第5話 日本ダンジョン協会
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ダンジョンが出現して半年、遂に日本のダンジョンが世間一般に公開される事となった。
それに伴い、政府は各省庁合同でダンジョンに潜る探索者を管理する団体を作る運びとなり、各省庁から人員を出し作られた組織が日本ダンジョン協会だ。協会の仕事は探索者志望者への安全講習から探索許可免許の発行、協会推奨武具の販売にドロップアイテムの買取と幅広い。本部は霞ヶ関で、出先の支部は現在発見されているダンジョン近郊の都市に作られている。
ダンジョンへの潜行には協会発行の許可書……特殊地下構造体武装探索許可書が必要で、許可書の習得には協会が行う実技講習を受講し筆記テストで合格する必要があった。協会開設と同時に探索者志望者の申し込みは多数に上ったが、国は義務教育期間中の15歳以下のダンジョン潜行を許可しない方針であると宣言。これには未成年者のダンジョンへの立ち入り自体を全面的に規制すべきではないか?と言う異論も多く出たが、政府は労働基準法上満16歳以上の者の労働が認められているので職業選択の幅を狭める様な規制をすべきではないと主張した。
まだまだ問題はあれど日本ダンジョン協会は動き出し、日本のダンジョン攻略が本格化する。
日本ダンジョン協会が設立され、通称探索者カードの申請受付が開始された事がTVニュースで流れる。朝食を摂りながらそのニュースを見ていた俺は、向いで頬を膨らませている美佳に声をかけた。
「美佳、何膨れっ面してるんだ?」
「何って、お兄ちゃん! 私はダンジョンに潜れないんだよ!?」
「まぁ、年齢が届いていないからな」
美佳は今年で中学3年の満15歳、許可書を申請する資格を得るには来年まで待つ必要がある。
「大体、お前は今年受験生だろ? ダンジョンダンジョンて騒いでるけど、受験対策は大丈夫なのか?」
「うっ! えぇっと、それは……」
「まずは無事、高校受験を乗り切ってからにしろ」
美佳は俺の指摘に、苦々しそうな表情を浮かべ押し黙った。コイツ、中3の夏まで部活に力を入れていたから、勉強は少々苦手気味の様で今になって四苦八苦しているからな。スポーツ特待を貰える程の成績を大会等で残している訳ではないので、一般入試を受けるしかないんだから今はダンジョンの事は忘れろっての。
「そうよ、美佳。貴方この間の模試の結果でも、志望校の合格判定がギリギリだって言ってたじゃない。お兄ちゃんの言う通り、ダンジョンダンジョン言う前に勉強しなさい」
「うう、お母さんまで……」
「それに、未成年者の登録申請には保護者の同意が必要なのよ?」
「……」
母にも言われ、美佳の奴は渋々ながら諦めた様で、大人しく朝食の残りを気落ちした様子で食べていく。そんな落ち込まなくても良いだろうに。
「まぁ、ダンジョンの事は暫く様子見で良いんじゃないか? 多分暫くの間は新規参入者同士でごたつくだろうし、協会の方も業務に慣れるまでは手間取って混雑すると思うぞ?」
「でも、スタートで差がつくと……」
「ゲームじゃないんだ。スタートダッシュは必ずしも、必要ないだろ?」
どうも、この妹は何処か危うい。ダンジョン出現という非現実的事態に、現実とゲームを同一視していないだろうか?現実である以上、死ねばそこまでだ。ゲームの様に復活出来る訳ではないんだ。
「ほら、貴方達。何時までも喋っていないで、早くご飯食べちゃいなさい。片付かないでしょ?」
そう言われテーブルの上を見渡すと、既に父と母の皿は空。同時に時計を見た俺と妹は視線を交わし、食べる速さを上げた。
ヤバい、思った以上に時間が経っている。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
食事を終わらせた俺と妹は少し休憩した後、通学カバンを持って家を出た。
今日は少し遅れたので、俺が教室に到着した頃には既に登校していた生徒達によって賑わっていた。喧騒の声に紛れる様に教室に入ると、裕二と目があう。
「おはよう」
「おう、おはよう。今日は少し遅かったな?」
「朝チョットな……」
教室の一番後方の校庭側の席。その机にカバンを置きながら、席替えで前後の席位置になった裕二と話す。
「どうしたんだ?」
「美佳の奴が、今朝のニュースを見てな」
「ああ、探索者申し込みのやつか」
「そう、それ。何で年齢制限があるんだ、って朝から騒いでな」
俺が溜息を吐きながら裕二に事情を話すと、裕二も何とも言えない表情を浮かべる。
「成る程な。美佳ちゃんのダンジョン熱は、未だに冷めていない様だな」
「ああ。今年高校受験だって言うのに、何考えてんだか」
「まぁ、まぁ。美佳ちゃんも高校に上がれば、少しは落ち着くんじゃないか? 環境が変われば考えも変わるだろうしさ」
「……これでか?」
俺は裕二の顔を見た後、周囲を見渡し裕二に首を傾げながら尋ねる。
そこには、探索者申請を行ってダンジョンに行こうと盛り上がる、クラスメート達の楽しそうな姿があった。
「何か……すまん」
「いや、謝られてもな……」
目線を俺から逸らし小さな声で謝る裕二の姿に、何とも言えない沈黙が俺達の間に流れる。
「何してるのよ、貴方達は……」
そんな何処か気不味い空気を打ち砕いてくれたのは、俺の右隣の席に座っていた柊さんだった。彼女は呆れた様な眼差しを俺達に向けながら、1限目の授業の準備を整えている。
「九重君の妹さんがダンジョンに興味津々って言う話は聞いていたけど、そんなに心配する事じゃないと思うわよ?」
「……どう言う意味かな、柊さん?」
柊さんの物言いに違和感を覚えた裕二は発言の意図を探ろうと食いつき、柊さんは冷めた様な口調で理由を語りだした。
「簡単な事よ。九重君の妹さんが申請資格を得る前に、嫌でも現実を見る事に成るはずよ」
「……」
「それって……」
俺は柊さんの言いたい事を何と無く理解し、裕二も何かを察し顔色が変わる。俺と裕二の雰囲気を察した柊さんは、少し躊躇した後に結論を述べた。
「……ダンジョンに入った探索者志望者の内、少なくない数の人が探索に失敗してダンジョン内で死ぬはずよ。その中に、妹さんの学校関係者の身内が居ないと言う可能性は少ないと思うの」
確かに、無くは無い予想だ。柊さんの言う通り、恐らくウチの学校の生徒も少なくない数の者達が探索者申請を出しているだろう。ウチのクラス内でもこの調子だしな。
そして、その申請者の中に弟妹がいて、その弟妹が中学生かつ美佳の学校の生徒である確率は決して低い物ではない。故に、その中の数名がダンジョンで死亡すれば、ダンジョンダンジョンと浮かれている美佳の奴も、嫌でも現実を見る事になるはずだ。
「……柊さんの言う通りになるかもしれないな」
裕二はボソリと同意の声を漏らし、そうだろうなと俺も同意する。
幾ら実技講習や座学テストがあっても、死ぬ者は死ぬ。この日本で、命を奪おうと明確な敵意を向けてくる者と対峙した経験を持つ者などそうはいないだろう。今までは自衛隊や警察等、ある程度そういう物に耐性があり、対応する訓練を受けて来た者達だけが日本国内のダンジョンに挑んでいた。それでも少なくない犠牲者が出ていたのだ。そこに、簡単な講習を受けただけの素人達が意気揚々と入ればどうなるか?
考えるまでもない。
俺はダンジョンに付いて盛り上がる教室をボンヤリと眺めた。
「もしかしたら、コイツ等の中からも……」
嫌な予感が頭を過り頭を振るって振り払うが、数ヶ月いや数日後には現実になる可能性があった。同じ結論に至ったのか、俺と裕二の視線が交わる。
「止めた方が……」
「たぶん無理、だな」
「そうね。恐らく誰かウチの学校内から犠牲者が出ない限り、何を言っても戯言扱いされて聞き入れられないと思うわよ?」
止めた方が良いんじゃないかと裕二は言うが、俺と柊さんが否定する。ダンジョン熱に浮かれる彼等には、今俺たちが口を酸っぱく警告しても警告として受け取らないだろう。何せ、書類一枚出すだけでダンジョンという名のアトラクションに参加できるのだから。
その本質も考える事無く。
「一応言っておくけど、親切心で忠告した所で後々面倒になるだけよ? 何であの時もっと強く止めなかったんだ!って」
柊さんの言う通りだ。
俺達が親切心で忠告したとしても、現段階では、口煩い者、厄介者として扱われ、いざ死傷者が出れば、自業自得な結果のはずなのに、被害者面で責め立ててくるのが、目に見えている。
「本当なら、学校側が全面的に規制した方が良いんでしょうけど……」
「バイトに関しては、学業に支障が出ない範囲ならばって言う規定があるだけで、バイト内容に関しては一切決まりがないからね。それに免許が必要とは言え、探索者業に関しては明確な雇用主が居るって言う訳でもないし、ダンジョン探索は趣味の範囲だって強弁されれば、学校側としても規制のしようがないだろうね」
仮に学校の独自ルールとして定めるにしても、実際に教職員がダンジョン付近に毎日見回りに出て違反生徒達を取り締まれる訳でもない。必ずダンジョンに潜り込む生徒が出てくる。
「止め様が無い、って言うのが実際でしょうね」
「多分ね。免許取得時に講習があるとは言っても、ダンジョンって言うファンタジーを目の前にして浮つく人達に、数時間の講習で危険地に行く心積りまでは教え様がないよ」
多分、免許制度自体にしても政府からしたら、探索者が死傷した時の責任の所在を明確化させる事と、説明責任は果たしたって言うポーズの為だろうな。でもなければ、こんな簡単な登録制度にする筈がない。
車の免許を取るだけでも、最低半月以上は必要なんだから。
「……何も出来ない、って事か」
「正確には、何もしない方が良い、かしら?」
胸に溜まった息を吐きながら無力感を感じている裕二と、冷静に指摘する柊さん。裕二の葛藤も分かるけど、俺の心情は柊さんの意見よりだ。
何とも言えない空気が漂い、俺達は言葉を発する事なく佇む。
「おーい、ホームルームを始めるから席に着け」
担任が教室に入って来た事で、雑談していたクラスメート等は慌てて席に着く。俺達はその姿に何とも言えない思いを抱きながら、無言のまま席に着いた。
もしかすれば、1月後には見られなくなる光景かも知れないと思いつつ。
探索者カード申請者数は、募集初日で万を超えた。日本ダンジョン協会は、毎週日曜日に各都道府県の国立大学を専用施設開設までの臨時試験場とする事を夜の国営放送局のTVニュースで伝える。同時に第1回免許交付試験を週末に行うと発表した。
各新聞社や雑誌社は挙って話題性に富むダンジョン特集を組み、スポンサーの意向を受け民衆をダンジョン探索へと煽る。特集の内容の大半は、ダンジョンから出土するドロップアイテムについて。ドロップアイテムが如何に有用で重要物資なのか、如何に高価格で日本ダンジョン協会で買い取られるのかを論じている。あからさまに世論誘導の匂いがしたのだが、考えが浅い一般民衆は煽られるままにダンジョンに熱狂し、ダンジョンに送り込み大量のドロップアイテムを得たいと言う政府や大企業の意図に自ら飛び乗っていく。
探索者カード申請は10代後半から30代前半を中心に増加の一途を辿り、第1回免許交付試験の受講者数は全国で5万人を超える事態となった。試験結果は、簡単な内容だった事もあり志願者の8割方が合格。4万人近い人々に特殊地下構造体武装探索許可書が発行され、正式に日本最初の探索者達が誕生した。
そして、彼等は日本ダンジョン協会が推奨する武器や手近な得物を手に取り、根拠の無い自信を胸に意気揚々とダンジョンへ向かって行く。
連休中は毎日21時頃に投稿する予定です。




