第103話 感電しまくってます
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痺れて地面に転がる俺達の頭上から、幻夜さんの呆れた声が降って来た。
「全く、何をしているんだ……。警護対象を置き去りにして、警護要員が全員で先を歩いて行ってどうする?」
声のする方に顔を向けると、幻夜さんの手には拳銃型のレーザーガンが握られており、銃口が凛々華さんの背中のベストに向けられていた。そう言えば、警護対象の凛々華さんが撃たれると全員の装置が連動して通電するって補足で言ってたっけ。
そうか……幻夜さんが凛々華さんを撃ったんだ。
「警護対象の周りを固めつつ進むのが、警護の基本だよ。警護中に警護対象を置き去りにして、無防備にする様な瞬間を作らない事、良いね?」
「「「は、はい」」」
30秒程で手足の痺れが収まったので、若干フラつく足取りではあるが俺達は立ち上がる。
すると、凛々華さんが感嘆の声を上げた。
「皆さん凄いですね、もう立ち上がれるなんて。私達がその電気ショックを受けた時は、5分近く地面に転がったままでしたよ」
「そ、そうなんですか」
「はい。中々回復しなくて、苦労しました」
レベルアップで耐電能力も向上しているだろう探索者が、5分近く動けなくなる威力の電撃って……。
一般人が受けたら、死ぬんじゃないか?
「話はその辺にして、早く登り始めないと制限時間が過ぎてしまうよ? 今回の攻撃は戒めと言う事で、カウントしないでおくよ」
「は、はぁ……」
「さっ、行きなさい」
幻夜さんに先を促され、俺達は裕二を先頭にして右後ろに俺左後ろに柊さんと配置し、凛々華さんを中心に置いて三角形の隊列を組んだ。
だが、直ぐに足を止める事になった。
「……これが、道?か」
そう呟く裕二の視線の先には、鬱蒼と生い茂る草木の間に人が一人通れるか位の隙間があった。未整備の登山道どころか、完全な獣道である。
……ここを通って行くのか?
「はい。この山は普段の訓練には使用されないので、直ぐに草木が生い茂って道を塞いでしまうんですよ。目の前にある獣道も、事前に敵役の門下生の人達が登っていったから出来ているだけにすぎません」
「と言う事は、基本的にこの山に道は……」
「ありませんよ。草木を掻き分け、自分達で道を作りながら進むしかありません」
うわっ、最悪。
道を掻き分けながら進むって言う事は、潜伏している敵役に俺達の居場所を知らせながら歩くと言う事だ。タイミングを見計らって、襲って下さいと言っている様な物だよな。
しかも、マチェット等の枝落としが無いから余計に厄介だ。
「はぁ……仕方無い。柊さん。俺が道を開くから、凛々華さんの前に出てガードして。大樹は後ろな」
「分かったわ」
「了解」
裕二は指示を出した後、取り敢えず近くに落ちていた枝を拾い、前方に広がる草木に叩き付け道を作って行く。だが少し山の中に入ると、大きな木々が日光を遮っているせいもあり、余り背の高い下草は見受けられなくなった。
俺達は隊列を元に戻し、周辺を警戒しながら歩いて行く。
「地面が大きく凸凹して歩きにくいけど、背の高い下草が無い分さっきより歩きやすいね」
「そうだな」
「それより広瀬君、進むルートはこっちであっているの?」
「えっと……? アレがコレでソレがアレだから……うん、大丈夫。今の所、ルートからはそう大きく外れてはいないよ。ですよね、凛々華さん?」
「はい。この辺は見覚えがありますので、今のまま真っ直ぐに進めば山頂に到達出来ますよ」
裕二は幻夜さんに貰った地図を見て自分達が歩いているルートが正しい事を確認し、更に念の為にも凛々華さんに確認を取りダブルチェックをする。
初めて登る山だから、用心に用心を重ねても損はない。
「ああ、それと。遭難対策の目印として、この山の中には番号が書かれた標識が打ち付けられています。地図に書かれている番号と照らし合わせれば、地図上での現在地がわかりますよ」
「標識、ですか?」
「はい。黄色く塗ってありますので、簡単に見つけられると思います。この近場だと……」
そう言って、凛々華さんは頭を左右に振って辺りを見回す。
俺達も釣られて左右を見回し……発見。左斜め前、100m程進んだ所に高さ1m程の黄色い棒が設置されていた。
「アレがその標識ですか?」
「はい。番号が振られているだけなんですけど、未整備の山道を歩くのには心強い味方です」
「なる程」
俺達は凛々華さんの説明を聞き、感心の声を上げる。山中に設置するとなると大分手間が掛かっただろうが、イザという時の事を考えれば必要な措置だろうな。
「痛たっ!」
と、俺達の意識が標識に集中した瞬間、小さな音が聞こえた後、突然柊さんが悲痛な声を上げ地面に倒れた。
突然の展開に、一瞬思考が止まる。
そして直ぐに正気を取り戻し、慌てて柊さんの元に駆け寄ろうとするが……。
「どうしたの、柊さん!?」
「動くな大樹! 凛々華さんをガードしろ!」
「えっ!?」
裕二の鋭い叱責に、俺は動きを止める。
「襲撃されてるんだよ!」
そう言って、裕二は倒れた柊さんと凛々華さんの間に立つ。俺も1拍の遅れの後、慌てて裕二の隣に立つ。
「どこから!?」
「分からない! 音がこっちからしたから、多分こっちだとは思うが……」
そう言って裕二は、草木が生い茂る辺りを見回す。耳と目に全神経を集中させ、違和感を捉えようとするが、既に撤退したのか残念ながら襲撃者の影を発見するには至ら無かった。
「……ダメだ、見付けられない。裕二?」
「こっちもダメだ。人の気配がしない」
「そっか……」
俺と裕二が周辺の警戒を続けていると、漸く痺れから回復した柊さんが立ち上がる。
「ごめんなさい。不覚を取ったわ」
若干ふらついた足取りだが、意識はハッキリしている様だ。襲撃に気が付かなかった事について、柊さんは俺達に謝罪してくる。
だけど……。
「謝る事ないよ。俺達も潜伏者に気が付かなかったんだからさ、なっ裕二?」
「ああ。結局俺達も、襲撃者を取り逃したしな。柊さんだけの責任じゃないよ」
全員が全員、別の事に意識を向けて警戒を怠った事が、柊さんが攻撃を受けた原因だ。柊さん個人の責任では無く、全員の責任だろう。
「……そうね。今後は気を抜かない様に気を付けましょう」
「うん」
「ああ」
取り敢えず今回の襲撃の反省はコレ位にして置く、何せ今も稽古中なのだから。本格的な反省は、稽古終了後に纏めよう。
そして俺は、こちらを見ながら困った様な表情を浮かべる凛々華さんに話し掛ける。
「すみません、凛々華さん。いきなり失敗してしまって」
「いえ。寧ろ私の方こそ、皆さんの気が散る様な話題を出してしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、凛々華さんが悪いわけじゃありませんよ。話に集中して、警戒を解いてしまった俺たちの責任です。な?」
「ああ」
「そうですよ、凛々華さん。攻撃を受けた落ち度は、私達にあります」
軽く頭を下げ謝罪する凛々華さんに、俺達は慌てて弁解をする。
警護中とは言え、辺りを警戒しながらでもよもやま話が出来ないとな。その位出来無い様では、気疲れで長時間の警護は出来無いだろう。
「寧ろ、凛々華さんには警護中話し掛け続けられた方が、俺達的には良い稽古になると思います」
「そうだな。話をしながらでも、自然と警戒が出来る様になった方が良いしな」
「そうね」
潜伏者に話し声で自分達の場所を知らせる事になるが、俺達の稽古の目的はダンジョンで使えるスキル無しでの警戒方法の習得だ。ダンジョン探索中に無言で探索する事など無いから、話しながら警戒出来る様になった方が良い。自分達だけだと、警戒に集中し過ぎて無言になる自信があるからな。
まぁ初心者がいきなり、ハードルを上げていると言う事は自覚しているけどさ。
「そうですか……分かりました。では、あまり邪魔にならない程度に皆さんに話しかけますね」
「はい。お願いします」
そうして、俺達は再び山道を山頂目指して登り始める。
何とか、俺達は山頂に到達出来た。
しかし……。
「あの……皆さん大丈夫ですか?」
凛々華さんの心配する声が、地面に座り込む俺達にかけられる。俺達が山頂に設置してある到達証明の印を確保し、近くの倒木や平たい岩に腰を下ろして憔悴していたからだ。
「あっ、はい。何とか」
「ちょっと、キツイかな?」
「少し休ませて貰っても良いですか?」
「……」
俺達は顔を俯かせたままの姿勢で、凛々華さんに力のない声で返事を返す。何故なら、山頂に到達するまでに片手では足りない程の電撃を浴びたからだ。潜伏者は見付けられず良い様に遊ばれ、俺達は散々電撃を浴びせられ幾度も地面を転がり泥だらけになっていた。
「想定以上に難しいな、この稽古……」
「ああ。確かに猪なんかの害獣はいないけど、小動物や鳥はいるしな。御陰で、潜伏者の気配を読み間違えるばかりだ……」
「私達ここに到着するまでに、まだ誰一人として脱落させられていないわ……」
「せめて追撃をしてくれれば、対処も出来るんだけどね……」
「「「はぁ……」」」
愚痴と共に、溜息が漏れた。
襲撃された時には小さな発砲音がするので攻撃地点は大まかに推測できるのだが、潜伏者は俺達に一撃当てると即座に撤退する。御陰で、追撃してこないので潜伏者の数を減らす事が出来無い。
「山に潜伏する門下生の方には事前に、お祖父様から一撃離脱に徹する様にと申し付けられています。気配察知を習得する稽古なので、追撃しての交戦は無用だと」
「……本当ですか?」
「はい」
凛々華さんの言葉に、顔を俯かせていた俺達は一斉に顔を上げる。
初耳なんですけど……それ。
確かに気配察知の稽古である以上、俺達と交戦する必要はないんでしょうけど、気配を察知して初撃を防げって……。
「なぁ……この稽古、難易度高過ぎ無いか?」
「ああ、間違っても初心者にやらせるような難易度じゃないだろ」
「……」
俺達の脳裏に、にこやかに微笑む幻夜さんの姿が過ぎた。
やっぱり、あの人も重蔵さんの同類か。何げに、俺達に求める水準が高くない?
俺達は顔を見合わせ虚ろな目をした後、凛々華さんに話しかける。
「凛々華さん、今何分ぐらい経過しましたか?」
「ちょっと待って下さい。ええっと……登り始めてから27分ですね」
「ありがとうございます。制限時間まで後30分程か……」
思った以上に、登るのに時間がかかっていた。そろそろ下山を始めないと、制限時間が過ぎてしまう。
俺達は気怠い体を起こし、顔を軽く叩いて気合いを入れ直す。
「何時までも、ここに座り込んでいてもしょうがない。下山しようか?」
「そうだな……」
「ええ……」
「凛々華さんも良いですか?」
「はい。皆さんが大丈夫なのであれば、特に問題ありません」
「じゃ、下山しましょう」
俺達は、また電撃を浴びまくるんだろうと、憂鬱な気持ちになりつつ下山を開始した。
下山して来た俺達が見た物は、アウトドア用の折り畳みチェアーに座ってお茶を飲む幻夜さんの姿だった。日除けのパラソルが横に立てられており、随分快適そうだな。
「ん? おお、戻って来たかね」
何と言うか、無性に腹が立つな……。直立不動で待っていてくれと言う気はないけど、もう少しこう……ね?
俺達の想いが通じたのか、幻夜さんは立ち上がり俺達に歩み寄ってくる。
「その様子だと、随分電撃を浴びたようだね?」
「……はい」
「まぁ、最初の稽古だから仕方ないけどね。取り敢えず、お疲れ様」
「……どうも」
ヤサグレていて態度が悪いと思うが、勘弁して貰いたい。
そんな俺達を幻夜さんは寛大にも流して、凛々華さんと話を始める。
「どうだった凛々華? 彼らと同行した事で、何か気が付いた事はあるか?」
「はい、お祖父様。同行して私が気が付いた改善した方が良いと思う点は、2つです」
そう前置きをして、凛々華さんは俺達の稽古中の問題点を挙げて行く。
1つ、進行ルート上の襲撃地点の絞込みがされていない。
2つ、襲撃者の潜伏予想地点の絞込みがされていない。
との事だ。
「1つ目は、地図を詳細に読み込めない事の弊害ですね。地図が読めない以上、襲撃予想地点の絞込みは出来ないでしょうから。改善するには、地図の読み方を勉強すれば良いかと思います」
「なる程」
「2つ目は、1つ目と関連します。襲撃地点の予想が立っていない以上、潜伏予想地点の絞り込みも出来ませんからね。他にも、向けられる視線への警戒や害意を察知するなどありますが、まずはこの二つを改善してから取り組むべきだと思います」
凛々華さんの指摘に、俺達はぐうの音も出ない。確かに俺達は、渡された地図を進行ルートの確認にしか使っていなかったな。襲撃地点の予測も潜伏地点の予想も出来てない状況で初撃を凌ぐ事など、ベテランの警護人でも至難の業だろう。
「今回の稽古で私がまず改善すべきと思った点はその2点、つまり予測です」
「だそうだ、君達。心当たりはあるかね?」
「「「……はい」」」
俺達は神妙な面持ちで、幻夜さんに返事を返す。
言われてみれば俺達は周囲の全体的な気配を探る事を優先し、襲撃地点の予測はロクにしていなかったな。襲撃地点と潜伏地点の予想が立てば、潜伏者を見つけられたかもしれない。
開始の合図の後、直ぐに山に行ったのは失敗だったな。幻夜さんが、制限時間にかなり余裕を持たせていた意味をもっと考えるべきだった。あれは、事前にミーティングをする為の猶予時間を含めていたんだろう。
「では、30分ほど休憩を挟んで再び同じ課題に挑んで貰う。この時間を休息に使うのも、問題点の反省に使うのも君達の自由だ」
そう言って、幻夜さんは再び折り畳みチェアーに座りお茶を飲み始めた。
こんな事を言われて、休息に多く時間を割ける訳が無い。俺達は凛々華さんを巻き込んで、急ぎ改善策を練り始めた。凛々華さんを主体にして襲撃にあった場所を地図に書き込み、潜伏可能の場所の予想選定を行う。30分と言う時間は瞬く間に過ぎ去り、俺達は再び稽古を山に挑んだ。
結果、その日は計3度山に登り、潜伏者を2人返り討ちに出来た。
銃撃の犯人は幻夜さんでした。
1回目の挑戦の結果はボロボロ、成長に期待ですね。