第122話 手続きが終了し、探索者になる
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重蔵さんから受け取った品を持ち、俺達は裕二の家の前に呼んだワゴンタイプの大型タクシーに乗り込みダンジョン協会へと向かった。普段なら電車を使い移動するのだが、今日は持って移動する物が物なのでタクシー移動だ。移動途中に職質をかけられたら、所有者変更をしていない美佳達の得物についての説明が面倒だからな。
多少運賃が割増料金になったとしても、面倒が避けられるのならそれに越した事はない。
「……ん!?」
タクシーで移動中、ポケットにしまっていた俺のスマホが断続的に震える。学校帰りだったので、マナーモードを解除するのを忘れていた。
俺がスマホを取り出し画面を見ると、どうやらメールを受信したらしい。俺はスマホを操作し、届いたメールを確認する。
「……母さんからだ」
「お母さん?」
「ああ……どうやら、注文していた荷物が届いたらしい」
美佳にメールの内容を教えつつ、俺はスマホ画面の上に表示される時計を確認した。表示されている時間は、14:05。どうやら俺が指定した時間帯の、一番最初の便で送られて来たらしい。
「本当!?」
「ああ。ダンボール箱が重いから、届いた荷物は玄関の隅に置いておくってさ」
美佳は俺の伝言に目を輝かせ、沙織ちゃんも嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
今回は結構大量に、色々な品物を注文したからな。2人分の荷物を一度に発注したから、重くて母さんが運べなくもなるか……。
「やった! これで今日中に登録が終われば、明日ダンジョンに行ける!」
「そうだね、美佳ちゃん!」
二人は嬉し気な声を上げながら、胸の前で両手でタッチをし合う。
いや。嬉しいのは分かるけど、狭い車内で甲高い大声は……。
「二人共。嬉しいのは分かるけど、車内ではあまり騒がない様にな?」
俺は騒ぐ二人を軽く嗜める。
だって、ルームミラー越しに若干迷惑気な表情を浮かべる運転手さんと目があっちゃったしさ……。一応注意ぐらいはしとかないと……ね?
「あっ、ごめん……」
「すみません……」
二人は俺に注意され、バツが悪そうに謝罪の言葉を口にしながら視線を逸らす。
「いや。別に、謝る様な事じゃないんだけどね……。でもまぁ、そう言う訳だから沙織ちゃん」
「はい」
「今日の帰り、家に寄って届いた荷物を確認していって貰えるかな?」
「分かりました。帰りに寄らせてもらいます」
一応サイズとかは確認して注文しているけど、服や靴は実際に身に着けてみないと分からないからな。
その後暫く、ダンジョン協会の建物に到着するまでタクシーの車内には、沙織ちゃんに発注した荷物の内容について説明をする美佳の声だけが響いていた。
受付待合室に、以前ほどの混雑振りはなかった。俺達5人が余裕を持って席を確保出来る事が良い証明だろう。既に2人の申請書類の提出は済んでおり、今は免許の発行待ちだ。
そして、受付近くの電光掲示板に3桁の数字が点灯し、窓口に座る女性職員の声で呼び出しアナウンスが流れる。
「番号札、84番、85番の方。書類の準備が調いましたので、発行窓口までお越し下さい」
「あっ、私の番号だ。ちょっと行ってくるね!」
「あっ、待ってよ美佳ちゃん。じゃぁ皆さん、ちょっと行ってきます」
「行ってらっしゃい」
そう言って美佳は発行窓口へと小走り気味で移動し、沙織ちゃんも慌てて美佳の後を追っていった。そんなに急いでいかなくても、免許は逃げないぞ……。
俺達は浮ついた様子の二人を、小さく手を振りながら見送った。
「これで、美佳ちゃん達も正式に探索者の仲間入りか……」
「そうね」
「ああ」
俺達は窓口で女性職員の説明を、真剣な表情で聞いている2人の横顔を感慨深気に眺める。
ダンジョン出現当初から、美佳の奴はダンジョンに潜りたいと事ある毎に口にしていた。俺は色々ダンジョンに関する生情報を教え美佳が探索者になる事を断念するようにした事もあったが、美佳の奴は諦めなかったな。
そして諸々諸事情はあれど、美佳は今まさに探索者になろうとしている。
「はぁ……」
「何だ、大樹? 今更、美佳ちゃん達の探索者デビューを後悔しているのか?」
「いや、そう言う訳じゃないけど只な……」
後悔している訳ではないが、やはり妹や妹同然に思っている子が探索者になると思うと思う所はある。
初歩とは言え、二人も重蔵さんの稽古を受けているのだ。表層階に出現するモンスターやトラップ程度なら、平常心さえ保てれば問題ないだろう。だが問題は、ダンジョンの中に存在するのはモンスターやトラップだけではないと言う事だ。
問題はと、俺は首を左右に振って待合室の中を見回す。中間テスト終わりの6月と言う事もあって、好奇心や冒険心に満ちた表情を浮かべる新入高校生らしき若者達の姿が多い。
「ここに居る連中も、美佳達と同時期にダンジョンに入るんだなと思ってな」
こう言う言い方は悪いと思うが、ここに居るどの新入高校生達より美佳達は恵まれている。
重蔵さんによる武器使用講習と言う名の訓練が受けられ、俺達……主に俺だが。最適な装備品や経験談と言う教訓を、事前に仕入れられる。そして現在民間探索者における国内最高峰であろう、俺達と言う探索者チームによる全面バックアップ体制によるダンジョン探索。新人探索者ならば、誰もが羨む高待遇だろう。
だが……。
「この中で上手く探索者をやっていける数は、半分にも満たないだろうな……って」
「それは……」
こんな万全のバックアップ態勢が整っている新人探索者など、極めて希だろう。大抵の新人は、ネット公開情報を頼りに手探りでダンジョンに挑む。すると、どうなるか?
表層階でも攻略に手間どり、大小様々な怪我を負うだろう。収入に関しても、ダンジョン出現当初に比べ表層階で得られるドロップアイテムは一部を除き換金率が低くなっているので、ドロップアイテムの換金で得られる収入より必要経費の出費の方が多くなる。
中には依頼と言う形で先輩探索者達に教導を頼み、実力を上げる者も居るだろうが、指導料と言うのは得てして高額になり易く、支払える新人探索者は稀だろう。
実際、ダンジョン併設の協会出張所の依頼掲示板には、常時教導依頼がいくつか張り出されているが、表層階における教導依頼を出すには、最低でも数十万円の資金が必要だ。とてもではないが、資金難の新人探索者は、出せないだろう。
「探索者業が立ち行かなくなって、普通に辞めるのなら良いけど……真っ当な道から逸れる者は必ず出るだろうからな」
「……」
真っ当では無い道……宮野さん達や凛々華さん達に降りかかった人災の原因になる道だ。
人間、自分が苦しんでいる時に順調な道を進む者を見ると、大小の差はあれど妬んだり嫉妬したりするだろう。大抵の者は自分のその感情を理解し胸の中に押さえ込めるが、中には自身の抱く感情を理解せずに逆恨みし、思いにもよらぬ凶行に走る者が現れる。
そうした者達から見たら、美佳達は格好の標的になりかねない。
「……確かに、大樹の言う通りだな。その手の輩から見ると、美佳ちゃん達は標的として目に付きやすい存在かもしれないな」
「……そうね」
「「「……」」」
俺達は美佳達を標的にして襲いかかってくる探索者崩れの者達や、大量のモンスターを押し付けられる姿を想像をして押し黙った。俺達の力からすると、どちらの場合でも退けるだけなら容易だが、その際の美佳達の精神状態が心配になってくる。
人に明確な害意や殺意を向けられる事など、日常生活では先ず無いだろうからな……。
俺達が揃って眉間を揉んでいると、誰かの走る足音が聞こえてきた。
「お待たせ! ほら見てよお兄ちゃん、探索者カード!」
足音の正体は、嬉し気に探索者カードを見せ付けてくる美佳だった。
「おお、おめでとう。これで美佳も、正式に探索者の仲間入りだな」
「「おめでとう」」
「うん! ありがとう!」
俺達のお祝いの言葉に、美佳は元気よく返事を返してくる。余程嬉しいのか、興奮で頬が紅潮している。
そして、美佳に遅れる事1,2分。沙織ちゃんも探索者カードと許可書を持って、俺達の元に戻ってきた。
「お待たせしました」
「お帰り、沙織ちゃん。沙織ちゃんも、無事に発行して貰えた様だね」
「はい、この通り……」
そう言って、沙織ちゃんも探索者カードと許可書を見せてくれた。
「と言う事は、これで沙織ちゃんも正式に探索者だね。おめでとう」
「はい! ありがとうございます」
沙織ちゃんも嬉しげな様子で、返事をしてくれる。さてと、取り敢えずこれで無事探索者登録は完了だな。
後は……っと、俺は早く公式SHOPに行こうと騒いでいる美佳と沙織ちゃんに声をかけた。
「2人共、公式SHOPに行くのも良いけど。まずは、探索者登録も済んだことだし武器登録窓口に行って二人の武器の登録も済ませような?」
「そうだな。何時までも所有者変更が済んでいない武器を持ち歩くのは、不味いだろうからな」
「そうね。この建物の中なら少しは大丈夫でしょうけど、早めに登録変更は済ませておいた方が良いでしょうね」
俺達の視線は、真田紐で閉じられた大小4つの木箱に向けられていた。
タクシーに乗って持ち運んでいたので職質はされなかったが、登録者変更されていない武器を持ち歩くと言うのは何かと心配だからな。面倒事は、早めに済ませておくに限る。
「あっ、うん。そうだね。確かに、そっちを先に済ませないとだね」
「そうですね。公式SHOPに行く前に、早めに変更して置いた方が良いですよね」
探索者カードを貰って若干浮かれ気味だった美佳と沙織ちゃんも、自分達の武器の入った木箱を見て冷静さを取り戻し俺の提案に同意してくれた。
「よし、じゃぁ、行こうか?」
「うん!」
「はい!」
美佳と沙織ちゃんは貰った許可書をクリアファイルに挟んでバッグに入れ、探索者カードは制服の内ポケットに仕舞う。因みに、二人の武器が入った木箱は俺と裕二が持っている。
移動準備が出来たので、俺達は武器登録窓口がある上の階へと移動した。
武器登録を悶着無く無事に済ませた俺達は、美佳と沙織ちゃんの希望に沿って3階にある公式SHOPへと足を運んでいた。
以前と同様、フロア一杯に様々な品物が並んでいる。
「うわぁー! 凄い品揃えだね!」
「そうだね! あっ、見てよ美佳ちゃん! ほらあそこ、テントまで置いてあるよ!」
「あっ、本当だ!」
美佳と沙織ちゃんは喜々として、SHOPの中をアチラコチラ移動しながら並ぶ商品を物色していく。
そして俺達も、以前とどれだけ商品ラインナップが変わったのかが気になり、美佳達を視界の端に入れつつSHOPの中を物色していく。
「何か……キャンプ用品と言うか、野外宿泊装備品のコーナーが広くなってないか?」
「そうだな。保存食に寝袋、簡易調理器具なんかのラインナップが充実しているな」
「ねぇ、アレ見てよ。動体感知センサー式のブザー装置ですって」
こう言う物が多く出回っていると言う事は、ダンジョン内に宿泊する探索者の数が増えたって事か……。確かに、ダンジョンは深く潜れば潜るだけ行き帰りする時間がかかるからな。俺達の様な例外的な存在でもなければ、現状の民間人探索者では20階層以降の日帰り探索はキツいと言うか不可能だ。
必然的に深い階層を目指す探索者には、ダンジョン内で宿泊する技能が求められる様になる。これらの商品ラインナップは、そう言う事だろうな。
「半年も経つと、色々変わってるな」
「そうだな。始めの頃は全体的に初心者向けって言う感じだったけど、ダンジョン攻略が進むにつれて段々専門店ぽくなってきているな」
裕二の言う通り、以前置いてあった民生用の安価で質が微妙な品々は減り、プロ仕様の専門色が強い品々が多くなっている。客の要望に応え、ここも色々品揃えを変えているんだな。
俺達は暫く物色をした後、美佳達と合流し数点の買い物をした。探索者カードを入れるカードケースや、武器を持ち運ぶ時に使う肩掛け収納バッグ何かだ。
「さてと……取り敢えずこれで、協会でするべき手続きと買い物は全部終わったよな?」
俺は4人の顔を見渡しながら、最終確認を取る。
ここで不備があると、明日ダンジョンにいけなくなるからな。
「大丈夫だろう」
「そうね。取り敢えず、必要な手続きは全部済ませているはずよ?」
「そうそう!」
「お兄さん達のパーティーメンバーとしての追加登録もしているので、大丈夫だと思います」
どうやら、大丈夫なようだ。
「じゃぁ、届いた二人の荷物も確認したいから、帰ろうか?」
「うん!」
「はい」
裕二と柊さんは首を縦に振り、美佳と沙織ちゃんは元気に返事を返す。
因みに、帰りは電車と徒歩だ。行きにタクシーを使ったのは、所有者変更をしていない武器を持っていたからだ。今は所有者登録も変更済みの上、公式SHOPで武器の入っている木箱をラッピングして貰い偽装しているので見た目的な問題は無い。
只、ラッピングの包装紙にダンジョン協会のロゴマークが沢山付いているので、それが原因で職質をかけられないかと微妙に心配だけど。
無事に事務手続きは終了。カードも発行され、美佳ちゃん達もこれで正式に探索者です。