第8話 特殊地下構造体武装探索許可書交付試験 その2
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昼食会場として開放された講堂で、俺は駅近くのコンビニで買ってきたサンドウィッチを齧りながら、裕二や柊さんと昼食をとっていた。
しかし、最近のコンビニ飯のクオリティーには感心する。よくこの値段でこれ程の品を提供できる物だ。
「で、聞いてるか大樹?」
「ん? コンビニのサンドウィッチは卵が最強って話だっけ?」
「ちげぇよ。誰もそんな話していねぇよ」
「うんっ、すまん。聞いてなかった」
裕二が白けた眼差しを向けてくる。えっと、その、ごめんなさい。
「はぁ。この後の実技講習はどんな事をするんだろうな?って話だ」
「ああ、その事ね」
「兎も角。俺の予想では、モンスターへの対処法かトラップの解除実習だろうな」
俺の反応に呆れた様子で自分の予想を述べる裕二。まぁ、その辺りが妥当かな?
「そうかしら? 私は、基礎能力の確認だと思うわ」
「基礎能力?」
「ええ。飛んだり、跳ねたり、走ったり。最低限の能力があれば、単独潜行でもなければそこそこ行けると思うわ」
確かに、柊さんの予想も一理ある。モンスターとの戦闘やトラップの解除など、出来るものが担当すればいい事だ。チームで動くことを前提に考えれば、最低限の基礎能力があれば役割分担でいけない事もない。
だけど……。
「そうなると、俺は別の予想をした方が良いかな?」
「何かあるのか?」
「そうだな……準備運動なんてどうだ?」
「「……準備運動?」」
あっ、二人の顔が何か呆れた物を見るような顔に変わった。
「いや、準備運動といっても、学校の体育の時間にやるような簡単なやつじゃなくて、プロスポーツ選手が試合前に入念にやるようなやつな」
例えば、プロ野球の選手が試合前のグラウンドで10分以上かけてやるようなやつ。
「素人が学校で習ったようなやつを適当にやって、いきなりモンスターに襲われて咄嗟に動けると思うか?」
「まぁ、動けないだろうな……」
「そうね、そう考えれば準備運動も講習内容としてはあり得るわね」
呆れていた様だった二人に俺の意図が伝わり、納得の表情を浮かべる。伝わって良かった。
その後も他愛のない無駄話をしつつ、俺達は手早く昼食を胃に収めていく。
「ふぅ、ご馳走様」
買って来ていたコンビニ飯を食べ終わり、手を合わせたあと片付けを始めた。まぁ、ビニール袋の包装紙を入れて、小さくするだけだから手間は掛からないんだけどな。
「どうする? 少し休憩を入れてから更衣室で着替えるか?」
俺と同じように昼食を片付け終えた裕二が、この後の予定について声を掛けて来た。少し首を回し、講堂内の様子を眺めた俺は、裕二に返事を返す。
「あんまり人が動いている様子がないから、先に着替えてから休憩しないか? 後回しにしたら一斉に人が詰めかけて、無駄に混みそうな気がするし」
「そうね。更衣室に人が詰めかけない内に、着替えてしまっておいた方が後々楽だわ」
昼食を食べ終えた柊さんが俺の意見に賛成し、裕二も俺達の意見を聞き先に着替える事に賛成する。方針も決まったので、柊さんの片付けが終わるのを待って荷物を持って講堂を後にし指定の更衣室へと向かう。
指定の更衣室は、実技講習会場のグラウンドに近い建物にあった。柊さんと別れ、裕二と共に更衣室に入る。更衣室は、広い部屋に折りたたみ机が並べられているだけのシンプルなものだった。机にバッグを置き、中から学校指定の体操服とジャージを取り出す。学生にとって、手近な運動着と言えばコレだろう。慣れた動作で手早く着替え、裕二と共に荷物の入ったバッグを持って更衣室を出た。柊さんと別れた辺の廊下で裕二と無駄話をしつつ待っていると、俺達と同じジャージに着替えたポニーテールに髪を纏めた柊さんがやって来る。
「お待たせ」
「いや、俺達も今着いた所だよ。なっ、裕二」
「ああ。特に待っていた訳じゃないから、気にしないで」
デートの待ち合わせの受け答えのようなやりとりだな、これ。まぁ良い、変な空気になる前に行くか。
取り敢えず俺は二人に、実技講習が行われる予定のAグラウンドを下見しに行かないかと誘う。二人は特に反対する事無く俺の提案を了承し、全員荷物を持ったままグラウンドに移動を開始した。
程なくすると人工芝のグラウンドが見え、幾つかの設置物が目に入る。船に積むドライコンテナ程の筒状の木製箱が5つと、スクリーン付きのピッチングマシーンが5つ。恐らく実技講習に使う物なのだろうが、用途がいまいち分からない。暫く3人でグラウンドを眺めていると、係員の人達が慌ただしく動きながら最終調整を行っていた。
「何に使うんだろうな、アレ」
「さぁ?」
「講習の時に教えてくれるわよ。それよりアレを見て」
柊さんが指さす先には、ブルーシートと、番号が書かれた立て看板が設置されていた。
「荷物置き場かな?」
「じゃないかな?ちゃちいけど」
「……まぁ、地面に直置きよりはマシね」
半眼で渋々妥協する柊さん。いや、ブルーシートを用意してくれているだけ、まだ良心的じゃないかな?
「まぁ、下見も終わったんだし、折角だから大学のキャンパスを見学していかないか?」
「そうだな。折角だし」
「そうね。このままここで時間を潰しているだけって言うのもアレだしね」
「じゃぁ、行こう」
俺達はグラウンドを後にして、大学のキャンパスを散策する事にした。さすがは国立大学だけあって、中々見応えがある施設が盛り沢山。広大で膨大な蔵書数を誇る図書館、車や飛行機の実物が展示してある工学棟、お洒落なカフェレストラン等々、魅力的な施設が多数存在した。柊さんや裕二は、進学先をこの大学にする等と言いだし、事務室で大学の紹介パンフレットを、何種類か貰っている。勿論、俺も一緒にパンフレットを貰っておいた。
実技講習開始の10分前に、俺達はグラウンドに戻って来た。既に多くの受講者が集合していたので、俺達は駆け足気味で荷物を番号が振られたブルーシートの上に置く。既に集まった人達は朝礼台の近くに集合していたので、それに合わせて俺達も荷物置き場から移動した。
「うーん。少し時間食い過ぎたかな?」
「大丈夫だろ。講師もまだ、朝礼台に上がっていないしさ」
「そうね。一応時間前だし、大丈夫でしょ」
3人で無駄話をしながら待っていると、朝礼台の方から声が響いてきた。
「後5分で特殊地下構造体武装探索許可書交付試験、事前実技講習を始めます! 受講生の皆さんは、朝礼台が見える位置に集合して下さい!」
その放送を聴き、グラウンドに散っていた受講生達が朝礼台周辺に集まってくる。
「時間になりましたので、実技講習を始めます。私はこの講習を担当する、講師の坂牧です。宜しくお願いします」
体育教師のような鍛えられた体格の坂牧講師の挨拶で、実技講習が始まった。見える範囲に居る受講生達の表情は、期待半分不安半分といった面持ちだ。
「では先ず、最初に実技講習で皆さんに教えるのは準備運動です」
俺の予想が当たった。準備運動と聞き、受講生の間から戸惑いの声が上がり、グラウンド内が俄かに騒がしくなる。
坂牧講師は両手で騒ぎを抑えるような動作をしてから、準備運動の意味を説明し始めた。
「皆さん、準備運動と聞き簡単に考えていませんか? 人間、準備運動もなく激しい動きをしようとしても、本来のパフォーマンスを発揮する事は出来ません。そして、運動をする前に準備運動をしていなければ、怪我をする可能性が格段に高くなります。例えば、咄嗟に横跳びした瞬間にアキレス腱を切るなど」
坂牧講師の説明を聞き、受講生達の騒ぎは沈静化した。
「そしてこれから講習で皆さんに教える準備運動は、プロスポーツ選手が練習や試合前に行う入念なメニューのものです。これらを確かにこなしておけば、十全のパフォーマンスを発揮出来、不意に怪我をする可能性を減らせます。数多くの動作を成さなければなりませんが、しっかり私達の指示に付いて来て下さい。では皆さん、お互いがぶつからないようにグラウンドに広がって下さい」
坂牧講師の指示で、受講生達がグラウンドいっぱいに広がる。
俺達もお互いがぶつからない様に広がり、次の指示を待った。
「広がりましたね?では、準備運動を始めます。まず最初に腕を……」
それから坂牧講師の指示の元、入念な準備運動を10~15分ほど掛けて行った。
最初、初めて行う動作が多く戸惑ったが、効果は確かの様だ。普段動かさない様な筋肉や関節も十分に動かした結果、今まで感じたことが無いほど軽く爽快な感覚を覚えた。
準備運動する前の体は、重りでも背負い込んでいたのだろうか?と錯覚する程の差異を準備運動後は感じる。
「ではこれで、準備運動を終わります。次は受講生を2つに分け、トラップ突破実習とモンスター対処実習を行います。午前中、座学講習で学んだ事の実践です。講習の内容を思い出しガンバリましょう」
坂牧講師は笑顔で、中々酷な事を言ってくる。トラップ突破やモンスターの対処など、例外を除き講習を聞いただけで出来る筈がない。
ああ、そうか。受講生に痛い目を見させるのが目的か。
「では1~200番をA班とし、トラップ対処実習に。201~387番をB班とし、モンスター対処実習を行います。班全員が終えたら、内容を交代します。では、A班は私に付いてコンテナの前に、B班は神谷講師に付いてピッチングマシーンの前に分かれて下さい」
受講生達はぞろぞろと、坂巻講師に指示された通りに移動を開始する。
「モンスター対処実習って何するんだ?」
優男風の優しげな風貌の神谷講師に引き連れられ移動中、裕二がそんな事を聞いてきた。
「ピッチングマシーンを使うみたいだから、ボールをモンスターに見立てた回避訓練じゃないか?」
「そうね。スクリーン付きのピッチングマシーンだし、モンスターの映像を流しながら回避を、って所じゃないかしら?」
柊さんと俺の予想が一致する。まぁ、他にピッチングマシーンの使い道もなさそうだしな。
「要するに、避けゲーか」
「多分な」
一撃でも受けると大怪我をする可能性がある以上、回避力を鍛えておいた方が良いのは事実だしな。それに、当たり所が悪ければそのまま死に至る致命傷になるし。
B班が集まると、神谷講師が実習内容を説明し始める。
「それでは、B班の皆さんにこれから行ってもらう事は、ピッチングマシーンから打ち出されるこのゴムボールを避けてもらう事です」
神谷講師はゴムボールを指先で潰しながら、説明を続ける。
「ピッチングマシーンのスクリーンには、ダンジョン内部の様子とモンスターの姿が映し出されます。襲って来るモンスターに見立てた、このゴムボールを回避するか打ち落として下さい。ゴムボールは一人、10球ずつ打ち出されます。尚、安全の為、この野球のキャッチャーマスクを被って貰います。では、それぞれの列が均等になるようにピッチングマシーンの前に移動して下さい」
B班の受講生達はざわつきながらも、指示された通りピッチングマシーンの前に並ぶ。
「では始めます。列の先頭の方、サークルの中に入って下さい」
列の先頭に並んでいた受講生達は指示された通り、キャッチャーマスクを受け取り装着しながらピッチングマシーンから5~6m離れた位置に設置してある1m程の大きさのサークルに入る。
ピッチングマシーンのスクリーンが起動し、ダンジョンと思わしき薄暗い石造りの通路が映し出された。映像が徒歩ほどの速さで動き、ダンジョン内を進んでいく。暫くダンジョン内を進んでいく映像が流れた時、薄暗い通路の奥から何かの影が現れスクリーン一杯に姿が大映しになったその瞬間、ピッチングマシーンからゴムボールが打ち出された。
5人の受講者の内、回避もしくは打ち落とせた者はたったの1人。そこで神谷講師は一旦映像を止め、受講者全員に聞こえる様な大きな声である事実を伝えてきた。
「今ので5人中4人が重軽傷、もしくは死亡しました」
淡々とした神谷講師の言葉に、受講生達のざわめきが引き潮の様に引いて消えた。意図的に忘れていた事を思い出させられ重苦しい沈黙に沈む受講生達、死亡したかもしれないと言い渡され血の気が引き顔色が消え失せたゴムボールを受けた受講生。沈黙が広がり、一種異様な雰囲気が場を占めた。
「今回はゴムボールと言う当たっても特に怪我をするような物ではありませんでしたが、皆さんが探索者になった暁に潜ることになるダンジョンでは、ちょっとした油断が大怪我に繋がります」
神谷講師は押し黙る受講生達を軽く一瞥し、朗らかな笑みを浮かべ宣言する。
「では皆さん、気合を入れて実技講習に取り組みましょう!」
ドン引きである。
この講師、絶対今の状況を楽しんでるだろ……。
準備運動って、重要ですよね?




