第97話 実戦経験の質の差
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改善点が続出したダンジョン探索から帰って来た翌日。俺達は美佳達と一緒に道場で重蔵さんとの稽古をこなした後、重蔵さんに相談事があると言って美佳達を先に家に帰した。相談内容を美佳達に聞かせ、不安にさせない為だ。
美佳達が帰った後、俺達はダンジョン探索で噴出した問題の改善方法について重蔵さんに相談した。
「なる程の。確かに、嬢ちゃん達を先に帰らして正解じゃな。こんな相談事を聞けば、ダンジョンに行く前に、不安を増すだけじゃからの」
「はい。全くもって、腑甲斐無いばかりです」
「まぁ、幾ら探索者としてダンジョンに潜っておると言っても、お主等は元々荒事とは縁の無い単なる一般人じゃからな。正式に戦闘訓練を積んだ訳でも無いんじゃ、スキル頼りになるのも仕方無いかの……」
重蔵さんは、俺達の話を聞き渋い表情を顔に浮かべる。俺達の醜態に失望しているのでは無く、やっぱり起きるべき事が起きたかと言った表情だ。
「それで爺さんに相談なんだけど、無理の無い索敵を覚えるにはどう訓練したら良いんだ? 今の索敵のやり方だと、常時集中して神経を磨り減らすばかりなんだけど……」
「無理の無い索敵の……。自然体で索敵を行える様になると言った意味ならば、修羅場を多数経験するしかないな。お主等もダンジョンに潜っておるから、それなりの数の修羅場は潜っておるのだろうが質が伴っておらんからの……どうしたものか」
裕二の質問に重蔵さんは、些か困った様な表情を浮かべる。
しかし、質が伴っていないって言うのはどう言う意味だ?俺がそう思っていると、裕二がそのことを口にする。
「爺さん。質が伴っていないって言うのはどう言う意味だ? 俺達もモンスター相手に、それなりにやり合っているんだけど……」
「言った通りの意味じゃよ。お主等、モンスターやトラップ相手に、命の危険を感じた事はあるか?」
「「「……」」」
重蔵さんにそう聞かれ、俺達は思わず顔を見合わせて沈黙する。
言われてみれば、スキルありでダンジョンに潜っている間、危ないと感じた事はあっても、死ぬと感じた事はなかったな。
俺達の様子を見て察した重蔵さんは、軽く溜息を吐く。
「……やはり、思った通りじゃったか。それでは幾らダンジョンで実戦経験を積んでも、本当の意味で危機感なぞ身に付きはせんわい」
「……どう言う事だよ」
「言わなくても、既にお主等も分かっておろう? 命の危機を感じた事が無いと言う事は、どんな出来事が、どんな状況が、どんな気配が真に危険なのかなど分かりはせんよ。死ぬ様な思いをして初めて、2度と同じ事を繰り返さないと言う本能から、身に染み込んだ危機感と言うのは身に付くのじゃ。今までお主等がダンジョンで積んだ実戦経験では、そんな真の意味での危機感は身に付かんわい」
「「「……」」」
確かに、重蔵さんの言う通りだろう。俺達が積んだ実戦経験は、あくまでも安全マージンを過剰なまでに取った上で積んだ実戦経験だ。重蔵さんの言う様に、モンスターやトラップと死ぬ思いをしながら戦ったと言う事は一度も無い。エリアボスのオーガと戦った時だって、危ないと思う場面はあれど命の危機を感じた場面はなかったしな。
「確かに、お主等はダンジョンで実戦経験を積んでおるのじゃろう。それは間違いでは無い。じゃがその経験では、闘う者としては不十分じゃ。命のやり取りを含めてこその、実戦経験じゃよ」
重蔵さんにそう諭され、俺達は意気消沈し顔を俯かせ落ち込む。
それなりの実戦経験を積んだと思っていたが、どうやらそれは俺達の勘違いだった様だ。
「「「……」」」
「まぁ、現状を維持しながら狩猟者としての探索者を続けるのなら、今のままスキルに頼る方針でも問題はなかろう。無理をして、強敵や高難度のトラップを潜り抜ける必要も無いのじゃからの。じゃが現状維持に飽き足らず、向上心を持ってダンジョンに挑み続けると言うのならば、今の内に改善しておかなければ後々危ない事になるじゃろうな」
現状維持か挑戦か、か……中々難しい選択だな。
裕二は元々修行目的だから、挑戦し続ける事を選択するだろうし。俺は美佳達の後見人をするつもりだから、出来るだけ後ろ盾として有力である為にも高みを目指そうとは思う。
しかし、柊さんは……。
「……」
柊さんは難しい表情を浮かべ、重蔵さんの言葉に悩んでいる様だった。
元々柊さんは、実家の事情でダンジョンに潜っていたからな。目的を現状で達している以上、敢えて困難に挑戦する必要は無いのだ。柊さんがここで俺達と共に挑戦する事を拒んでも、俺達がどうこう言える訳ではない。何せ、現状以上の挑戦をすると言う事は、今以上に命を危険に晒すと言う事を意味しており、何の目的も無く選べる選択では無いからな。
俺が悩んでいる柊さんの顔色を観察していると、意を決した裕二が口を開く。
「……爺さん、俺は挑戦し続けるよ。元々ダンジョンに潜る事が修行だし、今のままじゃ爺さんに一撃を入れる事は出来ないしな」
「ふむ、そうか」
「何だよ、随分そっけないな……」
「何。お主がここで否と言っとれば、ワシが直々に性根を叩き直してダンジョンに放り込んどったわい」
……何か凄い事を言ってるよ、この爺さん。
その証拠に、裕二も顔を嫌そうに歪めてるし。
「げっ。何だよ、それ。結局、俺には選択肢が無かったって事じゃないか……」
「道が変わらずとも、自分でその道を選んだと言う事が重要なんじゃよ。他人に強制された道では、何れ壁に当たった時に容易く折れるのが関の山じゃからの。折れない様にするは芯、自分でその道を選んだと言う意識が重要になるんじゃ。最後の最後まで追い詰められた時には、自分で選んだと言う意識こそがその危機を覆す原動力になるんじゃよ」
「……」
納得は行かないが理解はした、と言った表情を裕二は浮かべている。
しかし、まぁ……自分の意志で自分の道を選ぶ、か。それなら、俺の道も自分で決めないとな。
俺は座った姿勢を正し、裕二と話している重蔵さんに声をかける。
「重蔵さん。俺も裕二と一緒で、ダンジョンに挑み続けようと思います」
「……良いのか?」
裕二と話していた重蔵さんは、俺の声に反応しユックリとした動作でコチラを向き、俺の目を真っ直ぐに見ながら問いかけて来る。
「はい。厳しい選択だと言う事は、重々分かった上での返事です」
「そうか……」
「それに……ダンジョンに挑戦し続ける事は、勘違いした馬鹿達と戦おうとしている妹達の助けにも成りますしね」
「……それならば、ワシからは兎や角言わんでおくとしよう」
俺の苦笑混じりながらも真剣な決意表明を聞き、重蔵さんも無理に俺の意見を変えようとはしなかった。一応俺にも、美佳の頼もしい兄でありたいと言う気持ちがあるからな。危険な選択肢を選んでいると言うのは分かっているが、妹が無理をしてでも頑張ろうとしているのだ。兄として、出来る限りの援護はしてやりたい。
「と言う事は、大樹がダンジョンに挑戦し続けるのは美佳ちゃん達の為って事か?」
「まぁ、な……」
「随分とまぁ、妹思いのお兄さんだこった。……これが、シスコンって奴か?」
「シスコン言うな!」
誰がシスコンか、誰が!
俺は、頑張る妹を応援してやりたいと言っているだけだろうが。
「……私は」
俺と裕二が戯れ合いながら話していると、柊さんが戸惑い気味に口を開く。
まぁ、柊さんは無理をする必要はないから、現状維持派だろうな。俺と裕二がダンジョンの下の階層に潜っている間、美佳達の引率をしてくれれば……。
「私も、ダンジョンに挑戦し続けたいと思います」
って、え? ……挑戦?
俺と裕二が柊さんを目を見開いて見ながら驚いていると、無言で座っていた重蔵さんが重々しく口を開く。
「良いのか、柊の嬢ちゃん? 分かっておると思うが、相当危険な選択肢なんじゃぞ?」
「……はい。分かっています」
「九重の坊主や裕二とは違い、柊の嬢ちゃんは無理にダンジョンの奥深くまで潜る必要は無いんじゃろ? 現状でも、柊の嬢ちゃんがダンジョンに潜る目的は果たせておるのじゃからな。……無理をして、二人に付き合う必要は無いんじゃぞ?」
重蔵さんはそれ以上何も言わず、じっと柊さんの目を見つめる。
「それは……」
柊さんは重蔵さんの忠告に何らかの反論をしようとしているが、口を開け閉めさせるだけで中々言葉が出てこない。
俺と裕二はそんな柊さんの姿を見て、一瞬だけ顔を見合わせた後口を開く。
「……柊さん、無理をしなくて良いんだよ? 俺達がダンジョンに挑戦する事を選んだからと言って、柊さんが望まない挑戦をする必要はないんだからさ」
「……そうだな。無理は良くないな」
俺と裕二は口々に、重蔵さんが口にした柊さんがダンジョンに潜る目的であるお店の事を持ち出したりしながら説得を試みた。
しかし……。
「……無理に、じゃないわよ」
「……えっ?」
「私は無理をして、ダンジョンに挑戦するって言ってるんじゃないの。確かに九重君や広瀬君の言う様に、今の私の状況ではダンジョンの奥深くに潜る理由は無いわ。お店の事だって、お父さん達が頑張っているから私がダンジョン食材を調達しなくても、昔ほど経営が苦境に立つ事は無い筈よ。でも……」
「でも?」
そこで一旦言葉を切った柊さんは、目を閉じ唾を飲み込んだ後、意を決し言葉を紡ぐ。
「お店の経営が安定するまで私達家族を助けてくれたのは、紛れも無く九重君と広瀬君よ。それなのに、私は二人に助けて貰った恩を返せていないわ」
「……恩って」
うわぁー。柊さんって実は、義理人情に厚い人だったんだ……。
俺と裕二に向ける柊さんの眼差しは、冗談を言っている様な眼差しでは無い。徹頭徹尾、真剣な眼差しだった。ここまで重く、柊さんが俺達のやっていた事を受け止められていたなんて……。
柊さんの真剣な眼差しに気圧された俺と裕二は、どう応えれば良いのか分からず迷っていると重蔵さんが口を開いた。
「恩返し……それが柊の嬢ちゃんが自分で選んだ道と言う事じゃな?」
「……はい」
「例え命の危険があっても、変える気は無いのじゃな?」
「はい。流石に死ぬ気はありませんが、私に出来る事は出来るだけやろうと思います」
「……そうか」
重蔵さんは柊さんの答えを聞き、一言だけ返し腕を組んで黙り込んでしまった。俺と裕二は顔を見合わせ、気まずげに視線を交えた。
これ……どうしよう?と。
柊さんと重蔵さんのやりとりの後、道場の中には気拙い空気が流れていた。
俺と裕二はどう声をかけたら良いのか分からず戸惑っているだけで、柊さんも腕を組み黙り込んでいる重蔵さんから黙ったまま目線を外さない。暫くの間、誰もが動けないでいたが重蔵さんが口を開く。
「さて、お主等。これで、互いの意思確認は出来たと言う事じゃの」
いや! ちょっと待って貰えませんか!? 柊さんの事を置いておいて、話を進めて貰うと困るんですけど!? 俺と裕二の頭はまだ、この状況に追い付いてませんって!?
そんな俺達の懇願染みた戸惑いに気が付いたのか、重蔵さんの憐れんでいる様な、呆れている様な視線が俺と裕二に向けられる。
「互いに言いたい事はあるじゃろうが、お主等自身がそれぞれの理由で選んだ道じゃ。ならば、相手の選択を尊重してやるんじゃな」
「「「……はい」」」
重蔵さんの静かに言い聞かせる様な口調の言葉に、俺達は互いの顔を見合わせた後に了承の返事を返した。確かに重蔵さんの言う通り、ダンジョンに挑戦し続けると言う道を選んだのは他の誰の意見でも無い、俺達自身の意思だ。それは無闇に否定などせずに、受け入れ互いに尊重すべき物だろう。
「お主等の意思も確認し終わった事じゃし、実戦経験の質を改善する方法を考えるとするかの」
「あっ……そう言えば、そう言う相談だったな」
「何じゃ、忘れとったのか?」
「前振りの話が重くて、忘れたんだよ」
裕二の言う通り、前振りの話が重過ぎだよ、全く。
「まぁ、良い。で、実戦経験の質を向上させるとなると、やれる事は一つしか無いの」
「……命の危機を感じる程の強敵と、俺達が戦うって事か?」
「そうじゃ。じゃが……今のお主等の力を考えると難しいじゃろうな」
重蔵さんは眉を顰め、俺達の顔を見る。
確かに重蔵さんの言う通り、ダンジョンで俺達が命の危機を感じる程の敵と戦おうとすると30階層所では無い、ダンジョン下層に潜るしか無い。だがそれには……。
「お主等……学校を休んでダンジョンに潜る気はあるかの?」
全くもって、時間が足りない。
重蔵さんに問題点を相談した結果、ぬるい実践経験だと断言されました。
まぁ、かなり安全マージンを取ってましたからね。