第124話 さっ、ダンジョンへ行こう!
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携帯の目覚ましアラームが鳴る前に、俺はベッドの中で目を覚ます。部屋の外に、気が高ぶっているらしい人の気配を感じたからだ。
恐らく、この気配の持ち主は……。
「おはよう、お兄ちゃん!」
やっぱり、気配の正体は美佳だったかと思いつつ、俺は寝ぼけ眼で美佳の姿を確認する。美佳の笑顔に眠気は感じられず、服も既に寝巻きから外出着に変わっていた。
おいおい……随分気合入ってるな。
「美佳……もう少し寝かせてくれよ。まだ家を出るまでは、時間あるだろ?」
ちらりと確認した時計が指す時間は5時半、予定していた起床時間の30分前を指していた。俺は掛け布団を手繰り寄せて、頭から被り美佳に睡眠時間の延長を訴える。
しかし残念ながら、俺の訴えが採用される事はなかった。
「起きてよ、お兄ちゃん!」
そう言って美佳は、俺の被っていた掛け布団を勢い良く剥がす。
マジか……勘弁してくれよ。
「……美佳?」
「目が覚めた?」
「……ああ」
不満気な視線を美佳に向けてみるが、美佳は一切意に介した様子を見せない。
掛け布団を剥ぎ取られた俺は、溜息と共に目を擦りながら体を起こしベッドの縁に座る。もう寝ていられる様な感じでも無いしな。
「……おはよう」
「おはよう、お兄ちゃん」
俺が起き上がった事が嬉しいのか、美佳は満面の笑みを浮かべていた。
こいつは……。
「昨日の夜。寝る前に、起床時間は教えておいただろうが? 早く起きたのなら、時間まで自分の部屋で大人しくしていろよ……」
「勿論大人しくしてたよ、1時間も」
「はぁ?」
すると、何時起きたんだコイツは? 今が5時半だから……4時半? どんだけ早起きしているんだよ!
俺は思わず、呆れ眼を美佳に向けた。
「昨日は大分早めに寝たし、これからダンジョンに行くんだと思うと目が冴えちゃって、2度寝が出来なかったの」
「……そうか」
遠足に行く小学生かよ。全く、仕方が無い奴だな……。
俺はベッドから立ち上がり、クローゼットへ歩み寄る。
「美佳。着替えるから、部屋から出て行ってくれ」
「あっ、うん。じゃぁ私、先にリビングの方に行ってるから」
「ああ。服を着替えたら、降りて行くよ」
「じゃぁ、待ってるからね」
そう言って俺の部屋を出ていこうとする美佳に、俺は一言声を掛ける。
「母さん達もまだ起きてないだろうから、静かにな?」
「分かってる」
俺の忠告に返事を返し、美佳は部屋を出てリビングへと降りていった。
俺は美佳が部屋を出て行った事を確認し、一度大きなアクビをする。
「取り敢えず、着替えるか……」
俺はクローゼットを開け、昨日の内に用意していた服に手をかけた。
着替えと洗顔を済ませ、俺は美佳が待っているだろうリビングに顔を出す。
すると、そこには思わぬ人がいた。
「おはよう、大樹」
「あれっ? 母さん、もう起きてたの?」
リビングには美佳の他に母さんもおり、二人でお茶を飲んでいた。
「ええ。今日は美佳も貴方と一緒にダンジョンに行くって言っていたから、少し早めに起きてお話をしようと思っていたのよ」
「そうなんだ」
で、朝早くから美佳とお茶会をしていたと。
「で、2人で何を話していたの?」
取り敢えず俺も1杯貰おうと思い、台所に移動し自分の分の飲み物を用意する。
目覚まし用の、インスタントブラックコーヒーだ。
「色々よ。怪我をせずに、帰ってらっしゃいねとか」
「ふーん」
母さんの話を聞きつつ、ちらりと横目で、お茶を啜っている、美佳の様子を見てみる。見た感じ、のほほんとしているので、キツい事を言われた訳では無い様だ。
ダンジョンに行く前から凹んでいる様だと、フォローが面倒だからな。
「大樹。美佳にも言ったけど、怪我が無い様に帰って来なさいよ?」
母さんが心配気な表情を浮かべながら、そんな事を俺に言ってくる。
「勿論、分かってるよ。今日は美佳達が一緒だしね。場に慣れる事を優先して、安全第一で行ってくるから怪我はしないと思うよ」
「そう……。でも、十分気を付けるのよ?」
「うん」
俺の返事を聞き、母さんも安堵したのか、表情が緩んだ。
「うっ!?」
俺はコーヒを手に持ちながらソファーに座り、火傷しない様に気を付けながらコーヒーを口にし思わず顔を顰めた。粉を多めに入れたので、コーヒーは濃く苦味が強い。
まぁ、目覚ましには丁度良いけど。
「そう言えば貴方達、朝ごはんはどうするの?」
「えっ? カップメンでも作って、食べようかと思ってたけど……?」
ダンジョン内でのトイレ事情を考え、具無しのカップ焼きそばを食べるつもりだった。
一応昨日の夕食から調整はしているが、食物繊維や水分を取り過ぎるとトイレが近くなるからな……。具無しカップ焼きそばが、一番お手軽で都合が良い朝食だと俺は思う。
「まぁ。そんな朝食じゃ、ダンジョンに行って力が出ないんじゃないの?」
「そうかもね。でも、ダンジョンでのトイレ事情を考えると、そう悪くない選択だと思うんだけど……」
「はぁ。ちょっと待っていなさい、私が朝食を用意してあげるわ」
俺が朝食として食べようと思っていた献立を聞き、母さんは顔を顰めながら立ち上がり台所へと入っていった。うーん、どうしよう?
ダンジョンに行く前と言う事を考えると、余りバランスが取れた食事と言うのも困るんだけどな。まぁ、今日はあまり深く潜らないし、潜る前にトイレに行けば大丈夫か。
「ねぇ、良いのお兄ちゃん? お母さんに、食事の準備を任せて?」
「まぁ……大丈夫だろ」
どんな物が出てくるか、少々不安ではあるけど。
まぁ、お粥の様な消化が良過ぎる物でなければ大丈夫だろう。普通の食事なら、消化に半日は掛かるって聞くし。
そして、美佳と共にテーブルに座って暫く待っていると、母さんが朝食を出してくれた。
「おまたせ。さっ、どうぞ」
俺と美佳の前には朝食……バターが塗られたトーストと茹で卵、サラダと牛乳が置かれていた。うん、シンプルでオーソドックスな朝食メニューだな。
俺と美佳は無言で、差し出された朝食を凝視した。
「どうしたの、2人とも? さっ、温かい内に食べてしまいなさい」
「あっ、うん。……いただきます」
「いただきます」
俺と美佳は手を合わせ、トーストに齧り付いた。
出発の時間になったので、俺と美佳は荷物を背負い玄関で靴を履いていた。
そしてそんな俺と美佳の後ろ姿を、父さんと母さんが見守っている。見送ってくれるらしい。因みに父さんは、俺と美佳が朝食を食べ終わった頃に起き出してきた。
「よし、準備完了。美佳、そっちはどうだ?」
「私も準備出来たよ」
俺が靴を履き終えるのとほぼ同時に、美佳も靴を履き終え荷物を持って立ち上がった。
「じゃぁ、父さん母さん。行ってくるね」
「ああ。気を付けてな」
「大樹、美佳の事を宜しくね? 無茶をしたり、する素振りを見せたら、無理やり引っ張ってでもダンジョンから連れ出すのよ」
「あっ、うん。分かったよ」
「もう、お母さんったら! 私、そんな無茶な事はしないよ!」
美佳は心外だと言いたげな表情を浮かべ抗議の声を上げるが、今までの言動を思えば母さんの心配は尤もだろう。それなりにダンジョン内の様子や探索者事情の正確な情報を教え、浮かれ気分は矯正したつもりだったのだが……足りなかったかな?
そして、口論を交えている美佳と母さんの間に俺は割って入った。
「美佳。只の軽口なんだから、そんな過剰反応を起こすなよ。ほら、興奮していないで落ち着けよ」
「でも、お兄ちゃん……」
「今から、出かけるんだろ? 行ってきますは?」
「……分かった」
美佳は若干不満げな様子だが、素直に引き下がる。まぁ、本気で怒っていた訳では無いみたいだったからな。一旦水が差されれば、落ち着きを取り戻すか。
美佳と母さんの口論を止めた俺は、改めて父さんと母さんに出発の声をかける。
「じゃぁ父さん母さん、行ってくるね」
「ああ、いってらっしゃい」
「気を付けるのよ」
そして美佳も、俺に続けて父さんと母さんに声をかける。
「行ってきます」
「ああ、気をつけるんだよ」
「うん」
「行ってらっしゃい、美佳。本当に、無理はしたらダメよ?」
「はーい」
挨拶を済ませた俺はドアノブに手をかけ、玄関扉を押し開け外へと足を踏み出す。
そして美佳も俺の後を追って、玄関を飛び出してきた。
「良し。じゃぁ、行くか?」
「うん! 出発!」
美佳が元気よく返事を返す。普段から静かな住宅であり朝も早いと言う事から、美佳の元気な返事は辺りに良く響いた。近所迷惑になるから、もう少し小さな声で返事をして欲しいものだ。
そして俺と美佳は横に並んで、裕二達との合流場所になっている駅までの道程を歩きだした。
「ねぇ……お兄ちゃん?」
「何だ?」
「これからダンジョンに行くんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫って、何が?」
駅までの道程を半分程過ぎた頃、美佳は不安そうな表情を浮かべながら話しかけてきた。
「私達、重蔵さんに稽古は付けて貰ったけど本当にモンスター相手に通じるのかな?」
「ん? 心配なのか?」
「……うん。ちょっとね」
美佳は少し俯き、不安の原因を口にする。
「だって私達、重蔵さんから一本どころか掠らせる事も出来なかったんだよ? そんな体たらくで、本当にモンスターを相手にしても大丈夫なのかな……って」
ああ、なる程。
俺達が出稽古に行っていたせいで、美佳達は重蔵さんを相手に、稽古していたからな。比較対象が無いから、自分に力が付いているって言う実感は湧かず、自分達がモンスターとやりあえるのか、と不安なのか……。
だけどな、美佳? 重蔵さんの基礎練を乗り越えられているのなら、取り敢えず表層階に出てくる様なモンスター相手には負けないと思うぞ。
「美佳、その事なら気にするな」
「で、でも……」
「俺達だって重蔵さんには真面に一本入れるどころか、満足に掠らせる事だって出来ていないんだぞ? ダンジョンでレベルアップもせず稽古を始めたばかりのお前達に、手に負える様な人じゃないさ」
「……お兄ちゃん達が相手にならないの?」
美佳は先程まで浮かべていた不安顔は何処へやら、目を見開き驚愕の表情を浮かべていた。
「ああ。正直ダンジョンの奥深くに潜るより、重蔵さんから一本とる方が難しいと思うよ……」
「そんなに……」
「裕二や柊さんに聞いても、多分同じ返事が返ってくると思うぞ? だから美佳も、重蔵さんの相手に成らない事を腑甲斐無く思う事はないからな」
「うん」
俺の言葉に、美佳は何処か安堵した様な表情を浮かべた。
「それとな、モンスターと戦えるのかって言ってたけど……全くもって問題ないと思うぞ?」
「……本当」
「ああ。相手を過小評価して油断するのは論外だが、過大評価して警戒しすぎるのも悪いからな。この間見学していた稽古の様子なら、美佳達が普段通りの力が出せるのなら表層階に出てくる様なモンスターは問題なく倒せる筈だ」
俺のその言葉を聞き、美佳はようやく体に張り付いていた緊張を抜く。
そして、美佳と話し込んでいる内に何時の間にか俺達は駅の近くまで歩いてきていた。
休日の早朝と言う事もあり、駅を利用する人の影は疎らだ。しかしその御陰で、俺は駅の中に設置してあるベンチに座り本を読んでいる裕二を直ぐに見つける事が出来た。
そして俺は、本を読んでいる裕二に声をかける。
「おはよう、裕二」
「ああ、おはよう」
「今日は随分と早いな」
「美佳ちゃんや沙織ちゃんが、待ち合わせ時間より早く来ていて居るかもって思ってな。何時もより、少し早めに来ていたんだよ」
裕二も、随分マメな気遣いをするな。
でもまぁ、美佳は兎も角。もし本当に、沙織ちゃんが大幅に早く来ていたら、沙織ちゃん一人で待たせるって事になっていたかも知れないな……。色々と物騒な昨今、流石にそれはマズイよな。
「そっか……ありがとうな」
「俺が好きでやっているんだ、気にするな」
裕二は若干恥ずかし気に手を振りながら、俺のお礼の言葉を受け取った。
「裕二さん、おはようございます」
「ああ。おはよう、美佳ちゃん」
俺との話が終わったのを見計らい、美佳も裕二と朝の挨拶を交わす。
そして……。
「おはようございます!」
「「「おはよう」」」
俺達に遅れること数分、武器が入っているだろう移動バッグと背中に大きなリュックサックを背負った沙織ちゃんが姿を現した。リュックサックがパンパンに膨れており、かなり重そうだ。
色々詰め込んで来たんだろうな……。
「沙織ちゃん、随分重そうだけど大丈夫?」
「あっ、はい。大丈夫です。これ、見た目よりずっと軽いんですよ?」
「そうなの?」
「はい!」
どうやら、大丈夫なようだ。沙織ちゃんは俺にお辞儀をした後、美佳とダンジョンについて楽し気に話し始めた。
そして、最後の一人が駅に姿を見せた。
「おはよう、皆。って……どうやら私が最後の様ね」
「あっ、おはよう柊さん。 気にしないで、まだ集合時間前なんだからさ」
柊さんがまるで遅刻でもしたかの様にバツの悪そうな表情を浮かべたので、俺は集合時間前なのだから気にするなと言ってフォローを入れる。別に集合時間の前には来たのだから、謝る必要はないんだけどね……。 俺は軽く手を叩き、皆の注目を集める。
「さてと……皆。予定より少し早いけど、ホームの方に移動しないか?」
「……そうだな。移動するか」
「そうね、移動しましょう」
「「賛成!」」
「じゃぁ皆賛成という事で、移動しようか?」
そして、俺達は自分達の荷物を持ちホームへと移動を始めた。