第125話 ダンジョンに入る前に
お気に入り11820超、PV 82000000超、ジャンル別日刊9位、応援ありがとうございます。
活動報告にも書いていますが、Twitter 始めました。ポンポコ狸で検索可能です。
ホームに電車が入ってくるのを待っていると、美佳が首を傾げながら俺に疑問を問いかけてくる。
「ねぇ、お兄ちゃん? 何で、こっちのホームに並んでいるの? ダンジョンに行くのなら、アッチのホームから出る電車に乗らないといけないんじゃない?」
どうやら美佳は、俺が並ぶホームを間違っているのではないのかと疑っている様だ。
ダンジョンに行くとは教えていたが、どこのダンジョンに行くとは言ってなかったからだろう。
「大丈夫。こっちのホームで間違っていないよ」
「……本当に?」
そう言って美佳は、線路を挟んだ反対側のホームに視線を向ける。そこには俺達と似た様な大荷物を背中に背負った格好をした、20~30代の若い青年達が多数電車を待っていた。
俺達が向かおうとしているダンジョンとは別の、最寄りのダンジョンへ行く者達だろう。
「ああ。ちょっと事情が有ってな……」
そう言って、俺は美佳と聞き耳を立てていた沙織ちゃんに、近場のダンジョンを使う事で生じるかも知れないデメリットを説明する。以前、裕二や柊さんと話しあった時の話だ。
また美佳達の場合、留年生達の件も絡んでくるのでその辺りの事も説明しつつ、近場のダンジョンを使わない理由を説明する。
「そっか、確かにお兄ちゃんの言う通りかもしれないね……」
「うん。言われてみると、その危険はあるよね。確かあの人達、近場のダンジョンに行ってた筈だし……」
「あんな連中とは、ダンジョンの中で鉢合わせはしたくないかな」
美佳と沙織ちゃんは俺の説明を聞き、納得と言う表情を浮かべる。
そして2人はほぼ同時に、何かに気が付き少し焦った様な表情を浮かべた。
「どうしたんだ?」
「あっ、うん。その……ICカードの残高が足りるかな?って」
「その、近場のダンジョンまでのつもりだったので……」
「ああ、なる程」
言われてみれば、近場のダンジョンと俺達が行こうとするダンジョンまでの運賃とでは、桁が1つ違ってくる。普段近乗りしかしないのであれば、カードにそれほど大金はチャージはしないだろうからな。残高不足になる可能性は、それなりに高い。
「まぁ大丈夫だろ。残高が足りなかったら、向こうの駅で乗り越し精算すれば良いだけだしさ」
「そっ、そうだよね……そっか、乗り越し精算すれば良いんだ」
「そうそう」
俺の精算と言う言葉に、美佳と沙織ちゃんは安堵した表情を浮かべた。
そして、そんなやり取りをしているとホームに、電車の接近を知らせるアナウンスが流れる。どうやら、俺たちが乗る予定の電車が到着する様だ。
到着した電車に人は乗っているが、俺達が座る分の席を確保するのには問題ない。降車客が降りきった事を確認し、俺達は電車に乗り込んで椅子に座った。さっ、後は車窓を眺めながらの電車旅だ。
予定より電車1本遅れ、俺達はやっとダンジョンの最寄り駅に到着した。
何故乗り遅れたかと言うと、電車の乗り換え駅で美佳達が使っているICカードの残高不足が発覚し精算に手間取ったからだ。不幸な事に今日は美佳達の様に残高精算をする人達が多く、予定していた電車の出発時間に間に合わなかった。
その為、俺達は電車1本分、乗り換え駅からの出発が遅れた。
「ごめん」
「すみません。事前に残高を確認しておけば……」
「2人の責任じゃないよ。俺が乗る前に言っておけば、事前にチャージ出来たんだから」
二人は申し訳なさそうに、精算に手間取り乗り遅れた事を俺達に謝ってくる。だが今回の場合、どちらかと言うと悪いのは俺の方だ。何時もの事と思い、二人のカード残高を確認する事無く普通に改札を通過したんだからな。俺達に取っては普通でも、美佳と沙織ちゃんにとっては初めての事だと言う事を忘れていた。この様なミスが、ダンジョンに入ってからだったらと思うと背筋が凍り付く思いだ。
今回は電車に乗り遅れるだけで済んだが、俺達は今からダンジョンに行く。気を引き締め直し、当たり前だと思っている部分にも気を配らないといけないな。
そして、俺達3人の謝罪合戦を見ていた柊さんが頃合を見計らい割って入ってきた。
「ほら、三人とも。謝罪合戦はその辺にして、早くホームを出ましょう? もう他の降車客は、殆ど改札を出たわよ?」
「……そうだね。じゃぁ、俺達も行こうか?」
「うん」
「はい」
柊さんの仲裁をキッカケにし、俺達3人は謝罪合戦を止める。
そして落ち着いて辺りを見てみると、本当にホームには俺達しか残っていなくて驚いた。だがそれは、美佳と沙織ちゃんも同様だったらしく、二人も驚いた表情を浮かべた後バツの悪そうな表情を浮かべている。
俺もバツの悪い表情を浮かべ、待ち呆けさせた形になった裕二と柊さんに謝罪した。
「ごめん、待たせちゃったみたいで……」
「別に気にしなくても良いぞ? 改札付近の人混みを避けるのには、丁度良かったしな」
「そうよ。何時も少し間を空けて、ホームを出るじゃない」
「うん。まぁ、そうなんだけどさ……」
俺は後頭部を掻きながら、何とも言えない居心地の悪さを感じた。
「そんなに悩むなよ。ほら、さっさと行くぞ大樹」
「あっ、ちょ……押すなよ裕二」
俺は裕二に背中を押されつつ、改札の方へと歩き出した。
「ふふっ。じゃぁ、私達も行きましょか?」
「「はい!」」
美佳と沙織ちゃんも苦笑を漏らす柊さんに促され、俺達の後を追う様に歩き出す。
そして俺達は人気の無くなった改札を抜け、駅前から出発するダンジョン行きのバスに乗り込んだ。
バスに揺られながら山道を抜けた後、俺達は漸くダンジョンへ到着した。
「到着!」
「美佳ちゃん、声が大きいよ」
「だって、沙織ちゃん! ダンジョンだよダンジョン! ここに来るのに、どれだけ大変だったか……」
「まっ、まぁ、そうなんだけど……ほら、もう少し声をさ」
美佳は念願叶い、やっと来れたダンジョンに、大分興奮している様だ。テンションが振り切れている。
そんな美佳を沙織ちゃんは、周囲から向けられる視線を気にしながら、恥ずかしそうに何とか落ち着かせようと奮闘していた。
因みに俺と裕二、そして柊さんはそんな2人のやり取りを苦笑しながら見守っている。
「おっ、お兄さん! お兄さんも、美佳ちゃんを落ち着かせるのを手伝って下さいよ!」
「あっ、ごめんごめん。いま手伝うよ」
俺に向かってSOSを発信する沙織ちゃんに、俺は軽く手を掲げて謝りながら美佳に近寄る。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん! ダンジョンの入口って、どこにあるの!? あそこの建物かな!?」
うん。これはちょっと、興奮し過ぎてるな。
「……ちょっと落ち着け」
「痛っ!?」
「おっ、お兄さん!?」
俺は美佳の額に、相当手加減したデコピンを打った。本気で打ち込んだら、衝撃で美佳の首の骨が折れるからな。
だが、手加減していても相当痛かったのか、美佳は額を抑えながら苦悶の声を上げ、沙織ちゃんはそんな美佳の様子と俺の突然の凶行に驚きの声を上げた。
しばらく美佳は沙織ちゃんに介抱されつつ痛みと格闘した後、額を抑えながら涙目で俺に文句を言って来る。
「痛いじゃない、お兄ちゃん! いきなり、何するのよ!?」
「落ち着けよ」
「落ち着ける訳無いでしょ!? すっごく痛かったんだからね!?」
美佳の怒りは収まらない。まぁ、それだけ痛かったのだろうな。
「はぁ……周りを見てみろよ」
「周り!? ……うっ」
俺の言葉に従い周りの様子を窺った美佳は、自分達に向けられる多数の好奇の視線に漸く気が付き、向けられる多数の視線に気圧されていた。
御陰で少し興奮が覚めたのか、ある程度冷静さを取り戻した様だ。
「初めて来たダンジョンで興奮するのも分かるけど、少しハシャギ過ぎだぞ。あんまり大声で騒ぐと、周りに迷惑だろ?」
「……ごめん」
俺がすかさず注意すると、美佳は恥ずかし気な様子で小さな声で謝った。冷静さを取り戻し、自分の行動を客観視出来たらしい。
なので……。
「いや。俺も悪かったよ。手っ取り早く、お前を抑えようとしてデコピンなんかして。……そんなに痛かったか?」
「うん。すっごく、痛かった。……跡とか残ってないよね?」
美佳がデコピンを打ち込んだ額を見せ付けてくるので、俺は美佳の額の状態を確認する。
どれどれ?
「少し赤くなっている程度だな……」
「本当? 額が割れたかと思うほど、痛かったんだけど……」
「おいおい、そんなに強くは打ち込んでないぞ?」
俺は美佳が訴える、デコピンの感想に首を捻った。
とは言え、痛みを訴える場所が頭部と言う事もあるので、俺は念の為に鑑定解析スキルを使って美佳を観察する。
しかし、その結果は問題無し。ただ単に、皮膚が赤くなっているだけだった。
「でも、本当に痛かったんだからね?」
「悪かったよ。じゃぁ帰りに、何か買ってやるから許してくれ」
これからダンジョンに入ろうと言うのに、蟠りを残したままと言うのもアレなので、物で釣ってご機嫌取りをしてみる。
すると美佳は目を輝かせ、してやったりと言いたげな笑顔を浮かべた。
「本当?」
「ああ。でも、あまり高いものはダメだからな?」
「やった! じゃぁ、許してあげる」
どうやら、ご機嫌取りは成功したようだ。
だが、どこか美佳に乗せられた感がしなくもないので、いささか釈然としない物があるな。
「おーい、大樹。兄妹の戯れあいはその辺にして、そろそろ行かないか?」
「あっ悪い、待たせたな」
「傍から見てると、中々面白い掛け合いだったから別にいいぞ?」
何時の間にやら、俺と美佳のやり取りは見世物になっていた様だ。柊さんも同意見なのか、裕二の隣で頭を縦に振っている。
誠に遺憾である、と言っておこう。
「見世物じゃないんだけどな……まぁ良い。じゃぁ、行こうか?」
「おう」
「ええ」
「美佳! 沙織ちゃん! 行くよ」
「「はい!」」
少し離れた所で喋っていた美佳と沙織ちゃんに声をかけ、俺達は荷物を持ってダンジョンの入口がある倉庫を目指し移動を開始した。
倉庫の入口で受付を済ませ、更衣室のロッカーの鍵を受け取った。前々から思っていたけど、段々温泉施設の様な対応になってきたな。
俺と裕二は慣れた手付きで、手早く着替えを済ませる。これまで何度もやった事なので、さほど時間は掛からない。各装備品の最終確認を済ませ、俺と裕二は更衣室を出て待合スペースで柊さん達が出てくるのを待つ。今日は美佳達も一緒だから、時間がかかるだろうな。
「大樹。俺は受付に手続きに行ってくるから、柊さん達を待っててくれないか?」
「それは良いけど、俺が手続きに行こうか?」
「いや、いい。出て来た時、お前が待っていた方が美佳ちゃん達も安心するだろうからな」
俺は自分の周りを見回し、裕二が言う安心という意味を悟る。
この待合室は、先に着替えを済ませた者がパーティーメンバーを待つスペースだ。つまり、武器を持ったかなり厳つい格好をした人が多数いる、初心者には少々威圧的な雰囲気の空間になっていた。慣れていなければ場の空気に飲まれ、硬直の一つくらいするだろうな。
「ああ、なる程……了解。じゃぁ、手続きの方は頼むな」
「任せろ」
そう言って、裕二は人混みの中へと姿を消した。さて、裕二が手続きを済ませて戻ってくるのと、柊さん達が着替えを済ませて出てくるのはどっちの方が早いかな?
そして待つ事5分程、柊さん達の方が先に更衣室から出てきた。
「おまたせ、九重君」
「おまたせ」
「お待たせしました」
そんな言葉と共に、全身にプロテクターを着け槍を持った3人が目の前に登場した。
「3人とも、思っていたより早かったね」
「ええ。昨日一度試着を済ませていたから、思ったよりスムーズに2人とも着替えられたわ」
「そっか、事前練習って大事だね」
「そうね」
俺と柊さんが話していると、美佳が顔を左右に振りながら話しかけてくる。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「ん? 何だ?」
「裕二さんは何処に居るの? もしかして、まだ着替えが済んでいないとか?」
どうやら、裕二の姿が見えない事が不思議だったらしい。
「着替えは済んでいるよ。今は少し、所用で席を外しているだけさ」
「所用?」
「ああ」
さぁ今から俺が美佳と沙織ちゃんに裕二の所用について説明しようとしていると、当の本人が戻ってきた。
「待たせたな。場所、取れたぞ」
「空いてたの?」
「ああ。1時間の貸切だ」
そう言って裕二は、右手に持っていた白いプレートを掲げて俺達に見せる。プレートには黒字で7と、数字が書かれていた。
「よし。じゃぁ、移動しようか?」
「ああ」
「ええ」
俺の声に裕二と柊さんはすぐに反応したが、美佳と沙織ちゃんは意味が分からず戸惑っていた。
「2人とも、移動しながら説明するから付いて来て」
「「あっ、うん」」
俺達は荷物を持って移動を開始し、その道すがら事情を美佳達に説明する。
「2人とも。探索者試験の時の実技講習の時、準備体操やストレッチの方法を教えてもらったよね?」
「うん」
「はい。かなり丁寧に教えて貰いました」
「ここには、その準備体操をする為に大人数で出来るフリースペースが用意されているんだ。ほら、あそこ……」
俺は右奥の、畳が敷かれた広場を指さす。
そこでは、結構な人数の探索者達が各々準備体操をしていた。
「で、今から俺達が行くのは時間貸しの貸切スペース……所謂個室だよ」
「個室……?」
「まぁ、個室と言っても学校の教室くらいの広さがあるんだけどな?」
「結構広いんだね……」
「ああ。個室でなら準備運動の他に、自分の持っている武器の練習とかも出来るんだ。自宅の近くに愛用の武器を使って練習出来る場所が無い探索者なんかが、練習スペースとして使っているよ」
普通の公園や川原で実剣を使って練習していたら、すぐに警察が飛んでくるからな。裕二の家の道場と言う練習場が確保出来ている俺達は、その1点だけ取ってみても大分恵まれている。
「今日は先ず個室を借りて、美佳と沙織ちゃんがフル装備を着けた時にどれ位動けるのかを確認してから、ダンジョンに行こうと思ったんだ。っと、7番。ここだな」
美佳と沙織ちゃんに説明している内に、俺達は7番個室の前に到着した。
当然の事と思っている物こそ、認識のすりあわせは重要ですね。
そして、ダンジョンに潜る前には、きちんと準備をしましょう……ですね。