第109話 中間考査の開始と試食会
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中間考査が始まった。2年生になって初めてのテストだ。独特の緊張感が学校全体を包み、廊下を擦れ違う生徒達の顔が強ばっているのが一目でわかる。
教室に入ると、既に登校して来ているクラスメイト達は皆、静かに教科書とノートを机の上に広げ最後の確認を行っていた。
「……俺も見直しをやるかな」
教室の中をグルリと一瞥してみたが、裕二や柊さんの姿が見当たらない。まだ登校していない様だ。なので、俺も自分の席に座りテスト前の最後の見直しをする事にした。本日1番目の試験科目の教科書を広げ、目を通して行く。
そして……。
「おーい、ホームルームを始めるぞ! 全員、教科書とノートから顔を上げてこっちを見ろ!」
大きな声が聞こえたので、顔を上げると教卓に平坂先生が立っていた。どうやら、何時の間にか時間がかなり過ぎていた様だ。顔を左右に振って辺りを見回してみると、裕二と柊さんの姿も確認出来た。
全員の顔が上がった事を確認した平坂先生は、軽く頷いた後話を始める。
「さて、知っての通り今日から中間考査が始まる。皆、この日の準備は出来ていると思うので、落ち着いてテストに取り組んで欲しい」
落ち着いて、か。平坂先生も、中々難しい事を言うな。
そして、平坂先生は幾つか連絡事項を俺達に伝えホームルームを終了する。
「先生からの連絡事項は以上だ。では、テスト頑張ってくれ」
そう言い残し、平坂先生は教室を出ていった。
取り敢えず落ち着いて、凡ミスしない様に気を付けて頑張るか。
「はい、そこまで! 全員、ペンを置きなさい!」
チャイムの音が響き、監督官の先生の声が響く。教室に響いていた筆記音が止まり、溜息があちらこちらから上がるのが、聴こえてくる。
「名前の書き忘れがないか確認して、後ろの者から解答用紙を前に回しなさい」
一応俺も名前をチェックしていると後ろから解答用紙が回ってきたので、解答用紙を束の上に置き前に回す。先生は解答用紙の数を数えて全員分の解答用紙が集まった事を確認し、試験終了の声をかけ教室を出ていった。
「やっと、今日の分が終わった。でも、後3日もある……」
先生が教室を出るのと同時に、俺は気が抜け机の天板に突っ伏した。まだ初日が終わっただけで、後3日も試験日程が残ってると思うと憂鬱になり愚痴が漏れる。
俺が力なく机に項垂れていると、機嫌良さ気な声で裕二が声をかけてきた。
「随分お疲れの様子だな、大樹。テストの出来が悪かったのか?」
「……裕二か? 一応、解答欄は全部埋められたから、そう悪くはないと思うけど……裕二は?」
「俺か? 俺はそこそこ手応えがあったぞ?」
だから機嫌が良いのか……。
俺は項垂れている上体を起こし、机の隣に立つ裕二を見る。何と言うか、裕二が浮かべる得意気なその表情がイラっと来るな。
「まぁ、何だ? 手応えがあって得意気なのは良いけど、まだ初日が終わっただけだからな? 気を抜かない様に注意しろよ、裕二」
「ああ。ここで気を抜いて、赤点でも取ったら目も当てられないからな」
「だな」
俺も赤はないと思うが、今日のテストでも幾つか小さな凡ミスを犯した様な気がするので、この後のテストでは気を付けないといけないな。小さなミスでも、積み重ねれば致命傷になりかねないしさ。
その後は裕二と幾つかテストの答え合わせをしていると、平坂先生が教室に入ってきた。
「ほら、早く席に着け。ホームルームを始めるぞ」
平坂先生に促され、席を立って答え合わせ等をしていた生徒達が慌てて自分の席に戻って行く。裕二もその一人だ。
「さて、中間考査1日目はどうだった? 上手くいった者も、いかなかった者も居るだろう。だが、どちらだったにせよ、気を抜かず残り3日間あるテストに全力で励んで欲しい」
平坂先生の言葉に、生徒達は十人十色の反応を返す。
「幸か不幸か、明日は日曜日で学校は休みだ。どう過ごすかは個々の自由だが、悔いを残す様な休日にはしない様にな」
遊び惚けて勉強を疎かにするな、と言う忠告だろう。現に、気まずげに視線を逸らす生徒の気配を感じる。言われなかったら、遊ぶ気でいたんだろうな。
「さて、あまり長々話していても仕方ないな。連絡事項も特に無いので、今日のホームルームはこれで終了とする。……日直」
「起立、気を付け、礼」
日直の号令を合図に、席を立った生徒達が一斉に平坂先生に頭を下げ礼をする。平坂先生は挨拶が終わると、素早く教卓から降り教室を出ていった。平坂先生がいなくなり、教室では生徒達がそれぞれ好き勝手に動き出し一気に騒然とした様相を呈す。帰宅準備を始める者、友達と話し始める者と色々である。
俺は荷物を纏め、同じく帰り支度をしている裕二の机に移動した。
「裕二、この後どうする?」
「ん? この後?」
「昼飯だよ、昼飯。学校で食おうにも、今日は学食は休みだしさ」
「ああ、そうだったな……」
俺の問い掛けに、裕二は額に手を当て考え込む。
中間考査中の土曜日と言う事もあり、学食は休業となっている。別に家に帰って食べても良いのだが、気分転換を兼ねて外で何か食べるのも良いかなと俺は思っていた。
俺と裕二が昼飯を何処で食べようかと頭を悩ませていると、背後から不意に声がかけられた。
「2人とも。お昼の食事処で悩んでいるのなら、家のお店に来ない?」
「……柊さん?」
俺達に声をかけてきたのは、通学カバンを手に持った柊さんだった。
「新作ラーメンの試作品が出来たから、2人に試食して貰いたいって言ってたわよ」
「新作ラーメン?」
「ええ。GW前に皆で一杯手に入れた、あの素材で作った物よ」
GW前に手に入れた素材と言うと……って、ミノ肉で作ったの? ミノ肉を材料に使ったら、とてもじゃないけど採算が取れないんじゃないかな?
俺達が黙って顔を見合わせ首を捻っていると、柊さんが補足を入れる。
「私も味見をしているから、味は保証するわよ?」
「いや、味は心配していないけどさ……」
英二さんが第三者に味見を頼む位だから味は大丈夫だと思うけど、何時ぞやの二の舞になっていないかが心配だ。ラーメンの事となると、英二さんは無茶をやった前科があるからな。
すると、俺達が浮かべる不安気な表情を見て柊さんは軽く両手を打合せる。
「ああ、なる程。2人共心配しないで、2人が思っている様な事態にはなっていないわ。お父さんも、あの時の様な無茶な事はしていないわよ」
「……本当?」
「ええ。ちゃんと皆と話し合った上で、大丈夫だと」
「そうなんだ」
柊さんも特に無理をしている様には見えないので、本当に大丈夫なのだろう。
「どうする裕二? お誘いに乗るか?」
「まぁ、これと言ってどこに行くとは決めてなかったからな。良いんじゃないか?」
「じゃぁ、決まりね?」
俺と裕二がお店行きを決めると、柊さんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ああ、そうだ柊さん。試食会に、美佳達を誘っても良いかな?」
「美佳ちゃん達? ええ、勿論良いわよ」
「裕二も良いか?」
「ああ」
「じゃぁ連絡を取るから、ちょっと待ってて」
俺は二人に断りを入れ、スマホを取り出し美佳に連絡を入れる。すると美佳からの返事は直ぐに戻ってきて、沙織ちゃんと一緒に昇降口で待つと書かれていた。俺は返事の内容を裕二と柊さんに伝えて昇降口への移動を提案、急いで昇降口へと移動を開始する。
昇降口へ急いで辿り着くと、談笑しながら待っている美佳と沙織ちゃんの姿があった。
「お待たせ、2人とも」
「あっ、お兄ちゃん!」
「さっ、行こうか?」
「うん!」
美佳達と合流した俺達は、下校する生徒達の人波に乗って校門を目指し歩き出した。
お店に到着した俺達は英二さんと美雪さんに挨拶をし、腹も減っていたので早速新作ラーメンの試食を行う事になった。数分程待つと、美雪さんがトレーに人数分の試作ラーメンを持って来てくれる。
「皆お待たせ、これが家の店の新作ラーメンの試作品よ」
「……これが、試作品ですか?」
「ええ」
俺達は出された試作品のラーメンを見て、一瞬驚きで固まった。
何故なら……。
「汁が無いな……」
「ラーメン?」
「これ、上に乗ってるのはローストビーフですか?」
ラーメンと聞いていたので、俺達はオーソドックスなラーメンの姿を想像していたのだが、出された試作品は汁が無いラーメン……油そばだった。タレの絡められた細麺の上には、トッピングとしてピンク色の薄切りローストビーフと燻製された半熟卵、白髪ネギとカイワレ大根が載っている。
「さっ、まずは食べてみて。感想は後で聞きに来るわね」
柊さん以外、驚いて試作品を凝視している俺達にそう言って、美雪さんは他のお客の接客へと向かった。俺達は顔を見合わせた後、備え付けの割り箸を手に取り……。
「「「「頂きます」」」」
「どうぞ、召し上がれ」
俺は先ず、ローストビーフから箸を付ける事にした。ローストビーフは2mm程の薄切りにされており、口に運ぶと柔らかな食感と仄かな塩味、圧倒的な肉の旨みを感じさせてくれる。この肉の味には覚えがある、ミノ肉だ。
「……美味いな、このローストビーフ」
「低温調理でジックリ火を通しているから、肉が硬くなっていないでしょ?」
「うん。でも、低温調理って事は結構手間が掛かっているんじゃない?」
「大して手間はかかっていないわよ? 下味を付けたお肉を真空パックにして、お湯を張った炊飯器に一定時間入れておくだけだから」
「炊飯器?」
そんな物で、出来るんだ……。俺はローストビーフの意外な調理の手軽さに感心しながら、試作品の試食を続ける。肉の次は麺だ。肉の下に隠れている麺に箸を入れ、数本取り出す。麺に絡まったタレは醤油ベースらしく、麺を薄く醤油色に色付けている。俺は麺を箸に巻きつけ、纏めた麺を口に運ぶ。素早く茹で上げた固めの細麺の食感と、醤油の塩味と酢の酸味のバランスが良い。
「美味いな……」
「ああ……。試作品とは聞いていたが、かなりの完成度じゃないか?」
「美味しいよ、これ!」
「うん。油っこいかなって思ってたけど、酸味が効いていて食べ易い」
全員、かなり高評価の様だ。
すると、柊さんが俺達にある提案する。
「じゃぁ今度は、肉と麺、薬味を一緒に食べてみて?」
柊さんの提案に乗り俺達は、麺と薬味を肉で包んで口に運ぶ。麺に絡んだ油感を薬味の辛味が中和し、肉の旨味を麺の酸味が、より引き出している。美味い。この一言に尽きる。
そして最後に、肉巻きを作って半熟卵の卵黄を付けて食べると、酢の酸味の角が取れ全体の味がまろやかになり先程とは違った優しい味わいだ。
その後の俺達は無言で麺を口に掻き込み、一気に試作品の油そばを完食した。
「ごちそうさま」
「「「「ごちそうさま」」」」
俺達は空になった器をテーブルに置き、手を合わせる。味に関しては、美味いの一言しか言えないな。味に関して、は。
俺達が食べ終わった事を察した美雪さんが、トレーを持って近寄ってきた。
「どうだった? 試作品の感想は?」
「全体的にバランス良く纏まっていて、とても美味しかったですよ」
「途中、薬味や卵で味変も出来るので、食べ飽きはきませんね」
「とっても美味しかったです!」
「私も、美味しかったと思います」
「あらあら、随分高評価を頂いたわね」
俺達の試食の感想を聞き、美雪さんは嬉しそうに表情を綻ばせる。
だが、俺は一つ聞いておきたい事があった。
「ですが、美雪さん。ちょっと踏み込んだ質問をしても良いですか?」
「何かしら、大樹君?」
「この上に乗っているローストビーフ、ミノ肉ですよね? 幾らで提供されるのかは分かりませんが、採算取れるんですか?」
ミノ肉はオーク肉と違い、採取出来る探索者の数が少ないので流通量も少ない。その為、まだ気軽に使える程には値下がりしていない高級肉なんだけど……。
「ええ、大丈夫よ。沢山乗っている様に見えるけど薄切りにして使っているから、大樹君が思う程1杯あたりの単価は掛かっていないわ。お肉のトッピング追加は有料にする積もりだから、十分採算は取れるわ」
「なる程、そうですか」
どうやら、俺の心配はいらないお世話だった様だ。
そして、俺と美雪さんのやり取りが終わった頃あいを見計らい、柊さんが結論を聞いてくる。
「それで、どう皆? この試作品、お店に出せると思う?」
「えっ、あっ、うん。十分行けると思うよ?」
「俺も大丈夫だと思うぞ?」
「また食べたいと思える味でした!」
「私も美佳ちゃんと同じです」
十分店に出せるレベルだと、俺達の意見は一致する。まぁ、素人意見だけどな。
だがそれでも、柊さんと美雪さんには十分な答えだったようだ。
「ありがとう、皆の意見は参考にさせて貰うわ」
そう言って、美雪さんは俺達の食べ終えた器を回収し、厨房へと引っ込んでいった。厨房に篭る英二さんに、試食の結果を報告するのかな?
まぁ、何にしても美味しい料理のおかげで気分転換も出来た事だし、残りのテストも頑張るか。
中間考査開始です。
そして新作ラーメン登場、ローストミノ肉トッピングの油そばです。




