第116話 苦戦する稽古と進展する創部
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師範3人組に扱かれ続ける事、早3日。俺達は幾度と無く挑戦し続けたが、未だ攻略の糸口さえ見いだせていなかった。
その原因を一言で言えば、俺達と師範3人組との間には大きな技量の差がある事だ。文哉さんは正面から俺達に無造作に近付き凛々華さんの首に模擬ナイフをそっと添え、明日香さんは気が付いたら護衛網の内側にいる凛々華さんの隣に立って模擬ナイフを首筋に突き付け微笑んでいた。そして賢治さんは山に入った俺達の後を着けながら終始監視し続け山を出る瞬間、音も無く木の上から降り立ち凛々華さんの首に模擬ナイフを突き付けて来るのだ。
「どうしたお前ら!? 今までの稽古で何を学んで来たんだ!? 手も足も出せないなんて、情けないぞ!」
「そうね。凛々華ちゃんが声を上げるまで気が付けないのは、少し情けないわね……」
「そこら辺のテロ屋や二流暗殺者が相手なら、今のままでも通用するんだろうが……一流を相手にするのにはね……」
日が傾き、空が薄暗くなり始めたプレハブ小屋の近く、幻夜さんが座る折り畳み椅子の前で師範3人組は口々に俺達の稽古内容を酷評して行く。
今までの稽古で苦戦はすれど手詰まり感を感じてこなかった分、俺達は師範3人組を相手にして初めて壁と言える物にぶつかった。
「「「……」」」
幻夜さんが俺達に、上を知れと言った意味がよくわかる。確かにコレを知らずに稽古を終えていたら、何時か痛いしっぺ返しを受けていただろう。経験豊富な一流クラスには、今の自分達の力では通用しない。それを、死ぬ危険がない訓練の段階で実感出来たのは、僥倖と言う物だろうな。
しかし、キツい物はキツい。
「加藤君、不破君、上杉君。お説教も、その辺にしておきなさい」
これまでの稽古で培った自信を喪失し項垂れる俺達の姿を見て、幻夜さんが酷評を続ける師範3人組に一言口を挟む。師範3人組は口を閉じ、俺達は項垂れていた頭を上げ幻夜さんの顔を見る。
「さて、3人共。君達は詰め込み式の稽古とは言え、基礎と応用を家の門下生の誰よりも短い期間で習得した……これは十分に誇って良い成果だよ。だが、ここ数日で君達が体験した様に、稽古で学んだ事だけでは一流クラスの者を相手にする事は出来ない。稽古で学んだ事はあくまでも稽古だからね」
幻夜さんのその言葉を聞き、俺達は黙ったまま頷く。それは俺達が、実感として感じている事だったからだ。
「君達が受けた稽古でも、技量の底上げが出来るのは二流クラスまでが良い所だ。彼等の様な一流クラスの者を相手に出来る様になるには、現状では力不足だろう。改善するには、日々慢心する事無く研鑽を積むしかない。良いね?」
「「「はい」」」
幻夜さんの問いに返事をしつつ、俺は小さく自嘲の笑みを浮かべる。
慢心していたつもりはないのだが、心の何処かで高をくくっていたのかもしれない。今回の稽古内容でも、これまでと変わりなく問題なくクリア出来ると。
師範3人組の力を目の当たりにし、自信を失い項垂れると言う事が良い証拠だ。彼我の技量の差を理解していれば、過度に自信を喪失し項垂れる要素は無いからな。
「さて、もうすぐ日も暮れるな。今日の稽古は、ここまでにしよう」
幻夜さんはチラリと空の色を確かめた後、稽古の終了を口にする。
俺達は師範3人組に軽く頭を下げながら、稽古相手を務めて貰った事のお礼を言う。
「「「稽古を付けてもらい、ありがとうございました!」」」
「おうっ!」
「色々キツく言ったけど、頑張りなさい」
「耳にいたかっただろうけど、明日も頑張って」
「「「はい!」」」
返事を返した後、俺達は着替えの為にプレハブ小屋へと移動した。手早く着替えを済ませ幻夜さん達に挨拶をした後、室井さんの運転する車に乗り家路へと就く。
その車中で俺達はここ数日の稽古内容を振り返り、自分達の至らなさを思い出していた。
翌日、朝のホームルームで俺達3人は平坂先生に、橋本先生が昼休みに職員室へ来るように言っていたと言う言付けを受けた。ホームルームが終わり、1時間目の授業が始まるまでの短い時間に俺の机に2人が集まり言付けについて話し合いをする。
「昼休みに職員室に来いって言う事は、創部に関する事かな?」
「そうじゃないか?」
「そうね。呼んでるのも、平坂先生じゃなくて橋本先生だし」
定期テストが終わったら職員会議の議題にかけると言っていたし、試験が終わって1週間は経つので橋本先生も創部案件を職員会議にかけたのだろう。
で、昼休みにその結果を伝えようとしている、と。
「一応、創部に必要な条件は全部そろっているから、問答無用で却下はされてはいないとは思うけど……」
もしかしたら活動目的がアレなので、一部の先生には受けが悪いかもしれないな……と言う不安もある。一歩間違えば学内闘争の切っ掛けにもなるからな、全会一致で賛成と言う事はないだろうな。
「大丈夫だろう。学校側も、アイツ等の問題行動には苦慮しているんだしさ」
「そうよ。それに、創部手続き自体は学校の規則に則った正式な物なのよ? 全面的な後押しは受けられないかもしれないけど、創部自体は大丈夫だと思うわ」
俺が少し不安気な表情を浮かべていると、大丈夫だろうと言ってくれるので少し安堵する。創部出来ないとなると、立ち上げようとしている対抗組織の核になる団体がなくなる。抗議デモをしようにも、中核組織と言う看板が無いと人は中々集まらないからな。
「なぁ? お前ら部活を立ち上げるのか?」
俺たちの話を隣で聞いていた重盛が、話しかけてくる。
「ん? ああ、今度1年生になった妹達が部活を立ち上げたいって言っていてな? そのメンバー兼名目上の部の代表をする事になったんだよ」
「へぇー、妹さんがな」
「まっ、元々俺達は帰宅部だったしな。創部に必要なメンバーの埋め合わせに、俺達の名前を貸す事にしたんだよ」
俺は表向きの理由を、重盛に教えた。
「そう言えば、お前達帰宅部だったよな。で、どっち系の部活を作るんだ?」
「一応分類としては、文系の部活だよ」
「文系……。九重と柊さんは兎も角、広瀬は似合わなそうだな」
重盛は裕二の体格を一瞥し、首をひねる。
まぁ、不思議がるのも、無理は無いか。裕二の鍛え上げられた、体格と風貌からすると、文系と言うより、運動部系だしな。俺と柊さんも、最近の稽古と探索者業のおかげで、鍛えられて来てはいるが、着痩せするタイプなのか、表面的には、以前と大して変わりはない。
「まぁ、そう思うよな。俺の様な奴が部活をするって言うのなら、運動部系って思うのが普通だよな」
裕二は苦笑しながら重盛の疑問を肯定する。
「俺も元々学校で部活をする気はなかったんだけど、大樹に誘われてな。大樹の妹とも知らない仲じゃないから、人数が足りないって言うから名前を貸す事にしたんだよ」
「なる程な……」
裕二の説明に、重盛はなる程と言った表情を浮かべた。
そして重盛が納得してすぐ、始業のチャイムが鳴り教室の扉が開き1限目を担当する教師が入ってきた。裕二と柊さんは担当教師の姿をみて、慌てて自分の席に戻って行く。
「授業を始めるぞ、早く席に着け……よし、日直」
「起立、気を付け、礼」
生徒全員で教壇に立つ教師に挨拶をし、授業が始まった。
午前中の授業が終わり、昼休みになった。
学食や購買を目指し急いで移動する大勢の生徒の足音や、友達と賑やかに騒ぐ話し声が聞こえて来る。俺達は少し長引いた4限目の授業で使った教材を片付け、教室の後ろに集まった。
「じゃぁ、行こうか?」
「ああ」
「行きましょう」
早く用事を済ませないと、昼食をとる時間がなくなるしな。俺達は足早に、橋本先生が待つ職員室へと向かい移動する。
移動する生徒を掻き分ける事数分、俺達は職員室に到着した。
「失礼します。橋本先生は、いらっしゃいますか?」
職員室の扉をノックした後、俺は扉を開け扉近くの席の教師に声をかける。
「ん? 橋本先生か? ちょっと待っていろ。橋本先生、いらっしゃいますか!? 生徒さんが、訪ねてきていますよ!」
「はーい! 居ますので、入って来て貰って下さい!」
教師の呼び掛けで、職員室の奥の方から橋本先生の声が聞こえてくる。
「居るみたいだから、入って良いよ」
「ありがとうございます」
俺達は入室許可を得て職員室の中に入り、橋本先生の席に移動する。席に近づくと、橋本先生の机の上には可愛らしいお弁当箱が載っているのがみえた。これから昼食を取る所だったようだ。
「お食事中すみません。橋本先生、お呼びとの事ですが何か御用ですか?」
「ええ。突然呼び出して、ごめんなさいね。でも、創部関係の事は貴方達には早く伝えておいた方が良いと思ってね」
やっぱり、その事だったか。
「昨日の職員会議に、貴方達の創部案件を掛けたわ」
「そうですか。で、結果はどうなったんですか?」
「色々な反対意見が出たのだけど、最終的には許可されたわ。貴方達が思っている以上に、彼等の行動が問題視されていたからね」
やっぱり、反対意見は出るか……。
「今回の中間考査で彼らの中から赤点者が出れば、それを切っ掛けに生徒指導と言う形で介入しようと言う話になっていた。だけれど、ギリギリの所で赤点者が出なかったのよ。赤点を取っていない以上、テスト返却時に口頭で軽く注意をするのが精一杯で抑止力としては弱いでしょうね」
橋本先生は残念そうに、溜息を吐く。
先生として生徒の赤点を期待する様な溜息はどうかと思うが、彼らの問題行動の事を考えると仕方無いのかもと思えてしまう。
「会議に出席した先生の中からは、生徒に問題を丸投げするのは如何な物かと言う意見が上がったのだけど、教師が介入できない以上は生徒に任せるしかないと言う事になったわ。先生達は表立って動けないけど、陰ながら協力してくれると思うから、無理はしないでね?」
「はい」
よし。創部許可だけでなく、学校側からのバックアップもゲット。
「それと流石に、いきなり部として設立させるのは難しいから、今回は同好会と言う形で設立する事になるけど……良いわよね?」
「はい。それで、問題ないです」
橋本先生は少し申し訳なさ気に部として設立は出来なかったと言ってくるが、問題は無い。
やっぱり何の実績も無い状況で、部としてスタートするのは無理だよな。まぁ、設立許可を貰えただけ良しとしておこう。
「そう、良かった。それと後は……はいコレ」
橋本先生は机の引き出しを物色し、封筒を俺に手渡してくる。
封筒の中に入っていた書類は、俺達が以前渡した創部申請書類と、もう一枚は校長や橋本先生の判子が押されている創部許可書だ。
「この2枚を生徒会に提出して、承認されれば無事創部手続きは完了よ。一応部の管理は生徒会の仕事だから、最後には生徒会の許可が要るのよ」
「なる程、分かりました」
俺は手渡された書類を一瞥した後、橋本先生に了解の返事を返す。
「じゃぁ、私から伝える事はコレだけよ」
「はい。色々俺達の為に骨を折って頂き、ありがとうございました。コレからも、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
俺達は橋本先生に頭を下げながら、丁寧にお礼を言った。
さて用事も終わった事だし、長々と長居するのは無粋だし帰ろう。
「それでは橋本先生、俺達そろそろ失礼させて貰います」
「ええ。急に呼び出してごめんなさいね」
「いえ、お気になさらないで下さい。では、失礼します」
俺達はもう一度軽く橋本先生に頭を下げ、職員室を後にした。
俺達は教室に道すがら、この後の事について話し合う。
「生徒会に提出する前にまずは一度、この書類を美佳達に見せた方が良いよな?」
「そうだな。俺達だけで勝手に話を進める前に、一度美佳ちゃん達にも見せた方が良いだろう」
「そうね。勝手に進めない方が良いでしょうね」
「じゃぁ、帰り道で美佳達に見せるか……」
方針も決まり、俺は取り出していた書類を封筒の中に戻した。
それに、これから美佳達の教室に行って話をしにいったら、昼飯を食べる時間が無くなるからな。飯抜きで午後の授業を受けるのはゴメンだ。
俺達は昼休みも半ばが過ぎ、人通りが少なくなった廊下を歩いて教室に戻った。教室の中に残る人は疎らで、ガランとしている。
「さて、昼休みも残り少ないことだし、早く昼飯を食べようか?」
「そうだな。食べるか」
俺達は一旦別れ、各々昼飯の準備をする。自分の席に戻った俺は貰った書類封筒をカバンに仕舞い、弁当を広げる。すると、裕二と柊さんが弁当を持って近寄ってきたので、俺は隣の重盛の席や椅子を移動させ、即席の大テーブルを作る。
「じゃぁ、頂きます」
「「頂きます」」
全員が席に着いた事を確認し、俺達は遅めの昼食を始めた。
師範3人組の稽古に大苦戦中。
創部案件は無事に職員会議を通過、残すは生徒会の承認だけです。