第102話 ビリビリ稽古開始
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放課後、美佳達を引き連れ裕二の家に行くと家の壁際の道路に、一台の白いワンボックスカーがハザードを立て止まっていた。裕二の家の物かと思い裕二に視線を向けるが、裕二も心当たりがないらしく首を傾げている。
と言う事は……昨日藤木さんが申し出てくれた迎えの車かな?
「裕二、何時頃に迎えに来るって言う連絡貰ってた?」
「いや、俺が家に居る間にはなかったな」
と言う事は、時間に遅れて待たせていたと言う訳ではないんだな。
俺達がワンボックスカーの横を通り抜け家に入ろうとすると、ワンボックスカーのドアが行き成り開き、一人の若い男性が降りてきた。
俺達は思わず飛び退き、美佳達を庇う様にして警戒態勢を取った。
「あっ! 驚かせてしまい、すみません。広瀬様、九重様、柊様ですよね? 今回運転手を務める室井です、よろしくお願いします」
「あっ、えっと、その……よろしくお願いします?」
「はい。あっ、それと先代が今、重蔵様に御挨拶に伺っているので、お声をかけてきて下さると助かります」
つまり、幻夜さんを呼んで来てくれって事か。まぁ、良いけど。
俺達は室井さんに軽く会釈した後、重蔵さんと幻夜さんに挨拶をしに行った。居間で茶飲み話をしながら俺達の帰りを待っていた二人に声をかけ、重蔵さんに美佳達の稽古を頼み、幻夜さんと一緒に裕二の家を出た。
「さて、今から稽古をする山に向かうのだが……そのままで良いかね?」
「はい。普段探索で使っている得物は必要無いと言われていましたので、訓練着をカバンに入れて学校に持っていっていましたから、このまま移動しても大丈夫です」
そう言って俺は、自分の通学カバンを顔の高さまで持ち上げて、2,3度軽く叩いてアピールする。
「そうか。では、早速移動するとしよう」
「はい」
俺達は裕二を先頭にして、潜り戸を通り抜けた。すると、俺達が出て来た所を見ていた室井さんが、車をゆっくりと動かし入口に寄せる。
「お待ちしていました。さ、皆さん車に乗って下さい」
そう言って、室井さんは後部スライドドアを開けてくれる。
一瞬、どう言う順番で乗り込もうかと迷ったが、余り深く考えず乗り込む事にした。裕二、俺、柊さんの順番で車に乗り込み、通学バッグを後席に放り込む。この時、乗車マナーがどうこうと細かい事を言う人間がいなかったので、特に揉める事はなかった。
因みに、幻夜さんは助手席だ。
「では、出発します。走行中は、ベルトを締めて下さいね」
何処かへの電話連絡を終えた室井さんの合図と共に、車は俺達を乗せ動き出した。
市街地を抜け山道を車で走る事30分程、俺達を乗せた車は目的地の山に到着した。
車が止まった山の麓は、少し切り開かれており1軒のプレハブ小屋が建っている。
「お疲れ様です、到着しましたよ」
そう言って、室井さんは後席のスライドドアを開ける。俺達は後に放り込んでいた荷物を持って、車外へ出た。周囲を見渡しても、鬱蒼と生い茂る草木しか見当たらない。
「稽古用の山と言っても、結構近場ですね」
「まぁ、射撃場と言う訳では無いからね。辺境の土地である必要は無いよ」
「はぁ、そう言う物ですか……」
「まっ、それは置いておくとして、早速稽古を始めよう。彼処のプレハブ小屋で着替えてくると良い」
俺達は幻夜さんが指差した、プレハブ小屋を見る。工事現場等で良く、簡易事務所として利用されているタイプのプレハブ小屋だ。
「では皆さん、これをどうぞ。リストバンドの電極は、素肌に着けて下さいね」
室井さんが、ワンボックスカーのトランクから取り出したケースを俺に差し出す。恐らく、例のビリビリ装置だ。俺は一瞬躊躇した後、差し出されたケースを受け取った。
「はい」
そう答えて、俺達は幻夜さんと室井さんに一声掛けて自分の荷物とビリビリ装置入りケースを持ってプレハブ小屋へと移動した。プレハブ小屋の中は、3段重ねのスチールロッカーが壁際に並んでいるだけのシンプルな内装だ……って。
俺と裕二は顔を見合わせた後、柊さんに一言告げる。
「柊さん、俺達外で着替えてくるよ。なっ、裕二?」
「ああ」
一応、移動式のパーテーションが幾つか置いてあるが……ねぇ?
だが、俺と裕二がプレハブ小屋を出ようとすると、柊さんが待ったをかける。
「パーテーションがあるのなら、別に一緒の部屋でも構わないわよ」
「えっ、でも……」
「覗きはしないでしょ?」
「も、勿論!」
「ああ、そんな真似はしないぞ」
「じゃぁ、問題無いわ。幻夜さん達だって待たせているんだから、早く着替えましょう」
「ああ、うん……」
俺と裕二は良いのか?と思いながらも、柊さんの一存で一緒の部屋で着替える事が決まった。部屋の隅にパーテーションを移動させ囲いを作り、柊さん用の簡易的な更衣室を作り上げる。
「じゃっ、着替えるから覗かないでよ?」
そう言い残し、柊さんはサッサと着替えを始めた。残された俺と裕二は互いに気拙気な表情を浮かべ、溜息をついた。
……この状況、俺達の方が気拙いよ。
「……着替えるか?」
「……ああ、うん」
そう言って、俺達も着替えを始めた。持って来たジャージに着替え、ビリビリ装置を手に持つ。ベストを身に着け、コードの繋がったリストバンドを手首足首に取り付ける。
垂れ下がる、余分なコードが邪魔だな……。
「大樹。ケースにコード止め用のテープも入ってたから、余分なコードは固定しておいた方が良いぞ」
「あっ、テープあるんだ」
「ああ。関節部は少し余裕を持って止めないと、可動範囲が無くなるから気を付けろよ」
そう言って、裕二は使い終わった黒テープを俺に投げ渡してきた。
俺は裕二の忠告を守りつつ、関節部に曲げ伸ばし出来る余裕を持たせてコードをジャージにテープで止めていく。
「お待たせ、着替え終わったわよ」
テープ止めが終わった頃、着替え終わった柊さんがパーテーションの影から出てくる。
俺達と同じ様に、ジャージの上にベストを身に着けているのだが……。
「柊さん。そのコードの留め方だと、思いっきり動いた時にコードが切れるよ?」
「えっ?」
「貼り直した方が、良いよ」
柊さんはジャージにピッタリと沿う様に、コードをテープで止めていた。裕二が理由を説明すると、柊さんも納得し貼り直していく。
うーん、俺も先に忠告されていなかったら、柊さんと同じ様にテープで貼っていただろうな。貼り直しを終えた俺達は、荷物をロッカーの空いてる棚に収納しプレハブ小屋を後にした。
プレハブ小屋の外に出ると、止まっているワンボックスカーが2台増えていた。
怪訝な表情を浮かべながら幻夜さんの元に歩み寄ると、俺達に気が付いた幻夜さんが声をかける。
「着替え終わったかね?」
「あっ、はい。……あの、この車は?」
「君達の稽古の敵役を務める、門下生が乗って来た車だよ。皆既に山に入って、待機しているよ」
なる程な……と思っていると、黒塗のワンボックスカーのドアが開き、俺達と似た黒ベストを着けた凛々華さんが降りて来た。
「こんにちは、皆さん。今日は、よろしくお願いしますね」
「? 凛々華さん、どうして此処に? それに、その格好……」
凛々華さんの突然の出現に俺達が戸惑っていると、幻夜さんが理由を教えてくれた。
「凛々華には今回、君達の警護対象役を務めて貰う事になってね。凛々華ならこの山にも慣れているから一緒に居れば遭難の危険は無いし、体力的にも君達に同行しても足手纏いにはならないだろう」
「はぁ、なる程……」
「よろしくお願いしますね」
「あっ、こちらこそ……よろしく」
優し気な笑みを浮かべて挨拶してくる凛々華さんに、俺は曖昧な笑みを浮かべながら気の抜けた返事を返す。
「では稽古を始める前に、君達にはコレを渡しておこう。室井君」
「はい。……皆さんコレを」
そう言って室井さんは俺達に、ポリカーボネイト製の黒い盾を差し出してくる。盾の縁沿いにLEDライトが貼り付けられており、盾の裏にはセンサーやLEDに繋がる配線とバッテリーが取り付けられていた。
俺達は受け取った盾を右手で持ち、軽く振り回してみて使い勝手を確認する。うん。まぁー、特に問題はないかな?
「その様子だと、問題なく扱えそうですね」
「はい」
「では、最後にコレを」
そう言って室井さんは、100円ライターサイズの白いプラスチックケースを差し出してきた。
「……? これは?」
「GPS発信機です。万が一に備え、これで山の中での皆さんの位置を確認します」
「な、なる程……」
そう答えながら、俺は手の平の上に置いたGPS発信機を観察する様に眺める。
へぇー、GPS発信機ってこんなに小さいんだ……。確かにこんなに小さいんなら、浮気調査とかに良く使われる訳だ。
「山中での行動中に無くさない様に、ベストの胸ポケットにでも入れておいて下さい」
「……分かりました。でも胸ポケットだと、倒れた時に壊れたりしませんか?」
「そこそこ耐久性が高い物なので、只倒れただけでは壊れないと思います」
「そうですか」
俺は室井さんの説明に取り敢えず納得し、GPS発信機をベストの胸ポケットにしまう。裕二や柊さんも俺と同様に、発信機を胸ポケットにしまっていた。
俺達の準備が整った事を確認し、幻夜さんは話し始める。
「さて。準備も調った様なので、稽古内容の説明を始めよう。コレを」
そう言って、幻夜さんは俺達に地図を配る、これから入る山の地図だ。全員に地図が行き渡ると、幻夜さんは稽古内容の説明を始める。
「見て貰って分かる様に、この山の北側は傾斜のキツイ地形になっている。崖では無いが、滑落には十分注意してくれ。次に……」
幻夜さん……申し訳ないんですけど地図の見方が良く分かりません。一応、等高線の意味は知っているんですけど、地図を渡され詳しい内容を読み取る技能、俺持ってないです。
俺は地図が読める事を当然の物として注意事項の話を始める幻夜さんに、申し訳無さと困惑の混じった眼差しを送る。それは柊さんも同様で、俺と似た眼差しを幻夜さんに向けていた。
「ん? どうしたんだ? 何か質問でもあるのかな?」
「あっ、いえ、その……地図の読み方が、良く分からなくって」
「……ああ、なる程。それは失念していたな」
幻夜さんは少しバツの悪そうな表情を浮かべ、それを見ていた裕二が助け舟を出す。
「俺が後で二人に地図の見方を説明しますので、説明を続けて下さい」
「……良いのか?」
「はい」
どうやら、裕二は地図が読める人だった様だ。
こんな等高線だらけの地図をいきなり渡され、手引書も無く良く意味が理解出来る物だと感心する。
「まぁ、そう言う事なら裕二君に任せるか。では、説明を続けよう……今回の稽古の目的は至って簡単、凛々華を警護しつつ山頂に置かれた到達証明の目印を取って此処に帰ってくる事だ」
「行って帰ってくるだけですか?」
「その通り。無論、道すがら潜伏した門下生達の襲撃が行われるので、その襲撃を凌ぎ無傷で戻ってくるのがこの稽古の合格ラインだ。制限時間は1時間、30分もあれば山頂との往復は出来るけど警戒しながらだとこの位かな?」
「無傷……ですか?」
「今回の稽古では進行ルートが、予め決められている。コースが限定されている以上、襲撃を仕掛ける場所の特定は可能だ。襲撃場所を予想出来ると言う事は、攻撃タイミングを測れる為に凌ぐ事も比較的容易だ。この条件で警護対象を無傷で移動させられ無いのであれば、この稽古以上の難易度の稽古は行えないからね」
さらりと、難しい事を要求してくるな……。
でもまぁ、確かに俺達の進行ルートが決められている以上、襲撃側にも襲撃場所とタイミングに制限がかかるのは当然だな。潜伏場所が予測出来ればカウンタースナイプ……迎撃も可能だ。
「流石に一度の挑戦で合格条件のクリアは出来ないだろうが……まぁ頑張ってくれ」
俺達が何度も、この稽古を繰り返す事は織り込み済みか……。
「凛々華。お前は彼等がどう言う状況で攻撃を受けたかを観察し、改善策を練り稽古終了後に発表しなさい。人の振り見て我が振り直せと言う様に、これはお前の稽古でもある良い機会だ」
「はい」
どうやら、凛々華さんにも課題が出されたようだ。
一石二鳥を狙っているのかな?
「では、そろそろ始めるかな」
「「「「はい!」」」」
「室井くん。潜伏している門下生達に、開始の合図を送ってくれ」
「分かりました」
室井さんはスマホを取り出し、稽古開始の連絡を入れた。
「連絡完了しました。何時でも良いそうです」
「そうか。では、始め!」
幻夜さんの号令を合図に、俺達は山に向かって歩き出した。
が、その直後……。
「「「痛った!」」」
俺達3人の手足に電流が流れ、痛みと痺れで地面に転がった。
何が起きた!?
反撃禁止の激ムズ稽古が開始しましたが、第一歩目から躓きました。
誰が何の目的で攻撃を加えたのかは、次回で……。




