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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第7章 ダンジョンデビューに向けて
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第94話 体験ゾーンと舐めるなかれ

お気に入り10780超、PV5930000超、ジャンル別日刊23位、応援ありがとうございます。




 着替えを終えた俺達は渡り廊下を抜け、体験ゾーンと書かれた看板がかけられた建物の扉の前に立った。中からは、利用者の声と思わしき悲鳴と歓喜の声が漏れ聞こえてくる。

 物流倉庫の名残と思われる物資搬入用の鉄製の大扉に目が行くが、脇には“出入り口”とペイントされた通用口らしき小さい引き戸があった。あそこから、中に入るのかな?


「何時までもココに突っ立ってても仕方が無いしさ、中に入ろうか?」

「ああ、そうだな」


 俺と裕二が通用口の方に歩いて行くと、大扉を見上げていた柊さん達ははっとした様子で慌てて後を追ってくる。別に、そこまで急がなくても良いんだけど……。

 俺は“出入り口”と書かれた引き戸に手をかけ、ユックリと開く。扉を開くと、中の音が一気に流れ出して来た。大音量で流れる軽快な流行曲をBGMに、利用者達の大声や訓練機用トラップ筺体の作動音が俺達の耳を直撃する。ゲームセンターか、ここ!?

 

「……うるさいな」

「ああ。耳が痛くなりそうだよ」

「そうね。とても訓練施設の一部とは思えないわ」


 耳を押さえながら中に入ると、倉庫の両サイドには各トラップ装置だろう筐体が設置してあるのが見えた。各筺体には多くの人が群がっており、中には明らかに探索者資格を取れないであろう中学生と思わしき男女も並んでいる。少し視線をズラすと、親子連れらしきファミリーもいる始末……。

 完全にレジャー施設だな、そんな感想を抱いている俺の横で美佳達が声を上げた。


「あっー! あそこの人、地面の中に落ちたよ!?」

「えっ!? あっ、本当だ!?」


 美佳が指差す方に目を向けると、バラエティーTV等で良く見る落とし穴の仕掛けに大学生らしき男性がかかり、衝撃吸収用の白いウレタンの海に埋もれている姿が見えた。

 周りで順番待ちをしている人々は、落ちた大学生を指さしながら笑っており、落ちた大学生も苦笑を漏らしつつ、ウレタンの海から這い出て来ようとしている。


「……楽しそうだな」

「ああ。あれって、TVのドッキリとか罰ゲームでよく見るな」

「そうね。TV局から借りてきたのかしら?」

「まさか……」


 しかし、柊さんの指摘も強ち間違っていないんじゃないかと思いたくもなる。何処かで見た事があるような筺体ばかりが並んでいるこの光景を見るとね……。


「はぁ……取り敢えず、どれかやってみようか?」

「そうだな」

「ええ」

「美佳! 沙織ちゃん! 移動するよ!」


 俺は落とし穴から這い上がってくる大学生を眺めている美佳と沙織ちゃんに声を掛ける。


「「あっ、はぁーい!」」


 意識をコチラに戻した2人を引き連れ、俺達は比較的待ち人数の少ない訓練筺体を探し歩き出す。途中、ジョイントマットが敷かれたスペースがあったので、皆揃って怪我防止の為に念入りに準備運動を行う。

 準備運動を終えた俺達は再度歩き始め、空いてる訓練筐体を探す。がしかし、どの訓練筺体も人気があるのか10人近く並んでいる物ばかりだ。 

 暫く人の少なそうな訓練筺体を探し歩くと、倉庫の一番奥に設置してある誰も並んでいない訓練筺体を見つけた。


「アレなんか、どうだ? 誰も並んでない所を見ると、不人気そうだけど……」

「まぁ、良いんじゃないかな? 並ぶのもアレだしさ……3人はアレで良い?」


 俺は確認の為、美佳や沙織ちゃん、柊さんに声をかける。 


「良いわよ」

「うん、私も」

「勿論、私も良いですよ」

「じゃぁ、決まりだね」 


 全員の了承が取れたので、俺達は倉庫の一番奥にある訓練筐体に足を進める。近付くと、訓練筺体の全容が見えてきた。白い床が10m程伸びる、幅2m程の簡素な造りの一本道だ。これで一体何を訓練するんだろう? 

 取り敢えず試してみようと筐体付きの係員さんに近付くと、係員さんは誰も来ず暇だったからなのか椅子に座って頬杖をついて船を漕いでいた。

 おいおい、職務時間中だろ。


「あの……すみません? ちょっと、良いですか?」


 少し係員の勤務態度に呆れながら、俺は起こす為に控えめな口調で声をかける。

 すると、船を漕いでいた係員は俺の声に反応し起きようとした際、頬杖から顔を落としてしまい肘をついていた机の天板で顎を強かに打ち付けてしまった。

 うわっ、痛そう。

 

「~!?~!?~!?」


 係員さんは座っていた椅子から転がり落ち、地面に蹲りながら天板に打ち付けた顎と尻を抑え悶絶した。……サボってた天罰だな、うん。

 俺達は悶え苦しむ係員さんを呆れた眼差しで見つつ、回復するのを辛抱強く待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5分ほど待ち、まだ痛そうに顎を押さえているが係員さんは喋れる程度には復活した。

 俺達に恨みがましい眼差しを向けてくるが、逆恨みだろ。


「お見苦しい所をお見せして、申し訳ありません」

「あっ、いえ……その、大丈夫ですか?」

「はい、何とか……」

「そ、そうですか」

「「……」」


 空気が重い。何、この気不味い雰囲気……。

 

「えっと、その……御利用、ですよね?」

「あっ、はい。良いですか?」

「はい、勿論。この訓練機器のご使用は、初めてですか?」


 自分の仕事を思い出した係員の男性は顎を摩るのを止め、俺達に訓練筺体の使用経験について尋ねてくる。この施設は初利用なので、俺達には当然使用経験はない。


「はい。初めてです」

「そうですか。……では、この訓練筺体についての説明をしますね」


 係員さんは机の側面に設置されたブレーカー型の電源スイッチを入れ、訓練筺体をスタンバイの状態にする。


「この訓練筺体では、床に設置されたトラップを回避する訓練が行えます」


 係員さんが机の上のPCを操作すると、天井に設置されたプロジェクターが光を放ち、白い床に20cm四方の白黒のブロック・チェック柄を映し出す。 

 柄を映し出した後、係員は席を立ち訓練筺体に登る。


「試しに私が行います。見ていて下さい」


 係員さんは、床に映し出されたブロック・チェックの白い部分だけを踏んで、1mほど進んで動きを止め俺達に振り返る。 


「ご覧の様に、今回のパターンでは白い部分が安全地帯に設定されています。白い部分だけを踏んでいれば何もありませんが、黒い部分を踏むと……」


 そう言いながら係員さんは、黒いブロック部分に右足を置く。すると、天井に設置してあった赤ランプが点灯し、床に映し出されていた映像が消える。


「トラップが起動したと判断され、失敗となります」

「……床の柄は、白黒のブロック・チェック柄だけですか?」

「いいえ。今回使用した物はあくまでも説明用の分かり易い物なので、本番では使用されません」


 まぁ、あんな分かり易い物じゃ、訓練にならないか。


「はぁい、質問良いですか?」

「何ですか?」

「どうやってトラップ設定されている床を踏んだのかを、判断しているんですか?」

「床に圧力センサーが仕込まれているんですよ。プロジェクターから映し出される映像と連動して、トラップを起動させたかどうかの判定しています」

「なる程……ありがとうございます」


 中々金がかかった仕掛けだな……。

 係員さんは、美佳の疑問に答えながら元の位置まで戻って来る。 


「他に質問はありませんか? 無ければ始めたいと思うのですが……良いですか?」 

「はい」

「では、最初はどなたから行いますか?」

 

 そう聞かれ、俺達は顔を見合わせた。誰が最初に行くかなど決めていなかったので、目線で牽制し合う。流石にトップバッターは、ね?少し様子を見てみたいしさ。


「で、誰から行く?」

「特別難しいと言う訳でもないから、誰でも良いんじゃないか?」

「そうね。誰か最初にやりたい人は?」


 柊さんの問い掛けに反応し、美佳が素早く手を挙げた。


「じゃぁ、私が最初にやる!」

「美佳……? 行き成りで大丈夫か?」

「うん!平気」


 どうやら、トップバッターは美佳が行く事になった様だ。 

 係員に挑戦する事を申告した後、美佳は意気揚々と訓練筺体のスタートラインに立つ。 


「訓練は行き帰りの往復です。行きと帰りでは、映し出される映像や難易度が変わりますので気を付けて下さい」

「はーい」

「では、始めます」


 そう言って係員がPCを操作すると、プロジェクターが動き白い床に映像を映し出す。今度の映し出された映像は、色取り取りの花が咲き乱れる花畑だ。

 

「映像に違和感がある部分が、トラップです。では、制限時間は5分。頑張って下さい」

「……行きます!」


 美佳は緊張した面持ちで第一歩を踏み出し……赤ランプが点灯し映像が消えた。


「「「「「……」」」」」


 美佳は第一歩を踏み込んだ状態で動きを止め、見学していた俺達は何とも言えず全員が黙り込む。



 

 

 

 訓練筺体から降りた美佳は、深い溜息を吐きながら肩を落としていた。俺は励まそうと、落ち込む美佳に声をかける。


「美佳、そう落ち込むなよ……」

「でも、たった一歩で失敗だなんて……」

「初めてなんだから、失敗は仕方ないさ。それにコレは訓練なんだから、失敗は恥ずかしい事じゃないよ。失敗から、何を得られるかが重要なんだ」

「……うん」

「今回の失敗を、次に活かせば良いさ」


 取り敢えず俺の説得が功を奏したのか、落ち込んでいた美佳は顔を上げた。

 しっかし、まぁ……。


「人が並んでいない理由が、何と無く分かったな……」

「そうだな」

「そうね。この訓練筺体、かなり難易度が高いわよ」


 恐らく、片道だけでもクリア出来た人は少ないんじゃないだろうか?だから、他の訓練筺体と違って並んでいる人が居なかったんじゃ……。 

 次に誰が挑戦するかと俺達が牽制し合っていると、係員さんが声をかけてきた。


「次は、どなたが挑戦しますか?」

「あっ、ちょっと待って下さい!」


 係員さんに少し待って貰う様に言って、俺達は顔を突き合わせて次の挑戦者を決める。


「次……誰が行く?」

「……俺が行こう」


 目線で牽制しあっていると、裕二が次の挑戦者に名乗りを上げた。 


「お願いします」

「はい。では、始めます」


 裕二の合図を切っ掛けに、白い床に先程の美佳とは違う雰囲気の花畑の映像が投影される。裕二は行き成り動こうとはせず、床に映し出された花畑の映像を観察し始めた。顔を上下左右に小さく動かしながら床を観察する事十数秒、漸く裕二は第一歩を花畑の中に踏み出す。裕二の踏み出した第1歩目は大輪に咲き誇る白い花の上だったが、赤ランプが点灯する事はなくセーフ。2歩目3歩目と進むが、赤ランプが点灯する気配は無い。

 

「順調だね、裕二さん」

「うん、そうだね」

「でも……時間が掛かり過ぎてるな」

「そうね。全体の4分の1も進んでないのに、2分近く使っているんじゃ……」

 

 制限時間的に、今回の挑戦で往復は無理だろうな。ただ、現役の探索者としては片道だけでもクリアしておいて貰いたい、矜持的な意味で。

  

「……」


 俺達の話し声が聞こえたのか、花畑を進む裕二の後ろ姿に焦りの色が見え始めた。動きが少々固くなり、足を進めるリズムに乱れが出てきた。

 そして……。


「……はぁ」


 裕二の足が黄色い花を踏んだ瞬間、赤ランプが点灯し花畑の映像が消えた。つまり、失敗だ。

 記録は往路のゴール手前2m、タイムは3分45秒と言う結果に終わった。


「悪い、失敗した」


 裕二はバツの悪そうな表情を浮かべながら、軽く頭を下げながら訓練筺体から降りてきた。


「別に謝る様な事じゃないさ」

「そうよ。広瀬君の御陰で、この訓練筺体の難易度が良く分かったわ」

「……ああ」


 初見とは言え、裕二が往路もクリア出来ず失敗する時点で、この訓練筺体の難易度はかなり高い所か、極めて高いと評していい。

 しかし……これ、クリア出来る奴っているのか?

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 結局あの後、俺達全員で何度もあの訓練筺体に挑んだのだが、最高記録でも復路の3分の1。そこで制限時間をオーバーし、失敗した。挑戦中、俺達の他にも何組か同じ訓練筺体に挑戦したが、余りの難易度に早々に見切りを付け去って行く人が続出。俺達も意地で挑戦し続けていたが、2時間程粘ってもクリア出来ず、美佳と沙織ちゃんが体力の限界に達したので別の訓練筺体に挑戦する事にした。

 そして一通り回ってみた結果、基本的に人気が高い訓練筺体は難易度が低く、人気の無い訓練筺体が高難易度という分類だと判明。俺達が最初に挑戦した訓練筺体が、体験ゾーンに設置してある訓練筺体の中で1番難易度が高かったらしい。

 どうりで、誰も並んでいなかったんだな。


「さて、帰ろうか?」

「ああ、そうだな」

「そうね。明日はダンジョンに行くのだし、疲れを取る為にも早めに休みましょう」


 着替えを済ませ休憩室でドリンクを飲んでいた俺達は、家路に着こうと座っていたソファーから腰を上げる。 

 

「お兄ちゃん達、明日はダンジョンに行くの?」

「ああ。そうだよ」

「良いな……」


 俺たちが明日ダンジョンに行くと聞いた美佳は、羨ましそうな表情を浮かべて小さく溜息を吐く。


「美佳達はまだ探索者資格を持っていないからな、仕方ないよ。来月には免許を取るんだから、その時は一緒に行けるよ」

「そうだな。それに美佳ちゃん達は、まだまだ未熟だ。もう少しウチの爺さんの稽古を受けて、基礎固めをしてからの方が良い」

「そうね。美佳ちゃん達は、明日重蔵さんに稽古を付けて貰うんでしょ? 先ずはそっちを頑張らないと……」

「……うん」

「はい」


 俺達に諭され、美佳と沙織ちゃんは素直に頷く。

 スライムダンジョンでカサ増しもしていないのに、何の訓練もしない美佳達をダンジョンに連れて行くのは流石に……ね?

  

「よし。じゃぁ、帰ろうか」

「「はぁい」」


 俺達は空きペットボトルをゴミ箱に捨て、訓練施設を後にした。

 さて、明日はダンジョン攻略だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 


アトラクションぽい見た目に反し、一番多いだろう床スイッチ方式トラップを再現するガチの訓練装置も紛れていました。



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― 新着の感想 ―
床面に映像が出てるんじゃなくて投影型か よく見ようと顔を近づけたら影になって見えなさそう すぐに映像が消えるんだと、どこがおかしかったかの答え合わせができないっぽい?
案だしたのが誰かによっては避けて通れないアトラクションだな…… 観察力と決断力、あとは忍耐を鍛えるためのものっぽいけどもしかしたら自衛隊とかの精鋭が深層で体験したクソフロアかもしれんし
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