第107話 第2段階クリアとテスト休み
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57分37秒。俺は腕に着けた時計を確認し、安堵の息を漏らす。
それは俺だけに限らず、裕二や柊さんも同様だった。俺達が安堵していると、椅子から立ち上がった幻夜さんが近付いて来ていた。
「お疲れ様。無事、時間内に下山出来たようだね?」
「はい。ギリギリですけど、何とか」
声を掛けてきた幻夜さんに、裕二は疲れた表情を浮かべながら返事を返す。流石に今回の稽古内容はきつく、第1段階の様に余裕を持ってクリアとはいかなかった。
罠と連携した襲撃が、これ程凌ぎづらいだなんて……。
「ギリギリでも、合格は合格だよ。凛々華、護衛中の彼等の様子はどうだった?」
「特に、大きな問題点は見当たりませんでした。後は、経験の積み重ねですね。経験を積めば、もう少しスムーズに課題を突破出来ると思います」
「そうか。すると、基礎は出来ていると判断しても良いか?」
「はい。トラップの発見と回避、潜伏者への対応……護衛に必要な基礎的な技能は、取得出来ていると思います。皆さん、探索者としてやってきた経験があるので、少しノウハウを教えれば、後の飲み込みが早かったです」
凛々華さんの報告を聞き、幻夜さんは満足気に頷いている。
そして、幻夜さんは俺達に顔を向け口を開く。
「では、応用段階に移っても大丈夫だね。次からは、第3段階の稽古を始めるとしよう」
「第3段階……ですか?」
「ああ。第1段階と第2段階は、飽く迄も基礎技能の取得を目的とした稽古だよ。でなければ、山頂までの往復を同じ道を通るように指定はしないよ」
そう言って、幻夜さんは俺達に朗らかな笑みを向けてくる。その笑顔が、若干黒く見えるのは気のせいだろうか?
だが、確かに幻夜さんの言う通り。第1段階第2段階共に同じ道を使った事は、短期間で両課題をクリア出来た大きな要因だった。毎回違う道を使って登っていれば、設置されたトラップの違和感や襲撃者が潜んでいそうな場所の当たりなど容易には付けられなかっただろうな。
「第3段階では、山全体に通過ポイントを設定する。君達はそのポイントを巡り、各地点に設置してある到達証明を持って制限時間内に帰還してもらうからね。各ポイントを巡るルートは、君達が自由に決めて貰って構わないよ。無論、山中には襲撃の機会を狙う潜伏者や沢山のトラップが仕掛けられているからね」
「「「……」」」
ポイントまでの進行ルートを自由に選択して良いと言う事は、つまり何処にトラップが仕掛けられているのかと言う傾向の割り出しや襲撃者の潜伏地点の予想が立てにくいと言う事だ。
そこまで考え、俺達の顔から血の気が引いた。
「と言っても、直ぐには稽古は行えないんだがね」
血の気の引いている俺達に、幻夜さんは苦笑する様な笑みを浮かべそう言う。
今までの優先して稽古をつけてくれていた幻夜さん達の俺達への対応を考えれば、直ぐに稽古を行わないとはどう言う事なんだ?
「……何か、どうしても外せない護衛のお仕事の予定が入っているんですか?」
「いいや。私達としては直ぐに稽古を始めても構わないのだが、君達の都合を考えるとそうは行くまい?」
「……え?」
俺達の都合? ……って、あっ!? 週末から始まる中間考査の事か!
俺達はバツの悪い表情を浮かべながら、幻夜さんから視線を逸らす。隣では、凛々華さんが苦笑を漏らしている気配がする。
「その反応、頼もしいと思えば良いのか不安に思えば良いのか……。まぁ、君達学生の本分は勉学だからね。流石に試験直前まで肉体的には兎も角、精神的に厳しい稽古を入れるのは避けておくべきだろう。私達の稽古が原因で、君達が学業不振に陥っては申し訳ないからね」
「えっと……お気遣い、ありがとうございます?」
「一応、重蔵の奴から君達のテスト期間の事は聞いていたからね。明日から、稽古は試験終了までの期間はお休みだよ。テスト、頑張って来てくれ」
「はっ、はい!」
って、何で重蔵さんが俺達のテスト期間の日付を知ってるんだよ? 裕二の奴が教えたのかと思ったが、ちらりと見た裕二の困惑している表情を見る限り違うようだ? すると、どこから漏れたんだ?
俺達が不思議気に首を捻っていると、幻夜さんが答えを教えてくれた。
「何で重蔵の奴が君達の試験日程を知っているのかと、不思議そうにしているね?」
「えっ、あっ、はい。祖父に試験日程は教えていなかったんですが……?」
「新弟子になった、九重君の妹さん達から聞いたと重蔵の奴は言ってたよ」
ああ、なる程。美佳経由で、重蔵さんに漏れてたのか……。
確かに最近、美佳達は放課後毎日重蔵さんと稽古しているからな。話の流れで、話題の一つとして口にしたのかもしれない。
「まぁ、重蔵の奴が知っていた理由はそう言う事だから。稽古続きで君達も疲れてはいるだろうが、赤点などは取らない様に勉強を頑張ってくれ」
「「「はい!」」」
俺達は幻夜さんの激励の言葉に応える様に、元気良く返事を返した。流石に赤点は取らない自信はあるが、成績上位は難しいだろうな。だが、今後の展開を考えると平均以上の成績は狙った方が良いだろう。
となると、俺達と似た様な放課後が訓練漬けの日常を送る美佳達の勉強を見てやった方が良いかな……勉強会でも開くか?
勉強会を開くか裕二や柊さんに相談しようかと考えていると、幻夜さんの激励に返事を返している俺達の姿を凛々華さんが少し悲しげに見ている姿が目に入る。
どうしたんだと首を捻っているとって、ある事に思い至った。
「そう言えば、凛々華さんは学校の方は大丈夫なんですか? 何時も俺達に付き合ってくれていますけど……」
俺は少し申し訳なさ気な表情を浮かべながら、凛々華さんの身の上話を問う。既に凛々華さんが学校に復学していれば、俺達の稽古に毎日付き合うのは負担になっている筈だ。
「ええ、大丈夫ですよ。今の私は、学校を休学している身の上ですから。復学手続きが終わるまで、割と暇を持て余しているんですよ」
「復学手続きって、そんなに時間がかかるものなんですか?」
復学願を出せば、直ぐに復学できそうなイメージなんだけど……。
「私の場合ちょっと特殊な状況で……手続きに時間がかかるんですよ。復学の許可が貰えるのは、もう少し後になりそうですね」
そう言って、凛々華さんは何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。
言われてみれば、凛々華さんは腕や目を失ったので学校に休学願を提出していた筈だ。普通なら、そのまま退学しても不思議ではないケースだろう。それなのに、喪失した腕や目が再生したと言って復学しようとしているのだ。前例主義の日本では、復学許可が下りづらいのも当然だろう。
「ですので、今回私は試験を受ける事は出来ません。皆さん、試験頑張って下さいね」
「あっ、はい。頑張ります」
俺は何とも表現しがたい表情を浮かべながら、凛々華さんに頑張るとだけ返事を返した。
本当、こう言う場合どう答えを返せば良いんだよ……?
稽古を終え室井さんに家まで送って貰って帰宅すると、既に美佳も重蔵さんとの稽古を終え帰宅していた。ここ最近見慣れた光景と化している、ソファーの上にラフな格好で仰向けに寝転がると言う姿でダレている。
「ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん」
美佳は体をソファーに横たえたまま、顔だけ傾け俺に返事を返す。
「美佳、その格好どうにかしろよ。みっともないぞ?」
「えぇー、良いじゃん。稽古で疲れてるんだから、自宅でぐらい楽な格好でいさせてよ」
「はぁー」
言わんとする所は、理解出来なくも無いが、年頃の娘の回答として、その返事はどうなんだ?俺は溜息を吐きつつ、美佳の横を抜け、台所で夕食の準備をしている、母さんに声をかける。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい大樹。どうしたの? 随分とお疲れの様だけど……稽古がキツかったの?」
「いいや。稽古では、そこまで疲れていないよ。只、美佳のあの格好がね……」
「ああ、アレね。あの子、私が何度注意しても聞かないのよ。まったく、高校生にもなる年頃の娘だって言うのに……はぁ」
母さんも美佳のあの格好には苦慮している様で、溜息を吐きながら額に手を当て頭を左右に振っている。俺はそんな溜め息を吐く母さんの姿を半目で眺めながら、リビングに居ないもう1人の家族の事を尋ねた。
「そう言えば、母さん。父さんはどうしたの? まだ帰ってきていないの?」
「ええ。今日は少し残業があると言って、連絡があったわ。遅くなるから、夕食は先に食べておいてくれって」
「なる程。じゃぁ俺、先にシャワーを浴びてくるよ。夕食まで、それくらいの時間はあるよね?」
「ええ、大丈夫よ。貴方が入浴している内に、夕食の準備を進めておくわ。手早く入ってらっしゃい」
「了解」
俺は母さんに軽く手を振りながらリビングを後にし、部屋に荷物を置き浴室へと移動する。10分程で入浴を済ませ、用意しておいた部屋着に着替えリビングへ移動した。
リビングのテーブルには大皿料理が並んでおり、程良いタイミングだった様だ。
「あら、早かったわね?」
「まぁ、ね」
洗浄スキルの御陰で、汚れ落としと言う意味での入浴は必要ないのだが、やっぱりリラックスの意味合いも兼ねて温かいお湯を一度はかぶりたい。
「もう直ぐ準備出来るから、テーブルに座っていていいわよ」
「うん、分かった」
「美佳! 貴方もいい加減ソファーから起き上がって、テーブルに座りなさい!」
「……はぁい」
俺がテーブルに着くと少し遅れて美佳もテーブルに座ったので、夕食が始まるまで雑談に興じる事にした。
「随分、ダルそうだな? そんなに稽古がキツかったのか?」
「始めた当初に比べれば、体が慣れた分そうでもないんだけど……」
「けど?」
「週末から始まる中間考査の事を考えると、ちょっと、ね?」
「ああ、なる程……」
「最近、放課後は毎日重蔵さんと稽古してばかりだし、夜の勉強も疲れているから中途半端感があるしさ……」
どうやら美佳は、テストの事が気になって気疲れしてしているらしい。
「テストに不安があるのか?」
「うん。一応授業にはついて行けてるけど、テストってなるとちょっと不安が……。お兄ちゃんはどうなの? お兄ちゃん達も、私達と同じかそれ以上の稽古を受けてるでしょ? 今度受けるテストに、不安はないの?」
「不安が無いか有るかと聞かれたら、それは有るさ。でも一応、授業内容を理解する様に真面目に聞いて、毎日少しずつ授業の予習復習はしているからな。成績上位は難しくても、平均点辺りは狙えるよ」
俺が素直に美佳の質問に答えると、美佳は恨みがまし気な表情を浮かべ俺を凝視する。
って、俺が何をした?
「……ううっ、お兄ちゃんズルい」
「ズルいって……言っておくけど、俺は最低限の勉強しかしてないぞ?」
本当にテスト前でも無い限り、俺は高校に入ってからは最低限の勉強しかしていない。俺自身、何故この勉強法で、大丈夫なのか良く分かっていない程だ。
レベルアップの恩恵だろうか?
「でも、何でそれで平均点は取れるって言い切れるの?」
「何でって、基本的にテストの問題って授業で習った事しか出さないだろ?」
授業の内容を十分に理解していれば平均点は取れる……と言うか実際に取れた。去年の2学期の期末や学年末テストでは、ロクな試験勉強もせずテストに臨んでも平均点は取れたからな。
しかし、俺が何と言っても美佳の恨みがましい視線は弱まる気配を見せない。はぁ……仕方無い。
「……何なら、勉強会でも開くか? 裕二や柊さん、沙織ちゃんも誘ってさ」
「えっ!?」
「一年の勉強なら、俺達でも教える事は出来るからな。幸い俺達は、明日から稽古は試験休みだ。美佳達の方は、重蔵さんから何か言われてないのか?」
幻夜さんに俺達の試験日程を伝えているくらいだ、美佳達の稽古を休みにしていても不思議では無い。
「えっ? あっ、うん。私達も明日からテストが終わるまでの間、稽古はお休みだって言われたよ」
やっぱりな。
「それなら勉強会を開く事も出来そうだな……どうする?」
「どうするって……」
「やるなら早めに連絡を回して、皆の了承を取り付けないといけないからな。で、やるか?」
「……うん、やる」
美佳は恨みがましい眼差しを辞め、やる気に満ちた眼差しを俺に向けてくる。
「そうか。じゃぁ、連絡を回さないとな……」
「でも、それはご飯が終わった後にしなさい」
「? 母さん?」
俺がスマホを取り出そうとしていると、母さんが待ったの声を掛けてきた。母さんの持つお盆の上には、湯気を立てるスープと白飯が載っている。
「準備が出来たわよ。温かい内に、皆で食べましょう」
「あっ、うん」
母さんはお盆に載っていた物を俺達の前に並べ、椅子に座り手を合わせる。俺と美佳も釣られて手を合わせ、いただきますの号令の後食事を始めた。
父さんは不在だったが、皆で談笑しながら楽しく食事を済ませた食後、俺が裕二と柊さん、美佳が沙織ちゃんに勉強会のお誘いの連絡を入れると、皆から賛同の返事を得る事ができ勉強会の開催が決定。裕二の家の一室を借りて、翌日勉強会を開く事になった。
第2段階終了と共に稽古は一時中断、中間考査に備えテスト勉強に入ります。
学生の本分は勉強ですからね。