第7話 特殊地下構造体武装探索許可書交付試験 その1
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裕二と柊さんの誘いに乗って申込書を提出してから2週間後、試験会場の国立大学に来た俺たちは講堂に集まる人の多さに軽く気圧されていた。
年齢層はバラバラ、老若男女区別なく幅広い志願者が集まっている
「結構な人数が来て居るな」
「それはそうだろ。今の日本で一番人気がある、資格試験だぞ?」
「既に何回か試験は行われているから、コレでも最初よりは大分減ってる筈よ?」
数百席ある講堂の椅子が、7割がた人で埋まっていた。俺達は自分の受験番号を確認して、番号の振られた席に着く。
「一緒に申込書を出して良かったな、あんまりバラつかずにすんだ」
「そうだな。一人離れた席になったりしていたら、何の為に一緒に試験を受けに来たのか分からなくなるからな」
「そうね。でも、本当に運が良かったと思うわよ、これ?」
そう、柊さんの言う通り運が良かった。俺の受験番号が351、裕二が347、柊さんが345と番号自体は近かったのだが席の数の都合上、俺の番号が後に1つズレていたら一人だけ数十席離れた前方の席に行く事になっていたかも知れなかったのだから。
筆記用具を荷物が入ったショルダーカバンから出していると、緊張した様子の裕二がこの後の予定を確認して来る。
「まずは筆記だっけ?」
「ああ。試験は午前中にテキストを用いた講義を行って、マークシート式の筆記テスト。午後からグラウンドに出て実技テスト……だったよね?」
「ええ、その通りよ」
念の為、柊さんに確認を取る。筆記用具を取り出そうとしていた柊さんは予定表を一瞥し、間違いないと教えてくれた。
「まぁ、筆記テストといっても、数時間の講義を聞いただけで合格できる程度の難易度よ。真面目に講義を聴いてテキストを読めば、まず落ちる事はないと思うわ」
「だ、そうだ。無駄に緊張しないで、普段の授業のつもりで講義を受ければ大丈夫だろ。裕二も特に学校の成績が悪いって訳じゃないんだから、リラックスしろよ」
「お、おぅ」
大学の講堂という慣れない環境に飲まれたんだろうな。見た目に似合わず、意外に繊細な奴だ。
俺は講堂の入口で係員の人が配布していたテキストを開き、軽く目を通す。
「1.装備を整えましょう。2.単独行動は控えましょう。3.無理は禁物です……か」
「何て言うか、ロールプレイングゲームの手引書の様な作りね、このテキスト」
「そうか?」
多分、ダンジョン出現時の検証委員会に専門家として招集された、ゲームクリエイターやSF作家の意見が多分に入ってるんだろうな。所々、ゲームシナリオの言い回しの様な文面が目に付く。
いや、2等身のアニメキャラが解説していないだけましか。
「講義に関係ある内容は、ザッと30Pって所か?」
「そうね、後ろの方は協会推奨装備品のカタログみたいね。ご丁寧に申し込みハガキも付いているわ」
「ウゲッ!? 何この値段、高っか!」
どう言う基準で価格設定をしているのか分からないが、カタログに載っている協会推奨品はかなり強気の価格設定がされていた。自衛隊が使っている超硬合金の刀剣等もカタログに載ってはいるのだが、数百万円台の価格が設定されている。誰が買うんだ、コレ?間違っても、学生が気軽に手を出せるような代物ではない。売る気あるのか?
俺達はカタログに目を通してアレやコレや言い合ったが、これら超高額商品の他にもそこら辺のホームセンターでも売っていそうな商品がかなり割高金額でカタログに載っていた。
「ん? どうやら講義が始まるらしいな」
「みたいね。じゃぁ、席に戻るわ」
「俺も戻るわ」
講堂の講壇に講師らしき人物が立ったのに裕二が気が付き、柊さんが腕時計を見ると講義開始時間の5分前だった様だ。カタログ片手に裕二の机で話をしていた俺と柊さんは、注意される前に自分の席に戻っていく。
「講習開始まで、あと5分です。席を離れている受講生は、自分の席について、講習開始時間まで待機していて下さい」
講壇に立った講師が、設置してあるマイクを使って受講者に注意を促した。席を離れていた受講生達は慌てて席に戻り始め、3分後には全員席に着いた状態になる。
講堂にチャイムが響き、講師の挨拶から講義が始まった。
「皆さん、お早う御座います。この講習の講師を務める山元です。本日は、特殊地下構造体武装探索許可書交付試験、事前講習に御集まり頂き有難うございます。さて、今日、講義する内容は大まかに分けて2つです。探索者が覚えておくべき法律関係の講義、ダンジョン内で得られた教訓を元にした事前情報の講義です」
インテリ学者風の山元講師が端末を操作するとプロジェクターが作動し、講壇の後ろ壁に映像が映し出される。
第XX回探索者志望者講習会と銘が打たれていた。
「先ずは法規関連の講義から行います。テキストの1ページ目を開いて下さい」
講堂内にテキストを捲る音が響く。
「まず初めに、試験に合格し探索者になった皆さんに直接関わる法律である、ダンジョン関連特別措置法に付いての説明です。詳しい事はテキストに記載してありますので、大雑把に説明します。まず第1に、ダンジョンに潜行出来る者は特殊地下構造体武装探索許可書を持つ者に限る。第2に、刀剣類の所持及びスキルの使用を許可する。第3に、ダンジョン内で取得した物品の所有権は国家に帰属する物であり、取得者には金銭に於いて適切な報奨金が与えられる、です」
山元講師は前に突き出した指を折りながら、大きな題材を3つ上げる。ひと呼吸間を置き、講堂内を見回したあと各項目の詳細説明を行い始めた。
「1つ目について説明します。これは当然の事ですが、ダンジョンは危険なモンスターの生息する危険地帯です。ですので、現在ダンジョンは国家の管理の元、一般人の立ち入りを制限されています。この為、民間に開放するにあたり特別な資格を新しく創設しました。それが皆様が今、事前講義を受講している、特殊地下構造体武装探索許可書交付試験です。この試験に合格し、許可書を保持する者達の事を、探索者と呼びます」
山元講師の説明に特に異論はないのか、受講者から質問が上がる事はなかった。
「次のページを開いて下さい。2つ目です。これは探索者が、ダンジョン内でモンスターと戦う時に使用する、剣や槍などの武具やスキルに関する規定です。探索者には、ダンジョン内に限り、武具やスキルの使用を許可されています。無論、ダンジョン外で使用した場合は、通常の銃刀法に抵触し、犯罪者となるので注意して下さい。そして、武具の保管や、ダンジョン外での移動に際しても、規定があります。武具の保管には、鍵がかけられる、頑丈なメタルロッカー等に保管し、保管する武具の種類と、個数を日本ダンジョン協会に申請し、登録する必要があります。登録外の武具を保有し保管していた場合、銃刀法に抵触する場合が出て来ますので、登録は確実に行って下さい。そして、スキルと呼ばれる、ダンジョンから産出されるスキルスクロールで、習得可能な特殊技能について。ダンジョン内でのスキル使用には、何ら制限はありませんが、ダンジョン外で使用し、法に触れる様な事を行った場合、通常の刑法犯罪より量刑が重くなります」
山元講師はここでペットボトルの水を一口含み、喉を潤す。
テキストには、保管ロッカーや武具の保管登録書の参考イラストが載っていた。
「移動の際にも規定があります。武具を入れ運ぶ入れ物は、中身がそれと分からない様にする必要があります。無論、剥き出しのまま運ぶ事などは論外です。例えばトランクや釣竿ケース、楽器ケース等に入れて移動することが推奨されます。そして移動の際、警察官に職務質問される場合もあります。その場合、警察官の指示に従いながら、特殊地下構造体武装探索許可書を掲示して下さい。万一、特殊地下構造体武装探索許可書を携帯していなかった場合は、警察官に一時的に拘束される事になります。拘束された場合は抵抗せず、交番か警察署に同行してください。ダンジョン協会に問い合わせ、照会が取れれば仮の許可書が発行され解放されます。抵抗し警察官に怪我などを負わせてしまえば、公務執行妨害や傷害罪が適用される場合がありますので、気を付けて下さい」
山元講師の説明に、講堂内が少しざわつく。まぁー、無理もない。面倒な手続きをする必要があるとは思ってもみなかったんだろうな……。
モンスターとダンジョンで戦う。コレが大半の探索者志望者のイメージだったはずだ。ゲーム等ではこの辺の描写はまず無いだろうから、現実で同じ事をやろうと思えば雑多な手続きが必要になる。
「それでは、次のページを開いて下さい。3つ目の説明を行います。これはダンジョンが国の所有物であり、ダンジョンから産出する物品の所有権が国にあるという事を明記した項目です。探索者がダンジョン内でモンスターから得た物品を一旦、日本ダンジョン協会で買い取り産出物の管理を行う為の規定であります。基本的にダンジョンから産出する物品は、一部の確認済みの物を除き、未検査な物が殆どです。安全確認が出来ていませんので、それらが一般市場に出回る事を防ぐ意味合いがあります。皆さんも、新種のキノコが毒か食用か分からない状況で、食卓に上がる可能性は無い方が良いですよね?」
ドロップアイテムを国が全て回収すると言う説明で講堂内がざわついたが、山元講師の例え話で沈静化した。
確かに、国としては最低限安全確認を行いたいだろう。無論、国がダンジョン産のドロップアイテムを管理したいと言う思惑も窺い知れる規定だ。
「ダンジョン協会が買い取る物品は、原価相場に従った金額が探索者に支払いされます。この原価相場は協会のHPで公開され、随時更新されていますので適時確認して下さい。探索者に支払われる報奨金は基本的に買取時に所得証明を発行後、探索者登録時に書類に記載された口座に振り込まれます。皆さん、年度末の確定申告等は行って下さい」
確定申告と聞き、少しザワめきが起きるが直ぐに沈静化する。
「尚、未確認の物品の場合、安全確認等の終了後、オークション等の査定額算出後に支払いが行われる為、支払いが1月近い遅れが生じる場合があります。又、取得物が毒物等危険物の場合、ダンジョン協会の方で廃棄処分にさせて頂く為、破棄通知のみで金銭が支払われない場合があります」
まぁ、検査にはその程度の時間は掛かるか。物によっては年単位の時間が掛かるものがあるだろうな。危険物の場合はまぁ、処分費用が請求され無いだけマシだと思って諦めた方が良いな。
「そして、最後に重要な事があります。ダンジョン内で取得し持ち帰った物品は全て、ダンジョン側にあるダンジョン協会出張所に持ち込んで下さい。故意に取得物を隠匿したり、手続きもせず拾得物を持ち帰ってしまった場合、窃盗罪が適用される事があります。尚、ダンジョン内で使用する可能性がある取得したスキルスクロールや回復薬の類についてですが、ダンジョン外に持ち出さないのであれば特に使用制限はありません。ですが、使用した事により生じた不具合の責任は全て使用者に帰しますので、よく考えた上で使用して下さい」
これには講堂内に大きくザワめきが広がる。要するに、ダンジョン産の物品を勝手に持ち出すなと言う事ではあるが、使用時の不具合、つまり未確認物を使用し死亡したりしても国は責任を持たないと言う事だ。
山元講師は慌てる事無く、ザワめきが鎮静化するまで黙ったまま佇む。その様子に気が付いた受講生から静かになり、数分でザワめきは収まった。ザワめきが治まった事を見計らい、山元講師は説明を再開する。
「大前提として、ダンジョン協会で買取が行われるまでは、ダンジョンから産出される全ての物品の所有権は国にあります。これには万が一、ダンジョンからモンスターが侵出し、探索者でない一般人に被害が発生した時、国が責任を持って保証する為と言う面からの措置です」
確かに、山元講師の言う通りだな。万が一の時、責任の所在をハッキリさせておくのなら、ダンジョンに関する全てを国が所有しているとした方が良いだろう。
「ですので代わりに、探索者の方にはダンジョン産の物品を市場価格でなく、協会から直接格安購入出来ると言う権利があります。つまり、ダンジョン協会に買い取られた物品を買い戻す事が可能です」
と言う事は、ドロップアイテムは一旦ダンジョン協会に買い取られるものの、報奨金の支払いを金銭による支払いかドロップアイテムによる現物支給か選べると言う事だな。名目上の売買の手続きをした上で。ダンジョン内で使用してしまう可能性がある、スキルスクロールや回復薬の類の取り扱いについては要確認だな。
他の受講生も納得したのか、文句が出る事はなかった。
山元講師がプロジェクター画面を消しながら、講習の締めに入った。
「以上が現在分かっている、ダンジョン内部に出現する各モンスターの特徴とトラップの種類です。皆さんが探索者としてダンジョンに入る前には、テキストをもう一度確認しておく事を我々は推奨します。ではこれで、特殊地下構造体武装探索許可書交付試験事前講習を終了とします。筆記試験開始は30分後、トイレや休憩を取り時間までに席に着席しておいて下さい。試験中に途中退席した場合、再入場は出来ませんので」
連絡事項を終えた山元講師は、手早く片付けを済ませ講堂からそそくさと退出していった。
俺は両手を上げながら背筋を伸ばし、講習で凝った体を解す。
「大樹」
「ん? ああ、裕二か。どうだった?」
「うん、まぁまぁだな。一応講習は真剣に聞いておいたから、試験はそこそこいけると思う」
「そっか。俺もそんな感じだな」
背を伸ばしていると、俺の席まで来ていた裕二が声をかけてくる。些か疲れた様な顔をしているが、多分俺も同じ様な顔をしているんだろう。
「二人共、この後の筆記試験は大丈夫そうね」
「あっ、柊さん」
「まぁ、そんなに難しい内容でもなかったし、緊張して凡ミスをしなければ合格点は取れるわね」
確かに柊さんの言う通りだな。講習をしっかり聞いていれば、合格は難しくなさそうだ。トイレにも特に行きたいと言う訳でもないので、テキストを読み返しておけば大丈夫か。
そして、俺達はテキスト片手に講習で聞いた事と照らし合わせを行いながら、筆記試験開始時間までの時間を過ごし、マークシート式の試験を受けた。
「時間です。筆記具を置いて下さい。解答用紙と問題用紙を試験官が回収して回りますので、そのまま待機していて下さい。お疲れ様でした、筆記試験はこれで終了です。この後の予定ですが、昼食と休憩を挟んだ後、運動着に着替えてAグラウンドに集合して下さい。更衣室は指定の場所を使用して下さい。13時半からAグラウンドで実技講習と試験を行います。時間に遅れないように集合して下さい。では以上で午前中の部は全て終了です、解散」
テスト用紙を回収した試験官達はそそくさと退出していった。
はぁ、やっぱり試験というものは何であれ、気疲れするなぁ。
これで連投終了です。次回は21日の予定です。




