第99話 御宅訪問……重っ
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翌日。学校が終わった後、制服を着たまま俺達は重蔵さんに教えられた住所に向かって移動する。電車を使って5駅移動し、バスに乗って10分程移動した所に目的の家はあった。
少し街中を離れた郊外ではあるが、裕二の家より大きな白壁の塀に囲まれた家……と言うか御屋敷だ。
「これが武家屋敷のデフォルトの規模なのかな?」
「そうね……」
俺と柊さんは、御屋敷を前にして少し遠い目をする。何と言うか……住む世界が違く無い?と。
最近は裕二の家に通いつめているので慣れて来た感もあるが、改めて考えると俺達の様な中流階級の一般市民が訪問する家としては場違い感が凄い。
「そんな所で、何してるんだ二人共?」
「あっ、いや、何でも無いよ。ねっ、柊さん?」
「ええ、何でも無いわ」
「……そうか?」
俺と柊さんの取り繕う様な反応に裕二は怪訝な表情を浮かべるが、取り敢えず疑念を押し流して玄関脇のインターホンに手を伸ばした。
軽い呼び出し音が鳴り響き、数秒後に家人がインターホンに出る。
【はい。どちら様ですか?】
「広瀬です。本日面会のお約束をしていたのですが……」
【!? ああっ、広瀬様ですね! 御訪問、お待ちしておりました! 直ぐに門を開けますので、そのまま少々お待ち下さい!】
「あっ、は、はい」
裕二が余りの剣幕に呆気に取られている間に、インターホンは切れた。……何なんだ、この反応は? インターホンに出た人の言葉のはしからは嫌悪感を感じなかったから、俺達の訪問を嫌がっていると言う様な事は無いと思うけど……。
俺と柊さんがインターホン越しの不思議なやり取りに首をかしげていると、裕二がユックリとした動作で俺達の方を向いて口を開く。
「……俺、何か失言したかな?」
「いや? ただ単に、訪問の挨拶をしただけだったぞ?」
「ええ。私にも、そう聞こえていたわよ?」
「そう、だよな……?」
裕二は俺達の感想を聞き、再び不思議そうに首を傾げた。
待つ事、数分。正門の大扉が軋む音を立てながら、ユックリ観音開きで開いて行く。
綺麗に切り揃えられた庭木や繊細な彫刻が彫り込まれた石灯籠、白い玉砂利の地面や時代を感じるレトロな木造平屋建ての母屋が大扉の奥に見えるが、何より目に付いたのは揃いのエプロンを付けた使用人さん達や、道着姿の門下生達が一斉に頭を下げながら挨拶をする出迎えの列だった。
「「「「ようこそいらっしゃいました、広瀬様、九重様、柊様!」」」」
「「「……」」」
その光景に、俺達は絶句する。
何? この過剰なまでの歓待振りは……。
俺達があまりの光景に唖然とし硬直していると、道着姿の渋い初老の男性が俺達に向かって歩み出て来た。
「よく来てくれたね、君達が来るのを待っていたよ。広瀬裕二君、九重大樹君、柊雪乃さん。私は藤木司人。ここの当主だ」
俺達は藤木さんの自己紹介を聞き、ギョッと目を見開き驚いた。
当主が直々に玄関先まで御出迎えって……本当にどうなってんだよ?
「あっ、えっと、その……こちらこそ急なお願い事を聞いて頂き、有難うございます!」
動揺しながらも裕二が藤木さんに挨拶をしながらお辞儀をしたので、俺と柊さんも慌てて裕二と同じ様にお辞儀をする。
「気にしないでくれ、重蔵さんの相談事でもあるしね。さっ、ここで話すのも何だ……案内するから家に上がってくれ」
「は、はい!」
予想外の展開に裕二もガチガチに緊張している様で、口から出る声が随分と硬い。まぁ、俺と柊さんは異様な雰囲気に声も出せないぐらい緊張しているから、声が出せるだけ裕二は大したものなんだけどな。
俺達は藤木さんに先導される形で連れられて、使用人さんや門下生達の並ぶ列の間を通り抜け母屋へと上がって行く。緊張しながら無言で玄関を抜け、長い廊下を歩いていくと視界の隅に枯山水の日本庭園が見えてきた。波紋が付けられた白砂の中に苔の付いた石が置かれており、互いの石を繋ぐ様に石橋も掛けられている。
俺の視線が庭園に向いている事を察したのか、藤木さんが俺達の緊張を解そうと気を使ったのか、穏やかな口調で話しかけて来た。
「どうです? 中々の物でしょう?」
「えっ、ええ。素敵な御庭ですね……」
俺は思わず足を止め、藤木さんに返事を返した。と言っても、何処がどう良いかと聞かれても、言葉に出来ないけどな。
「ここを作った庭師が言うには、瀬戸内海の島々と大橋を表現しているそうです。苔の付いた石が島を表し、その石を繋ぐ石橋が瀬戸大橋を表しているそうです」
へぇー、瀬戸内海……。
「と言うと、白砂の円形波紋は渦潮を表しているんですか?」
「ええ、作った庭師はそう言ってましたよ」
俺の指摘は正しかった様で、藤木さんも正解を出した生徒を褒める様な和やかな笑顔を浮かべる。
うーん、何と言うか……小っ恥ずかしいな。
少しの間その場に留まり、庭園を皆で観察した後、再び藤木さんの案内で廊下を暫く歩くと大広間らしき部屋に到着した。
しかし、藤木さんは大広間の襖を直ぐには開けず、俺達に止まる様にジェスチャーを出した後、襖の前に正座で座り声をかける。
「失礼します。お義父さん、お客さんをお連れしました」
「……そうか。中に入って貰いなさい」
1拍の間を開け、襖の中から低く力強い声が聞こえて来た。って……お義父さん?
藤木さんのお義父さんと言う発言に首を傾げている間に、大広間の襖は開けられた。大広間の中には、作務衣を着た白髪の小柄なお爺さんが座っていた。
大広間に入った俺達は、お爺さんの前に敷かれた座布団に横一列で正座をして座っていた。中々緊張する座位置だ。因みに、一緒に入室した藤木さんは俺達の斜め前、お爺さんの隣から少し離れた位置に座っている。
すると、お爺さんが話しかけてきた。
「まぁ、そんなに緊張せず、足を崩して楽に座ってくれたまえ」
お爺さんは場の雰囲気に飲まれ緊張する俺達に、気楽にすると良いと言ってくれるが……無理。この状況で、楽にする事など出来無いわ。
微妙な緊張感が大広間に流れる中、熟年女性の使用人さんがお茶と茶菓子を運んで来てくれた。湯気立つ緑茶の香りが、緊張する俺達の心を落ち着かせてくれる。お茶を持って来てくれた使用人さんにお礼を言い、俺達はお茶を一口口に含む。
「ふぅ……」
「落ち着いたかね?」
「はい」
お茶を飲み、漸く人心地付いた俺達はお爺さんと話し始めた。
「自己紹介がまだだったな。ワシは藤木幻夜、司人の義父じゃ。今は当主を司人に譲り、隠居爺をしておる」
「広瀬裕二です」
「九重大樹です」
「柊雪乃です」
俺達は正座をしたまま、軽く会釈しながら幻夜さんに自己紹介をする。
互いの自己紹介も終わり、幻夜さんは俺たちが訪問した用件の話を切り出す。
「……重蔵の奴から聞いておるが、君等は探索者をやっているそうだね?」
「あっ、はい。半年程前から、探索者を名乗らせて貰っています」
「そうか……」
裕二が幻夜さんの問い掛けを肯定する返事を返すと、幻夜さんと藤木……司人さんの表情が少し陰る。
何かあったのかな?
「いやっ、すまない。探索者関連の事で、少し色々あってね……」
「はっ、はぁ……」
幻夜さんは、気まず気な表情を浮かべ、俺達に向かって、妙な質問をしたと軽く謝罪する。謝る必要は無いんだがと、不思議に思いつつ、少し視線を司人さんの方にズラして、俺はギョッとした。ちらりと、視界に入った司人さんの表情は、無表情だったからだ。但しそれは、怒りの感情を無理やり、内側に抑え込んでいる様な、無表情と言えた。
何故そんな表情をしているのか聞いてみたい気はするが、軽い気持ちで踏み込んで良い事の様には思えず口をつぐんだ。
「……本題に入ろう。君達は私達に、どう言う稽古をつけて貰いたいのかね?」
「あっ、はい。実は……」
裕二が俺達を代表し、幻夜さんと司人さんに稽古を依頼するに至った経緯を説明し始めた。スキルに頼り切った探索手法を取っていたので、スキルが使えない状況では脆いと言う弱点が露呈したので改善したいと。
「なる程。確かにそう言う事なら、私達にも稽古の協力は可能ですね」
「そうだな。その辺りのノウハウを学ぶのならば、重蔵がウチを頼るのも納得だな」
どうやら、納得して貰えたらしい。
「まぁ重蔵の頼みだしな、稽古を引き受けるのは構わんよ」
「本当ですか? 実は家に伝わる秘伝のノウハウだから、門下生でもない部外者には教えられない、と言われて断られるかもと心配していたんですが……」
重蔵さんに軽く藤木家の話を聞いた限りでは、SPを生業とする家系の様だ。護衛が身内でも無い部外者に護衛のノウハウを漏らすと言う事は、護衛対象を襲撃しようとする者に襲う隙を見つける知見を与える事と同義だろう。そうすると、ノウハウの秘匿こそが護衛成功率を上げる秘訣とも言える。
だからこそ、如何に重蔵さんの紹介があるとしても、断られるか了承を渋られると思っていたのに、二つ返事で了承してくれるなんて……おかしくないか?
「ああ。だが無論、無条件に教える事は出来ないよ?」
やっぱり、交換条件ぐらいはあるよな。一応、事前に重蔵さんから条件は聞いているけど……。
俺達の視線が集中した事を感じ、幻夜さんは一度口を閉じ唾を飲み込んだ後、幻夜さん達にとっての本題を口にした。
「重蔵に電話口で伝えた様に上級回復薬の譲渡、もしくは上級回復薬を入手する伝手の紹介が条件だな」
「重蔵さんからは、君達が上級回復薬を所有していると聞いてるのですが……持っていますか?」
幻夜さんは淡々と稽古を付ける為の交換条件を告げ、司人さんは縋る様な眼差しを俺達に向けながら上級回復薬の所有の有無を尋ねてくる。
ここまで上級回復薬に縋るなんて……。
「はい。確かに、俺達は上級回復薬を所有しています」
「本当ですか!?」
「ええ。エリアボスを倒した時に取得しました。ダンジョン協会の鑑定に出し、上級回復薬で間違いないと鑑定が出ています」
「ああっ……良かった」
裕二がダンジョン協会が公認した本物の上級回復薬を所有していると伝えると、司人さんは涙を流しながら安堵の言葉と共に崩れ落ちた。幻夜さんも崩れ落ちこそしていないが、目尻に涙を蓄え上を向いている。
暫く大広間には、堰を切らした様に二人が漏らす安堵の泣き声が静かに響いた。
暫くして、二人は泣き止み涙を袖で拭いた。
若干涙声が混じっているが、司人さんが落ち着いた声で語りかけてくる。
「すみません、見苦しい姿をお見せしてしまい……」
「いえ、構いませんよ。それで……無礼を承知でお聞きしますが、それ程お二人が取り乱すなんて、何があったんですか? 上級回復薬を熱望していらっしゃる事から、どなたか大怪我でも負ったのでしょうか?」
「……そうですね。貴重な回復薬を譲って貰う以上、こちらも事情はお話しておいた方が良いですね」
司人さんは軽く目を閉じ、深呼吸をして気持ちを落ち着け話し出す。
「実は、上級回復薬を必要としているのは……私の娘なのです」
「娘……さんですか?」
「はい。今年高校3年生になる筈だった、娘の藤木凛々華です」
「……だった?」
何か、不穏な響きが……。
「……今現在、娘は自宅療養と言う事で学校には通っていません」
「えっ?」
自宅療養? 学校に通っていない? それって、つまり……。
俺達が娘さんの現状を聞き嫌な予感と共に想像を浮かべていると、後悔しても後悔したりないと言いたげな様子の司人さんが苦々し気な口調で語りだす。
「娘は皆さんと同様、去年探索者免許の交付を受けて探索者になりました。そして今年の3月の始めに、ダンジョン探索中に大怪我を負い、利き腕と片目を失いまし……」
「「「……」」」
司人さんはそう言うと顔を俯かせ、歯を食い縛る音を立てた。
うわっ……マジか。
俺達は司人さんの言葉を聞き、思わず絶句した。
「幸い娘は怪我を負った直後に中級回復薬を使った事で、命は助かりましたが失った腕と目は元には戻りませんでした」
「「「……」」」」
話題が重過ぎて、俺は言葉を出す事が出来無い。
しかしそれは裕二や柊さんも同様で、顔を引き攣らせたまま只々娘の事を語る司人さんの姿を見続けることしか出来ていなかった。
「私は娘の怪我をどうにか出来ないかとお医者さんなど方々に聞いて回った結果、上級回復薬の事を知りました。部位欠損さえも、服用する事で再生治療が可能だと言う上級回復薬の存在を!」
顔を上げた司人さんの目尻には、薄ら涙が浮かんでいた。
そして……。
「ですから、お願いします! どうか娘の為にも、薬を譲って貰えないでしょうか!?」
司人さんは俺達に向かって土下座をしながら、上級回復薬を譲ってくれと懇願してきた。
マジかよ、これ……。
回復薬が必要だったのは、稽古先の娘さんです。
探索中のとある出来事で、重傷をおいました。