第6話 3人組でダンジョンへ
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少し加筆しました。
ダンジョンが民間に開放されて早1ヶ月、探索者の数が順調に増えるに比例しドロップアイテムが一般市場にも流通しだした。
しかし、未だ供給量は少なく安定供給とは程遠い為、ダンジョン産の品々はかなりのプレミア価格が付いた状態で並んでおり、希少なレア物回復薬やスキルスクロールは日本ダンジョン協会が開設した専用サイトでオークションに掛けられ、目が飛び出る様な高額で取引されていた。探索者の多くはレアアイテムでの一攫千金を夢見て、ダンジョンの奥深くへと潜っていく。
「で、その結果が負傷者と死傷者の急激な増加に繋がったと……」
俺は椅子に座ったまま、PCで小さなネットニュースを眺めながら溜息を漏らす。大手マスメディアと熱狂する世論に押されたのか、記事自体は極々小さな物で申し訳程度に一応記事にしましたよと言う程度の物だった。
「ある程度は予想していたけど、見事に乗せられてるよな」
学校帰りに寄った書店に並んでいた雑誌の表紙には、死傷者が続出している事を微塵も感じさせない陽気なダンジョン特集の見出しが並び。繰り返し組まれるTVのダンジョン紹介特番は、レア物アイテムの高額オークションの様子等、景気の良い事を繰り返し放送していた。
確かに、ダンジョン特需と呼べるこの現象により停滞していた日本の経済は着実に回りだした事は事実であり、このまま順調に経済を回し続けて行けば長く続いた不況を脱する事も可能と言われている。だがしかし、それは数多くの探索者達の屍によって成り立っているに過ぎない。
「今は上手く民衆の視点をずらしているけど、何れ冷静になった民衆が現実を直視した時どうするつもりだ?」
首を傾げながらネットニュースの一つに俺の目が止まる。探索者に対する保険関連の話題だ。
何でも探索者向けの保険が未だ整備されておらず、探索者が元々加入していた通常の生命保険や医療保険では、故意に怪我や死亡したと判断され保険金が一切支払われないと言う事態が続出しているらしい。理由の一つに、探索者カード登録の際に同意書と共に提出されていた遺書の事が挙げられていた。
日本ダンジョン協会は登録の際、ダンジョン探索は死傷する危険があると説明し、許可書発行には絶対必要とダンジョン協会に対する死傷時の告訴権放棄の同意書と、万一の際に遺族へ残す遺書を協会へ預けると言う規則を作っていた。多くの探索者達は深く考える事なく、協会の規約通りに同意書と遺書を作成し提出している。
「これ、明らかに協会と保険会社は事前に裏で繋がっていたよな……」
保険会社にも官庁から天下りは居るだろうから、多分そのライン繋がりだろう。まぁ、ダンジョン探索者に関する予定死亡率のデータが無い以上、下手に支払いに応じ続けたら保険会社の方が先に潰れる事態に成りかねない。新しい保険を作って解決しようにも直ぐには無理だろう。データを揃えて探索者向けの保険と言う物を作るにも、最低でも1年は待たねばならない筈だ。
「本当なら、マスコミもこの辺の事を大々的に取り上げて、購読者達に良く考えてからダンジョンに行く様に訴えかけるべきなんだろうけど……スポンサーの意向ってやつか。こう言う物を実際に見ると、やっぱうちのマスコミはマスゴミだなって思うわ」
ダンジョン特需で景気が上向き売上が上がってきた企業群が、景気の落ち込みを心配しダンジョン熱が醒める様な記事が乗らない様に圧力を掛けているのだろう。広告収入の殆どを大企業から得てるマスコミとしては、スポンサーの意向を無視する事も出来ないんだろうけど、根性見せろと言いたい。
「……っで、これは何?」
帰り支度をしていた俺の机の上に、1枚の申込用紙が妙な存在感を醸し出しながら鎮座している。
部活へ行ったり帰宅したりして人が疎らになった放課後の教室で、何故か机に座る俺は前後を裕二と柊さんに挟まれ身動きを取れなくなっていた。
「見ての通り、只の申込書だ」
「役所に行けば、何枚でもタダで貰える普通の申込書よ」
「いや……」
何でもないと言った表情で訴えをスルーする2人に、俺は得体の知れない圧力の様な物を感じた。
何せ二人が何でもないと言い切る申込書は、特殊地下構造体武装探索許可書交付試験申込書……探索者カードの申込書だ。
「取り敢えず、何でコレを二人が俺に渡してくるのか理由を説明して貰えるかな?」
ダンジョン探索を、無謀で下らない物と言っていた二人の変節理由が分からない。幸い、ウチの学校からは未だ死亡者は出ていないが、怪我を負い休学している生徒は何人か出ている。そんな状況下で、二人がコレを俺に渡してくる状況がイマイチ理解出来ない。
「まぁ、そうだな」
「まぁ、そうよね」
二人は自分の椅子に座って、事情を説明しだした。まずは裕二からの様だ。
「まず初めに、大樹」
「ん?」
「俺の家が道場をやっているのは知っているよな?」
「ああ、知ってる。何回か遊びに行ったしな」
裕二の家は武家屋敷の様な門構えの家で、敷地内に道場を持っている。結構歴史ある、由緒正しい武術の道場らしい。詳しくは聞いた事ないが。
「家の道場な、広瀬幽趣流って言う戦場武術を起源に持つ古武術なんだ」
「……ん?」
なんか雲行きが悪くなってきた様な気がする。
「で、俺の爺さん。家の流派の師範なんだけどさ。その爺さんが俺が師範代になる試験として、ダンジョンに行ってこいって言い出したんだよ」
「……はい?」
おい、待て。何だ、その漫画的展開。
「何でも、うちの流派の看板を背負う者ならば、実戦の1つや2つは経験しておかなければ成らない!だってさ」
「……」
「実際、オヤジも元は警察の何処とは言わないけど特殊部隊にいたらしくってな? それなりの修羅場は潜って来ていたらしいんだ」
やばい、コイツの家は漫画染みた戦闘民族っぽい。裕二の親父さんとは、裕二の家に遊びに行った時に何度か顔を合わせた事があるが、あの気の良さそうな親父さんがねぇ……。
「で、ダンジョンが民間向けにも開放されたから、ちょうど良いからお前はダンジョンに行ってこいって話になったんだ」
「……ちょっと待って、今頭を整理するから」
頭が痛くなって来た。
つまりアレか?武者修行替わりに、ダンジョンに行ってこいと?何時の時代の話だよ。
「まっ、そういう訳でダンジョンに潜る事になった」
「……そうっすか」
何と言うかお腹一杯といった気分だ。身近にこんな濃い設定が隠れていようとは。
俺が疲れた様に机に倒れ伏すと、今度は柊さんが口を開く。
「成程ね、広瀬くんも御家事情って事か」
「?も、って事は柊さんも?」
「ええ。まぁ、広瀬くんの様な分類の理由って言う訳じゃないんだけどね」
もしそうだったら、俺は今度こそ彼方へ意識を飛ばす自信があるので止めて下さい。
「私の理由は簡単よ。実は家、飲食店を経営しているのよ」
「飲食店?」
「ええ。ヒイラギ屋って言う家族経営の小さなラーメン屋何だけど。知らない? 国道沿いに店出しているんだけど……」
「……ああ、あのラーメン屋。あそこ、柊さん家のだったんだ」
裕二は心当りがある様だが、俺はイマイチピンと来ない。
「その顔だと、九重くんは知らないみたいね」
「ごめん」
「まぁ、いいわ。で、私がダンジョンに潜ろうとしている理由なんだけど、お父さんが原因なの」
「お父さん?」
柊さんの親父さん、何かやらかしたのだろうか?例えば、事故か何かで莫大な示談金が必要になったとか、口車に乗せられ連帯保証人にさせられ莫大な借金を負ったとか……。
「近くに新しいラーメン屋が出来て、最近客足が落ちてるらしいのよ」
違ったようだ。
「そのお店ではダンジョン産の食材を使ったラーメンを出すのよ。で、そのラーメン屋にウチのお客さん達が流れていってしまったの」
「……こういう言い方は悪いけど、飲食店ではよくある事じゃないの?」
近郊に同業者の新規参入で既存の店が苦境に陥る、割とよく聞く話だ。
「まぁ、そうなんだけどね。常連さんは今までと同じように家に来てくれるし、価格帯も違うから共存とまで行かなくても棲み分けはできると思うから、直ぐ目の敵にして潰し合いをする必要もないんだけど……」
「けど?」
「敵情視察でそのお店のラーメンを食べに行って帰ってきたお父さんが、うちの店のラーメンにもダンジョン産の食材を使う!って言い出しちゃったのよ」
おいおいおい、敵対する必要もないのに態々相手の土俵に殴り込むって……。
「ダンジョン産の食材を食べてみて、お父さんの料理人魂に火が点いちゃったみたいなの」
「そうなんだ……」
あれ?でもそうすると……。
「知っての通りダンジョン産の食材は、供給量が少なくて品薄状態、殆どの物が高級品扱いされているわ。そんな物を使ったラーメンをお客に提供しようとすれば、今までの倍の価格でもきかないわ」
「まぁ、そうなるよね」
「でも、お父さんったら変な意地を張って価格帯は変えないって」
「はぁ?」
何言ってんだ、親父さん?原価に利益を反映して価格を決めるのは、商売の基本じゃないか?そこ無視してどうするの?利益率を下げて価格を維持しようとするのなら分かるけど、原価が桁外れに跳ね上がっている以上は利益率を0にしたとしても補填は効かないんじゃない?
「売れば売るだけ赤字が嵩む様な物を出そうとしているの。止めても聞く様な性格をして居ない事は分かっているから、本格的に売り出す前に今の内に手を打つ必要が出てきたの」
手のうち様がない、疲れた様に溜息を吐きながら柊さんは額を押さえる。
柊さんの話を聞いた限り、親父さんは俗に言う極度の料理バカらしい。お金などの経理事務関係は全て奥さんに丸投げして、自分は料理だけを作り続けているとの事だ。料理に関しては一切妥協せず、自分が納得する物を作るというスタンスの人らしい。だから今の店の繁盛があり、奥さんも強く値上げを主張できない状況みたいだ。
何でも親父さんの武勇伝の一つに、結婚以前勤めていた飲食店で材料の産地偽装やボッタくりを行っていた料理長とマネージャーを殴り飛ばしクビになったと言う逸話もあるとの事。黙って価格を上げる訳にも行かないと、柊さんのお母さんも困り果てているらしい。
「で、お母さんと話し合った結果、私がダンジョンに潜って材料を現地調達して来るって言う事になったの」
「……」
随分アグレッシブな結論に至った物だな。購入出来ないのであれば、獲ってくれば良いって。
TVなんかでたまに、釣りが趣味の店主が釣って来た魚を安価で客に提供するって話は聞くけど……ダンジョンって言うのは、ねぇ?
更に二人に深く話を聞くと、家族とのダンジョンに対する認識の違いが今回浮き彫りに成ったらしい。二人の家族はマスコミが煽る、政府や企業にとって都合の良い世論誘導を真に受けている様だ。
二人は、ダンジョン潜行を、マスコミが煽る程簡単な物では無いと認識していたが、悲しいかな、自分達は未だ保護者が必要な未成年。情と利によって、家族に押しきられたらしい。
世論誘導に流されている今の世間では、正気の者が変わり者扱いされるらしい。
「で渋々、役所に申込用紙を取りに行った時に広瀬君と会ったの」
「俺も驚いたよ、柊さんが申込書片手に居たんだから」
二人は顔を合わせながら、口々にその時の状況を思い出し相づちを打っていた。
何でもその場で軽く情報交換した所、両者共に諸事情でダンジョンに潜る事になった事を確認しあい、一緒に潜る事を決めたとの事だ。
「で、何処をどう辿れば、それが俺の机に置かれた申込用紙と繋がるんだ?」
「もう察してるんだろ? 一緒にダンジョンへ潜らないか?」
やっぱりそうなるか。何が悲しくて自分から危険地帯に突撃せにゃならん?
ちらりと裕二に向けた視線を動かし、柊さんの様子を見れば真剣な眼差しで俺を見ていた。悩む様子の俺に、裕二は申込書を渡した理由を話しだす。
「俺も最初はダンジョンダンジョン言っていたクラスの奴らを誘うかと思ったんだけど、柊さんの意見を聞いて大樹を誘う事にしたんだ」
「何でだ? クラスの奴等なら、二つ返事で裕二の誘いに飛び付いてくると思うぞ?」
「足手纏いにしかならない様な奴らがか? はっ、冗談」
「その内調子に乗って、無謀な突撃をしてチームメイトを巻き込んで盛大に自爆するわよ」
クラスメイトに対して、随分とシビアな評価である。だが、俺も妥当な評価だろうと思わなくもなかった。
「うちのクラスで、ダンジョンに対して思慮深く動こうとしたのは私達3人だけよ? 組むのなら、この3人で組みたいわ」
「俺も柊さんと同感だ。なぁ、大樹。一緒にダンジョンに潜らないか?」
裕二は真剣な面持ちで俺に対し手を差し出してくる。俺は裕二の手をボンヤリと眺めながら、これが人生の選択の岐路って奴の一つだよなっと思った。チラリと柊さんを見ると、裕二と同様に真剣な面持ちで成り行きを見守っている。
俺は思わず教室の天井を仰ぎ見て悩む。俺自身には特にダンジョンに潜る理由はない。しかし同時に、潜らない確固たる理由もないのだ。つまり、俺の心持ち一つという事。
しかし、やっぱり建前でも理由があった方が……ああそうだ。ダンジョン内部の映像を撮影して美佳に見せるか。R-18G映像になりそうだけど、口で言うより冷水代わりの薬には使えるな。何より、ここで断って二人に何かあったら後味が悪い。
少し悩んだ後、俺は結論を出す。裕二の手を握るという。
「分かった。コレも何かの縁だ、よろしく頼む」
「こっちこそ。無理を言って悪いな」
「いや、ダンジョンにも興味自体はあったんだ。良い切っ掛けだったと思うさ」
「そう言って貰えると、助かる」
俺は裕二の手を握ったまま、柊さんの方を向く。
「そういう事だから、柊さんもよろしくね?」
「うんうん。こちらこそありがとう。これからよろしくね」
柊さんも安心したのか、ようやく笑顔を浮かべてくれた。
まぁ、コレからどうなるか分からないが成るように成るだろう。俺は早速申込用紙に必要事項を書き込みながら、幾分軽い雰囲気で話し合っている二人を横目でみていた。
明日も投稿する予定です。




