う、うん……えっと、お兄ちゃん何をしたの?」

「ん? “洗浄”のスキルを使ったんだよ。モンスターとの戦闘で付いた返り血汚れ何かを消す、便利なスキルだ」

「そんなスキルがあるんだ……」


 美佳と沙織ちゃんは、初めて見た“洗浄”スキルの効果に、驚き感心していた。

 そしてある程度落ち着くと、今度は羨望の眼差しを向けてくる。


「欲しいのか?」

「うん。あったら便利そうだな……って」

「モンスターがドロップする物を手に入れるってのが正攻法だけど、一応協会のオークションサイトから手に入れるって方法もあるぞ。……高いけど」


 俺の高いと言う言葉に反応し、美佳は警戒する様な表情を浮かべる。

 まぁ美佳達の槍代を立て替えられる俺が、あえて高いと言ってるからな。警戒の一つもするか。


「えっと……幾らぐらいするの?」

「そうだな。最近見た相場だと……スキルスクロール1本で150万位はするかな?」

「ひゃっ、150万円!?」

「ほ、本当ですか!?」


 俺が金額を口にすると、美佳と沙織ちゃんは目を見開きながら驚き絶叫する。

 まぁ、無理ないか。


「ああ。深い階層に潜れる探索者が増えて、需要が伸びて値が上がってるんだよ。何せこの“洗浄”スキルを持っていれば、戦闘中でも武器の手入れが可能になって、返り血塗れのまま探索を続行しなくても良くなるしな。それは、需要も伸びるよ」

「だな。戦闘中に武器の手入れが出来るとなれば、そのメリットは計り知れないからな。特に複数のモンスターと戦う事になる下の階層を主な狩場にしている様な探索者からしたら、必須スキルと言っても良いんじゃないか?」

「そうね。他にも、血塗れで探索をしなくて済むとなれば、精神的にもかなり楽になるわよ」  


 俺達3人は“洗浄”のスキルスクロールの高額さに驚く美佳達に、高額な理由とスキルを保有するメリットを説明していく。

 そして、丁寧に説明をした結果……。


「そうなんだ。じゃぁ槍の代金をお兄ちゃんに返済しても、“洗浄”スキルを手に入れていなかったら、オークションで購入する事を検討してみるのも良さそうだね。沙織ちゃんはどう思う?」

「そうだね。お兄さん達の話を聞いていると、持ってた方が良さそうだよね……お金があればだけど」

「そうだね」

「「はぁ……」」


 美佳達は“洗浄”スキルに興味を示したが、お金の問題を思い出し意気消沈する。まぁ今の美佳達は、借金持ちの零細探索者だからな。欲しくても元手が無いのでは、手の出し様がない。

 なので現状では、運良くモンスターが“洗浄”のスキルスクロールを落とすのを期待するしかない。 


「まぁまぁ二人共、そう落ち込むなよ。俺達が一緒に潜っている間は俺達が“洗浄”スキルは使ってやるから、そう急いで手に入れなくても大丈夫だからさ」

「だな。“洗浄”のスキルスクロールは他の物に比べて割とドロップし易い傾向にあるから、運が良ければ俺達と一緒に潜っている間に手に入れられるさ」

「そうよ。それに購入資金だって、頑張れば貯められ無い額では無いわよ」


 俺達は口々に、落ち込む美佳達を励ます。

 実際俺達も、柊さんが“洗浄”のスキルスクロールを手に入れた後にゴブリン達と何度か戦闘を繰り返した結果、“洗浄”のスキルスクロールを1つ手に入れたので、購入は1本分で済んだ。因みに、購入したスキルスクロールの代金は3人で割り勘した。

 そして励ました結果、なんとか二人もテンションを持ち直したので探索を続行する。


「さて、皆。随分時間を使った事だし、そろそろ出発しようか?」

「ああ、そうだな」

「そうね、行きましょう」

「うん!」

「はい!」


 俺達は再び陣形を組み直し、沙織ちゃんが戦うモンスターを探しに探索を再開した。










 ダンジョンの中を歩き回る事、15分。再びライトの光で、モンスターの影が浮かび上がった。


「あのシルエットは……ホーンラビットか?」

「そうだな。でも珍しいな、連続でホーンラビットが出てくるなんて……」

「そうね、でも丁度良いんじゃない? ホーンラビットが相手なら沙織ちゃん、一度見ているからやり易い筈よ」

「だね……沙織ちゃん」


 こちらを敵と認識し、襲い掛かって来ようとしていたホーンラビットを再び“威圧”で牽制しつつ、沙織ちゃんに声をかける。


「……はい」

「行ける?」

「……だ、大丈夫です」

「そう。じゃぁ、頑張って」

「はい!」


 気合の篭った返事を返した後、沙織ちゃんが俺達の前に出て槍を構える。


「沙織ちゃん、ホーンラビットは首筋を貫くと一撃で倒せるから」

「はい!」

「それと、ホットソース攻撃の援護はいる?」

「あっ、えっと、その……お願いします」


 俺の援護はいるかと言う問いに、沙織ちゃんは先ほどホットソースを食らったホーンラビットの末路を思い出したのか、一瞬援護を断ろうとする素振りを見せたが頭を左右に振りながら思い直し、ホットソースによる援護を要請する。

   

「分かった。じゃぁ、さっきの美佳と同じタイミングで攻撃するから」

「はい、お願いします」


 最後の打ち合わせを済ませ、ホーンラビットに向けていた“威圧”を解く。

 すると、ホーンラビットは沙織ちゃん目掛けて突撃を開始した。先程美佳が倒したホーンラビットと同様に、助走を付け加速したあと角を沙織ちゃんに向け跳躍する。


「……」

 

 沙織ちゃんはホーンラビットが跳躍した瞬間、慌てず騒がず冷静に体をホーンラビットの跳躍軌道から逸らす。

 そしてホーンラビットが沙織ちゃんの横を綺麗に通過して着地した瞬間、動きを止めたタイミングを見計らい俺はホットソースを発射した。


「ギュゥゥゥッ!?!?」

「えいっ!」


 俺のホットソース攻撃を受け悶える転げるホーンラビットに向かって、沙織ちゃんは躊躇無く槍を首筋目掛けて突き出す。

 そして、その穂先は狙い違わず、ホーンラビットの首筋を抉った。


「ギュッ!」


 首筋を抉られたホーンラビットは、短い悲鳴を上げ動かなくなった。


「うわっ、沙織ちゃん躊躇なく行ったね」

「そうだな……。でもアレなら、ホーンラビットも一撃で仕留められた筈だ」


 俺の隣で目を見開いている美佳が、沙織ちゃんの手際に驚きの声を上げる。うん、ほんとに思い切りが良いな沙織ちゃんは。首筋目掛けて繰り出した槍に、一切の躊躇がなかったよ。

 そしてその沙織ちゃんはと言うと、ホーンラビットを槍で貫いた体勢のまま残心をとっているのか微動だにしていなかった。 


「おーい、沙織ちゃん。もう槍を抜いても、大丈夫だと思うよ?」  

「……はい」

「? どうしたの? 大丈夫?」

 

 返事を返し槍をホーンラビットから抜く様子に違和感を覚えた俺は、沙織ちゃんに近寄りながら声をかける。心配しながら顔を覗き込んでみると、沙織ちゃんの顔は強張っており唇を噛み締め何かに耐えている様だった。

 ……躊躇無く仕留めた様に見えたけど、どうやら無理をしていた様だ。


「沙織ちゃん……」

「大丈夫です。でも、覚悟はしていたつもりだったんですけど……やっぱり堪えますね」

「……無理しないで良いよ。誰だって初めてモンスターを……生き物を殺せばショックを受けるからね。特にホーンラビットは、モンスターと言っても見た目が見た目だしさ」

「……はい」


 ホーンラビットの外見は、1本角の生えたデカいウサギだ。そんな物を槍で刺し殺して、ショックを受けない訳がない。俺は沙織ちゃんの頭をヘルメット越しに撫でながら、落ち着かせようと優しく声をかける。

 しかし、沙織ちゃんがされるがままに頭を撫でる手を受け入れているという事は、それだけショックが大きかったと言う事なのだろうな。 


「……あっ、沙織ちゃん。ほら見て、ホーンラビットのドロップアイテムが出たよ」

「……本当ですね」

「あれは……コアクリスタルかな?」


 ホーンラビットの死体があった場所に、小さな結晶が転がっていた。 

 俺は沙織ちゃんの頭を撫でるのを止め、落ちている結晶を拾い上げ鑑定解析を使った。


「ああ、やっぱり。沙織ちゃん、これはコアクリスタルだよ」

「これが、コアクリスタル……」


 沙織ちゃんは俺が手渡したコアクリスタルを掌の上で転がしながら、感慨深げな呟きを漏らす。

 コアクリスタル発電などでコアクリスタルの存在は一般でも知られているが、ダンジョンから産出するコアクリスタルの殆どは国が買取回収するので、探索者では無い一般人が目にする機会はまず無いからな。


「落ち着いた?」

「はい。心配かけてすみません」

「別にかまわないよ。初めてモンスターを倒したら、そうなるのは分かっていた事だからね」


 俺達も初めてモンスターを倒した時には、今の美佳や沙織ちゃんと同じような状態になったしな。それだけモンスター……生き物を殺すという事は衝撃的な出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 沙織ちゃんが戦後処理を終えた事を確認し、俺は二人に問いかける。 


「で、どうする二人共? 一応これで、二人共一体ずつモンスターを倒した事になるんだけど……探索を続けるか?」


 俺達が二人とダンジョンの入口で交わした約束を確認する為、敢えて答えの分かりきった質問を口にした。

 そして案の定、二人は苦々し気な表情を浮かべながら、予想通りの答えを口にする。


「お兄ちゃんの意地悪。聞かなくても、答えは分かるでしょ? ……今日はもう帰ろう」

「……沙織ちゃんは?」

「私も、この後も探索を続けるのは……」

「そっか……。裕二、柊さん、このまま外に出ても良いかな?」


 二人共、顔を左右に振りながら探索続行を拒否する。まぁ、予想通りの展開だな。

 俺は裕二と柊さんに視線を向け、探索を中止して良いかと問いかける。


「勿論、良いぞ。今日はこれ以上、二人に無理をさせる訳にもいかないしな」

「そうね。元々そう言う予定だったし、私も構わないわよ」


 早めに撤収する予定だったと言う事もあり、裕二と柊さんは素直に撤収する事に同意してくれた。


「ありがとう、二人共。じゃぁ、美佳、沙織ちゃん。外に出ようか?」 

「うん」

「はい」 


 こうして、美佳と沙織ちゃんの初ダンジョン探索は終わった。

 と言っても、まだ帰り道があるんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


美佳も沙織ちゃんも、モンスター1体の討伐でギブアップ。やっぱり精神的にきますからね……ここは無理をさせず帰還と相成りました。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ?初ドロップは良いものが来るんじゃ無かったの? ウサギ肉はしょぼいような?
[一言] うん、ファーストドロップはどうですか?
[一言] あれだけ大見得を切ってたのに、ダサすぎて草
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