第91話 氷結大陸にて狩猟生活
本日、二つ目です。
もう一本の話は、21時頃に上げます。
ダンジョン出現の報は、氷に閉ざされた南極基地にも即日で届いた。娯楽の少ない南極観測基地ではダンジョンの話題は直ぐに広まり、隊員達の話題はダンジョンで持ち切りだ。
「なぁ、知ってるか? 今世界中に、ダンジョンが出現しているらしいぞ?」
「ダンジョン? あのゲームとかに出てくる、あのダンジョンか?」
「らしいぞ。凶暴なモンスターも居るらしく、先走ってダンジョンに潜った民間人が世界中で大勢死傷しているらしい」
「うへぇー、警察や軍は何をしているんだ? そんな危ない物、早く民間人が入れない様に封鎖しろよ……」
「出現したダンジョンの数が多すぎて、全部には手が回らないらしい。しかもネット上に、ダンジョンからお宝が出たって言う情報が出回っているから、欲をかいた連中が治安当局の制止を振り切って無策にダンジョンに潜り込んで被害を拡大させたって話さ。日本ではそんな事殆ど無いらしいけど、外国はまぁ……酷いらしい」
日本酒が入った御猪口を片手に、男達はダンジョンの話を酒のツマミに盛り上がる。本土から遠く離れた極地に赴任し早数ヶ月、今回世界中で起きた一大事ゆえに隊員達の関心はかなり高かった。
「じゃぁさ、もしかしたらココにもそのダンジョンって出現しているのかな?」
「世界規模の大事件だからな、出現してるんじゃないか?」
「そっか……」
「何だ、お前ダンジョンに行きたいのか? 止めとけよ、聞いた話だけでも相当危険らしいからな」
妙な考えをよぎらせている様な表情を浮かべている男に、ダンジョンの話を振った男はやめておく様に忠告する。
「只でさえ、ここの生活は本土に比べて格段に厳しいんだ。万一大きな怪我を負いでもしたら、治療も受けられず死ぬ事になるぞ? ここの医務室じゃ、本格的な手術は無理だろうしな……」
「わかってるよ。でも、興味位持っても、バチは当たらないさ」
「興味だけで、済ませられれば、な」
男達はそこまででダンジョンの話を終え、話題を変えて酒盛りを続けた。何だかんだ言っても、まだ情報も少なくそこまで深く討論する事も出来ないからだ。
そして翌日の朝、隊員達は全員ブリーフィングルームに集められた。集められた隊員達は互いに小声で雑談しあいブリーフィングの開始を待っていると、観測隊副隊長が厳しい顔つきで壇上へと上がる。
「……諸君。既に噂で知っているだろうが、全世界規模でダンジョンと呼ばれる未知の建造物が出現した。現在世界中で、このダンジョンを巡り様々な対応に追われている」
厳しい表情を顔に貼り付けたまま話し始める副隊長の姿に、隊員達は只事ではないと感じ緊張した面持ちで副隊長の話に耳を傾ける。副隊長は1拍間を開け、本題を切り出す。
「……そして、それは我々も例外ではない」
「「「……」」」
「……我々越冬隊に対し、南極大陸に出現したダンジョンの探索指示が出された」
「「「!?!?」」」
副隊長の話を聞き、隊員達は驚きの声を上げブリーフィングルームが騒然となる。
「それは本当ですか、副隊長!」
「これからは、ブリザードだって何時吹くかわからないんですよ!」
「燃料等の物資だって、そこまで余裕はありません。それなのに、想定外の広域野外活動なんて……」
隊員達は無謀な調査指示に対し、口々に不平不満を漏らす。元々観測基地に準備されている物資などは、年間計画に沿って用意されており、それなりに余裕を持って用意されているが潤沢と言う言葉には程遠い。予定外の広域探索を行うと言う事は余裕分を切り崩すと言う事であり、緊急時の事を考えれば余り推奨出来る行為ではないと言える。
特に2月から10月の期間は、南極大陸外部との行き来が不可能であり迅速な補給は受けられない。物資の補給の目処が立たず、天候が崩れる事が想定される中での広域探索……隊員達から反対意見が噴出しても仕方が無いと言うものだ。
「静かにしろ! 話は終わっていないぞ!」
「「「「……」」」」
副隊長の怒声が飛び、近くの者達と話していた隊員達は姿勢を正し口を閉じる。
ブリーフィングルームが静かになった事を確認した副隊長は、部屋の電気を消した後、投影スクリーンを広げプロジェクターの電源を入れた。
「まずは送られてきた、この映像を見てくれ」
副隊長はタブレットを操作し、スクリーンにとある衛星画像を映し出す。
「この画像は、南極……ですか?」
「ああ。この衛星画像は昨日撮影された南極上空から撮影された物で、今朝広域探索の指示書と共に送られてきた」
「……南極大陸の、あちらこちらに点々と表示されている物は……ダンジョンですか?」
「そうだ。南極大陸に存在するダンジョンは、衛星で確認出来る物だけでも100を超える」
「……100」
衛星写真を凝視する隊員達は、副隊長の100と言う数字に驚きの表情を浮かべた。
「先に断っておくが、最低で100以上だ。ここに表示されているダンジョンは、衛星から見た時に判別が可能な物だけだ。雪に埋もれていたり、氷の下に出現している物に関しての判別は不能。人海戦術で一つ一つ探し出し確認するしか、正確な総数を把握する事は出来ない」
隊員達は映し出された衛星画像を凝視し、ダンジョンを表す点の位置を確認する。点が打たれているのは基本的に海岸線沿いと標高の高い山の頭頂部付近等であり、大陸内陸部には点がまばらにしか打たれていない。
「見ての通り、沿岸部や山に出現した物は衛星にも写っている。だがしかし……冬期と言う事もあり、内陸部の物は既に雪に埋まっていると思われる。そこで我々に出された探索指示は、沿岸部沿いに出現したダンジョンの調査である」
副隊長はタブレットを操作し、観測基地周辺に出現した幾つかのダンジョンに印を付けていく。
「これらのダンジョンは、我国が所有する観測基地から最も近くに出現したダンジョンだ。観測基地の安全保障問題上、最低でもこれらのダンジョンを探索し危険性の有無を確認する」
副隊長が印を付けたダンジョンは、全部で10個。1つ1つ順番に回るとなると、雪中行軍の為それなりの時間がかかる。
「既に本土でも、自衛隊や警察によるダンジョン探索が進んでいるそうだ。我々が動くのは、彼等がある程度情報を持ち帰った後になる。恐らく、1ヶ月と経たずに探索に赴く事になるだろう」
副隊長の口調からダンジョン探索は決定事項であり、中止は無いと認識した隊員達は表情をこわばらせる。
「探索に行く選抜メンバーは、後程通達するので心積りをしていてくれ」
「選抜メンバーの基準は何ですか?」
「立候補者がいればその者を優先するつもりだが、誰も立候補する者がいないのであれば武道経験者やフィールドワークに長けた者から選抜する積もりだ」
副隊長のその言葉を聞き、隊員達は互いに顔を見合わせた後、数名が手を挙げた。皆不安気な表情を浮かべながらの立候補ではあるが、その瞳には隠しきれない好奇心の色が見え隠れしている。
「では、いま手を挙げ立候補した者達を中心に選抜メンバーを決定する。選抜終了後、連絡をするので待っていてくれ……解散!」
副隊長の合図を皮切りに隊員達は各々、自分の仕事場へと散っていった。
3週間後。選抜メンバーを乗せた雪上車が、観測基地から30kmほど離れた一番近いダンジョンへ向かって移動していた。
「本土からの情報によると、ダンジョンの1階層に出現するモンスターは一体ずつ出現し、個体戦闘力もそれ程強くは無いそうだ。……と言っても、普通に野生動物と相対する程度には危険なので気は抜かない様に」
「分かってますよ。油断して、怪我はしたくありませんからね」
「それなら良いんだが……っと、着いた様だな。総員、降車準備!」
隊員達は各々、準備してきた道具を手に持って極寒の寒風吹き荒ぶ車外へとおりた。全員が車外へ降りた事を確認し、ダンジョン探索選抜隊隊長は先頭を切ってダンジョンへ足を踏み入れる。
「……吹雪が入ってこないな」
「……そうですね。ダンジョンの入口を境に、微塵も吹き込んで来ていないようです。……中と外が、隔絶されているんでしょうか?」
「わからん。しかし、隔絶か……」
隊長は入口を振り返り見て、吹雪吹き荒ぶダンジョンの外と中の環境の違いに首を捻る。試しに持っている温度計でダンジョンの中の温度を測ってみると、気温はマイナス10度と外に比べ格段に暖かいものだった。
「まぁ、中が暖かいのなら丁度良い」
そう言って、隊長は分厚い防寒ジャケットを脱ぎ始めた。
隊員たちが着ている防寒ジャケットは分厚いので耐寒性能が良いのだが、その分動きを阻害する。モンスターと戦闘する可能性を考えれば、出来るだけ動きを阻害する可能性がある物は省いておきたいと思っての行動だった。その隊長の考えを察した他の隊員達も倣う様に防寒ジャケットを脱いでいき、他にも余分な耐寒装備をバッグから取り出し荷物の軽量化を図る。
「よし、行くぞ」
余分な耐寒装備を除外した事で身軽になった隊長を先頭に、総金属製のスコップを片手に持ちダンジョンの奥へと歩き出した。
20分程ダンジョンを歩き回っていると、通路の角から隊員達の前に真っ白なペンギンが姿を現す。ペンギンの大きさは60cm程で、隊員達の姿を認識した瞬間、地鳴りの様な威嚇の声を上げる。隊員達は体の色が白い事以外見知った姿形のペンギンだった為、ペンギンの威嚇の声を聞き動揺し身を竦ませ動きを完全に止めてしまった。
その隊員達の怯んだ様子を隙と見たペンギンは、前傾姿勢を取りながら身を屈め……隊員達目掛けて弾丸の様に飛び出す。
「くっ!」
鋭い嘴を突き刺そうと飛んでくるペンギンを、咄嗟に隊員達は左右に分かれて倒れ込み、既の所で躱した。だが、攻撃を躱されたペンギンは着地後すぐ、再び前傾姿勢を取り攻撃を仕掛けてくる。
「危ない、避けろ!」
ペンギンに狙われた最後尾を歩いていた隊員は隊長の声に反応するも、倒れた姿勢が拙く咄嗟には動けないでいた。立ち上がれていない隊員の背中に向けてペンギンが跳躍した瞬間、誰もが隊員の背中に嘴が突き刺さる光景を幻視する。
だが、咄嗟に動いた者が居た御陰で、幻視は幻視で終わった。
「うおりゃぁぁ!」
「グゥェェェッ!?!?!?」
跳躍するペンギンと倒れたままの隊員の間に割って入り、観測基地の工事で使う金属製の単管をバットの様に使ってペンギン目掛けてフルスイングしたのだ。振るわれた単管はペンギンを芯で捉え、鈍い打撲音を響かせながらペンギンをホームラン性の軌道で斜め上の天井目掛けて弾き返した。
「……うぇっ」
「……グロいな」
弾き返されたペンギンは天井で血の花を咲かせた後、湿った音を立てながら地面に落ちた。白かった体は斑に赤く染まっており、半開きの割れた嘴からは血が流れ出している。
脊髄反射の微かな微動が消え少しすると、血塗れたペンギンは光の粒に変わり姿を消した。
「報告書にあった通りだな、倒したモンスターの死体は残らないか……」
「ええ。そして、アレが討伐報酬のアイテムですね」
「ああ。今回は初討伐だから、ドロップする物もレア物の筈だ」
ペンギンが消えた場所には、銀色に輝く幾何学模様が彫刻された白い宝石付きの腕輪が落ちていた。
「……これは腕輪、か?」
「多分、マジックアイテムの類だと思います。報告書に添付してあった写真のマジックアイテムに、この腕輪の彫刻と似た幾何学模様がありました。鑑定系のマジックアイテムが無いので、この腕輪が持つ効果は不明ですけど」
「そうか」
隊長は、拾い上げた腕輪をペンギンを倒した者に手渡す。
「やるよ」
「えっ、良いんですか?」
「お前がモンスターを倒して、手に入れた物だからな」
「いえ、そう言う事では無くって、コレ……個人の物にして良いんですか? 回収命令とか出ていないんですか?」
「今のところ俺達調査隊に出ている指令は、南極に出現したダンジョンの調査だけだ。アイテム収集に関する指令は出ていない。まぁ、今後出るかもしれないけどな」
「そうなんですか……じゃぁ、有り難く頂戴します」
隊員は貰った腕輪を、少し嬉しそうに背中のバッグに入れる。
その後もダンジョン探索は続けられ、最終的には探索選抜隊は10体のモンスターを倒した所で帰還の途に就いた。選抜隊が観測基地に帰還すると基地内では大歓声が上がる。何故なら、選抜隊が肉と卵を持ち帰ってきたからだ。ダンジョンに出現したペンギンの肉と卵だが、生鮮食品が手に入らない越冬隊にとってこれ程喜ばしいお土産はなかった。保護条約で捕獲を規制されている南極産ペンギンでは無く、ダンジョンモンスターからのドロップ品なので規制の対象外だと言い張り早速調理をしてみると、肉と卵を使って作った親子丼の味は絶品。生鮮食品に飢えていた事もあり、隊員達は瞬く間にダンジョン産食品の虜になった。
そして、数ヵ月後には……。
「じゃぁ、ちょっとダンジョンの調査に行ってきます!」
「おう、気を付けてな。お土産期待してるぜ」
基地に残る隊員達に見送られ、数名の選抜隊隊員達が今日も今日とてダンジョン探索を名目に狩猟に赴く。無論、彼等の目的はダンジョン探索では無くドロップ品の卵や食肉だ。頻繁なダンジョン探索でレベル上昇や耐寒スキルを得た彼等は、今では移動に雪上車など使わず走ってダンジョンまで移動が可能になっていた。移動に雪上車を使わないので燃料備蓄が減る心配も無くなり、今では彼等の日課を止める者はいない。
何より、胃袋を掴まれてはどうしようもなかった。
翌年、交代要員が砕氷船で南極観測基地に到着すると、モンスター肉を大量に使った豪華な料理が彼等を持て成した。極地に有るまじき充実した品揃えに、交代要員達は目を見開き驚愕する。彼等が越冬隊に充実の理由を聞くと……。
「ん? それはお前……狩りに行って来たからだよ。ああ、安心してくれ。君等が充実した食生活を送れる様に、狩りの仕方も引き継ぐからさ!」
そう、ダンジョン探索選抜隊隊長は次の越冬隊隊長に笑顔で告げた。
南極編です。
観測隊の人々は、モンスター食材の美味しさに魅了され狩猟に励んでいます。
未だ世界的にダンジョンの定義付けがされていないので、定義付けがされるまではダンジョン内での狩猟は南極条約の対象外かなと。




