第108話 テストに向けて勉強会
お気に入り11250超、PV6870000超、ジャンル別日刊31位、応援ありがとうございます。
静寂の空気が張り詰める室内に、シャーペンが擦れる音だけが響く。裕二の家の一室を借り、中間考査を明後日に控えた俺達は5人で勉強会を開いているのだ。
しかし、その程良い緊張が張り詰めた部屋の空気が、美佳が両手を上に挙げたまま後ろに倒れた事で破られた。
「もー、全然分かんないよ!」
「はぁ……またか」
どうやら、また何処かの問題に引っかかったらしい。ここ数日勉強会を開いているが、これで何度目の弱音だ?
頭を抱え畳の上を転がる美佳に、俺が声をかける前に沙織ちゃんが大げさなリアクションに呆れながら声をかける。
「……美佳ちゃん、今度は何処が分からないの?」
「……あのね、ここ」
美佳は起き上がり、引っかかった場所を沙織ちゃんに教える。
「えっと、そこは教科書のここに載っている公式を使えば解けるよ? 引っ掛け問題になってるけど、手順を間違えなければ解ける筈だよ」
「……この公式?」
「うん。ほら、この数字を公式の此処に入れれば……」
「……あっ、解けた! ありがとう、沙織ちゃん!」
美佳が沙織ちゃんの指示通りの解法で引っかかっていた問題に挑むと、少し悩んではいたが無事に解けたらしい。美佳はお礼を言った後、その他の問題も沙織ちゃん頼りで解いていく。
「……って、美佳。自分で考えて解かないと、勉強は身に付かないぞ?」
「えっ、でも……。沙織ちゃんに教えて貰わないと、こんな数式難しくて解けないよ……」
「それでも、まずは自分で考えろ。それに、沙織ちゃんに聞いてばかりだと、沙織ちゃんが自分の勉強を出来ないだろ?」
「ううっ、分かったよ。教えてくれてありがとうね、沙織ちゃん」
「ううん。頑張ってね、美佳ちゃん」
美佳は渋々、沙織ちゃんにお礼を言って自力で問題に挑み始めた。俺は美佳の教師役から解放された沙織ちゃんに、話し掛ける。
「ありがとうね、沙織ちゃん。美佳の面倒を見て貰って」
「いいえ。私も文系科目で分からない所は、美佳ちゃんに教えて貰っているのでお相子ですよ」
「そっか。でもやっぱり、美佳は理数系が苦手みたいだね……」
「そうですね。文系は得意なんですけど……」
俺と沙織ちゃんは、机に向かって頭を抱えながら呻き声を上げる美佳を一緒に眺める。
「ううっ。こんな数字の羅列、どう解けば良いのか分からないよ……」
かなり苦戦している様だ。
まぁ、美佳の得意分野は文系科目だからな。理系科目は、とことん苦手の様だ。
「そう言えば、沙織ちゃんは何処か分からない所は無いの?」
「はい。今の所は大丈夫です。雪乃さんに去年の中間考査で出た問題の傾向を教えて貰いましたので、今はその辺を中心に見直しをしています」
「そっか。分からない所があったら、気楽に声をかけてよ」
「はい」
どうやら、沙織ちゃんの方は特に問題は無いらしい。
話を聞く限り、文系科目が苦手と言ってはいるが得意な理系科目に比べて苦手と言う意味で、美佳の様に苦手科目が平均以下と言う訳では無いようだ。
勉強会の合間、休憩時間中に裕二がとある質問を美佳達に投げかけた。
「そう言えば美佳ちゃん、1年の留年生を中心にしたグループはどうしてるんだ? アイツ等も、ちゃんと試験勉強をしているのか?」
「えっ? あっ、うん。あの人達も、ここ最近は随分と大人しくしてるよ。ね、沙織ちゃん?」
「うん。流石にあの人達も、自分達が教員からどう言う目で見られているかは分かっているみたいで、テスト準備期間に入ってからは露骨な勧誘活動はしなくなりました。御陰で今は、心穏やかに学校生活が送れています」
「そうだよね。休み時間になる度にあった勧誘の声掛けが無くなって、ほんと清々とするよ」
「……」
穏やかな表情を浮かべながら嬉しそうに言い切る美佳達の様子に、話が冗談では無いと思いいたり裕二は絶句している。横で話を聞いていた俺も、普段美佳達が送っている学校生活の不憫さに思わず目頭が熱くなった。
テスト期間が心休まる時間って……。
「でも、あの人達。無差別に人を集めてグループを大きくした分、メンバー全員の成績を上げないといけないから大変だと思いますよ? グループ構成メンバーを集めて、勉強会を開くって言ってましたし」
「そうだよね。グループメンバーから1人でも赤点者を出したら、そこを足がかりに成績不振として指導対象にされちゃうだろうからね。……良い気味だよ、裕二さんもそう思いません?」
「……そうだな」
そう言って、美佳と沙織ちゃんは目が笑っていない良い笑顔を浮かべていた。余程腹に据えかねていたのか、彼等の慌てている姿が見物だったんだろう。2人が浮かべるその笑顔を正面から向けられた瞬間、裕二が顔を引き攣らせながら体を一瞬硬直させていたからな。
だが確かに美佳と沙織ちゃんの言う通り、今慌てて成績向上策を講じているのはメンバーの選別もせずに組織拡大に走ったツケだな。組織が大きくなる分、色々な人間が集まるからな。成績が上位に入る者も居れば、赤点常連の者も居るだろう。せめて1学期の中間考査が終わるまでメンバー集め……組織を拡大するタイミングを待っていれば、グループの弱点になる成績不振者を内包せずに済んだだろうに。
でもまぁ、早目にメンバー集めをしていなければ、探索者志望の1年生達は少人数グループに分裂していただろうしな。となると、リスク込みで組織拡大に走ったって事か。
「これで赤点補習者がメンバーから大量に出れば、教員側の介入も期待出来るんだろうけど……」
「流石にそれは無理だと思うよ、沙織ちゃん? 缶詰にして勉強させてでも、赤点だけは避けさせるんじゃないかな?」
「そうだね……残念」
「ほんと残念だよね。自滅してくれれば、私達も楽だったのに……」
2人は心底残念そうに溜息を吐き、湯呑に入ったお茶をチビチビと飲んでいた。
相当ストレスを溜め込んでるな……。
美佳と沙織ちゃんの学校生活での愚痴を一通り聴き終えた後、勉強会を再開し互いに得手不得手を教え合ったり、自作のミニテストを出し合ってみる。ミニテストの結果は中々良く、勉強会の成果は出ているなと感じた。
「ふぅ……。そろそろ勉強会も、お開きにしないか?」
凝り固まった背筋を伸ばしながら、俺は茜色になり始めた窓の外を見ながら皆に向かって呟く。随分、集中して勉強していたな……。
「ん? ……確かに、日も暮れ始めたし、そろそろ良い時間だな」
「……そうね。あまり遅くなるのもアレだし、今日は此処までにしましょう」
俺の呟きに反応し、裕二と柊さんも窓の外を見て賛同してくれる。
「美佳、沙織ちゃん。キリが良い所で、そろそろ終わりにしようか?」
「うん!」
「はい。じゃぁ後、この問題まで終わらせるので少し待って下さい」
「ああ、勿論良いよ」
美佳は俺の言葉を聞いて大喜びでシャーペンをノートの上に放り出し、沙織ちゃんは解きかけの問題を終わらせようとする。
反応の違いに、性格が出るな……。
「じゃぁ沙織ちゃんが問題を解き終わったら、日が沈む前にお暇するとしようか?」
「ええ」
「うん」
俺が、ノートと教科書をたたみ、机に広げた勉強道具の片付けを始めると、沙織ちゃん以外の3人も、片付けを始める。そして……。
「……終わりました、お待たせしてすみません」
「慌てなくて大丈夫だよ。どう、ちゃんと解けた?」
「はい。今日覚えた事の応用でしたから、特に問題はありません」
俺にそう言いながら、沙織ちゃんは使い終わった勉強道具を手早く片付けて行く。そして1分程待つと、沙織ちゃんの片付けも終了した。
「良し。じゃぁ、帰ろうか?」
「ええ。じゃぁ広瀬君、私達今日はこれでお暇させて貰うわ」
「「お邪魔しました!」」
「ああ。また明日学校でな。大樹、柊さんと沙織ちゃんの見送りを頼むな」
「任せてくれ」
裕二に見送られながら、俺達は裕二の家を後にした。
裕二の家を後にした俺達は、まず近い方の柊さんの家へ向かって移動を開始していた。
柊さんの実力を考えると無用な気遣いかもしれないが、夕暮れ時の薄暗い道を女の子一人で歩いて帰らせる訳には行かないからな。
「九重君、別に見送りはしなくて大丈夫よ? そこら辺の痴漢や暴漢如きに、私をどうにか出来る訳無いでしょ?」
「まぁ、それは分かってはいるんだけどね……」
寧ろ、柊さんに襲いかかる犯人の方が心配だ。柊さんにとっては軽く撫でる様な対応でも、犯人にとっては熊の様な猛獣に襲われる様な物だろうからな……。
だが、そんな事を考えていると表情に出ていたのか、柊さんが鋭い視線を俺に送ってくる。
「……何か今、失礼な事を考えていないかしら、九重君?」
「いや。何も考えてないよ?」
「……そう」
俺が誤魔化す様に慌てて柊さんから顔を背けると、柊さんが漏らしたであろう溜息の音が聞こえた。そして、背けた先には呆れ顔を浮かべる美佳と沙織ちゃんの姿が視界に入る。
「……はぁ」
「顔に出てますよ、お兄さん」
どうやら、誤魔化し切れなかった様だ。
その後暫く気まずい雰囲気を漂わせながら4人で歩いていると、俺達は何時の間にか目的地である柊さん家のお店に到着した。
「送ってくれてありがとう、九重君。美佳ちゃんと沙織ちゃんも、ありがとうね」
「どうって事無いよ。じゃぁ、お疲れ様」
「またね、雪乃さん」
「お疲れ様でした」
「ええ。九重君、2人を宜しくね」
「任せてくれ」
柊さんは手を振りながら俺達と別れ、お店の中へと入って行く。
最近顔を合わせていないけど、美雪さんと英二さんは元気にしているかな? 今度お店に顔を出すか……英二さんの絡みが鬱陶しいけど。
柊さんの姿が完全に店内に消えた所で、俺は美佳と沙織ちゃんの方に振り返り声をかける。
「じゃぁ、次は沙織ちゃんの家だね」
「はい、今日もよろしくお願いします」
「良いの良いの、気にしないで。こんな夜道を女の子一人に歩いて帰らせるなんて危ない真似、出来る訳ないからね」
俺と美佳に向かって頭を下げる沙織ちゃんに、俺は軽く右手を胸の前で左右に振って気にするなと言う。既に日の入り間近の時間帯で、変質者が出ないとも限らない。沙織ちゃんは柊さんと違って、重蔵さんの手解きを受けているとは言え本当に只の一般人だからな。複数で取り囲まれでもしたら、対処出来ないだろう。
「そうだよ、沙織ちゃん。折角お兄ちゃんがボディーガードを買って出てくれてるんだから、便利使いしないと勿体ないよ」
「でも美佳ちゃん。ここから私の家までだと、美佳ちゃん達が帰るのには遠回りになってるんだよ? 何時も送って貰う身としては、気にするよ」
「遠回りと言っても、10分程度じゃない。お兄ちゃんも言ったけど、沙織ちゃんを一人で帰らせるなんて真似出来ないよ。私達が沙織ちゃんを送りたいんだから、沙織ちゃんは気にしないで。ね?」
「……うん、ありがとう」
美佳の説得で沙織ちゃんも納得した様なので、俺達は沙織ちゃんの家目指し歩き出す。
暫く歩きながら色々と暇潰しの話をしている内に、俺はとある事を思い出したので沙織ちゃんに聞いてみる事にした。
「そう言えば沙織ちゃん、探索者試験の申込書はもう送ったのかな?」
「はい。既に親にサインを入れて貰った上で、協会宛に送っています」
「反対はされなかった?」
「大丈夫です。事前に色々説得工作していましたし、私が色々準備して本気で探索者を目指している事を親も知っていましたから。多少渋られはしましたけど、サインは貰えました」
沙織ちゃんはそう言って俺に向かって成果を自慢する様に胸を張り、俺はその沙織ちゃんの姿を微笑まし気に見ていた。
だが、やはり、全面的な賛同は得られないか。まぁ、俺達が探索者試験を受けた時と違って、一般人が思い浮かべる探索者のイメージ像にも色々ボロが出てきているからな。確かに探索者がダンジョンから得る利益は大きいけど、相応のリスクが存在する。国内で死亡事故の実例が発生している以上、探索者になろうとしている子供達の保護者も尻込みするだろうな。当然の反応だとも言えるけど。
「沙織ちゃんは、希望試験日はいつで出しているの?」
「申込書の試験受講希望日は、美佳ちゃんと同じ来週の日曜で出しています」
「来週……ね。中間考査明け直ぐだけど、沙織ちゃんは大丈夫なの?」
探索者試験には、簡単な物とは言え筆記試験がある。事前に講習があるとは言え、中間考査明けで頭が混乱しないか心配だな。美佳の奴は大丈夫だと、根拠の無い自信に満ち溢れているけど。
だが、俺の心配も沙織ちゃんにとっては無用の物だった様だ。
「探索者試験のハウツー本等も読んでますし、多分筆記は大丈夫です。それに実技試験も重蔵さんの稽古に比べれば……問題無いかなって」
沙織ちゃんは何か悟ったかの様な表情を浮かべていた。
まぁ確かに探索者試験は、事前準備を整えていれば合格出来る程度の難易度だからな。ハウツー本と重蔵さんの稽古で乗り切れるか。
そんな事を和気藹々と話している内に、沙織ちゃんの家に到着した。
「お兄さん美佳ちゃん、家まで送って貰ってありがとうございました」
「気にしないで、当然の事をしたまでだからさ」
「じゃね沙織ちゃん、また明日学校で」
「うん。また明日」
沙織ちゃんは小さく俺と美佳に向かって手を振り、別れの挨拶をして家の中へと入っていった。
よし、これで今日のお見送りは完了だな。
「さて、じゃぁ帰る?」
「うん! あっ、お兄ちゃん。コンビニに寄って帰らない?」
「ん? 何か欲しい物があるのか?」
「うん、あのね……」
柊さんと沙織ちゃんのお見送りを終えた俺と美佳は、漸く自宅への家路へと付いた。
中間考査に向けて、最後の追い込み中。
そして、美佳達は探索者試験申込書提出済み、受験出来るかはテストの結果次第!