第115話 第3段階クリア
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美佳達が探索者試験を受けているであろう頃、俺達は折り畳み椅子に座る幻夜さんに、制限時間内に山を巡り手に入れて来た8つの到達証明を、慎重に慎重を重ね警戒しながら手渡した。
「ふむ、全部揃っている様だね。凛々華、彼等が被弾した回数は?」
「ありません」
「そうか。では……第3段階の稽古はクリアだね」
ふぅ……、やっと終わった。
幻夜さんの合格宣言を聞き、俺達は漸く警戒を解き安堵の息を吐く。この第3段階の稽古は、本当に予想がつかない出来事の連続だった。流石にそれはないだろう……と言った固定観念にとらわれた思考の隙を衝く様に行われる、鉄砲玉の様な雑な突撃から始まり、通過ポイントへの砲撃、四方八方から行われる十字砲火、そしてゴール直前の安堵しきった所を襲う室井さんの奇襲。突発的に起きる事態に対する、俺達の対応力を試される稽古だったよ。
御陰で稽古中は、終始疑心暗鬼だったね。
「室井君、山に入っている者達に撤収指示を出しておいてくれ」
「はい」
幻夜さんは折り畳み椅子から立ち上がり、そばに控えていた室井さんに指示を出していく。
「それと、設置したトラップの回収なのだが……」
「撤去が容易な物は回収してくる様に指示を出しておきます。大掛かりなトラップは後日、回収する様に手配します。それで、よろしいでしょうか?」
「ああ、それで頼むよ」
幻夜さんの同意を得た室井さんは軽く一礼した後、すぐに山に潜む門下生の人達に指示を出して行く。
って、あれ?回収するの?
「幻夜さん、トラップを回収するんですか?」
俺と同じ様に首を捻っていた裕二が、幻夜さんにトラップを回収するのかと質問する。
「ん? ああ、次の稽古にはトラップは使わないからね」
「……そうですか」
何だろ? トラップを使わない稽古の方が、今まで以上に不穏な気配がする気が……。
そして、俺達が漠然と次の稽古に対する不安感を抱いていると、幻夜さんは次の稽古の予定を説明して行く。
「さて、君達に課す次の稽古なんだが……今までとは若干趣が違ってくる」
「……趣が違う、ですか?」
「ああ。次の稽古では、重蔵から聞いた君達が普段使う武器の模造品を用意したので、それを使って行なって貰うよ」
「えっ? ……と言う事は、これは使わないんですか?」
裕二は電気ショック装置付きベストを摘みながら、若干嬉しそうに聞く。
「ああ、それの役目は今回の稽古で終わり。次に行う稽古では、使用しないよ」
「……そうですか」
幻夜さんのその言葉を聞き、抑え気味だが裕二の口元は嬉し気に若干綻ぶ。恐らく、俺と柊さんも裕二と似た様な表情をしている筈だ。全員共通の思いとして、電気ショックを浴びるのはもう嫌だったからな。
そんな俺達の様子を無視しつつ、幻夜さんは説明を続ける。
「君達の次の稽古なんだが、これまでと同様、凛々華の警護をしつつ課題をクリアして貰う事になる。無論、稽古場所はここだよ」
「? 幻夜さん、次の稽古もトラップを撤去したこの山でやるんですか?」
「ああ」
裕二は首を捻りながら幻夜さんに質問し、幻夜さんは軽い調子で肯定の返事を貰う。
トラップを撤去した山での稽古……つまり難易度を下げると言う事なのだろうか?いやいや、まさか。幻夜さんに限って、そんな甘い課題を課す筈が無いな。
そして、続く説明で俺のその考えが正解だった事が判明する。
「さて。私が君達に課す次の稽古なんだが……実は、次の稽古が私が君達に課す最後の稽古だよ」
「最後の……ですか?」
「ああ。君達が次の稽古を無事クリアすれば、私が教えられる事は一通り教えた事になる。第1段階、第2段階で基礎的な技術を。第3段階で様々な状況における応用を教えたからね。後は自分で経験し、磨き上げるしかない」
……なる程、だからあれ程多種多様な手口を……。
となると次の、第4段階の稽古は一体何をやるんだ?
「次の稽古……第4段階では、君達には上には上がいると言う事を学んで貰う」
「上……ですか?」
「ああ。君達は私が思っていた以上に、飲み込みが良く優秀だった。流石ダンジョンで、豊富な実戦経験を積んだだけの事はあるね。私が少し切っ掛けを与えれば、乾いたスポンジの様に教えた事を吸収して行った。だからこそ、君達は上を知らねばならない」
上を知れと言う事は……俺達が調子に乗らない様に戒めると言う事なんだろう。
確かに言われてみれば、俺達は幻夜さんの付けてくれた稽古を、苦労しつつとは言え相当順調にこなして来た。テスト休みを入れても、ここまで来るのに1月と掛かっていない。
これで俺達が調子に乗って居ないと言っても、言葉通りに他人が信じるのは無理だろうな。
「第4段階の稽古の内容は第1段階と同様、山頂に置いた到達証明を取って戻ってくる事。制限時間は、以前と同様で1時間。トラップは無しだよ」
「……えっと? あの、幻夜さん? 本当に、その条件で良いんですか?」
幻夜さんの説明を聞き、裕二は怪訝な表情を浮かべながら首を傾げつつ問う。俺と柊さんも口には出さないが、裕二と同じ事を思っていた。
「無論これだけでは、今の君達では容易くクリアしてしまうだろうね。だから……この稽古の相手は彼等に務めて貰う」
「……彼等?」
「俺達の事だよ」
幻夜さんの言葉に、俺達が首を傾げていると突然背後から声が掛けられた。反射的に俺達は側に居る凛々華さんを守る様な陣形を取りつつ、声が掛けられた場所を確認する。
そして、振り向いた俺達の視線の先には3人の男女が悠然と立っていた。声を掛けられるまで、全く気配を感じられなかった……。
「おお、やるね。俺達の接近に気が付けなかったのは頂けないが、咄嗟に凛々華嬢ちゃんを守る様に動けたのは上出来だ。だろ?」
「そうね。動きはまぁまぁだったわ、動きは」
「ははっ、お主ら。若者達にいきなり、そこまでの事を求めるのは酷と言う物だよ。彼等はそれを習得する為に、稽古を受けているんだから」
俺達が警戒感を露にするその先で、彼等は口々に俺達のとった行動の評価を行っていた。
司人さんと同世代ぽい男性2人と、年齢不詳の美女が1人なのだが……誰?
「3人とも、よく来てくれたね。だが、戯れるのはそこまでにしておきなさい」
「「「はい、先生」」」
幻夜さんの一喝で、3人は姿勢を正し軽く頭を下げる。
凛々華さんも先程彼等に会釈をしていたし、幻夜さんを先生と呼ぶと言う事は、この3人も門下生の人達なのか?
「さて、彼等の事を紹介しておこう」
そう言って幻夜さんは3人の元に移動し、一人ずつ紹介をして行く。
先ずは、刈り上げた短髪のガタイの良い男性から。
「彼は家で師範を務めてくれている、加藤文哉君だ」
「よろしくな」
文哉さんは右手を小さく上げながら、俺達に軽い調子で挨拶をしてくれたので、俺達はその挨拶に軽く会釈をして返事を返す。
続いて幻夜さんは、文哉さんの隣に立つ妙齢の美女を紹介する。
「彼女も家で師範を務めてくれている、不破明日香君だ」
「よろしくね」
明日香さんは、俺達に微笑みかけながら挨拶をしてくる。一瞬、俺と裕二はその微笑みに魅了されかけたが、柊さんと凛々華さんの微妙に殺気立った気配でハッとし、慌てて会釈を返す。その時の、明日香さんの苦笑顔が印象的だった。
そんな俺と裕二の醜態に幻夜さんは短い溜息を漏らしつつ、最後の一人の紹介を行う。
「上杉賢治君。彼も2人と同様、師範を務めてくれている」
「よろしく」
賢治さんは長い髪を後ろで一つに纏めた、無精髭が似合う渋いオジ様だ。咥え煙草でもしたらやたら似合うだろうな、と思いながら俺は賢治さんに会釈した。
「と言う訳で、次回の稽古では彼等が君達の相手をしてくれる。彼ら3人を相手にしつつ、先程言った条件をクリアする事。それが君達に課す、最後の稽古だよ」
そう言って、幻夜さんは俺達に微笑んだ。
最後の最後で、とんでも無い課題が出て来たぞ。切り開かれたこんな場所でも全く気配を感じられなかったのに、遮蔽物の多い山中で3人をどうにかしろと言われても……無理じゃね?
稽古で返り討ちに会う自分達の姿を想像して俺達が頭を抱えていると、幻夜さんが補足説明を口にする。
「無論、今の君達に彼等を出し抜く事が困難だと言う事は分かっているので、稽古では彼等に手加減をして貰う。この稽古の目的は君達に、上には上があると言う事を肌で感じて貰う事だからね」
「……」
俺達は幻夜さんの説明を聞き、安堵して良いのか判断に迷う。手加減してくれるとは言え、俺達と文哉さん達との技量の差は歴然としているからな。
判断に迷い、ふと文哉さん達の顔を見てみると、3人揃って俺達の事を興味深気に観察していた。
「安心しろ。今までの稽古はそれとなく見学していたから、手加減は上手く出来るぞ」
「ええ。貴方達の技量は、大まかには把握しているから心配いらないわよ」
「まっ、そう言う事だから、クリア目指して頑張ってくれ」
正直、不安しか湧いてこない。
と言うか、そもそも何時俺達の稽古を見学していたんだよ? 俺達、ずっと山の中を歩き回って稽古していたんですけど……と考えていると、幻夜さんがその答えを教えてくれた。
「彼等には交代で、君達が山に入った後を追って貰っていたんだよ。稽古の採点役を兼ねてね。気付かなかったかい?」
「……はい」
えっ、マジですか!? 誰かに追われている様な気配は、感じなかったんですけど……。
俺達は信じられないといった面持ちで、師範3人組の顔を見つめると、平然と微笑み返された。マジだ、これ。改めて、俺達は自分達との技量の差を痛感し、肩を落として落ち込んだ。
「……兎も角、次回の稽古からは彼等を相手にして貰うので、存分に揉んで貰うと良い。きっと、良い経験になる筈だよ」
「「「……はい」」」
俺達は気を落とした声で、幻夜さんに返事を返す。そして……。
「加藤さん、不破さん、上杉さん、よろしくお願いします!」
「「よろしくお願いします!」」
俺達は師範3人組に深々と頭を下げ、稽古の挨拶をする。
「おう!」
「凛々華ちゃんの恩人さん達だものね。みっちり扱いてあげるから、期待していて」
「まぁ上手くやるから、君達も頑張ってくれ」
師範3人組から、思ったより頼りになる返答が帰って来た。
どうやら手加減はするが、稽古の手は抜かないらしい。良い事なのか悪い事なのか……良い事の筈なんだろうな。
こうして俺達は無事顔合わせを済ませ、その日の稽古を終了し帰宅した。
精神的にも疲労困憊の状態で帰宅すると、リビングから美佳と母さんの話す声が聞こえて来た。聞こえてくる美佳の声には、落ち込んでいる様な雰囲気は含まれてはいない。探索者試験が、上手くいったんだろうか?
俺は玄関を上がり、軽く深呼吸をいれてからリビングの扉を開ける。
「ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん」
「おかえりなさい」
俺が帰宅の声をかけると、ソファーに座って話をしていた2人は、話を止めて顔をこちらに向けてくる。玄関で聞こえて来た声の通り、美佳の表情が陰っている様子は無い。
俺は荷物を足元に置き、ソファーに座って美佳に話しかける。
「美佳、今日の試験はどうだった?」
「えっ、試験? うん! 稽古の成果が出て、バッチリだったよ!」
まぁ、連日重蔵さんの稽古を受けていれば、あの程度の試験で手こずる事は無いか。罠は別だろうけど。
「そうか。で、学科の方は?」
「うっ……!」
「うって、何だ? うって?」
学科の話を聞くと、急に顔色を変えやがったよコイツ。
「だ、大丈夫! 全部空欄は埋めたから!」
「空欄は埋めたって、学科テストはマークシート方式だろうが……」
マークシートを全部埋めたからと言って、自慢にはならないだろうが……。
本当に、大丈夫か?
「沙織ちゃんと答え合わせしたら、半分は正解していたから大丈夫……だと思う」
「半分、ね……」
俺が美佳の顔を半目でみると、美佳はすまし顔で顔を逸らす。
半分か……また、微妙な線だな。合否の判定は、学科と実技合わせての総合成績だろうから、実技でカバー出来ていたら行けるかな?
「……」
「……」
「はぁ……。貴方達、その辺にしておきなさい」
俺と美佳のやり取りを見ていた母さんが、溜息を吐きながら、仲裁に入ってくる。
「美佳。夕飯の準備を手伝ってくれるかしら?」
「うん、良いよ!」
これ幸いと、美佳はソファーから立ち上がって逃げる様に台所へ移動した。
「大樹。夕飯の用意をするから、貴方は早くお風呂に入ってきなさい」
「……はぁい」
そして俺は、母さんに追い立てられる様にしてリビングから追い出された。
……取り敢えず、荷物を置いて風呂に入るか。
大掛かりだった第3段階の稽古も終了。最後の稽古は格上が相手。
主人公達は無事、この難関を乗り切れるのか……。