第90話 火種燻るアジア
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本編再開を希望する感想が多いので、連休最終日と言う事で今日中に6.5章の残りの3話を纏めてアップしたいと思います。
次回の更新から、第7章を開始します。
ダンジョン出現以来、世界全体で人同士による大きな衝突は起きていない。
しかし、火種は確実に燻り続けていた。
港近くの薄暗い倉庫街で、男達は人目を憚りながら会話を交わす。
「これが、今回の納品分だ」
「何時も余裕を持って納品して頂き、ありがとうございます。では、品物の確認をさせて頂きます」
アタッシェケースを手渡された男は、懐から幾何学模様の装飾が施されたフレームのモノクルを取り出した。ブリッジで鼻を挟み、右目にモノクルを装着する。
準備を整えた男は受け取ったアタッシェケースを左手で下支えし、胸の前で蓋を開いた。アタッシェケースの中に入っていた物は巻物……スキルスクロール。ダンジョンに潜る探索者達が挙って求める、希少価値の高い垂涎の代物である。
「素晴らしい、全て本物ですね」
「当たり前だ。我らが取引に、偽物を持ち込む事など無い」
アタッシェケースを渡した男は、モノクルを着けた男の物言いに少し苛立った。
「ははっ、失礼しました。最近こうした取引に、偽物を持ち込む不逞の輩が増えてきていましたので」
「……ふん、そうか」
「もっとも……その様な不逞を働く輩には、我々もキッチリと御仕置きをしますがね」
モノクルを着けた男は素直に頭を下げ、疑った事情を短く説明しながら謝罪する。アタッシェケースを渡した男も、モノクルを着けた男の事情を聞き面白くなさ気な表情を浮かべてはいたが、疑う理由に納得し事を荒立たせず謝罪を受け入れた。
しかし、モノクルを着けた男が商品を確認しながら何でも無いかの様に付け加えた御仕置きと言う言葉に、アタッシェケースを渡した男は些か興味がわいたので、会話つなぎをかね御仕置きの内容を尋ねてみる。
「御仕置きか……何をしたんだ?」
「いえ、別に大した事はありませんよ? 大型の猫と同じ部屋に入って貰って、一緒に楽しく遊んで貰うだけです」
「大型の猫……」
「大型の三毛猫で、コイツがまた人懐っこいんですよ。食欲旺盛で、好き嫌いなく何でも食べる良い子ですね」
「……」
モノクルを着けた男の言う大型の三毛猫とは、詰まる所……虎の事だ。何でも食べる食欲旺盛な虎と、一緒の部屋で遊ぶと言う事は……そう言う事である。
余りにも何気なく話すモノクルの男の態度に、アタッシェケースを渡した男は内心ギョッとした。
「まぁ、猫の話はこの辺にして、取引の話に戻りましょう」
「あっ、ああ……そうだな」
「中にあった巻物は、全て本物のスキルスクロールであると言う確認が取れました。これで、納品は完了です」
「では、代金の支払いを頼む」
「はい。では、こちらに……」
アタッシェケースの蓋を閉めモノクルを懐にしまうと、二人は少し移動し、とある倉庫の中に入って行く。倉庫に入ると中には、土や砂埃で薄汚れた使い古し感がある中型トラックが用意されていた。
「代金の確認を、お願いします」
「ああ、分かった」
二人はトラックの後ろに回り、扉を開いて荷台に乗り込む。荷台にはダンボールや麻袋が、ネットで固定されていた。
「表面に積まれているのは、偽装用の荷物です。中身は果物やお酒等のサービス品ですので、皆さんで召し上がって下さい」
「それはそれは、お気遣いありがとうございます」
果物の甘酸っぱい匂いで満ちた荷台で詰んだ荷物を移動させ、目的の品が入った箱を露出させる。
それは、頑丈そうな外観の木箱だ。
「……開けても?」
「ええ、勿論どうぞ。ご確認下さい」
「……」
アタッシェケースを渡した男は、木箱の天板の縁に手を掛けユックリと持ち上げる。四隅を釘で簡易的に止めてあった木箱の天板は、軽い軋み音を立て外れた。
「釘抜きも使わずに釘で止めた蓋を開けられるなんて、凄い力ですね……」
「ダンジョンに潜っていれば、これ位は簡単に出来る様になる」
「……あなたも、ダンジョンに潜るんですか?」
モノクルを着けていた男はその言葉を聞き、少し驚いた様な表情を浮かべた。
「ああ。交渉担当の非力な男だと思ったのか?」
「あぁ、ええ。失礼ながら、荒事を担当している様な方には見えなかったので……申し訳ありません」
「別に構わないさ。それより……コレか」
「はい。こちらが、スキルスクロールの代金です」
外した蓋を木箱の脇に置き、箱の中に敷き詰められた紙製のクッション材をかき分けた先には、黒光りする銃器が並んでいた。
「ご所望に与った、M2重機関銃です。三脚は必要ないとの事でしたので、同包はしておりません。弾薬は別の箱に梱包していますので、そちらもご確認下さい」
モノクルをつけていた男が代金の説明をしてくれたが、箱に入った品に驚きアタッシェケースを渡した男の耳に入っていなかった。
何故なら。
「……これは、新品だな」
「勿論。密造品や改造品では無く、正規品の新品ですよ。それも、全自動射撃が可能なフルスペックバージョンです」
全自動射撃が可能と聞き、男は目を見開き驚愕した。全自動射撃機能があると言う事は、目の前にあるM2重機関銃は民間販売仕様では無く、正規軍が使用する様な純粋な軍用品だと言う事である。
しかも密造品では無く、正規品ともなれば調達するのにも、それなりの協力者が必要だ。
「……どうやって、こんな物を手に入れたんだ?」
「ウチには、色々な所にコネがありますからね。蛇の道は蛇、ですよ」
蛇の道は蛇。
つまり、軍の高官や政治家、兵器製造会社などの軍用品を密かに横流し出来、取引事実の揉み消しが可能な有力者と繋がりを持っていると言う事だ。
「……頼もしい事だな」
「代金さえ用意していただけるのなら、大抵の物は仕入れて来ますよ。貴方様は上得意のお客様ですので、中古品や不良品を回す様な不手際はいたしませんのでご安心下さい」
「……」
モノクルを着けていた男の笑顔に、言い様の無い恐怖を抱きながらも男は気丈に言葉を紡ぐ。
「そうだな。機会があれば、頼む事にする」
「はい。その際は今回の様に、スキルスクロール等を代金として用意して頂けると、素早い対応が可能です」
「……考えておく」
男は言葉短く返事を返し、他の品も確認して行く。確認を終えると荷台を元の状態に戻し、2人は荷台から降りた。
「では、これにて今回の取引は完了で良いですね?」
「ああ。問題ない」
「では、またのご利用お待ちしております」
「次も、よろしく頼む」
こうして、無事に取引は終了した。
アタッシェケースを渡した男はトラックの運転席に乗り込み、モノクルを着けていた男に笑顔で見送られながらトラックを運転し立ち去る。
トラックの姿が見えなくなるまで見送った男は、顔に貼り付けていた笑顔を消した。懐からタバコを取り出し、火を点けて煙を蒸す。
「ふうー。しっかし、奴さん。今回もまた、随分とまぁ武器弾薬をしこたま買い込みやがったな。どこかと、戦争でもやらかす気か?」
男は吸い終わったタバコを地面に捨て、靴底で踏み潰す。
「まぁ奴さんが何処と戦争しようと、こっちとしては商品が売れればどうでも良いんだがな。それに……戦乱が起きれば俺達の商売も需要が伸びるってもんだ」
男は誰も居なくなった倉庫を一瞥した後、薄笑いを浮かべその場を後にした。
秘書官の報告を受けた国家主席は、手に持った資料を机の上に放り出した。
「お手上げだな。こうも広域に点在するのでは、軍だけでは管理しきれん」
「はい。残念ながら、偵察衛星で確認出来る地表に存在するダンジョンだけでも数百を超えます。こうも多数のダンジョンが存在するのでは、とてもではありませんが人手が足りません。無論、現在我が軍が行っている全ての作戦行動を中止し、人手をダンジョンに回せば対処も可能かもしれませんが……」
「却下だ。現在行っている作戦行動をすべて中止するなど、我が国の国家戦略が破綻する」
国家主席は秘書官の提案を、にべもなく切り捨てる。
「では、どうなさりますか? 流石に、放置は愚策かと……」
「分かっている。ダンジョン封鎖に必要な人員の、概算は?」
「そうですね、現在判明している地表型ダンジョンの封鎖に、1個中隊を当てるとすれば二十数万人。全土の捜索や、発見したダンジョンの封鎖にも人手は必要なので更に十数万人は必要でしょう。補給部隊や交代部隊の事を考えれば……最低でも五十万人は必要かと」
「五十万人……陸軍の3分の1近くを動員する必要があるのか」
国土の広さが仇となる。国家主席はあまりにも膨大な人手を必要とする、ダンジョン出現と言う事態に唖然とした。必要な人手を揃え様と軍の予算を増額すれば、間違いなく国家財政が破綻するからだ。近年バブル経済で好調だった経済成長も最近では減速傾向にあり、無理な軍事予算の増額など不可能だ。
しかし、国内に様々な火種を抱えている現状で、ダンジョンを放置する事は出来無い。
「確認するが、ダンジョンの破壊は可能か?」
「分かりません。現在の所、どこかの国がダンジョンを破壊した。等と言う話は入ってきていません。ダンジョンが破壊可能なのか。また、破壊した結果、どの様な事が起きるのかは不明です。……我が国が先頭に立って、破壊を試みてみますか?」
「バカを言うな。そんな危ない橋、自分で渡る訳が無いだろうが」
「まぁ、そうですね。破壊するにしても、まずは他国に火中の栗を拾って貰った後での話しですね」
国家主席と秘書官は顔を見合わせ、互の共通認識を再認識し合った。
「では、封鎖は? 破壊せずに、ダンジョンの入口を封鎖する事は可能か?」
「可能か不可能かで言えば、可能かと。某国ではダンジョンの入口を鉄板で覆い、コンクリートで封鎖したそうです。しかし、現在の所異常は確認していないそうです」
「そうか……。では、現在軍が抑えている都市近郊のダンジョンを除き、全て鉄板とコンクリートで封鎖するとしよう。人手が確保でき次第、警備部隊を配置する」
「了解しました。そのように手配します」
国家主席の決断を受け、秘書官は手続きを進める為に部屋を後にした。秘書官が立ち去ると、国家主席は椅子の背凭れにもたれ掛かり愚痴を漏らす。
「まったく。ダンジョンがここまで面倒な存在だとはな」
この段階ではまだ、国家主席にも余裕はあった。
「自治区で不穏な動き、だと?」
「はい。封鎖指示があったダンジョンが、多くの自治区では封鎖されていないそうです」
「……」
「そして、国内に流通する不正ルートのダンジョン産アイテムの大多数が、自治区経由で流れて来ている事も判明しています。現在までで、かなりの資金が、自治区に流れているものと思われます」
国家主席の表情が、報告を聞くにつれ次第に険しくなる。
「奴ら、独立運動でも起こすつもりか?」
「現段階ではハッキリとしていませんが、その可能性も無きにしもあらずかと」
「……そうか」
「どうなさりますか? 自治区に制裁を?」
補佐官の質問に、国家主席は答えを悩む。証拠も明確でない現段階で制裁を加えた場合、反発も大きいと思われる。かえって制裁実行を切っ掛けに、各自治区が連携しより大きな反発を起こす事も予期される状況だ。何せ今は、ダンジョンと言う名の資金供給源兼武力補強施設があるのだから。
そして、国家主席は決断を下す。
「現段階での、制裁は見送る。ただし、証拠を押さえしだい首謀者の確保と制裁を実行する。引き続き、情報部には証拠固めを行ってもらう。すぐに動ける様に、準備だけは進めておけ」
「分かりました。ではその様に、準備を進めておきます」
「ああ、頼んだぞ」
そう言いつつもこの時、国家主席は胸中に何か言い知れぬ嫌な予感が渦巻くのを感じた。
ダンジョン出現と言う異常事態が発生した事で、只でさえ傾いていた国内経済が更に傾き、相次いで国内企業が倒産。街には失業者が溢れ、国民の不満が政府に向かう。そんな国民の高まる不満の矢面に立たされた政府は、国民の不満を逸らそうとダンジョン出現の原因が外国にあるかの如く情報誘導を行った。
その結果、情報誘導された不満を溜め込んだ国民達は大規模なデモを起こす。
「今すぐに、ダンジョン出現で生じた損害を賠償せよ!」
「奴らに、ダンジョンを作った責任を取らせろ!」
抗議のプラカードやヘイトスピーチが乱れ飛ぶ、大規模デモが各地で起きていた。
こうした大小様々なデモが日常的に発生する様になり、興奮したデモ参加者が暴徒化し国内の治安が悪化する。更に、政府が管理しきれないダンジョンに潜って力を得た者もデモに参加しており、警察による暴徒化したデモの鎮圧に失敗。軍がデモ鎮圧に出動すると言う、内戦さながらの光景が展開するに至った。
アジア編です。
横流しで色々な場所に武器が流出しています。
火種は何処にでもあるので……。