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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第7章 ダンジョンデビューに向けて
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第118話 第4段階クリア、そして……

お気に入り11430超、PV7460000超、ジャンル別日刊26位、応援ありがとうございます。






 

 周辺を警戒しながら、裕二は幻夜さんに合否判定を尋ねる。


「幻夜さん。条件はちゃんとクリアしているんですから、俺達合格ですよね?」

「ああ。条件を満たしている以上、稽古は合格だね」

「「「やったぁ!」」」


 その言葉を聞き、俺達は諸手を挙げ歓喜に沸いた。少々反則気味の手を使ったものの、漸く第4段階の試験をクリアしたからだ。制限時間以内に到達証明を手に入れ、傷を負わず戻ってくると言う条件を。

 歓喜に沸く俺達を尻目に、幻夜さんは手元の時計を見ながら俺達に呆れた様な視線を送ってくる。


「しかしまさか、小さいとは言えこの山を5分で昇り降りするとはな……」

「俺達探索者ですから、身体能力には自信があるんですよ!」

「そうじゃったな。それはそうと……凛々華、無事か?」


 裕二の弾んだ調子の返事に幻夜さんは呆れ混じりの溜息を吐きながら、青い顔で口元を押さえ地面に蹲っている凛々華さんに声をかける。


「はい……何とか」


 凛々華さんは気丈にも大丈夫だと答えるが、とてもでは無いがそうは見えない。先程まで俺達と一緒に喜んでいた柊さんも、凛々華さんの側に座り背中をさすり介抱を始める。

 

「ごめんなさい。私がもっと、揺れを抑えられれば……」

「いいえ、気にしないで下さい。だんだん落ち着いてきましたし、そう酷い酔いではありませんから」

「凛々華御嬢さん、お水です。飲んで下さい」

「ありがとう、室井さん。頂くわ」

 

 室井さんが水の入ったペットボトルを持って、凛々華さんに心配気に声をかけながら駆け寄ってくる。

 俺と裕二はその一連のやり取りを見て、喜びに沸く感情に水を差された。互いに顔を突き合わせ、クリアを勝ち取った方法の是非を議論を交わす。 

 

「……拙かったかな?」

「いや。あの方法以外で、今の俺達がクリア条件を満たす方法がなかったのは、事実だ。だから、方法自体は間違っていない筈だ」

「そう、だよな……」

「……ああ」


 問題は無いと結論づけるも、気持ち悪そうに口元を押さえ介抱されている凛々華さんの姿を見ると、罪悪感がフツフツと込み上げてくる。俺と裕二は声をかけるタイミングを逸した為、駆け寄る事も出来ず気不味い沈黙に耐えながら凛々華さんの回復を待つ。

 しかし、その気不味い沈黙もそう長くは続かなかった。


「お前ら! 何なんだ、アレは!? 流石に、アレは反則だろ!?」


 大声で抗議の声を上げる文哉さんを筆頭に、少々不満気な明日香さんと、痛快気な笑みを浮かべる賢治さんが姿を現した。


「護衛対象を背負って、山を駆け上がるなんて可笑しいだろうが!?」

「えっと、その……。護衛対象をおんぶして山を登る事を禁止すると言った類の文言はありませんし、幻夜さんも合格だと認めてくれているので……問題はないかと」

「本当ですか、先生!?」

「ああ。少々想定外ではあるが、合格条件はクリアしている。合格と言って構わんだろう」


 俺達が第4段階の試験をクリアした方法は、至って簡単。柊さんが凛々華さんを背負い、俺達が2人を護衛しつつ全力で山を駆け上がり下りてくるという物だ。

 技量に明確な差が有り、文哉さん達と相対すれば高確率で負ける事が分かったので、俺達は如何に文哉さん達と相対しないでクリア条件を満たすかを考えたのだ。そこで、俺達の何が文哉さん達に優っているかを考えた時、高位探索者由来の身体能力と言う結論が出たので、今回の方法を採用した。脇目も振らず、全力で逃げ切ると言う作戦を。

 そして、結果は大成功。山の中にトラップが仕掛けられていないと言う事もあり、俺達は存分に高い身体能力を発揮し山を駆けたのだ。そのため俺達の登頂速度に文哉さん達はついてこれず、上りと下りに一回ずつ潜伏場所でスレ違った時に仕掛けてきただけだった。


「元々、この稽古は格上の者から如何に逃げ遂せるかと言う稽古だ。彼らの行動自体は間違ってはいないよ」


 そう言って、幻夜さんは抗議の声を上げる文哉さん達をなだめた後、俺達の方を向く。

  

「技量に明確な差がある格上の者と出会った時に取れる、君達の行動は2通りだ。交戦して時間を稼ぐか、尻尾を巻いて逃げるか……」


 確認するかの様な幻夜さんの言葉に、俺達は頭を縦に振って頷く。

 

「交戦して時間を稼ぐ場合、援軍がある事が前提としてなければならない。しかし、この稽古では君達を支援する援軍は無い。そう言う意味では、交戦という選択肢を取る事は無意味……愚策としか言えない」


 そう。援軍の頼みも無いのに、勝てない相手(師範3人組)と戦うと言う選択肢は選んではいけない事だったのだ。それなのに、俺達は稽古前半では交戦していた。

 勝てないからと言って、尻尾を巻いて逃げるなんて……と考えて。


「はい。ですので、今回は最初から逃げに徹しました」


 裕二が吹っ切れた清々しい表情を浮かべながら、幻夜さんに答える。

 これまでの稽古でも、俺達は逃げてはいた。だが、中途半端な逃げ方をしていたのだ。普通に凛々華さんを護衛しながら襲撃を警戒しつつ山を上って下り、交戦状態に陥ったら逃げ道を探すと言う徹しきれていない方法で。

 だが、散々失敗を繰り返した事で漸く俺達の頭は冷え、冷静に状況を考える事が出来る様になった。その結果……。

 

「俺達は護衛をしている以上、勝てない相手とは交戦しないと言う事を最優先に考え行動しなければなりませんでした。ですが俺達は今までの稽古では、変に意地を張って完全に逃げには徹しきれていませんでした」

「そうか。と言う事は気が付いたんだね?」

「はい」


 幻夜さんは裕二の答えに、嬉しそうな様子で大きく頷く。 


「君達の様な年代の者には、最初から逃げると言う選択肢を取る事は難しい事だっただろう。敵わないからといって、尻尾を巻いて逃げる事は自尊心を傷付ける行為だからね。だが、自尊心を守る為に逃げるタイミングを逃し、警護対象を守れないと言う事以上に護衛に携わる者にとって恥ずべき事は無い」

「はい」


 今回の稽古では、護衛対象は凛々華さんだけだった。つまり、凛々華さんさえ守れば逃げてはいけない理由は一切なかったのだ。それなのに俺達が最初っから逃げに徹さなかったのは、師範3人組に一矢報いてやろうと言う気持ちがあったからである。

 俺達は最初から、目的と手段を取り違えていたのだ。


「だが君達は、逃げて良いと言う状況で逃げると言う選択肢をきちんと選択出来た……出来る様になった」

「はい」

 

 幻夜さんの言葉が、俺達の心に響く。

 引き際を弁える。よく聞く言葉だが、正に言うは易く行うは難しだ。頭では逃げに徹する事が最善だと分かっていても、感情が邪魔をする。俺達が今回逃げに徹する事が出来たのも、今の俺達ではどう足掻いても師範3人組と交戦し突破するのは無理だと、幾度となく繰り返した失敗の御陰で実感したからだ。実感したからこそ感情に折り合いが付き、俺達は最初から逃げに徹すると言う選択肢を取れた。 

 そして俺達が頷くのを見た後、幻夜さんは苦々し気な表情を浮かべながら凛々華さんの方を向く。


「……凛々華」

「……はい」

「お前にもこの事をもう少し早く教えていれば、あの様な事は起きなかったのかもしれないな……すまなかったな」


 幻夜さんは、凛々華さんに軽く頭を下げる。

 あの様な事……ダンジョンで凛々華さんが腕と目を失った時の事を言ってるんだろうな。確かに多勢に無勢と判断した時、直ぐ逃げに徹していれば腕と目を失う事はなかったのかも知れない。

 無論、凛々華さん達が逃げる事でトレイン状態になり、他の探索者が危険に陥ると言う2次被害は発生する可能性はあるだろうけど。


「いいえ。お祖父様が悪い訳ではありません。あの時の事は、自分の未熟さ故に起きた事です。お祖父様が悔いる事ではありません」


 凛々華さんは沈痛な面持ちで左右に振りながら、幻夜さんに謝罪する必要は無いと言う。 


「……そうか。……それならこれ以上、ワシからは何も言わないでおこう」

「……はい」


 そして二人のやり取りが終わると、場にはしんみりとした雰囲気が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場の雰囲気を変える様に、幻夜さんは手の平を打ち合わせ声を張る。


「さて……今回の稽古をクリアした事で、ワシが君達に施す予定だった稽古は全て終了した。良くやったね」


 幻夜さんは笑みを浮かべながら俺達の稽古終了を宣言すると共に、全ての稽古をクリアした事を賞賛する。


「重蔵の奴に君達の稽古を頼まれた時は、数ヶ月は掛かる大仕事だと思っていたが、まさか一月掛からないとはね……実戦経験があるにせよ大したものだよ」

「そうだな。家の門下生達がこの稽古内容をクリアするとなると、半年から1年は必要じゃないか?」

「高弟連中はそうでしょうけど、それ以外の門下生だったら1年以上かかるんじゃないかしら?」

「恐らく、それ位は掛かるだろうね」


 感心する様な幻夜さんに追従する様に、師範3人組も呆れ半分といった様子で口々に感想を漏らす。

 そして、幻夜さんは稽古の総括を口にする。


「今回の稽古で君達は第1段階で周辺の気配を察知する方法を、第2段階ではトラップを回避しつつ周辺の気配を同時に察知する方法を、第3段階では様々な事が起きる状況に対応する方法をそれぞれ学び、今回クリアした第4段階の稽古で格上への対処法と逃げる時には逃げると言う事の重要性を学んだと思う」

「はい」

 

 こうして改めて並べてみると、随分短期間で色々詰め込まれた物だと感心する。

 体力の上限が振り切れていたのも連日稽古が出来た要因の一つだが、俺達が高位探索者でなければ稽古中に体を壊していた事は確実だろうな。


「今回学んだ事を君達がどうダンジョン内で活用するかは分からないが、君達が無事探索者を続けられる事を祈っているよ。何か困った事があれば、何時でも訪ねてくると良い。助言は出来ると思うからね」

「はい。ありがとうございます」

「「ありがとうございます」」


 俺達は幻夜さんに頭を下げながら、お礼を言う。

 

「いや、君達には凛々華の薬の件で世話になっているからね。この程度の事で、恩を返せるとは思ってないよ」

 

 幻夜さんのその言葉を肯定する様に、凛々華さんと師範3人組も神妙な感じで首を縦に振るう。

 どうやら俺達が思っている以上に、幻夜さん達は俺達が上級回復薬を譲った事に恩義を感じているようだ。

 俺達が幻夜さん達の反応に戸惑っていると、凛々華さんが口を開く。


「皆さんの御陰で、私はこうして居られるんです。何か困った事があったら、遠慮しないで言って下さいね?」

「あっ、その……はい」

「ふふっ、待っていますね。あっ、そうそう言い忘れてました。私、来週から学校に復学する事に決まりました」

「えっ? ああ……その、おめでとうございます?」

「ありがとう。これで何とか留年は避けられそうよ」


 復学話で更に戸惑う俺達の様子を、凛々華さんは可笑し気に見る。

 ちょっと……勘弁して下さいよ。

 凛々華さんにからかわれ戸惑う俺たちの様子を見て、幻夜さんが助け舟を出してくれる。


「凛々華、その辺にしておきなさい」

「はい」


 幻夜さんの忠言を聞き、凛々華さんは俺達をからかうのを辞める。

 

「では日も暮れ始めている事だし、そろそろお開きとしよう」

「はい」


 幻夜さんの締めの言葉を聞き、俺達は顔を見合わせた後、皆から少し距離を取り横一直線に並ぶ。

 そして、裕二が代表して口を開く。


「幻夜さん、凛々華さん、加藤さん、不破さん、上杉さん、室井さん、そして此処にはいらっしゃらない門下生の皆さん。この度は大変お世話になりました、心より感謝申し上げます。ありがとうございました!」

「「ありがとうございました!」」


 俺達は深々と頭を下げながら大きな声で、俺達に稽古を付けてくれた事、稽古を万全のサポートで支えてくれた事に感謝の言葉を述べた。

 幾ら俺達が上級回復薬を譲ったからと言って、一門総出で稽古を付けてくれるとは思ってもみなかったからな。感謝の言葉もないとは、正にこの事だろう。 


「どういたしまして。君達のお役に立てた様で、良かったよ」


 俺達の感謝の言葉に、幻夜さんが代表し笑顔を浮かべながら返事をし、その言葉を聞き俺達も頭を上げ笑顔を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻夜さん達に感謝と別れの挨拶を済ませた後、俺達は室井さんの車で家まで送って貰った。車を降りる時に、室井さんに今まで送迎をして貰った事を重々感謝しながら。

 車を降り去りゆく室井さんの車を見送った後、俺は両手を挙げながら大きく背伸びをし、息を吐きながらポツリと万感の思いを込め一言漏らした。


「終わった」


 と。正に今の俺の心境は、この一言に尽きた。

 そして、俺は頬を軽く叩き気を取り直し玄関を開ける。 


「ただいま」


 大して大きな声ではないが、玄関に俺の声が響いた。すると、リビングの方から誰かの足音が聞こえてくる。少々慌てている様な、短い間隔の足音だ。

 そして俺が靴を脱ぎ玄関を上がろうとした時、リビングに続く扉が開き美佳が姿を見せた。右手に、一通の白い封筒を持ちながら。  


「おかえり! ねぇねぇ、見てよお兄ちゃん! ほらっ、合格通知!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻夜さんによる訓練は、これにて終了です。

最後の訓練目的は、主人公達に引き際の大事さを実感させる訓練でした。自分の力に自信がある人間は、得てして引き時って言う物を見誤りガチですからね。

 

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[良い点] 今回のコネは思ってた以上に得だとわかった事 ここまでの稽古付けた上で貸しのある状況は今後探索者が成長していけば入手機会増えてくだろう上級ポーション1つ分で得られたのは大きいね
[良い点] > 実感したからこそ感情に折り合いが付き、 とか言ってるから全然引き際なんて学べてないですよね。
[一言] 逃げに徹しクリアって選択も大事だけど 格上すぎて逃げれない相手ってのも存在するのだから もう少し正面突破を目指す訓練を重ねても良かったかもね。プロの訓練を受ける機会なんかそうそう無い訳だし…
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