第128話 モンスターと遭遇す
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ゲートを越えた俺達は、幻夜さんの稽古でもやっていた時と同じ陣形、美佳と沙織ちゃんを中心に置いた三角型の陣形をとってダンジョンの入口を越える。先頭は裕二、左翼に柊さん、右翼に俺と言う配置だ。
足を踏み入れたダンジョンは薄暗いので、まずはLEDライトのスイッチを入れ光源を確保する。一応俺達は魔法でも光源を作れるのだが、今回は美佳達への教導と言う事もあるので、美佳達が使えない魔法での光源確保と言う手段は使わない。
「見ての通り、ダンジョン内は薄暗いから光源の確保は確実にね。一応常夜灯位の明るさはあるけど、ハッキリと物を認識出来る位の明るさが無いとモンスターとの戦闘で難易度が跳ね上がるから。それと、万が一ライトが故障しても良い様に、光源は複数用意する事。良いね?」
「うん」
「はい」
基本的な事なのだが最初に光源の重要性を教える事で、万が一の事態が起きる事を未然に防ぐ事を意識付けさせる。新人探索者の中には、事前情報を得て光源を用意している者であっても、一つしか光源を用意していないと言う者が結構居るからな。
「さてと、二人共。もうダンジョンの中に入った事だし、槍の鞘を外そうか? 鞘を付けたままだと、すぐさま戦闘って言うわけにはいかないからね」
「うん」
「はい」
美佳と沙織ちゃん、そして柊さんは其々自分の槍の穂先から鞘を外し、鞘をバックパックに収納する。入場の列に並んで居る時に、穂先が剥き出しだと危ないからな。
そんな事を考えつつ3人の作業を見ていると、鞘から出された穂先がライトに照らされ輝いた。
「じゃあ先ずはモンスターを探しながら、二人にダンジョンの歩き方を教えるから。しっかり覚えるんだよ」
「うん」
「はい」
戦闘の準備も整ったので、俺達はダンジョンの奥へと足を進める。裕二が二人にお手本を見せるように先頭を歩き、俺と柊さんが都度解説を加えて行く。
「良い、二人共? こうやって通路を歩いている時も、周辺警戒は怠らない様にしなさい。じゃないと、思わない所で奇襲やトラップに引っ掛かる事になるわよ」
「えっと、具体的にはどういう事を警戒すれば良いんですか?」
裕二の行動の意味を解説する柊さんに、沙織ちゃんが疑問の声を上げる。
「そうね、例えば通路の死角。さっきから貴方達の視線を追っているけど、視線が通路の中央付近に集中し過ぎているわ。初めてのダンジョン探索だから仕方ないでしょうけど、もっと全体的に視線を動かして周辺を警戒しなさい。視線を1点に集中し過ぎれば、見ているのに見えていないと言う死角が生まれるわよ?」
「あっ、はい」
柊さんの指摘に、沙織ちゃんと美佳はハッとした様な表情を浮かべる。どうやら、思い当たる事がある様だ。
そんな2人の反応に苦笑しつつ、柊さんは一言付け加える。
「まぁ、すぐ私が指摘した事を実践するのは難しいでしょうけど、意識してやってみなさい。回数をこなせば、自然と出来る様になるわ」
「「はい!」」
「フフッ、頑張って身に付けなさい。コレが自然と出来る様になれば、駆け出し探索者から一歩前進よ」
「「!」」
美佳と沙織ちゃんは柊さんの煽り文句に反応し、顔を上下左右へ細かく動かし辺りを警戒する。
おーい。あんまり必死にやると、モンスターと遭遇する前に精神がやられるから、程程にしておけよ?
「柊さん。あまり2人を煽り過ぎないでよ」
「そうね。でもこれは、探索者をやっていく上で必要な技能よ?」
「まっ、そうなんだけどね」
俺は柊さんの意見に同意しながら、必死で視線を右往左往させている美佳と沙織ちゃんに声をかける。
暫く解説を交えながら真っ直ぐな通路を歩いていると、丁字路に突き当たり裕二は曲がり角の前で足を止めた。
「裕二さん? 急に立ち止まったりして、どうしたんですか?」
「ん? ちょっと、な」
裕二の行動に不思議そうな表情を浮かべている2人に、俺はちょっとした問題を出す事にした。
「さて二人とも、ここで問題。何で裕二がここで足を止めたか、理由は分かるか?」
「えっ、立ち止まった理由? えっと……どっちに行くか迷っている、とか?」
「不正解。確かに新しい階層なんかに行くと、どっちに曲がるかと迷う事はあるけどね。でも、今回立ち止まった理由は違うよ。……沙織ちゃんは分かるかな?」
頭を左右に振りながら、俺は美佳の答えを間違いだと指摘する。流石にこんな入口近くの所で、進む道を間違えはしないよ。一応ここの常連だしな。
俺が沙織ちゃんの方に視線を向け美佳にした物と同じ質問を問いかけると、沙織ちゃんは自信なさ気に答える。
「えっと……角を曲がった先に何が居るか分からないから、じゃ無いですか?」
「正解、良く分かったね。曲がり角の先、つまり見えない所に何が居るか分からない状況ではイキナリ姿を晒さない事。これは結構重要な事だから、覚えておいて」
「はい!」
俺が正解だと褒め理由を説明すると、沙織ちゃんは嬉しそうな表情を浮かべ元気よく返事をする。
因みに不正解だった美佳は、沙織ちゃんの横で頬を膨れさせていた。
「でもお兄ちゃん。裕二さんが立ち止まった理由は分かったけど、それじゃあどうやって通路の先を見るの? さっきの理由だと、頭を出すのも危ないんでしょ?」
「ああ、そうだな。だから、これを使うんだよ」
俺はポーチから、とある物を取り出す。
「……鏡?」
「そっ、伸縮する柄の付いた鏡。美佳達が買った荷物の中にも、入っていただろ?」
「……あ」
「あって何だ、あって」
俺が伸縮する柄付き鏡を取り出し説明すると、美佳はヤっちゃったとでも言いた気な表情を浮かべた。
そして気になって沙織ちゃんの方にも顔を向けると、沙織ちゃんも美佳と同じ様な表情を浮かべている。
「ご、ごめん、お兄ちゃん。あれ、使うとは思わなかったから家に置いて来ちゃった」
「す、すみません。私も荷物に入れて来ませんでした」
「ああっ、そう……。参ったな」
頭を下げる2人の姿を見て、俺は思わず後頭部を掻いた。失敗したな……もっとちゃんと買った道具のダンジョン内での使い方を教えておくべきだったな。
はぁ……。
「まぁ、事前にちゃんと道具の説明をしていなかった俺も悪かったから、お互いに今後は気をつけよう。今回は俺のを貸すから、裕二の使い方を見て試してみよう」
「うん」
「はい」
「じゃぁ裕二。頼むな」
「おう、任せろ」
裕二は自分の鏡を取り出し、美佳達に使い方を説明し始める。
「じゃぁ、二人共。先ずは鏡を使う前に、通路の先の気配を探る事から始めような?」
「気配?」
「……気配、ですか?」
美佳と沙織ちゃんは、裕二の口にした気配と言う言葉に首を傾げる。まぁ、いきなり気配を探れとか言われたら困惑するよな。
「まぁ気配を探ると言っても、今回の場合は聞き耳を立てるって事だよ。何かが凄い速さで近寄ってくる様な音が聞こえていたりしたら、悠長に鏡で通路の先を確認するなんて事は出来ないからね。そんな場合はまず、曲がり角から離れて様子を窺うこと」
「ああ、なる程」
「言われてみれば、そうですね」
裕二の説明に、美佳と沙織ちゃんは納得した様な表情を浮かべた。
そして裕二は顔を曲がり角から出る寸前まで寄せ、静かにする様にとジェスチャーを出して聞き耳を立てる。3秒ほど聞き耳を立てた後、裕二は顔を外す。
「よし、大丈夫。何かが近付いてくる様な音はしないな」
そう言って裕二は、取り出していた鏡の柄を伸ばし始めた。
「気配……音を確認して問題がなかったら、次は鏡を使って目視で確認だ。こうやって、鏡を少しだけ通路に出して確認するんだ」
裕二は鏡を足元から少しだけ通路に出し、角度を変えながら通路の先を確認して行く。数秒程かけて通路の状況を確認し、出した鏡を引っ込めた。
そして通路の先に問題が無いと判断すると、今度は鏡を反対の通路に向け、同じ手順で鏡の角度を変えながら通路の先を確認する。
「よし、確認終了。どっちの通路も問題無し……と、まぁこんな風にして通路の先を確認するんだ。さっ、今度は2人がやってみようか?」
「「はい!」」
裕二に促され、美佳が先に通路の角に近寄り聞き耳を立て様とする。
だがそこで、裕二が美佳の後ろ姿を見ていた沙織ちゃんに声をかけた。
「あっ、沙織ちゃん。ちょっと待って」
「はい? 何ですか?」
「ごめんごめん。言い忘れていたんだけど、1人が通路の先を確認している時に他のパーティーメンバーは、確認作業をする者を守る様に周辺警戒をするんだ。確認作業中はどうしても、警戒が甘くなって無防備になるからね。パーティーで動く時には、互いにフォローし合う事が大切だよ」
「あっ、そうですね。分かりました」
裕二の指摘に返事を返し、沙織ちゃんは美佳に背を向ける形で周辺を警戒する。うん、警戒する姿も中々堂に入って来たな。ちゃんと視線も万遍無く、通路全体を見渡せている。
そして数十秒後、美佳が通路の確認作業を終えた。
「OK。大丈夫、通路の先には何もなかったよ」
「両方の通路とも?」
「うん!」
「良し。じゃぁ、次は沙織ちゃんだ」
「はい!」
美佳は沙織ちゃんに作業の感想を述べながら、手に持った鏡を渡す。
「結構簡単だったよ。沙織ちゃんも頑張って!」
「うん! 任せてよ、美佳ちゃん!」
そして2人の視線が互いに集中した瞬間、素早く裕二の手が動くのを俺は見た。
今の動きは、何か通路の先に投げたな……。
「じゃぁ、やってみようか。沙織ちゃん、準備は良い?」
「はい!」
「良い返事だね。美佳ちゃんは、周辺警戒を」
「うん!」
「よし。じゃぁ、始め」
裕二の開始の合図を切っ掛けに、二人は動き始める。沙織ちゃんは通路の確認作業、美佳は周辺警戒をと。
そして開始数秒後、沙織ちゃんが小さく声を上げる。
「ん? あれ?」
「沙織ちゃん、どうかした?」
「あっ、その……通路の隅に何かあるみたいなんですけど……暗くて」
沙織ちゃんは自信無さ気に、通路の先に何かあると裕二に訴えかける。
「何かある……か。美佳ちゃん? 確認するけど、さっき見た時には何もなかったんだよね?」
「う、うん。何も無かったよ」
「絶対に?」
裕二に絶対かと問われ、美佳は一瞬自信なさ気な表情を浮かべた。
しかし、直ぐに……。
「う、うん! ちゃんと隅々まで確認したから、私が見た時には絶対に何も無かったって断言出来るよ!」
「そっか……疑って悪かったね。でも、そうなると……」
裕二は美佳に疑った事を謝罪し、考え込む様に顎に手をやった。
そして数秒考えた後、裕二は沙織ちゃんに問いかける。
「ねぇ、沙織ちゃん?」
「は、はい!」
「暗くて確認出来ないって事は、通路の先が明るかったら確認出来るんだよね?」
「は、はい。多分、可能だと思います……」
「良し。じゃぁ、これを使おう」
そう言って裕二は、バックパックから一本のプラスチック製の細い丸棒を取り出す。
「何ですか、それ?」
「これ? これはケミカルライト。容器の中に入った化学薬品を混ぜる事で、明かりを発生させる玩具だよ。100均とかで売っているよ。はい、沙織ちゃん」
「はぁ……。で、これをどう使うんですか?」
「その棒を曲げれば中の容器が割れて光を放つから、光ったらその棒を確認したい物がある方に投げてよ。何が居るのか、確認出来る明るさは確保出来る筈だから」
「は、はい。分かりました」
「大丈夫。容器はプラスチック製だから、只投げた位じゃそう簡単に割れはしないよ」
沙織ちゃんは裕二の指示に従い、ケミカルライトを恐る恐るといった手付きで曲げて発光させる。十分に液が混ざり合いケミカルライトが激しく発光するのを確認し、沙織ちゃんは通路の先へと投げ入れた。
そして、鏡で通路の先を覗くと……。
「……あれ?」
「どうしたんだ、沙織ちゃん? 何があったんだい?」
「えっと、その……です」
「えっ? 何だって?」
「だから、丸まったタオルが通路に落ちているんです!」
沙織ちゃんは、困惑した表情を浮かべながら、裕二に鏡を覗いた結果を報告する。
なる程、さっき裕二が投げ入れたのはタオルだったのか。
「間違いは無い?」
「はい! 間違い無く、落ちているのはタオルです」
「……うん。合格」
「「……はい?」」
裕二の合格と言う言葉に、美佳と沙織ちゃんは惚けた様な表情を浮かべていた。
「ごめんね、ちょっと2人の事を試させて貰ったよ。通路に落ちているタオルは、さっき2人がポジションを交代する時に俺が投げ入れた物だよ」
「「……」」
「2人がちゃんと、隅々まで確認をしているのか確かめたくてね。美佳ちゃんは俺の質問に無いと断言出来る程確認していた様だし、沙織ちゃんも投げ入れたタオルを見落とさなかった。2人ともちゃんと確認している様で、安心したよ」
そう言って裕二は、憎らしい程晴れ晴れとした笑顔を2人に向ける。
そして、そんな笑顔を向けられた2人は、気が抜けたのか溜息を吐きながら脱力していた。
美佳と沙織ちゃんに色々と試しをかけつつダンジョン内を歩いていると、ついにその時がやって来た。通路の先を照らすライトの光が、数十m先にそれの姿を映し出す。
「……漸く姿を現したな」
それの姿を確認した裕二が、小さな声でポツリと漏らす。
それ……つまりモンスターだ。
「さっ、二人共。これからが、ダンジョン探索の本番だ。……準備は良いな?」
「「……」」
美佳と沙織ちゃんは俺の問い掛けに返事を返せず、緊張した面持ちで遥か前方に佇むモンスターを凝視していた。
ダンジョンの歩き方を指導しつつ、探索を開始。基本的な事こそ、しっかりと教えておかないといけませんよね。
そして、遂にモンスターと遭遇です。