第101話 感謝と稽古について
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俺達の前に右から順に、凛々華さん、幻夜さん、司人さんが並んで座っていた。因みに俺達は、右から柊さん、裕二、俺の順だ。
向かい合って座ってから暫くすると、司人さんが深々と頭を下げ涙声でお礼の言葉を述べ始めた。
「広瀬君、九重君、柊さん……本当にありがとうございます! 譲って頂いた薬の御陰で、娘の怪我を治す事が出来ました!」
大広間に、司人さんの嗚咽混じりの声が響く。
俺は娘さんの為に泣きながら頭を下げる司人さんの姿を見て、理由があったとは言え回復薬を出し渋った事を思い出し、胸を締め付けられる様な感覚を覚えた。どうやらそれは俺だけではなかった様で、裕二も柊さんも後ろめたい気に表情を歪めている。
そんな俺達に追い討ちを掛ける様に、幻夜さんも深々と頭を下げた。
「ワシからも君達には、ありがとうとお礼を言わせて貰いたい。そして、君達が厚意で譲ってくれた回復薬の真偽を疑ってしまい、本当に申し訳なかった」
俺は更に後ろめたさで、自分の顔が引き攣るのを自覚した。
そして最後に、回復薬を使って怪我を治した当人、藤木凛々華さんがお礼の言葉を述べる。
「皆様。私の為に貴重な上級回復薬を譲って頂き、本当にありがとうございました。譲って頂いたお薬の御陰で、私は失った腕や目を取り戻す事が出来ました」
泣き腫らした跡が色濃く残る、赤く充血した凛々華さんの目尻に大粒の涙が浮かぶ。
「重ね重ね、本当にありがとうございました」
凛々華さんも、俺達に向かって深々と頭を下げる。こうして、俺達の前に3人の人が深々と頭を下げる光景が広がった。
……どうしよ、これ?
俺は藤木さん一家にどう声を掛ければ良いのか分からず、思わず隣に座る裕二に顔を向けた。それは柊さんも同じだったらしく、裕二の顔越しに俺と目が合う。
そして、俺と柊さんの視線を集める裕二は俺達の顔をチラリと見て小さな溜息を吐いた後、表情を引き締め藤木さん一家に話しかけた。
「皆さん、頭を上げて下さい。皆さんのお気持、確かに受け取りました」
「ですが……」
「回復薬をお譲りしたのは、俺達が稽古を付けて貰う為の対価です。そうである以上、必要以上に頭を下げられる必要はありませんよ。……それに、頭を下げられたままではお話がしづらいじゃありませんか」
「……そうですね」
裕二が最後に口にした冗談交じりの軽口を切っ掛けに、藤木さん一家は漸く頭を上げた。
新しいお茶を使用人さんに用意して貰った後、俺達は少し居心地の悪さを感じつつ藤木さん達と話を続けた。
最初に口を開いたのは、涙も止まり落ち着きを取り戻した凛々華さんだ。
「あの……少し、よろしいでしょうか? 今更ですが、本当に上級回復薬を譲って頂いて宜しかったんですか? 私も探索者をやっていましたので分かりますが、欠損さえ治す上級回復薬程の貴重な品でしたら、緊急時の為にも皆さんで秘蔵しておいた方がよろしかったのでは無いでしょうか……?」
「まぁ、確かにそう思いますよね……」
「はい。探索者としてダンジョンに潜ると言う事は、モンスターと戦い続ける事です。その過程で、私の様に重傷を負う可能性は低くはありません。ですから昨日、探索者をされている方から上級回復薬を譲って貰えると伺った時には、何故譲って貰えるのだろうかと不思議でなりませんでした」
まぁ、凛々華さんの疑問は尤もだな。
普通の探索者なら、回復効果が高い回復薬は手放さない。中級回復薬だって、手放す探索者は余り居ないから市場に出回る流通量は少ないからな。
だから、探索者で無い者が市場で手に入れられる回復薬と言ったら、殆どが低級回復薬の事を指す。
「お祖父様には、皆様に稽古を付ける事を条件に上級回復薬を譲って貰えるとは聞きましたが……」
「対価が報酬と釣り合わないと言う事ですか?」
「はい。エリアボスを倒して中層階に至り、上級回復薬を自力で手に入れられる様な探索者でしたら、態々上級回復薬と言う貴重品を譲ってまで稽古を受ける必要は無いと思うのですが……」
確かにエリアボスを倒せるなら、今更道場で稽古を受ける必要は無いと思うよな。
でも……。
「俺は、そうは思いませんね。探索者を続けて行くのなら、例え上級回復薬を手放しても受けておいた方が良い稽古があると思います」
「……そうですか?」
「はい。特に俺の祖父に相談した所、俺達に足りない物を補うのならば、藤木さんの稽古を受けておいた方が良いと言われましたからね」
「……」
凛々華さんの疑問に裕二が答えたが、イマイチ納得がいかないと言った様子だ。そんな2人のやり取りを黙って聞いていた幻夜さんは、2人の話が平行線を辿り始めたのを感じ口を開く。
「凛々華、その辺にしておきなさい。彼も困っているだろ?」
「お祖父様。……分かりました」
幻夜さんに諫められ、凛々華さんは渋々とだが身を引いた。
「すまなかったね」
「いえ。凛々華さんの疑問は、当然の事でしょうから気にしないで下さい」
「そうか……。では、稽古の話をしようか? 約束通り上級回復薬を譲って貰った以上、私達に出来る事は全力でやらせて貰うよ」
「お願いします」
「「お願いします」」
幻夜さんに頭を下げる裕二を見て、俺と柊さんも慌てて頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく頼むよ。では稽古の件だが、重蔵の言っていた稽古内容で良いんだね?」
「……はい」
幻夜さんの質問に一瞬躊躇した後、裕二は首を縦に振って肯定する。
「分かった……。司人、アレの準備をしてくれ」
「アレって、アレですか? 新人教育用の……」
「ああ。先ずはアレを使って稽古をする」
「はぁ……分かりました」
裕二の返事を聞いて、表情を引き締めた幻夜さんが、司人さんに指示を出す。司人さんは困惑しつつも、指示された物を取りに立ち上がり、大広間を出ていく。
「幻夜さん。アレって、何ですか?」
「お主等が稽古で使う事になる、小道具だ。ここの門下生も稽古の時に使う物だから、そう変な物では無いよ」
「お祖父様、皆様の稽古でアレを使うんですか? 道場の方で、型の稽古や手合わせをするのでは無いのですか?」
「ああ。そう言う基本の事は、重蔵の奴が仕込んでおるらしい。奴がワシに頼んで来た稽古内容は、実践に即した襲撃への対処法じゃ」
幻夜さんが凛々華さんに説明した様に、俺達がここで学ぶ事は襲撃への対処法。スキルに頼らない、気配察知方法やトラップ対処法の習得などだ。
暫くすると、司人さんが大広間に幾つかの荷物を持って戻ってきた。
「お待たせしました」
「いや、それ程待ってはおらんよ。ご苦労だったな、司人」
司人さんは俺達の前に、持ってきた大小様々な大きさのハードケースを置いた。
「さっ、中身を確認してくれ」
幻夜さんに促され、俺達は目の前のケースの蓋を開ける。すると、俺が開けた小さなケースの中には、黒光りする拳銃が収められていた。
って、拳銃!?
「これは、モデルガン……いや、エアーガンですか?」
「正確には、レーザーガンだな。エアーガンの様にBB玉を飛ばす代わりに、赤外線を玉として出すんだよ。100m以上先まで玉が届くのが、エアーガンとの大きな違いだな」
「えっ、100mも届くんですか!?」
「ああ。無論弾が届くだけで、当てるのは使い手次第だがね」
「へぇ……」
何だ、おもちゃか。こう言う家だから、本物が出てきたのかと思って焦ったよ……。
でも、これをどう稽古に使うんだ?
俺が疑問を浮かべていると、中位の大きさのケースを開けていた柊さんが中身を持ち上げながら声を上げた。
「これも……稽古に使うんですか?」
柊さんが取り出したのは、コードで繋がったリストバンドや小さなケースが付いた黒いベストだった。
「ああ。それが君達が行う稽古の、肝になる物だよ。それを着けて、君達には稽古を受けて貰う」
「これをですか……」
柊さんは、黒ベストの裏表を見る。
「そのベストには、レーザーガンが打ち出した赤外線を受信する機能があって、当たると音が鳴るのが本来の機能なのだが……そのベストは少し改造して電気が流れる様になっている」
「電気!? これ、スタンガン付きって事ですか!?」
柊さんは黒ベストを慌てて手放しながら、驚きの声をあげる。
「無論、護身用に使う様な強力な物では無いよ。良くバラエティー系のTV等で見かける、罰ゲームの電気ショック程度だね」
「あっ、そ、そうですか……」
そう聞いて、柊さんは少し落ち着きを取り戻した。
しっかし、電気ショックって……そんな物を着けて稽古をするんだ。
「それで稽古の内容なのだが、まずは君達にこのベストを身に着けて貰い、家が所有する訓練用の山に入って貰うよ」
「山……ですか?」
「ああ。そんなに大きな山では無いし、熊等の危険な野生動物もいないよ。只、山の木々の成長が著しく、草木が盛大に生い茂っている御陰で山全体が薄暗く見通しが悪いね。まぁ、それが難点でもあり訓練では利点にもなっているのだが」
つまり……山の中でサバイバルゲームでもやるのか?
「稽古は、山の中にレーザーガンを持った門下生達が潜伏し君達に襲い掛かると言う物だ。君達は護衛対象を護りつつ、指定されたルートを通り山を抜けて貰う。君達のベストが撃たれれば電流が流れる事は勿論、護衛対象が撃たれても君達のベストに電流が流れる様になっている」
マジか……。俺は、自分の顔が引き攣るのを感じた。
俺達の表情が変化したのを見て、司人さんが残ったケースを開けて盾を取り出す。
「君達が山を抜ける間、襲撃者を発見しても追走や反撃は行う事を禁じさせて貰うよ。代わりに、この盾を使って襲撃者の攻撃を防いで貰う。この盾にはベストと同様、レーザーガンが打ち出した赤外線を感知する機能があり、撃たれるとライトが点灯する様になっている。盾のライトが点けば襲撃者の攻撃は失敗、その者は以降の攻撃には参加しない」
「……俺達がするのは、襲撃者の攻撃を回避や迎撃しつつ山を抜けるだけですか?」
「ああ、そうだ。先ずは指定ルート上に潜伏する少数の敵への対処法を学んで貰うよ。周辺警戒をしつつ、察知した潜伏する敵の攻撃を回避又は迎撃して護衛対象を守り抜いてくれ。この稽古を無事に乗り越えたら、次は襲撃する人数を増やしたり、トラップを仕掛けたりするからね」
中々難易度が高い、実践染みた稽古だな。
潜伏する敵の気配を察知して襲撃を推測、攻撃を凌ぎ護衛対象を守りながら山を抜けるか……。
気配察知は勿論、護衛対象を守る為には連携を確り取らないと凌ぎきれない。確かに重蔵さんが言う様に、俺達の不足分を補う為には幻夜さんの提案する稽古を受けて置いた方が良いな。
「流石に今日これから山に向かって稽古を行う事は難しいだろうから、稽古は明日から始めよう」
「はい」
「だがその前に、1度試しておかないか?」
「……試すって、何をですか?」
幻夜さんの試すと言う発言に、不穏な響きを俺達は感じた。何となく予想は付くけど……。
「撃たれた時に受ける、電撃の威力をだよ。探索者はレベルしだいで、色々な身体能力が向上すると聞いているからね。もしかしたら君達の電撃耐性が上がっていて、ベストの電撃が効かないかもしれない。それだと稽古にならないから、調整をしなければならないよ。その確認の為にも、一度試しに受けてみてくれないか?」
俺達は思わず顔を見合わせた。罰ゲーム?と言った表情を、互いに頬が引き攣る顔に浮かべながら。
唾を喉を鳴らし飲み込んだ後、覚悟を決めた表情を浮かべる裕二が口を開く。
「分かりました。試しましょう」
「では、君達の気の変わらない内に試そう」
そう言って、俺達は柊さんの手元の黒ベストから伸びるコード付きリストバンドを腕に着けた。黒ベストについたケースを開け、電源スイッチを入れる。
「準備は良さそうだね。じゃ、行くよ?」
拳銃型レーザーガンを持った幻夜さんが、黒ベストに銃口を向けながら俺達に最終確認を取る。俺達が頷いた事を確認し、幻夜さんは引き金を引いた。
そして、次の瞬間……。
「「「!? 痛った!」」」
腕に激痛が走り、思わず口から苦痛の声が漏れる。腕に走った痛みは一瞬だったが、腕の先がまだ痺れ続けている。
電撃が走った所をさすっていると、幻夜さんと司人さんから、感心した様な呟きが聞こえてきた。
「ふむ。痛みを感じると言う事は、調整はしなくても大丈夫そうだな」
「ええ。凛々華達に比べれば反応は薄いですが、調整はしなくても大丈夫かと」
「そうだな。これ以上威力を上げるのは、危ないだろうからな」
ちょっと待って貰えないかな?つまり、試すって言っていた割にコレ、無調整の段階で悶絶する様な威力設定だったの!?
俺の推測を証明する様に、凛々華さんが尊敬する様な眼差しを向けてきた。
「皆様、凄いですね! 私達がそれを使った時は、痺れて立ち上がる事さえままならなかったんですよ? やっぱり、上級回復薬を自力で手に入れられる方は違いますね……」
そこそこのレベルの探索者が、立ち上がる事さえままならない威力って……。
「では予定通り、明日から稽古を始めよう。重蔵の所に迎えの車を回すから、君達はその車に乗って稽古場まで来てくれ」
「あっ、あの……そこまでして頂かなくても、場所さえ教えて頂ければ自分達で稽古場まで向かいますよ?」
「いや、君達は家の恩人だ。稽古場までの送迎は、是非任せて欲しい」
そう言って、幻夜さんは軽く頭を下げた。
ここまでされると、流石に無碍に断る事は厳しい。その証拠に……。
「あの……じゃぁ、お願いします」
裕二も了承の意味を含め、幻夜さんに向かって頭を下げた。
うーん。……稽古、大丈夫かな?
電気ショックと言う名のペナルティーありの、山中警護訓練です。不整地の上、遮蔽物が多く視界が悪いと言う悪条件下が揃っています。