第100話 MPK被害者
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少し、加筆修正しました。
司人さんが俺達に向かって、畳に額を擦り付けながら後頭部が見えるまで頭を下げていた。つまり、見間違う事無い完全なまでの土下座だ。
……どうしよう、この状況。
渋い初老男性が土下座をすると言う、余りにも余りな光景に俺達は困惑し混乱した。目を左右に泳がせ打開策を探し、目端に映った俺達の正面に座る幻夜さんを目にし助けを求める視線を送った。
「……司人。皆様が困惑されているから、頭を上げなさい」
「ですが、御義父さん。私に出来る事は、頭を下げて誠心誠意お願いする事だけなんです」
「だからと言って、いきなり土下座をするのはやめなさい。目上のお前にそんな事をされたら、若い彼等も否とは言えなくなるだろう? 誠心誠意と言うのなら、先手を打って相手の選択肢を奪う様な卑怯な真似は見苦しいな」
「……はい、申し訳ありません」
「ワシに謝ってどうする?」
幻夜さんの軽い叱責を受け、司人さんは漸く畳に擦り付けていた頭を上げた。額が少し赤くなっているのは、それだけ必死に頭を下げていた証拠だろう。
司人さんは今度は軽く頭を下げ、謝罪の言葉を紡ぐ。
「すみません。いきなり無作法をしてしまい……」
「い、いえ。それだけ司人さんが娘さんの事を思って必死だったと言う事の証拠ですし……俺達に謝る様な事は何もありませんよ」
「……御気遣いして頂き、痛み入ります」
「それに元々、薬は藤木さん達に、お渡しするつもりでいましたよ」
そう裕二が司人さんと幻夜さんに告げ、俺に目配せをする。俺は軽く頷きを返し、通学カバンの中を漁る振りをしながら空間収納から、協会公印が捺印された封印ラベルが貼られた上級回復薬の瓶を取り出す。
取り出した回復薬の瓶を、俺は交渉の矢面に立っている裕二に手渡した。
「こちらが、お約束の上級回復薬になります」
裕二は受け取った瓶を、幻夜さんの前に置く。
栄養ドリンク程度の大きさの瓶だが、二人は……特に司人さんが羨望の眼差しを向けている。
「おおっ、これが……」
「どうぞ、お手に取って確認して下さい。蓋に貼られた封印ラベルは、協会の鑑定から返却された時に貼られたままの状態になっています」
「では、失礼して……」
そう言って、幻夜さんは差し出された回復薬の瓶を手に取った。まぁ、鑑定スキルが無いと中身の真偽は分からないだろうけど、封印ラベルが剥された事があるかどうかは確認出来る。
幻夜さんは手に持った瓶を凝視した後、瓶を司人さんに渡し俺達を見据えた。
「中身が本物かどうかはワシには分からんが、確かに封印ラベルが開閉された跡は無い様だ」
「紛れも無い本物ですよ……と言っても、実際に使って効果を確認しないと信じられないですよね?」
「……すまんな」
「いえ、気にしないで下さい。当然の対応だと思いますし……」
俺達の場合、俺が高性能な鑑定スキルを持っているのでアイテムの真偽に関して迷う事はなかったが、鑑定スキルや鑑定機能があるマジック道具を持たない探索者や一般人だと、特に薬品系は中身の真偽の見極めは困難と言うか不可能だろう。
疑って当然だ。寧ろ、真偽を疑わずに信頼する方が危ないんじゃないかな?
「……それなら、これを娘に試してみても良いですか?」
「俺達としては構いませんけど……良いんですか?」
回復薬の瓶を持った司人さんが、俺達に娘に回復薬を使用する許可を求めてきた。
「はい。皆さんが私達を騙そうとしている様には見えませんし、本物ならば直ぐに娘に使ってやりたいですから」
「はぁ……なる程」
「では、少し席を外させて貰います」
「あっ、はい」
「では、お義父さん。暫しの間、彼等の相手を宜しくお願いします」
「分かった。凛々華によろしくな」
「はい」
そう言って司人さんは俺達に頭を下げ、上級回復薬の瓶を大事そうに両手で包む様に持って大広間を出て行った。
大広間に残された俺達は少し冷めたお茶で喉を潤した後、正面に座る幻夜さんに裕二が控えめな口調で話しかけた。
「幻夜さん。一つお聞きしたいんですが、良いですか?」
「ああ。何でも聞いてくれて良いぞ?」
「どう言う状況で、お孫さんはそんな重傷を負ったんですか? 3月頃だと、パーティー制度も導入されていたと思います。単独行動で無茶な探索を行っていたのなら幻夜さん達が言われた様な重傷を負うかもしれませんが、パーティーを組んで行動していたのならば余程無茶な探索をしなければお聞きした様な重傷を負う事は無いと思うのですが……」
「……」
幻夜さんは裕二の言葉を聞き、目を瞑って1度深呼吸をして話し始める。
「……分かった。薬を譲ってくれた君達には、話しておこう」
「ありがとうございます」
「まず初めに言っておくが、凛々華が怪我を負った時、凛々華は家の門下生達とパーティーを組んでおったよ」
「……何人位でパーティーを組んでいたんですか?」
「凛々華を含めて、8人でパーティーを組んでおった」
「8人ですか……」
門下生と言う事は、少なくともパーティーメンバー全員が武術経験者と言う事だ。
実戦経験不足でモンスターを討伐する事に躊躇し不覚を取ったとも考えたが、3月にお孫さんが重症を負ったと言う事は、それまでの期間で探索者活動を中止する様な重傷を負う事態には遭遇しなかったと言う事だろう。
しかも、実戦経験有りの8人でパーティーを組んでいたとなると……そう簡単に腕を失う様な致命的な重傷を負うだろうか?
「……自分達の実力に釣り合わない階層に、無理をして挑んだんですか?」
思わず、そんな疑問が俺の口から漏れた。
「いや。確かに探索者を始めた頃は、凛々華やパーティーを組んでおった若い門下生達も探索者になった事で得た力に酔って調子に乗っておったが、ワシが稽古で捻ってやってからは自分の実力を弁えるようになっておったよ」
この爺様も、重蔵さんの同類か。
その当時は、お孫さん達も低レベルだっただろうとは言え、スペックで勝る探索者の性根を叩き直すって……。俺は少し遠い目をしながら、幻夜さんの後ろの壁にかけられている掛け軸を見た。
「それじゃぁ、どうしてお孫さんは重傷を負う事に成ったんですか? 幻夜さんの話を聞いている限り、そう簡単にお孫さんが重傷を負う様な状況には陥ら無いと思うんですけど……」
逃避した俺の代わりに、柊さんが怪我を負った原因を問う。
幻夜さんは柊さんの問いを聞き、小さく一言漏らした。
「……MPK」
「MPK? それって……モンスタープレイヤーキラーって事ですか?」
「ああ、その通りだ。元々ゲーム用語らしいが、集めたモンスターを他の探索者に擦り付ける行為の事だよ。凛々華はそのMPKに遭って、片腕と片目を失う怪我を負ったんだ」
「「「……」」」
幻夜さんの話を聞き、俺達の脳裏にはとある二人組の姿が思い浮かんだ。篠原さんや宮野さん達を襲った、バカ2人組の姿が……。
「怪我を負った時、凛々華達のパーティーはダンジョンの9階層辺りを探索しモンスター達と戦っていたそうでな? 初めは順調に、ダンジョンを攻略していたそうだよ」
9階層……中小型の人型モンスター等が集団で出てくる階層だな。オーク何かの大型人型モンスターに比べれば攻撃力や防御力は低いけど、集団で数が出てくるぶん対処が難しかったな。
「しかし、その階層を探索していると次第に遭遇するモンスターの数が増えていったそうだ。凛々華達のパーティーも次第に遭遇するモンスターの対処がキツくなり始めたから、余裕がある内の撤退を視野に入れていたそうだよ」
「なる程……」
お孫さん達も、無理をせず撤退を視野に入れられるだけの冷静さは保っていた様だな。
「だが……いざ撤退をしようとしていた時、退路の方から大量のモンスターを引き連れた探索者が走り寄って来たそうだ」
モンスタートレインか……。
「走り寄って来た探索者は凛々華達のパーティーと合流する前に通路の角を曲がったそうなんだが、率いられて来たモンスター達は人数の多い凛々華達のパーティーに標的を変更し襲いかかって来たそうだ。つまり、凛々華達のパーティーは前後をモンスターに押さえられ、多数のモンスターに挟み撃ちにされたんだよ」
うわぁ……その状況での挟撃はキツいな。
只でさえ、相対するモンスターの数が多く撤退を選択しようとしていた状況なのに、更に大量のモンスターに退路を絶たれ襲われたら……対応力のキャパは直ぐに飽和するな。
「挟撃された凛々華達のパーティーは、何とかその場を切り抜けようと奮闘したらしいのだが、多勢に無勢。次第に対応が追いつかなくなり始め、追い詰められて行ったそうだ」
まぁ、そうなるよな。
寧ろ、挟撃された段階で防衛線を維持出来ているだけ凄い事だよ。
「モンスター達の攻撃を凌ぎつつ何とか撤退をしていたらしいのだが、長時間の戦闘の疲労で集中力を欠き始め次第に怪我を負うメンバーが増えていったそうだ。そのせいで益々防衛線は劣勢に陥り、遂には……」
「……お孫さんが、腕と目を失う怪我を負ったんですね?」
「ああ」
幻夜さんは無念そうに、腕を組んで俯いて黙り込む。そんな幻夜さんの落ち込む姿を見て、俺達は何とも言えない表情を浮かべ互の顔を見合わせた。
暫く黙って待っていると、気持ちの整理がついたのか幻夜さんは顔を上げた。
「凛々華達は手持ちの回復薬を使って何とか致命傷だけは避けつつ、途中で他の探索者達の助けを借り窮地を凌いでダンジョンから脱出したそうだ」
「そんなギリギリの撤退戦じゃ、お孫さんの他にも四肢を欠損する様な怪我を負った人もいたんじゃないんですか? 上級回復薬は、あれ1つしか無いですよ?」
「それは大丈夫だ。四肢欠損等の重傷を負ったのは、凛々華だけだからな」
「えっ?」
あれ? パーティーメンバーは、門下生じゃなかったっけ? お孫さんが一番の重傷を負ったの? 普通……門下生なら身を挺してでも道場主の娘さんを守るもんじゃないのかな? こんな歴史がありそうな大きな道場の、それも俺達と同年代の娘さんなら特にさ……。
俺達が不思議気に首をかしげていると、幻夜さんは首を小さく左右に振りながら理由を話してくれた。
「不思議に思うだろうが、家の流派は元々貴人の護衛を旨とする流れを汲む流派だからな。家の者は幼い頃から流派を継ぐ為に、身を挺してでも誰かを守る事を尊ぶ様に教育されている。だから凛々華が仲間を守る為に、己の身を挺して行動を起こしたとしても不思議は無い」
「そう、ですか……」
身を挺してでも誰かを守る、か。
……確かに身命を賭してでも護衛を行う必要がある場合、そう言う教育が必要になるかもしれないな。でも、だからと言って……。
「凛々華自身、仲間を守る為に腕や目を失ったこと自体は後悔していない様だ。幼い頃から、そう言う教育をしていたからな……」
「「「……」」」
「腕や目を失ってダンジョンから戻って来た凛々華は気丈にも表面的には落ち込む姿を誰にも見せず、MPKにあったパーティーメンバーを励ましていた。凛々華のそんな姿を見たおかげで、MPKに合い落ち込んでいたパーティーメンバーの門下生達もどうにか立ち直ったよ」
一番重傷を負ったお孫さんに、健気に励まされていたら門下生達も無理をしてでも立ち直るしかないよな。
「……だが、やはり人の見ていない所では、凛々華も失った自身の手や目を見て泣いた。そんな凛々華の姿を見ても、ワシ等が慰めの声をかけてやる事は出来なくてな。そう在れと幼い頃から教えてきたのはワシ等なのだから、私達が腕や目を失った事を慰めると言う事は私達の教えを守り行動した凛々華の献身を否定する事だからね」
幻夜さんはそう俺達に説明する様に言っているが、どちらかと言うと自分に言い聞かせている様な感じだった。
「ワシ等に出来る事は、身体の欠損さえ治せると言う上級回復薬を手に入れる事だけだった。方々に手を尽くしたが、元々希少な薬と言うだけあり、ワシ等には手に入れる事は出来なくてな」
「……そこに、うちの祖父から連絡があって、俺達が上級回復薬を持っている事が分かったと?」
裕二がそう言うと、幻夜さんは静かに頷いた。
「ああ。重蔵から話を聞いた時は、地獄に仏だと思ったよ。これで凛々華の怪我を治し、笑顔を取り戻させてやれると……」
怪我を治してやれると言った時の幻夜さんの表情は、やっと肩の荷を降ろせると言った様な安らかな物だった。
俺は幻夜さんの話を聞いている内に、ある疑問に思い至りそれを口にする。
「そう言えば、幻夜さん達は御自分でダンジョンに潜って、上級回復薬を手に入れようとはしなかったんですか? 幻夜さん達程の武術の達人ならレア物とは言え、時間をかければ上級回復薬でも手に入れられそうなんですが……」
俺の質問に、幻夜さんは一瞬渋い表情を浮かべ自分でダンジョンに挑戦しない理由を口にする。
「確かに君の言う様に私や司人、師範代クラスなら時間をかければ上級回復薬を手に入れられるかもしれん」
「……それならどうして?」
「手に入れるまでの時間が問題なんだよ」
「時間、ですか?」
「ああ。君達も知っての通り、当家の家業は貴人の護衛だ。そして、貴人が我々の護衛を必要とする様な予定は、凡そ数ヶ月前から綿密な計画の元で予定が組まれている。孫娘の為とは言え、とてもでは無いがその護衛の仕事を放棄してまでダンジョンに掛かりっきりになる事は出来ないよ。そんな事をすれば、先祖代々積み重ねて来た当家への、貴人達の信頼が揺らぐ事になるからね」
幻夜さんは、無念そうに目を閉じた。
「我が家はあくまでも、義務で付けられる公の護衛では無く、貴人が自分で選び付ける私の護衛だ。
そして、貴人が我々に護衛の依頼を出す基準は信頼だよ。我が家の者なら、必ず護ってくれると言うね。君達も自分の護衛を任せるなら、信の置ける者を選ぶだろ?」
「それは、そうですね……」
「その信を持って出した護衛の依頼を、公の理由では無く私の理由で突然断られたらどう思うと思う? 恐らく、不信感を抱くだろうね」
「……」
「護衛を受け持つ者にとって、警護対象に不信感を持たれるのは一番避けたい事態だ。何せ警護中に命の危機が発生する様な事態が起きた時、警護対象が我々の指示に従わなくなってしまうからね。そうなれば、警護対象も警護する者も死ぬリスクが一気に高まってしまう」
「……」
「私や司人には、藤木の家の者を守る義務がある。私事を優先して動けば、藤木家傘下で護衛を行う者達に極めて大きな負債を背負わせてしまう事になる。それだけは避けねばならん。例え、孫娘が悲嘆にくれる日々を送っていたとしても……」
そう言って、幻夜さんは口を閉ざした。
俺の質問のせいで暫く沈黙が続き、裕二が意を決し幻夜さんに声を掛けようとした時、大広間の入口の襖の方から司人さんの入室許可を求める声が聞こえて来る。
「失礼します。お義父さん、凛々華を連れて来ました」
ん? 司人さんが、お孫さんを連れて来たと言う事は……
「おおっ、そうか! さっ、早く中に入って来なさい!」
「はい」
嬉しそうな幻夜さんの入室許可の声が大広間に響き、司人さんによって襖が開かれる。
大広間に入って来た司人さんの後ろには、日本人形の様なセミロングの和装の姿の女の子が続いていた。
多勢に無勢。
重蔵さんの様な超級の達人でもなければ、武道経験者のパーティーでも数に押し潰されますよね。




