第105話 食堂での一時と・・・
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午前中で学校の授業も終わり、美佳達と合流した俺達は学食で昼飯を一緒に取る事にした。土曜日と言う事もあり、学食を利用する学生は少ない。普段食事時は大混雑で少数の席を確保するにも一苦労するのだが、今日は5人分の席を悠々と確保出来た。
しかし残念ながら、土曜日は学食の利用者が少ないと言う事もあり、メニューはカレーとうどんの2択である。
「……と言う訳だから、沙織ちゃんも暫くは素振りを頑張ってね」
俺はスプーンでカレーを口に運びながら、昨日美佳に話した素振りの説明を沙織ちゃんにも行った。
「……はい。そう言う理由があるのなら、素振り……頑張ろうと思います」
うどんに箸をかけた状態で手を止め、沙織ちゃんは俺の言葉を真摯に受け止め返事を返してくれる。
「まぁ、単調な動作の繰り返しで苛立つかもしれないけど、基礎固めは確りしておかないと後々応用する時に躓く事になるからね? 重蔵さんも2人を丁寧に指導してくれているみたいだから、そう時間をかけないで応用に入れると思うよ。……なっ、裕二?」
俺は隣で音を立てずに、うどんの汁を啜っている裕二に話を振る。俺の問い掛けに気付いた裕二は、ドンブリをテーブルに置き手の甲で口元を拭きながら沙織ちゃんに話し掛けた。
「まぁ、実際に2人の稽古姿を見た訳じゃないから、断言は出来ないが、聞いた話の内容だと、大樹の言う様に、もう暫くしたら応用の稽古に入るかもな」
「っと、言う事らしいよ。2人とも、もう暫く頑張ってね」
「はい」
「はーい」
俺の問いかけに沙織ちゃんはハッキリとした口調で、美佳は軽く手を挙げながら軽い口調で返事を返す。
2者2様の返事だな……と、そんな事を思いながら俺はカレー皿に残った最後の一口分をスプーンで掬って口に運んだ。
女性陣が食べ終るのを待っている間、俺と裕二が食後の熱いお茶を飲んでいると沙織ちゃんからとある疑問を投げかけられた。
「そう言えばお兄さん、創部の件はどうなっているんですか? 少し前に創部申請の用紙に署名して以来、音沙汰がないんですが……」
「ああ……言ってなかったかな? 顧問予定の橋本先生が言うには、創部申請自体は中間考査終了後に職員会議にかけるらしいよ。今は部室として使用出来る部屋の申請何かの根回しをしているそうだから、審査を受けて承認を取れば6月の上旬中には創部出来るって」
中間考査の準備が忙しい中、橋本先生は色々と動いてくれている。試験が近いので生徒である俺達は職員室には入室制限がかけられていて入れないし、放課後は直ぐに帰宅するから教科担当でもない橋本先生とは長々と話せなくて詳細不明なんだけどな。
まぁ部室確保の件は、この間実習室への移動中に廊下で橋本先生と遭遇した時に、途中経過として少し聞いたんだけだけど。
「6月上旬ですか……体育祭の前あたりに創部って事ですか?」
「多分ね」
体育祭か……確か年間行事表だと6月中旬頃にやる筈だったかな?
でも、今年の体育祭はどうするんだ? 2,3年の生徒の殆どは探索者資格持ちだから、明らかに去年の体育祭とは質が変わってくる筈だ。……絶対、TAIIKUSAIになるだろうな。
そんな事を俺が思い浮かべていると、食べ終え口元をティッシュで拭いていた柊さんが話しかけてくる。
「体育祭か……ねぇ九重君? 体育祭の部活対抗リレーには、私達も出るの?」
「対抗リレー?」
「ええ。去年の体育祭のプログラムにも、入っていたでしょ?」
「そうだな。創部したての部活の存在をアピールするって言うのなら、対抗リレーに出場するのも悪くないかもな」
言われてみれば確かに、柊さんや裕二の言う様に対抗リレー参加はアリかも知れない。
留年生チームに対抗する美佳達の後ろ盾になると決めた以上、俺達の実力をある程度はアピールしておいた方が良いしな。全校生徒が注目する場と言うのならば、体育祭は格好のアピールポイントかも知れない。
流石に全力を出す訳には行かないが、優勝候補チームをブッ千切る程度はしておいた方がインパクトがあって良いかも知れないな。
「創部が間に合えば、出てみても良いかも知れないな……」
「体育祭のリレーに出るの?」
「ああ。全校生徒が注目する場と言う意味で言えば、文化祭でイベントやるより確実に生徒の注目が集まるからな」
体育祭に比べ、文化祭だと生徒の目が分散するからな。例え人気のステージイベントだとしても、見る者と見ない者が出てくる。だが逆に、体育祭だと生徒は全員会場に強制招集させられるからな。
「リレーで注目を集めれば、入部希望者が増えるかも知れないわよ? それに優勝すれば、勝利者インタビューの時間が貰えるから入部案内をしても良いしね」
「他にも、例の奴らへの圧力にもなる。目に見える形で力を見せておけば、迂闊な手出しはして来なくなるだろうな」
「まぁ逆に、暫くの間は鬱陶しい視線も集めるだろうけど……」
学校内でのデメリットと言えば、それぐらいだろうな。
学校外での影響は、あまり考えたくないけど……。
「でも、お兄ちゃん。私達の目的を考えれば、ある意味体育祭が最後のアピールポイントだよね?」
「まぁ、そうなるな」
夏休み前での全校生徒に分かり易い形でアピール出来る機会と言えば、体育祭が最後だな。留年生のチームが基礎固めをする前に、楔を打ち込んでおいた方が良い。
夏休み後にアピールしても、組織固めが終わっていれば効果は薄いだろうしな。
「体育祭でアピールに成功すれば、夏休みまで1ヶ月の間に1年生の浮動層の勧誘もしやすそうですね」
「まぁ、そうだね。それに、上手くいけば2年生の浮動層の勧誘も出来るかもしれないよ?」
流石に、大学受験や就職活動が控える3年生の勧誘は難しいだろけどな。
「そうなれば、新部の抑止力としての存在意義が増しますね」
「そうだね。そうなればあの連中も、力で勝る上級生が沢山いる部に喧嘩は売らず大人しくなる筈だよ」
美佳と沙織ちゃんは手を取り合い、表情を明るくする。余程、留年生チームの事が鬱陶しいんだな。
「良し。御飯も食べ終わった事だし、帰ろうか?」
「そうだな。室井さんとの待ち合わせの時間もあるし、そろそろ出るか」
「ええ」
「美佳達も、この後直ぐ重蔵さんと稽古か?」
「私達は14時頃から始める予定だから、一度家に帰って荷物を置いてくるよ」
「私も一度荷物を置きに、帰ります」
「そうか」
互いの予定を確認しながら、俺達は食べ終えたトレーを返却口まで持って行き食堂を出る。
通学路の途中で美佳達と別れた後、俺達は裕二の家の前で室井さんと合流した。
「室井さん、今日もよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
軽く挨拶を交わした後、俺達はワンボックスカーに乗り込み稽古場の山へと移動を開始する。土曜日と言う事で少々道が混んでいたので、何時もより少し時間をかけて到着した。
だがそこで何時もと違う光景を目にし、俺達はそろって首を傾げる。
「室井さん……何ですか、あのトラック?」
プレハブ小屋の前に、一台の大型トラックが止まっていたのだ。荷下ろしの最中なのか、トラックの側面扉が展開している。
「ああ、あれは今日の訓練で使う機材を運んできたトラックだよ」
「……昨日幻夜さんが言っていた、トラップですか?」
「そっ。今朝から機材の搬入と設置が行われていてね、もうそろそろ終わると思うよ」
「……」
思わず俺達は絶句する。想像以上の大事だったからだ。
何?この気合の入れよう……。
俺達が唖然と窓の外を見ている内に、室井さんは車を荷下ろしの邪魔にならない場所に停車させる。
「さっ、到着したよ。先代はプレハブ小屋の方にいると思うから、一度顔を見せに行っておいてくれ」
「あっ、はい。ありがとうございました……」
俺達は車を降り、荷下ろしをするトラックを横目で見ながらプレハブ小屋へと向かった。チラリと見るだけでも、大小様々な大量の箱が積み重ねられている。……中には一体、何が入っていたんだ?
これから行われる稽古に不安を抱きつつ、俺達はプレハブ小屋のドアをノックする。
「広瀬です、遅くなりました」
「ああ、鍵は開いてるよ入ってくれ」
「失礼します」
入出許可を得た俺達は、裕二を先頭にプレハブ小屋の中に入る。
小屋の中では幻夜さんの他に、弁当を食べている門下生らしき人達の姿がちらほらと見受けられた。何人かは稽古の敵役として見知った人達なので、多分トラップの設置作業を手伝ってくれていたのだろう。
「こんにちは、幻夜さん」
「「こんにちは」」
「ああ、こんにちは」
俺達は入り口近くの席で、お茶を飲んでいた幻夜さんに声をかける。
「幻夜さん、外は凄い荷物の山ですね。アレ全部、トラップですか?」
「ああ、そうだよ。と言っても、次の稽古で全てを使う訳ではないがね」
「そうなんですか?」
「ああ。この後の稽古にも、トラップは使うからね。今回ついでに全部搬入したんだよ。それに、中には使い捨てトラップもあるからね。交換用の物を含めたから、あの荷物の山になったんだよ」
「……そう、ですか」
どうやら外にある物は全部、トラップ機材と見て間違いないらしい。アレ等を全部山に仕掛けられているとなると……どこの山岳要塞だ?
「今トラップ群の最終調整を行っておるから、空いてる席でお茶でも飲みながら待っていてくれ」
「あっ、はい」
群って何?群って……。トラップって、群って数える物なのか?
俺達は幻夜さんに軽く会釈をしてその場を後にし、空いてるテーブルに荷物を置き椅子に座る。何だか、稽古が始まる前から疲れたな……。
「皆さん、お茶をどうぞ」
「えっ? ……あっ、凛々華さん?」
「はい。そうですよ」
椅子に座り一息ついていると、凛々華さんが紙コップに入ったお茶を持って来てくれた。
凛々華さんの顔には、悪戯が成功したとでも言う様な薄らとした笑みが浮かんでいる。
「えっ、あっ、その……お茶、ありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
「いいえ」
戸惑いながらも御礼を言う裕二に追随する様に、俺と柊さんも慌ててお礼を言う。俺達は凛々華さんに差し出されたお茶を受け取った。
「どうです? 外の荷物の山には、驚かれたでしょ?」
凛々華さんも俺達の座るテーブルに座り、お茶を飲みながら世間話の様に外に積み上げられた荷物の件を振ってくる。
「はい。流石にあの荷物の山には、驚きましたよ」
「でしょうね。私もアレだけの数のトラップ機材が一度に用意された所は、初めて見たもの」
「……そうなんですか?」
凛々華さんも驚くって、どれだけだよ……。
「ええ。アレだけの数を用意するとなると、それなりに費用や手間が掛かるわ。費用は別にしても、短期間で用意するとなると電話一本でって言う訳にはいかないわ。家の門下生達も、何人か納品会社の手伝いに出ていたわ」
うわっ、そんな事になってたんだ……。
言われてみれば、確かにそうだな。アレだけの数を短期間で集めようとすると、人手が足りなくなるよな。
……って、門下生の人達も動員して準備してくれていたんだ。
「皆、上級回復薬を快く譲ってくれた貴方達に感謝しているの。だから、自分達に出来る事をって、一生懸命手伝ってくれているのよ」
「そう、なんですか……」
「ええ」
何だろ……感謝が重いんですけど。
俺達3人は思わず顔を見合わせ、何とも言えない表情を浮かべ合った。稽古を付けて貰う対価として、敢えて上級回復薬の代金は貰っていないけど……この稽古の訓練費用っていくら掛かってるんだ? 人件費や諸々合わせると、軽くウン千万は掛かりそうな勢いなんですけど……。上級回復薬の相場を、超えないよな?
「ああ、心配しないで下さい。稽古に掛かる費用は、全て当家で持ちます。お父様の了承も得ていますので、皆さんに訓練費用を請求する様な事は決してありませんよ」
「あっ、はい……ありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
俺達の表情から訓練費用を心配していると思われたのか、凛々華さんは俺達を安心させる様な笑みを顔に浮かべながら、ハッキリとした口調で訓練費用の請求はしないと断言した。ありがたいと言えばありがたいんだけど……良いのかな?
俺達は困惑しつつも、凛々華さんに頭を下げながらお礼を言う。後で幻夜さんと司人さんにも、お礼を言っておかないといけないな……。
「準備出来ました!」
お茶を飲んで一息入れようとしていると、プレハブ小屋の中に男性が一人駆け込んで来て大きな声で報告をする。報告を聞いたプレハブ小屋の中で弁当を食べ談笑していた門下生達は、ぞろぞろと出て行く。
「では皆さん。私は先に出ていますので、着替えて出てきて下さいね」
「あっ、はい」
そう言って凛々華さんはプレハブ小屋を出て行き、プレハブ小屋の中には俺達以外誰もいなくなった。
「着替えるか?」
「ああ」
「ええ」
さてと……待たせたら悪いし、手早く着替えて外に出るか。
食堂で妹達の愚痴を聞きつつ、体育祭の部活対抗リレーを新部のアピールの場と定めました。全校生徒が一同に集まり、部活が自由にアピール出来る場ってあまりないですよね?