第121話 美佳達の相棒と登録完了
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重蔵さんは持ってきた4つの箱を脇に置きながら、元の位置に座り直した。
「待たせたの」
「いえ。……それが例の?」
「ああ。お主が注文しておった物じゃよ」
「そうですか、お手数をおかけします」
「何、この位、大した手間にはならんよ」
俺は頭を下げながら、重蔵さんにお礼を述べる。
そんな俺と重蔵さんのやり取りを、事情を知る裕二と柊さんは微笑まし気に、事情を知らない美佳と沙織ちゃんは怪訝な表情を浮かべながら見ていた。
「美佳。沙織ちゃん」
「何?」
「何ですか?」
俺は重蔵さんから視線を外し、横に並んで座っている二人に声をかける。
「重蔵さんに持ってきて貰ったアレ、実は二人がダンジョンで使う予定の武器なんだよ」
「「えっ!?」」
俺の言葉に、美佳と沙織ちゃんは目を見開き驚きの声を上げる。
まぁ、いきなりこんな事を言われれば驚くか。
「未成年者は、銃刀法の関係で武器の購入が出来ないからな……重蔵さんに頼んで代理購入をして貰ったんだよ」
「代理購入……」
「探索者資格保有者なら、未成年でも譲渡は許可されている。本当は保護者に頼んで代理購入って事で良いんだろうが、家も沙織ちゃんの両親も武器の目利きに関しては素人だからな」
見た目が良いからといって、鑑賞武器等を買って来られでもしたら目も当てられないしな。
「だから、二人が稽古している間に重蔵さんに頼んで用意して貰ったんだよ」
「ほ、本当?」
「ああ。間違い無く、美佳達の為に用意した武器だよ。これまでの美佳達の稽古を見ていた重蔵さんが選んだ、二人の戦闘スタイルに合う物だよ」
正確には重蔵さん経由で、恭介さんに発注を掛けたんだけどな。
俺の話に二人が目を輝かせていると、重蔵さんが長い方の箱を二人の前に置く。美佳が赤い真田紐、沙織ちゃんが黄色い真田紐で結ばれた箱だ。
「ほれ、開けてみると良い」
「「はい!」」
美佳と沙織ちゃんは元気良く返事を返し、喜々として真田紐を解いていく。
美佳が真田紐を外し上箱を取ると、緩衝材として入れれらている和紙が見えた。和紙を外すとフェルトの貼られたマクラに乗った、赤い石突の黒い槍が姿を見せる。因みに、沙織ちゃんの槍は石突が黄色い。
「「……」」
2人は箱に収まったままの槍を見下ろし、無言で顔を綻ばせる。
「因みにだが、その槍……1本70万程するからな」
「「えっ!?」」
俺のその言葉に、二人は顔を綻ばせたまま絶句し動きを止める。
まぁ、いきなり70万と言われれば固まるよな。
「探索者がダンジョンで使用する武器は、探索者のレベルアップとともに強化されるんだ。つまり、使い続ければ使い続けるだけ強くなっていく。でも、最初にあんまり質の良くない安物を使っていると、武器が直ぐヘタって修理する回数が増えて出費が増えるんだよ」
「そうだな。俺達の武器もそれなりの物だったが、使い方が荒かったから短い使用期間で修理しないといけなくなったからな……」
「そうね。あれは、それなりに痛い出費だったわ……」
俺達は武器を修理に出した時の事を思い出し、思わず天井を見上げる。まだ修理は1回だが、1回にそれなりの額が必要だからな。
「で、でも……お兄ちゃん。私達、そんなにお金持ってないよ?」
「そ、そうですよ。GW期間中にバイトしましたけど、預金と合わせて10万円もありませんよ?」
美佳と沙織ちゃんは顔を引きつらせつつ、槍の代金を払うお金が無いと言う。まぁ只の高校生で、70万払えと言われて、はいそうですかと払える奴はいないよな。
「大丈夫。今回の代金は俺が立て替えているから、ゆっくり返してくれれば良いよ」
「「……」」
俺がにこやかな笑顔を浮かべながら返済は気長に待つと言うと、美佳と沙織ちゃんが顔を引きつらせ落ち込む。
「大丈夫よ、美佳ちゃん、沙織ちゃん」
「「雪乃さん……」」
落ち込む二人に柊さんが優し気に声をかけると、二人は縋る様な目付きで柊さんを見上げた。
「今の相場なら、ミノを10体も倒せば簡単に返済可能よ」
「「そ、それは……」」
柊さん……これから初ダンジョンに挑もうとしている新人さんには、それはちょっと難易度が高いと思うんですが……。
引き攣り唖然とした表情を浮かべる二人を見て、柊さんは小さく吹き出し苦笑を浮かべる。
「冗談よ。そうね、スキルスクロールを1,2本も見付ければ、返済可能かしら?」
どうやら、冗談だったようだ。
まぁミノは兎も角、運次第で手に入るスキルスクロールなら難易度自体はそう高くないからな。運が良ければ、表層階層でも手に入るしな。
「そ、そうですか……」
「スキルスクロール……」
スキルスクロールと聞き、美佳は顔を引きつらせ沙織ちゃんは思案顔で黙り込む。一般的にスキルスクロールは、市場に流れづらいって言われてるからな。
まぁ流れづらいのは、数が少ないこともあるけど探索者が自分の強化に使って協会に売らないからなんだけど。
「お主ら……。そこらへんの話は、取り敢えずモノを確認した後にしておけ」
金銭関係の話で美佳達と騒いでいると、手持ち無沙汰そうにしていた重蔵さんが俺達に声をかける。
そう言えば、モノを確認するのを忘れていたな。
「あっ、はい。そうですね。美佳、沙織ちゃん?」
「「あっ、うん」」
美佳と沙織ちゃんは、箱から慎重な手付きで槍を取り出す。
「あれ? 意外と軽いね?」
「本当だ……」
美佳と沙織ちゃんは、槍の意外な軽さに不思議そうな表情を浮かべる
「コレ、柄も金属製だよね? 全部金属で出来ているのに、何でこんなに軽いの?」
美佳は柄を指で弾きつつ材質を確認しながら、首をかしげる。
「ああ、その槍の柄はチタン合金製だからな。鉄製と比べたら、だいぶ軽いぞ」
「チタン?」
「あの、お兄さん? チタンて、高いんじゃないんですか?」
「まぁ鉄製に比べたら高いけど、あまり重かったら二人が持てないだろ?」
レベルを上げて、身体能力が向上すれば話は別だろうけど……今の二人に総鋼鉄製の槍なんて持てないだろうからな。あの槍の柄は恭介さんに頼んで、チタン合金の中空パイプを加工して作ってもらった特別製だ。
因みに、穂先は今回も俺達が提供した超高純度鉄製である。
「バランスを見る為にも、ちょっと振ってみろよ」
「う、うん」
「は、はい」
美佳と沙織ちゃんは槍を持ったまま立ち上がり、俺達から槍を振れる所まで距離を取る。二人は手に持った槍を構え、重蔵さんに教えられたのであろう槍の型をユックリとしたスピードで振っていく。次第に美佳達の振るう槍のスピードが上がり、空気を切り裂くような音がし始める。
そして暫く型を繰り返した後、美佳達は槍を振るうのをやめた。
「うん。凄くしっくりくるね、この槍。まるで、手に吸い付いてるみたい」
「練習で振っていた木槍より、この槍の方が私の手に馴染みます」
美佳と沙織ちゃんは、口々に振るっていた槍を評価する。好意的な意見が多いので、どうやら気に入ってくれた様だ。
そして、美佳達の槍を振るっていた姿を見て重蔵さんが口を開く。
「ふむ。どうやら注文通りの出来のようじゃな。嬢ちゃん達、槍を振った時に重心がズレる様な違和感はあるかの?」
「うーん、特に無いかな?」
「そうですね。今少し振るっただけですけど、私も特に違和感はありませんでした」
「そうかね。それは良かった」
二人の感想を聞き、重蔵さんも満足そうに頷く。恭介さんの腕もそうだが、二人のクセを見極めた重蔵さんの目利きも凄いよな。見ていただけで、二人にピッタリ合う武器を注文出来るんだから。
「さて、槍の確認はこれくらいで良かろう。もう一つのモノも確認しておこうかの」
「もう一つ……?」
「あっ、そう言えばそんな物もありましたね」
そう言って沙織ちゃんは、重蔵さんの隣に置かれた小さい方の箱を見た。槍のインパクトに浮かれて、存在を忘れていたな。
そして二人は元の位置に座り直し、槍を箱の中に戻し正面を見る。
「ほれ、開けてみると良い」
「「はい」」
美佳と沙織ちゃんは、重蔵さんに差し出された短い箱の真田紐を外していく。箱の中には槍と同じ様に、緩衝材の和紙に包まれた懐刀が入っていた。
俺達が使っている、懐刀と同じ仕様の物の様だ。
「……ドス?」
「……」
美佳は懐刀の鞘を外し、短めの刀身を見ながら首を捻り。隣で沙織ちゃんは黙って、懐刀の刀身を見ていた。
って、沙織ちゃん?
「……ふふっ」
沙織ちゃんは手に持った懐刀の刀身を凝視しながら、口元を僅かに吊り上げ小さく笑い声を漏らしていた。やっぱり、沙織ちゃんは刃物マニアの気質があるんだな。でも、その笑いは人前でしない方が良いと思うよ。
かなり危ない感じの笑みだからさ。
「さ、沙織ちゃん?」
そんな沙織ちゃんの笑みを見た美佳が、顔を引きつらせつつ声をかける。
「ふふっ……って何、美佳ちゃん?」
「あっ、うん、いや、その……大丈夫?」
「大丈夫って……何が?」
「あっ、その……気がついていないなら、良いよ」
刀身から目を離すと沙織ちゃんの表情は何時もの物に戻り、その余りの変わり身の早さに美佳の顔が若干引きつっていた。
まぁ、直前まで怪しげな笑みを漏らしていたのに、急に朗らかな笑みを浮かべていたら引くわな。
「そう? 変な美佳ちゃん」
沙織ちゃんは美佳の反応に戸惑いながらも、小さく笑みを浮かべ苦笑していた。大丈夫かな……この子。突然、懐刀を振り回し出したりしないよな?トリガーハッピーならぬブレードハッピーとか。
俺達は一瞬、疑いの目を沙織ちゃんに向けてしまった。
俺は気まずい場の空気を変えようと、咳払いして皆に話しはじめる。
「おほん。まぁ、何にしてもコレで二人の武器は揃ったな」
「あっ、ああ。そうだな……」
「えっ、ええ。そうね……」
「ふむ」
「う、うん……」
「はい!」
沙織ちゃん以外は俺の意図に気付き、話に乗ってくれる。まぁ皆、あの何とも言いづらい気まずい空気の中には居たくないだろうしな。
「重蔵さん、この槍や懐刀の登録書は?」
「無論あるぞ」
そう言って重蔵さんは懐から茶封筒を4つ取り出し、美佳と沙織ちゃんの前に2つづつ分けて差し出す。
「これを役所に持って行って所有者登録変更の手続きを行えば、この槍や懐刀は嬢ちゃん達の物に変わるぞ」
「これが……」
美佳と沙織ちゃんは、差し出された茶封筒を手に取り感慨深げに見ていた。
序だ、これも聞いて言っておこう。
「重蔵さん」
「何じゃ?」
「この槍と懐刀、最終的に合わせてお幾らになりましたか?」
「……ふむ。これが品物と一緒に送られてきた請求書じゃ」
俺は重蔵さんから渡された4枚の請求書に目を通し、目頭を押さえ揉む。
大凡事前に聞いていた通りの額ではあるが、中々良いお値段である。俺は請求書を、美佳達に見せる前に裕二と柊さんに渡す。
「……まぁ、妥当な値段じゃないか? 特注の新造品だしさ」
「……そうね。協会のパンフレットに乗っている物よりは、多少値引きされているわよね」
裕二と柊さんは妥当な値段だと言ってくれるが、果たして二人はどう思うだろうか?
俺は登録書を感慨深げに見ている二人に、意を決し声をかける。
「ああ……美佳? 沙織ちゃん?」
「……何? お兄ちゃん?」
「何ですか?」
「はい、これ」
俺は裕二と柊さんから回収した請求書を、二人の眼前に突き出す。
「「……何これ?」」
「槍と懐刀の請求書だよ」
「「!?」」
二人は眼前に突きつけられた請求書に記載された金額を見て、目を見開き驚愕の表情を浮かべて固まる。
因みに、請求書に記載されている合計金額は、槍と懐刀合わせて90万超……ほぼ100万円だった。
「さっきも言ったけど、今回の支払いは俺が立て替えているから。二人はゆっくり返済してくれたら良いからね?」
「「はっ、はい」」
二人は先程までの嬉々としていた表情を消し、唖然とした表情を顔に貼り付け請求書を受け取る。まぁ、探索者登録をして、いざダンジョンへと意気込んでいた所にコレだからな。
俺は請求書を手に持ち唖然としている二人を尻目に裕二と柊さん、そして重蔵さんとこの後の予定について話し合う。
「俺達この後は役所に行って、二人の探索者登録と武器登録を済ませてこようと思います」
「そうか。となると、明日にでも二人をダンジョンへ連れて行くのか?」
「昨日、ダンジョンに潜るのに必要な備品を発注したので、今日中に届けば連れて行こうと思います。一度、本物のダンジョンの雰囲気に触れさせておいた方が良いと思いますので」
「そうか。無理はさせるでないぞ」
「はい」
本当なら今日受け取った武器の習熟期間を取った方が良いのだろうが、二人にはまず本物のダンジョンの空気に触れさせた方が良いと俺は思う。一度でも本物の空気を感じれば、それ以降の訓練での身の入り方が全く違ってくるからな。
俺は壁に掛けてある時計を見て、重蔵さんに退席の許可を伺う。
「じゃぁ、重蔵さん。俺達、そろそろ役所に行こうと思います」
「そうか。では、気を付けてな」
「はい」
重蔵さんの許可を得て、俺達は未だ唖然とする美佳と沙織ちゃんの手を取り、荷物を纏めて道場を後にした。
さて、受付が閉まる前にダンジョン協会に行かないと……。
メインとサブの武器をゲット……ただし借金で。必要な先行投資の為とは言え、高校生で7桁目前の借金か……。返せる当てがあるとは言え、やな物ですね。まぁ、中途半端なものを持っていくと命取りになりますしね。