第110話 テスト終了とコンビニ飯
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チャイムの音がスピーカーから流れると、教室のあちらこちらから達成感と開放感が多分に含まれる大きな溜息が上がる。俺もその内の1人で、両手を頭上に上げ伸ばししながら一言漏らす。
「終わったぁ……」
日曜日を挟み、合計4日間に渡る中間考査が漸く終了した。結果は答案が返ってくるまで不明だが、出来る限りの事はしたと言う充足感が全身を満たす。取り敢えず、全体的にそれなりの手応えはあるので、そう悪い結果にはなるまい……。
テスト終了の開放感からザワついている教室に、監督官の男性教諭の教卓を叩く音と叱責の声が響いた。
「こらっ! お前ら! まだ答案用紙を回収していないんだ! 騒ぐのは後にしろ! 全員0点にするぞ!」
男性教諭に叱責され、開放感で浮ついていた教室の空気が一気に沈静化した。生徒達は粛々と答案用紙を前の席に回し、男性教諭の待つ教卓に集める。先程までの浮ついた雰囲気とは打って変わり、痛い程の沈黙が教室に広がっていた。教室には、男性教諭が答案用紙の枚数を数える音だけが響く。
「よし、全員分あるな。ではこれで、試験を終了する。解散」
解散と言われたが生徒全員、男性教諭が教室を出ていくまで1人として席を立とうとはしない。
そして男性教諭の姿が完全に教室から消え、漸く生徒達は安堵の息を漏らし各々動き出した。
「よう、大樹。最後の最後で参ったよな? 全く、冷水を差してくれるよ……」
些か疲れた様な表情を浮かべる裕二が、俺の席に歩き寄ってきて声をかけてくる。
「ああ、全くだ。でも、あの場合悪いのは俺達だろうな。何せ、試験終了の合図も出ていないのに騒いだんだからさ」
「だとしても、教卓を叩くってのはな……一瞬で教室がお通夜ムードになったぞ?」
確かに、あれは参った。完全に虚を突かれたから驚いて体が一瞬硬直したからな……心臓に悪いよ、全く。
「まぁ、過ぎた事ウジウジ言い合っていても仕方が無い。それより、どうだった? 中間考査を終えてみてさ」
「まぁまぁの出来だったから、そこそこはいけるんじゃないか? 大樹は?」
「俺も、まぁまぁだな」
「まぁまぁか……」
俺と裕二は互いに、苦笑いを浮かべる。一応、テストは全教科解答欄は埋められたが、完璧だったなんて大口は叩けないからな。まぁまぁとしか、言い様が無い。
暫く裕二と話していた俺は、話に一旦区切りを付けて斜め後ろの席で倒れている重盛に話しかける。
「おーい。大丈夫か、重盛? やっとテストが終わったのに、お前は何で机にもたれ掛かって項垂れてるんだ?」
「……」
「おーい、聞こえてるか?」
重盛は俺の声にピクリとも反応せず、一向に返事が返ってこない。
と言うか、この反応は……。
「もしかしてさ……今回テストの出来、悪かったのか?」
「!」
あっ、背中がピクリと震えて反応した。これは、当たりかな?
しっかし、ここまで落ち込んでいると言う事はひょっとして、かなりヤバイのか?
「まぁ、何だ重盛? まだテストの結果は出てないんだから、希望は持てよ」
「……希望か。俺、ろくすっぽ解答欄を埋められなかったんだぞ?」
「……えっと」
重盛が上体を机から起こし、俺の顔を見る。
うわぁ……目が死んでるよ、こいつ。
「どんなに良く見積もっても、赤点を回避できれば御の字さ」
淡々とした口調で俺にそう言うと、再び重盛は天板に突っ伏す。うーん、これは重症だ。励ました方が良いのだろうが、下手な慰めをしても重盛は聞き入れないだろうな。
俺が、どう重盛を励ました物かと、頭を悩ませていると、教室の前の扉が開き、平坂先生が入ってきた。
「お前ら、席に着け。ホームルームを始めるぞ」
平坂先生の登場に気が付いた席を立っていた生徒達は、慌てて自分の席へと戻って行く。突っ伏していた重盛も、上体を起こし平坂先生に虚ろな眼差しを向けている。俺も教卓に立つ平坂先生に体と顔を向け、次の言葉を待つ。
「さて、今日で中間考査の日程は全て終了した。手応えがあった者もいれば、手応えがなかった物も居るだろう。だがそれが、今のお前達の実力だ」
平坂先生の話に、生徒達の反応が二分する。明るい表情を浮かべる者、無念そうに溜息を吐く者と。どちらかと言うと、溜息組が多いような気がするが?
「今回のテストの結果はまだ出ていないが、自分の至らなさに思う所がある者もいるだろう。そういう者は今回のテストを切っ掛けに、これまで以上に勉強に打ち込んで貰いたいものだ。何もせずにのほほんとした時を過ごしていると、次の定期考査で再び泣きを見る事になるんだからな?」
平坂先生の言葉で、テストに手応えを感じていた者は更なる向上を目指し、手応えを感じなかった者は次こそはと奮起していた。まぁ一部、そんな事関係ないと斜めに構えている連中もいるが。
因みに俺は、向上派だ。
「さて、今日は特に連絡事項も無いので、これでホームルームは終わりにするが。明日も学校はあるんだから、テストが終わったからと気を抜き過ぎて遅刻しない様に気を付ける様に、良いな?」
「「「はい!」」」
「では、これにてホームルームを終了とする。日直」
「起立! 気を付け! 礼!」
日直の号令で、生徒達が平坂先生に頭を下げる。
平坂先生は、俺達が頭を下げている間にさっさと教室を出ていた。テストの採点が忙しいのだろうか?
だが、まぁ何にしても、これで中間考査は全て終わった。答案の返却は明日からだろうが、今は開放感でとても晴れ晴れとした心境だ。
とても晴れ晴れとした心境の俺だったのだが……裕二に掛かって来た一本の電話でそれも一変した。その電話の主は幻夜さん。中間考査終了の確認と、室井さんを迎えに出したと言う内容だった。
どうやら、俺達にはテスト終わりの一時を味わう暇は無いらしい。クラスの男子連中に誘われていたテスト終了を祝う打ち上げのカラオケを断り、裕二や柊さんと一緒に慌ただしく下校する。室井さんが迎えに来ている以上、あまり待たせるのは失礼だからな。
だがやはり、裕二の家までの道すがら打ち上げカラオケに参加出来なかった不満を、俺達は愚痴として漏らす。
「はぁ。打ち上げ……参加したかったな」
「そうだな。折角誘ってくれたのにな」
「そうね。普段こう言うイベントに参加しない私達にも、声を掛けて誘ってくれたって言うのに……」
「「「はぁ……」」」
思わず、俺達は大きな溜息を漏らす。幸い周りには誰もおらず、奇異の目で見られる事は避けられたが、かなり大きな溜息だった。放課後、修行の為とは言え何時もそそくさと帰る俺達にとって、打ち上げのカラオケはクラスメイト達との交流を増やす絶好の機会だったのに。現状俺達はクラス内で孤立こそしていないが、親密なクラスメイトが居るかと問われれば揃って首を傾げるしかない状況だ。
今回は、改善出来る良い機会だったのに……。
「……そう言えば大樹、美佳ちゃん達とは連絡は取れたのか?」
「ん? ああ、連絡は取れたぞ。美佳と沙織ちゃんは、友達に誘われた打ち上げパーティーに参加するんだとさ」
「そうか……良いな」
全くだ。
しかし、美佳達がこれからやろうとしている事を考えると、友達づきあいも重要だからな。交友関係が広がれば、それだけ1年生の間で派閥を広げる事が出来る。こう言う付き合いを余り疎かにすると、付き合いがない奴って言う印象が付くからな。
「それはそうとして、広瀬君? 室井さんは何時頃迎えに来るって言っていたの?」
「13時頃に家の前に迎えに来るって言ってたから……もうそろそろ到着していてもおかしくはないかな?」
柊さんに時間を問われた裕二は、左手の腕時計を見ながら答える。
因みに現在、12時36分だ。
「じゃぁ途中コンビニに寄って、おにぎりでも買って行くか?」
「そうだな。ゆっくり昼飯を食べる時間はなさそうだし、移動中に食べられる何か軽食を持って行くか。柊さんも、それで良いかな?」
「ええ、そうしましょう」
そうと決まり、俺達は早歩きで帰り道の途中にある最寄りのコンビニを目指す。歩速を上げた事もありコンビニ到着は早く、5分と掛からなかった。
店内に入り商品を物色するが、お昼時と言う事もあり並んでいる商品が大分減っている。
「どれにする? あまりめぼしい物は残ってない様だけどさ……」
「……あぁ本当、殆ど残ってないな」
「そうね。サンドウィッチと弁当類はほぼ全滅、おにぎりとおかず関係が少し残っているぐらいね」
「レジ横商品も、あまり残っていないね」
選べる商品が、ほぼ残ってい無いな。普段平日のお昼時のコンビニって使わないけど、何時もこう言う感じなのだろうか? これじゃぁ、学食に併設してある購買に出遅れた時と一緒じゃないか……。
仕方無く俺達は、残っている商品を品定めして行く。
「えっと? 残っている商品は……オーク肉の生姜焼きおにぎりとミノ肉の時雨煮おにぎり?」
「うわっ、高っか!」
「どっちも、500円以上するじゃない……」
商品棚に残っていた商品の多くは、ダンジョン食材を使用した期間限定・数量限定の高級志向商品の高価格設定のものばかりだった。大き目のおにぎり1つで、幕の内弁当より高いのか……それはあまり売れないわな。多少減ってはいるが、昼飯でおにぎり1つに500円以上出すチャレンジャーはそうは居ないだろう。
しかし……。
「残っているのは、これ系の商品だけかよ……」
「弁当類は多少普通の物も残っているが、移動中の車内でってなると、な」
「そうね。ゴミの事も考えると、弁当はちょっとね。簡単に小さく出来る袋包装の商品の方が良いでしょうね」
「と言う事は……はぁ」
選択の余地がないな……はぁ。
俺達はそれぞれ高級志向の高価格商品を手に取り、ペットボトル飲料を持ってレジに向かう。俺達がレジで商品を出した時、大学生らしきレジ打ちのバイトの人が目を見開いて驚いていたな。
まぁ、高校生が昼からこんな物買っていたら驚くか。
「合計で、2032円になります」
おにぎり3つとペットボトル飲料1つでこの価格……高すぎだろ。
俺達は粛々と支払いを済ませ、店を出た。稽古の成果を無駄に発揮し、店員さんの探る様な視線を背中に感じながら。
「……行くか?」
「ああ、そうだな」
俺達は軽い様で重い小さなコンビニ袋を持って、室井さんが待っているであろう裕二の家に向かった。
裕二の家の前で室井さんと合流し、稽古着を取りに行く為に俺と柊さんの家に寄り道して貰った。通学カバンを置き、稽古着の入ったバッグを持って急いで車に戻る。稽古着に着替えて行っても良いかと思ったが、新しい段階の稽古を受ければ泥だらけになるなと思い直したからだ。
俺達は室井さんに一言断りを入れ、コンビニで購入したおにぎりを食べる事にした。まずは一つ目、ミノ肉の時雨煮おにぎりからだ。
「これで1つ、600円か……」
「どう考えても高いよな。確かに、高級食材は使ってるけどさ……」
「そうね。でも……」
世間一般では高級食材扱いされているミノ肉だが、俺の空間収納には100kg単位で保管されている。そう手古摺る事もなく採取出来る俺達からしたら、このおにぎりは無駄に高い様に感じられて仕方が無い。一応、世間一般の感覚とズレている事は認識しているけどさ。
取り敢えず愚痴る事は辞め、俺達はおにぎりを一口齧る。
「……普通に美味いな」
「まぁ、ミノ肉を使ってるからな」
「そうね。味付けも濃すぎず薄すぎず、ちょうど良いんじゃないかしら?」
味は値段の分あるとは思える美味しさなのだが、おにぎりと思うと高く感じるのは何でだろうか? 俺達は不思議な感覚に首を傾げながら、残りのおにぎりも食べて行く。
そして、食べている間はどれも値段の分はあるとは思えたのだが、食べ終えると急に割高感が湧いてくる。……不思議だ。
「皆さん、もうすぐ着きますよ」
昼食を食べ終わり少しすると、室井さんが運転する車は目的地に到着する。
ふと俺が外を見てみると、プレハブ小屋の前に一台のマイクロバスが止まっていた。猛烈に嫌な予感がするのは気のせいだろうか……。
「さっ、到着です」
マイクロバスの横で、室井さんが運転する車は停車した。俺達は車を降りてから室井さんにお礼を言い、プレハブ小屋へと移動する。その最中、俺はある事に気が付く。数日前までプレハブ小屋の前に積み重ねられていた荷物の山が、今日は大分減っているな……と。
俺が、外の変化に気を取られている内に、裕二はプレハブ小屋の扉をノックする。すると直ぐに、入室許可を出す声が帰ってきた。
「広瀬です、失礼します」
裕二を先頭に俺達はプレハブ小屋に入り、目を見開いた。プレハブ小屋の中に、これまで以上の人が溢れかえっていたからだ。
一体何事だ!?
高級コンビニおにぎりシリーズ。
たまに、こう言う種類のオニギリはコンビニに並んでいますよね?




