第127話 ダンジョンに踏み込む
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美佳達にダンジョン内での立ち振る舞いを指導していると、入口の扉の脇に設置されたインターフォンがけたたましいコール音を立てる。俺がインターフォンの受話器を取り返事を返すと、後5分で部屋の利用制限時間になると告げられた。俺は部屋の利用時間を延長出来ないかと尋ねたが、利用予約が詰まっているので今日は延長は出来ないと返される。仕方無く時間内で退去する事を伝え、俺は手に持っていた受話器を元に戻した。
そして俺は4人の方に振り返り、美佳と沙織ちゃんに練習の終了を伝える。
「……と言う訳で、時間が来たから事前練習はこれで終わりだよ」
「「はぁ、はぁ……ふぅ。ありがとうございました!」」
「どういたしまして。さっ、この後ダンジョン攻略本番なんだから少し休んでなよ」
美佳達は腰を下ろし乱れた息を整えながら、軽く頭を下げながら俺達3人に礼を言う。
そして、俺達が美佳達の息が整うのを待ちながら散らばったヌイグルミの残骸を集めていると、扉がノックされ清掃とヌイグルミの残骸を回収しに来たと告げられた。俺が入室許可を出すと入口の扉が開き、清掃道具の乗った台車を持った妙齢の女性職員が部屋の中に入ってくる。時計を確認し残り2分と無い事に気付き、俺達は自分の荷物を手早く纏め部屋を退去する準備を整えた。
と言っても、練習の為に殆どの荷物は身に着けていたんだけどな。
「申し訳ありませんが、後片付けの方をお任せしてよろしいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。本日は個室のご利用、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。では、片付けの方よろしくお願いします」
「はい」
利用制限時間が迫っていた俺達は、片付けもそこそこに慌ただしく部屋を退去する。その際、後片付けを部屋の清掃に来た女性職員にお願いした。
すみません。今度個室を利用する時は、片付けの時間も考慮しますので……今日の所はお願いします。俺は閉まった扉を暫く眺めながら、心の中で清掃担当の女性職員さんに謝っておいた。
「……よし。じゃぁ取り敢えず、一旦休憩を入れよう。皆、待合室で待っていてよ。適当に飲み物を買ってくるからさ」
俺は4人にそう言って、手を軽く振りながら自販機コーナーへ歩き出した。
まぁ適当と言っても、買う物は決まっているんだけどな。
俺は購入した人数分のペットボトルを抱え、発見した皆が座って待つ待合室のソファーへと近付いていった。
「おまたせ、皆。飲み物、買ってきたよ」
「ああ、すまないな大樹。パシリみたいな真似をさせて」
「別に良いよ。大した手間でもないしさ」
俺は抱えていたペットボトルを、ソファー前のテーブルに置く。
すると、美佳から疑問の声が上がる。
「あれ? お兄ちゃん、ちっさい方を買って来たの? それも麦茶ばかり……」
美佳は麦茶の入った280mlペットボトルを手に取りながら、俺に疑問をぶつけてくる。
「これからダンジョンに潜ろうって言ってるんだ、過度な水分補給はトイレが近くなるだけだぞ? それに買って来た物が麦茶ばかりなのはな、カフェインが少なくって利尿作用が弱い飲み物だからだ。ダンジョン内で尿意を催したら、色々面倒だからな」
「あっ、そっか……」
美佳は俺の説明を聞き、手のひらを打ち合わせる。おいおい、何の為に俺達が嫌々ながらオムツを履いていると思っているんだ……。まぁ今回は、表層のチュートリアル階層しか回る気がないから、そうトイレの事は気にしなくても良いかも知れないけどな。
そんな俺の説明を横に、裕二と柊さんは麦茶のペットボトルに手を伸ばす。
「一本貰うな」
「私も頂くわよ」
「どうぞ。ほら、美佳も沙織ちゃんも飲んでよ」
俺は麦茶のペットボトルを両手に持ち、遠慮気味の二人に差し出す。
「あっ、ありがとう」
「ありがとうございます。頂きます」
美佳と沙織ちゃんは、俺が差し出した麦茶を受け取る。俺も残った麦茶に手を伸ばし、キャップを外し一口飲んだ。
全員が麦茶を飲んで一息ついた事を確認し、俺は改めてこの後の予定について話し始める。
「さて、と。じゃこの後の予定だけど、今日は1階層を歩き回って2人にモンスターとの戦闘を1回ずつ経験させる……で良いよな?」
「ああ、それが良いと思うぞ。今の所、無理に奥まで進む理由は無いしな」
「そうね。初めてのダンジョン探索で、無理をするのは避けた方が無難でしょうね」
俺達3人は、今日の探索の目的を再確認し合った。
しかし美佳と沙織ちゃんにとっては、俺達の打ち出した行動方針は些か不満だったらしい。
「えぇ、1階層しか回らないの? それも、一回ずつしか戦闘しないで……」
「何だ、不満なのか?」
「不満と言うか……ねぇ、沙織ちゃん?」
「はい。私としても、行ける所までは行ってみたいな……って思っていました」
ああ、なる程。
俺は二人が不満を述べながら槍を握る手に力が入るさまを見て、2人の心情を察した。要するに、重蔵さんの稽古を受けていたので己の力を過信……調子に乗っているのだ。
確かに先程の稽古の様子を見た限り、今の二人ならそう簡単にモンスターとの戦闘で後れを取る事はないだろうな。調子に乗る心情も、分からないではないのだが……。
「なる程。2人の言いたい事は分かったよ……」
「それじゃぁ……!」
俺が2人の意見を聞き入れたと思い、美佳と沙織ちゃんは喜色の表情を浮かべた。
だが俺はそんな2人に、顔を横に振りながら拒絶の言葉を発する。
「でも、ダメだ。今日の所は、1階層を回って1人1回ずつの戦闘で終わりだよ」
「「ええっ……」」
2人は断固として当初の方針を曲げない俺に、悲痛な表情を浮かべながら抗議してくる。
「そんな顔をしても、ダメな物はダメだ。これは、2人の為でもあるんだからな?」
「そうだぞ。何も大樹だって意地悪で、こう言っている訳じゃないんだからな?」
「そうよ、二人とも。言いたい事はあるでしょうけど、その位にしておきなさい」
「「ううっ……」」
裕二と柊さんの援護もあり2人は不満そうな表情を浮かべているが、抗議が無駄だと理解したのか押し黙った。うーん。今の段階で、2人を納得させるのは無理っぽいな。
はぁ、仕方無い……。
「2人とも。今は何で俺がこんな方針を立てたのか納得出来ないだろうけど、実際にモンスターと戦ってみれば納得出来る筈だ。だから実際にモンスターと戦った後に、2人にそのままダンジョン探索を続行するか撤退するのかを聞くよ」
「じゃぁその時、私達が続行するって言ったら……」
「無理をしていない様なら、探索を続行しても良いかな?」
「本当に!」
「ああ。無理をしている様に見えなかったらな」
まぁ、ほぼ無理だろうけどな。
俺の真意を理解する裕二と柊さんは、妥協案を引き出した事に喜ぶ美佳と沙織ちゃんに哀れみの視線を送りつつ、妙な提案をするなと抗議じみた鋭い視線を向けてくる。
仕方無いだろ?妥協案だけでも示しておかないと、2人とも不満を溜め込んで妙なミスをしそうだったしさ。
「さて、方針も無事に決まった事だし、そろそろ休憩を切り上げても良いだろう?」
俺は二人の視線を誤魔化そうと、立ち上がりながら話題を切り替える。実際、休憩を始めて15分程経っているので軽い休憩としては十分だろう。
皆、麦茶も飲み終えてるしな。
「そうだな。じゃぁそろそろ、行くか?」
「そうね。あまり休憩していると、折角体を温めているのに冷えてしまうわね」
そう言いながら、裕二と柊さんも荷物を持ってソファーから立ち上がる。
「美佳、沙織ちゃん。二人とも休憩は取れた?」
「うん。バッチリ!」
「はい。私も大丈夫です」
俺の問いに気合十分といった様子で返事をしながら、美佳と沙織ちゃんも荷物を持って立ち上がる。
「よし。じゃぁ、ダンジョンに入ろうか?」
「「うん!」」
飲み終えたペットボトルを片付けた俺達は待合室を後にし、ダンジョンの入口がある建物へと移動を開始した。
ダンジョンの入口がある建物に入ると、まず室内いっぱいに張り巡らされた青と赤のベルトパーティションが目に飛び込んできた。ダンジョンに入ろうとする人達を整理する為に設置された物で、青い方が入場用で赤い方が退場用だ。
当然行列は出来ており、青いベルトパーティションの張り巡らされた方に長蛇の列が出来ていた。
「少し遅くなったけど、今日は何時もより行列は短めかな?」
「そうだな。大体……100人待ち位か?」
「そうね。30分も並べば入れるんじゃないかしら?」
俺達は見慣れた入場待ちの探索者の列を眺めながら、待ち時間を推測し合った。
まぁ、日曜日に30分待ちで入場出来るのなら十分だろう。
「ん? どうした、美佳?」
「えっ、あっ、うん……」
ふと後ろを振り返ってみると、気圧された様な表情を浮かべ佇む美佳と沙織ちゃんがいた。
2人の視線の先を辿ると、行列を作る探索者達の姿が……って、そうか。
「そう言えば、2人はアレは初見だったな……」
多種多様な武器を持ち、全身にプロテクターを纏った物々しい集団の列……慣れたからどうとも思わなくなったこの光景も、初見の2人なら気圧されて引くに決まっているよな。
俺は二人を安心させようと、出来るだけ穏やかに声をかける。
「2人とも、皆只並んでいるだけだから何も心配しなくて良いよ」
「あっ、うん。そう、だよね……」
「そ、そうですよね。皆、只並んでいるだけですもんね……」
「そうそう。ほら二人共、深呼吸でもして落ち着いて」
2人は俺の指示に従い、大きく深呼吸をして気持を落ち着かせる。数回深呼吸を繰り返すと、どうやら効果があったらしく2人の表情から強張りが取れていた。
「落ち着いた?」
「う、うん」
「御心配をおかけして、すみません」
「良いよ良いよ、気にしないで。まぁ初めてあの光景を見たら、気圧されて動揺しても仕方ないさ。日常生活の場じゃ、まず見ない光景だろうからな……」
寧ろ日常生活の場に、あんな格好の集団が現れたら一大事だ。
「さっ、二人が落ち着いたのなら俺達も列に並ぼうか? ここに佇んでいたら、何時まで経ってもダンジョンに入場出来ないしさ?」
「う、うん」
「は、はい」
俺達も青いパーティションベルトの間を通り、ダンジョンへ入る探索者達の行列の最後尾に並ぶ。因みに前の集団とは、1m程間を開けている。あまり詰めると、お互いの武器や荷物が当たるからな。トラブルになりそうな些細な事は、未然に防いでおかないと……。
そして暫く並んで待っていると列は順調に流れ、もう直ぐ俺達の順番が回って来ると言う所まで来た。
「さて、もうすぐ入場の順番だけど……二人共、心の準備は良い?」
「う、うん!」
「は、はい!」
俺が美佳と沙織ちゃんに最終確認を取ると、元気良く返事を返してくる。
入場の緊張で些か表情が強ばっているが、気圧されてはいない様なので大丈夫だろう。
「その様子だと、大丈夫みたいだな……」
俺は2人の意気込みを確認した後、裕二と柊さんに視線を送る。
「まっ、先ずは様子見って所だな」
「そうね。でもまぁ、萎縮はしていないみたいだから大丈夫よ」
2人も美佳達の様子を見て、大丈夫だろうと判断を下す。
「じゃぁ俺達も、気合を入れて護衛をしないとね」
「ああ、幻夜さんの稽古を乗り越えた成果を見せる時だな」
「そうね。ここで美佳ちゃん達に大怪我を負わせたら、幻夜さん達に顔向け出来ないわ」
俺達3人は2人の初々しい様子を見ながら、無事にダンジョン探索を行える様にと気合いを入れる。
久しぶりのダンジョンと言う事でもあるが、何より美佳達が一緒に潜るのだ。俺達にとって些細な出来事でも、美佳達にとっては致命傷になるかもしれない。一つ一つの事柄に注意を払い、ミスをし無い様に気を付けないとな……。
「次のグループの方、前にどうぞ」
それぞれが入場を目前にし気合を入れていると、入場ゲートのそばに立つ係員に呼ばれた。遂に、俺達の入場の順番が回ってきたのだ。
「では順番に、探索者カードを読み取り機に翳して下さい」
「はい」
先ず一番に裕二が探索者カードを翳しゲートを通り抜け、次に柊さんがゲートを抜けた。
「じゃぁ、まずは美佳から行ってみようか?」
「う、うん」
美佳は恐る恐ると行った様子で歩み寄り、自分の探索者カードを読み取り機に翳す。読み取り機から軽い電子音が響き、カードが認証された美佳はそのまま歩き続けゲートを無事に通り抜ける。
そして無事にゲートを通り抜けた美佳は、ゲートの先で待つ柊さんに声をかけられ安堵の息を吐いた。
「さっ、次は沙織ちゃんだよ」
「は、はい!」
緊張感MAXと言った硬い足取りで、沙織ちゃんも探索者カードを手に持ってゲートに歩み寄る。少々荒い手つきでカードを読み取り機に翳したのだが、沙織ちゃんも無事にゲートを通り抜けられた。
そして、俺がカードを手に持ちゲートに近付くと、係員の男性に声をかけられる。
「ご引率ですか?」
「はい。二人共、今日が初めてなんですよ」
「そうですか。では、怪我が無い様に気を付けて下さいね?」
「ご心配して頂き、ありがとうございます」
俺は苦笑を漏らす係員の男性と言葉を交わしながら、ゲートを通り抜けた。
さっ、これからが本番だ!
準備も済み、いよいよダンジョン内へ突入です。
今回のダンジョン探索の目的は、あくまでも美佳ちゃん達に対モンスター戦(モンスター殺し)の経験を積ませる事です。