第112話 一筋縄にはいかない
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対応方針が決まった俺達はまず、地図を取り出し現在地を確認する振りをして、潜伏者にとって襲撃し易い地点の割り出しにかかった。
「レーザーガンの射程は、凡そ100m。そう考えると、この場所は既に射程内という事になるんだけど……。まぁ最大射程で狙撃が出来る人なんてまずいないだろうけどね」
「そうだな。潜伏者が隠れているブッシュから、この場所までは凡そ50m。多少障害物に成りそうな草木はあるが、この環境と距離で撃って来ないと言う事は、潜伏者は遠距離射撃に自信が無いと言う事だろうな」
「そうね。もしくは予め何らかのトラップを仕掛けておいて、私達がトラップに対処している所を襲撃する気かも知れないわ」
「トラップで気を引いて、後ろから……だね?」
「ええ」
確かに柊さんの言う通り、単独で攻撃を仕掛けるより、トラップと連携して襲撃した方が成功率は高くなるからな。
しかし……。
「だがそんな手口、今までの稽古で散々敵役の人達が仕掛けてきたからな。もう引っかからないぞ。仮に仕掛けるとしても、あの人達ならこんな雑な真似はしない筈だ」
「そうね。視線を向け過ぎて私達に潜伏地点を見付けられるなんて片手落ちな真似、今まで私達の稽古の敵役を務めてきてくれた人達が犯す筈無いわ。そんな真似をすればすぐに私達に察知されるって、経験で知っているもの」
「そうだよね。と言う事は、あそこに潜伏している人は今回から稽古に参加した増員の人かな?」
「そうだろうな。初めて参加しているのなら、俺達の察知力の精度は知らないだろうからな」
俺達は未だ分かり易い視線を送ってくる潜伏者を、今回から参加している門下生の人だと判断した。試験休みで察知力の精度が落ちたかもしれないと心配したが、どうやら今の所は問題ない様だ。
「じゃあ、撃退の方法は罠を逆利用したカウンターで良いかな?」
「ああ。それで良いと思うぞ。変に小細工をするより、相手の思惑に乗ったと思わせた方が良いだろう」
俺の提案に、裕二が賛成の声を上げる。顔を地図に向けたまま、俺がちらりと目線を柊さんと凛々華さんに送ると2人も小さく首を縦に振って頷いてくれた。
「後は罠の位置だな。潜伏場所があのブッシュだとすると、トラップが仕掛けられていそうなのは……この辺りだな」
裕二は手に持った地図のとある1点を指さし、俺達に見せる。俺と柊さんは指さされた地図の場所を確認した後、顔をあまり動かさず目視で確認する。
「そうね。あそこならブッシュから30m程の距離で、射線上に障害物になりそうな草木もないから、私達を狙うにはちょうど良さそうね」
柊さんの言う通り、裕二が指さした地点は射撃の邪魔になりそうな木や背の高い草が少なく、一見すると歩きやすそうな場所になっている。それだけに罠があれば、発見も容易だろう。
「敢えて俺達にトラップを発見させて、対処している隙に銃撃……ってパターンかな?」
「多分な。障害物……遮蔽物が無いから、あそこには跳躍地雷系のトラップが仕掛けられている可能性が高い。そうすると、短時間での解除は誤爆の危険があるから回避するしかないんだろうが……」
「回避ルートが限られている、だろ?」
「ああ」
俺の指摘に、裕二は小さく返事を返す。
裕二がトラップが仕掛けられていると予測した地点を回避し山頂へ向かうには、道が小高く隆起し斜面になっている反対側を避ける為に潜伏者が潜むブッシュに近付く事になるのだ。その距離10m。射撃の腕に自信がなくとも、ちゃんと狙えばまず外さないだろう。
「ブッシュに敵が潜んでいる事に気が付かなければ、確実に襲撃を成功させられるわね」
「そうだね。気が付いていなければ……」
俺と柊さんは潜伏者の不手際を思い出し、口元を少し釣り上げた。
「2人とも、そこまでにしておけよ。油断のし過ぎは良くないぞ」
「「あっ、ごめん」」
裕二が、若干浮かれている俺と柊さんを軽く叱責。俺と柊さんは短い謝罪の言葉を口にし、緩んだ気持ちを引き締め直す。
「まぁ、気が付いている以上は対処は可能だ。隊列は先程までと同様、気が付いていない振りをして予測地点まで近付き、トラップを確認後トラップゾーンを迂回する」
「もし、予想地点にトラップが仕掛けられていなかった場合は?」
「その場合は、そのまま山頂に向かって進もう。時間制限がある以上、動かない敵の相手を何時までもする訳には行かないからな。でもまぁ、トラップが無かったとしても襲撃してこないと言う事は無いと思うけどな。2人とも、敵が何時飛び出してきても対応出来る様に注意はしておいてくれ」
「「了解」」
俺達は地図をしまい、護衛隊列を組み直し歩き始める。
しかし、何の小細工も無しに飛び出してくるか……鉄砲玉か? いやいや、いくら何でもそれは無いだろ。
と、思っていたんだけどな。
「うわぁぁぁぁぁ!」
予想通り、裕二が指摘した地点にはトラップが仕掛けられていた。恐らく種類も、跳躍地雷と同じ範囲攻撃型のトラップだろう。俺達は予定通りトラップの作動範囲を避けながら迂回ルートを進み、敵が潜んでいるだろうブッシュの近くを通過した。だがここで、予想外の事態が発生する。ブッシュに最接近した瞬間、俺達に拳銃型のレーザーガンを突き出した敵が、威嚇の雄叫びを上げながらブッシュから飛び出してきた事だ。
マジで鉄砲玉かよ……。
「……っ!」
一瞬、呆気にとられ反応が遅れたが、ブッシュに一番近い位置にいた柊さんが飛び出してきた敵の拳銃を握る右手の人差し指がトリガーを引く動作をしているのを視認し、咄嗟に盾を構え近寄ってくる敵に向かって飛びかかる。
柊さんの予想外の身体能力に目を見開き驚いた敵は慌ててトリガーを引くが、飛び出して来た敵の指がレーザーガンのトリガーを引き絞った時には既に柊さんが構えた盾が銃口の30cm程前に置かれていた。まさに、高レベル探索者の一般人とは隔絶した身体能力が有ればこそ出来る対応だ。弾が発射されたレーザーガンからは小さな発射音が鳴り、柊さんが持っていた盾のLEDが点灯する。
つまり、攻撃者は襲撃失敗……失格と言う事だ。
「ふぅ……」
柊さんの活躍を見届けた俺は、緊張で胸に溜まった息を吐き出す。敵の取った大胆な襲撃方法には驚いたが、何とか凌ぎきれた。今回の襲撃は、まさか取る訳が無い、そう高を括っていた手段を取られた事による、精神的な隙を突かれた形だな。
トラップ何かの物理的な隙では無く、精神的な隙を突きに来るなんて……。
「お疲れ様、助かったよ柊さん」
「咄嗟に体が動いただけだよ。今回は、たまたま間に合っただけ」
「それでも、柊さんのおかげで助かった事に変わりはないさ。ありがとう、柊さん」
倒した敵役の人と軽く話をして戻って来た柊さんに、俺と裕二は感謝の言葉を述べる。今回の襲撃を凌げたのは、間違いなく柊さんのお手柄だ。柊さんが動いていなかったら銃口の先に居た凛々華さんはやられて、全員に電気ショックが流れ稽古は失敗していたからな。
「それと……すみません凛々華さん。囮役として協力して貰ったのに、こんな結果になってしまって……」
俺は凛々華さんに、頭を下げながら謝罪の言葉を紡ぐ。
「いいえ、気にしないで下さい。確かに予定とは異なる結果になりましたが、雪乃さんがしっかり私を守ってくれたじゃないですか? 形はどうであれ、皆さんが私と言う護衛対象を守り切った事に違いはありませんよ」
「そう、ですか……そう言って貰えると助かります」
凛々華さんは優し気に微笑みながら俺達の不手際を許してくれた上、護衛の仕事をキチンと全うしていると言ってくれた。その言葉に安堵する自分がいるが、安堵するばかりではなくキチンと今回の失敗を自分に戒めておかないといけないな。
「皆ごめん。俺が変な予想を言い出したばっかりに……こんな事になって」
俺が凛々華さんの言葉をどう処理するか悩んでいると、突然裕二が俺達に向かって頭を下げ謝罪をしてくる。
えっと……どうしたんだ?
「何を謝っているんだよ、裕二? 予想を間違ったって言うなら、全員で考えた予想が間違えたんだ。裕二一人が背負い込んで、謝る必要はないんだぞ?」
「そうよ、広瀬君。予想は所詮、予想よ? 外れたからと言って、広瀬君が謝る必要ないわ」
「だけど……」
俺達の慰めの言葉に渋る様な反応を返す裕二は、更に言葉を続ける。
「予想を間違えた事以上に、雑な仕掛けだと考えて甘い予想をした事で皆に隙を作る切っ掛けを与えた事が我慢出来ないんだ。甘く考えず、もっと色々な可能性に考えを巡らせていれば、今回の襲撃だってもっと上手く対処出来たかもしれないんだ……」
そう言って、裕二は顔を悔し気に歪め落ち込む。
だけど、もっと上手くか……。
「裕二。確かに、裕二の言う事は正しいとは思う。でも、もっと上手く出来る様になろうと思うのなら、今回の失敗を後悔するよりもまず、どうすれば今回の失敗を繰り返さないで済むのかを考えないか? 幸か不幸か、今回は大事に至る事無く失敗の経験を得られたんだからさ」
「そうよ、広瀬君。九重君の言う通り、後悔して落ち込む暇があるのなら、まずどうすれば同じ間違いをしないで済む様に出来るのか考えましょう?」
「……そう、だな。後悔する前に、する事があるな」
裕二は俺達の話を聞き、少し持ち直した。
「よし。じゃあ、そろそろ移動しないか? 余りのんびりしていると、制限時間を過ぎてしまうからな」
「そうね。ここに長々と居座る必要もないし、先を急ぎましょう」
「ああ、行こう」
「凛々華さん、出発しても良いですか?」
「はい。皆さんが良いのであれば、私も大丈夫です」
全員の了承を得られたので、俺達は再び山頂のポイントを目指し登山を再開した。
そして……。
俺達は引き攣りそうになる顔を何とか抑えながら、幻夜さんの前に立っていた。
「おや? 皆、随分酷い有様だね。全身泥だらけじゃないか? どうしたんだい?」
「ど、どうしたって……!?」
口を開くと幻夜さんに向けて罵声が飛び出しそうになったので、俺は慌てて手で口を塞いだ。稽古中での出来事なのだから、この事で罵声を浴びせかけるのはお門違いだと認識してはいる。
しかし、今口を開くと罵声が飛び出すのを抑える自信が無い。
「ふむ。凛々華、彼らの稽古中の様子はどうだった?」
「は、はい。えっと、その……」
「はっきり言わんか」
「電気ショックの影響が色濃く出て、全体的に精彩を欠いていました」
「そうか。まぁ、予想通りの結果と言う所だな」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず激昂しそうになった。予想通りって……幾ら何でもアレは無いだろう!?と。俺は口を閉ざしたまま眼を瞑り、大きく深呼吸を繰り返して、気持ちを落ち着かせる。
そして数度の深呼吸の後、漸く気持ちを落ち着かせた俺は口を開く。
「幻夜さん……アレは、幻夜さんの指示で行われた事だったんですか?」
「ああ、そうだよ。君達が体験したアレは、確かに事前にワシが門下生達に指示しておいた。必要な事だったからね、通過ポイントへの攻撃は」
「……そうですか」
やっぱり、指示していたんだな。
失礼だとは思うが、俺達は幻夜さんの目の前で見せ付ける様に胸に溜まった物を溜息と共に吐き出した。
そして。
「幻夜さん……流石にアレ、通過ポイントへの赤外線発信機の釣瓶打ちはないですよ……」
「そうですよ、幻夜さん。あんな雨の様に降り注ぐ攻撃、避けようがありません」
「おかげで私達、数分間も連続で電気ショックを受けて、地面を転がりまわったんですよ?」
俺達は口々に、今回の稽古で遭遇した悪辣なトラップで味わった痛みを思い出しながら文句を言う。
トラップの内容は、通過ポイントに設置された簡素な台から到達証明を取ると、台に仕掛けられていた重量センサーが重さの変化に反応しトラップを作動すると言う物だ。トラップが作動すると偽装して設置された発射機から、跳躍地雷にも使われている赤外線発信機が四方八方から通過ポイント目掛けて釣瓶打ちされる。打ち込まれる発信機の数が数なので効果範囲がかなり広く、逃げ切れなかった俺達は発射機が弾切れを起こすまでの数分間、電気ショックを受け続けたのだ。
尚、連続で電気ショックを受けた影響か、弾切れになってからも5分以上身体を起き上がらせる事が出来ず、俺達は地面に横たわっていた。
「まぁ、君達の言わんとする事も分からんでも無いが、これは重蔵の奴からの要望でな? 是非、君達にやって欲しいと言われてね」
「……えっ? 重蔵さん?」
思いも寄らない人物の名が上がり、俺達は虚を突かれ、文句を言う勢いを失った。
「ああ。君達が試験休みに入った時に、ワシが重蔵の奴に電話で君達の訓練成果を報告した時に言われてね。心理的な隙を突くような手口を加えて欲しいと。すまんな」
幻夜さんが申し訳なさそうな表情を浮かべ、俺達に謝罪する。
つまり、今日の稽古でちょくちょく俺達の心理的な隙を狙う手口が出て来たのは、重蔵さんの差し金だったって事か……。今まで受けた稽古の経験から俺達は、敵の真正面からの特攻や通過ポイントへのトラップ設置は、やらないだろうと根拠もなく思い込んでいたからな。そう言う固定観念に囚われた思考が、精神的な隙を生むと重蔵さんは言いたかったのかな……。
「「「はぁ……」」」
思わず、大きな溜息が漏れた。俺達、重蔵さんの掌の上で踊らされていたんだな。何と無く、重蔵さんの高笑いが聞こえた様な気がした。
「まぁ、そう言う訳だから。これからの稽古は更に厳しい物になるだろうが、めげずに頑張ってくれ」
「「「はい」」」
「凛々華、彼らのフォローを頼むぞ」
「はい」
こうして俺達は、重蔵さんの介入で更に難易度が上がった稽古に挑む事となった。
思い込みって怖いですよね。明確にルールとして記載されている訳でもないのに、だろうと言う推測だけで無いと思い思考の隙を突かれるのって。




