第89話 オセアニアに浮かぶ島々と大陸の野望
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日が空の頂点に昇る頃、島民達は島の海岸線の一角に突如出現したダンジョンの前に集まり、興味津々と言った眼差しで聳え立つダンジョンを眺めていた。
そして、集った島民達は口々にダンジョンについて話を交わす。
「何これ?」
「さぁ? 村の若者が言うには、朝起きたら出来とったらしいぞ?」
「ふーん。で、もう誰か中に入ったかのか?」
「いいや。知らせを聞いた村長が入るなって言っとるから、まだ誰も中に入っとらん」
「そうか。村長さんがそう言うんなら、入らん方が良いな」
島民達は村長の言う事を守り、ダンジョンを遠巻きに眺める。
すると、沖合から一隻の小型船が凄いスピードで、島の港に近付いてくる姿が見えた。
「ん? あの船は……政府の連絡船だな」
「ああ、そうだな……何しに来たんだ?」
「さぁ? でも、随分急いでいるみたいだぞ」
政府所有らしき船は、ダンジョンの前に島民達が集まっているのを確認したのか、港に向かっていた船の進路を変更しスピードを落としながら接近してくる。
そして、ダンジョン近くの海岸まで近付くとスピーカーで話しかけてきた。
「全員、早くそこから離れるんだ! その建造物は大変危険な代物だと言う通達が、今朝政府から降りてきている! 決して、その建造物の中には入るな! 死ぬ事になるぞ!」
そんな焦燥感に満ちた声が、島民達も良く知る政府の連絡船からスピーカー越しに大音量で流され、島民達は一斉にダンジョンの前から十数m程後ずさった。
島民達が素直にダンジョンから距離を取った事に安堵したのか、今度はスピーカーから穏やかな口調で話しかけてくる。
「今から、通達されたその建造物の詳細を説明しに行きます! 島民の皆さんは、村の広場に集まっておいて下さい!」
それだけ告げると、政府の連絡船は元の港に入港する為、再び進路を変更し島民達の前から去っていった。
島民達は去って行く船を唖然とした眼差しで見送った後、どよめき出す。
「おい。一体全体どうなってるんだ?」
「さ、さぁ……? でも、政府の連絡船が早朝から走って来て、あんな強い口調で警告するって事は尋常じゃない事が起きているのか?」
「そ、そうだな」
「「……」」
あまりにも唐突に急変する事態の連続に、島民達は困惑し動揺する事しか出来なかった。
すると、騒然とする島民達の前に一人の初老の男性が出てきて大声を上げる。
「落ち着け、皆の衆!」
「「そ、村長!?」」
村長の一喝で、島民達は一応の落ち着きを取り戻しす。
そして矢継ぎ早に、次の指示を出した。
「全員、速やかに広場に移動しろ! 取り敢えず、今回の事情を知っているらしい彼らの話を聞くぞ!」
「「はっ、はい!」」
村長に先導される形で、ダンジョンの前に集まった島民達は村の広場へと移動を開始した。
広場に集まった島民達を前に、政府の役人らしき男達がダンジョンについて説明をしている。説明が進むにつれ、当惑していた島民達も徐々に事態を把握し顔色を変えていく。
「つまり、アレかね? あのダンジョンと呼ばれる物が、世界中に突如出現したと。そして、ダンジョンにはモンスターと呼ばれる猛獣モドキがうようよしていると?」
「ええ。既に各国では、軍隊などをダンジョンに派遣し内部の調査を行っています。無論、ウチの国でも確認の為に警察がダンジョンに入りました。その結果、モンスターと呼ばれる存在を確認し、ダンジョン内部に侵入する者に無差別に襲い掛かってくる事が確認されています」
「そうですか……」
村長は不安の表情を浮かべる。何故なら自分達が居住する島は小さく、モンスターがダンジョンに溢れる様な事が起きれば逃げ場がないと自覚していたからだ。
それを村長の表情から感じ取った政府の役人は、一つ安心材料を村長に告げる。
「……ですが、安心して下さい。原因は今の所不明ですが、モンスターはダンジョンの中から出て来ない事が確認されています」
「……それは、本当ですか?」
「はい。政府が確認が取れるだけダンジョンの現状を調べた所、現在世界各国に出現が確認されたダンジョンからモンスターが外に出たと言う例は確認されていません。ダンジョン内部に入り込んだ民間人がモンスターを引き連れながら逃走しダンジョンから飛び出しても、モンスターはダンジョンの入口からは決して出てこなかったそうです。その様な例が、世界中から何件も報告されています」
「……そうですか」
役人の表情から嘘は言っていないと思えるのだが、今一信じる事が出来ず村長は渋い表情を浮かべる。
「……ですので、ダンジョンに立ち入らなければ現状危険は無いと思われます。出来れば、入口をバリケードか何かで塞いで貰えればより安全かと思います」
「……そうですね、分かりました。村人総出で、ダンジョンの入口を塞ぐ事にしましょう」
「お願いします。僅かですがロープ等の資材を船で持ってきていますので、バリケード作成にお役立て下さい」
「ありがたく、頂戴します」
村長は役人に頭を下げながら、資材提供のお礼を言う。
ダンジョンの説明を終えた役人達は、村長以下島民達に港まで見送られ、船から資材を降ろした後足早に出発する。
「では、我々はこれで。他の島々も回らなければなりませんので」
「ご苦労様です」
「ダンジョンに関する情報は順次お知らせに来ますので、皆さんは決してダンジョンに入らない様にして下さい」
「はい」
最後に一言忠告を入れた後、役人達は次の有人島目指して船を出航させた。
役人達が去った後、村長は早速島民の男手を集めダンジョンの入口を塞ぐ作業に取り掛かった。木を伐採しロープで縛り、ダンジョンに入らない様に気をつけつつ入口に立て掛けていく。大勢で一斉に作業した為、ダンジョンの入口を封鎖するのにさほど時間は掛からず日暮れ前に終了した。
村長の解散の合図で作業に参加していた男達は、各々労いの言葉を互いに掛け合いながら家に帰っていく。
そして、その日の深夜。島民達が寝静まった頃を見計らい、数名の年若い若者達が各々手に鉈や斧などの武器を手に封鎖したダンジョンの前に集合していた。
「準備は?」
「バッチリだ。食料と水も少しだが、用意して来たぞ」
「俺はランプなんかの明かりを用意した」
「僕も食料と水だね」
リーダーらしき若者は、集まった仲間の持ち物の確認していく。
その様子は、探検と称し夜遊びに出る悪ガキの集まりその物。大人の忠告する危険等と言う言葉は、彼らにとって親に反発する為の材料でしかなかった。
「それにしても、こんな面白そうな物があるのに入るなだなんて……」
「危険って言ったって、どうせ大した事ないさ!」
「そうそう。さっ、早く入ろうぜ」
「そうそう」
「よし。じゃ、行くぞ」
「「「「おう!」」」
彼らは微塵の不安も抱かず、封鎖の一部を壊しダンジョンの中へと入り込んだ。
そして……。
「い、痛てえぇぇぇ」
「……」
「し、しっかりしろ二人共! もうすぐ出口だ」
「急いで! またアイツが来るよ!」
右手の指を食いちぎられた激痛に耐えるリーダーの青年を筆頭に、腹部からの大量出血で血の気が失せた青年、血塗れになりながら仲間を担ぐ青年、武器片手に血走った目で周囲を警戒する青年。彼らはダンジョンを、モンスターを甘く見過ぎていた結果、重傷を負った。
「くそっ! 欲をかかずに、モンスターを一匹倒した段階で出ていれば良かった!」
「今更、言わないで! それより早く!」
侵入当初に遭遇したモンスターを軽傷を負いつつも、苦戦の末倒し初回ボーナスアイテムである巨大宝石を手に入れ調子に乗った事がケチの付き始めだった。見た事もない巨大な宝石の輝きに魅せられ、彼らは誘惑に負け欲をかいてしまったのだ。
更なる宝石を求め、モンスターを探しにダンジョンの奥深くに進み、気が付いた時には深入りし過ぎていて手遅れだった。モンスターとの連戦で、注意力を落としていたリーダーの青年が右手の指を食いちぎられた事をきっかけに彼らは動揺し、モンスターを倒すも重軽傷を受けほうほうのていで逃げ出す羽目になったのだ。
「着いたぞ!」
「先に出て!」
入る時に壊したバリケードを潜り、彼らは命からがらダンジョンを脱出し村へと急いだ。幸い死者こそ出なかったが、村ではてんやわんやの大騒ぎ。大急ぎで重傷を負った青年達は街の病院へ搬送され、一命を取り留めた。
しかし、問題はここからだった。青年達がダンジョンから持ち帰った巨大宝石の扱いについて、島民の間で意見が対立。個人の物にするか、島民の共有財産として扱うのかと。最終的に村長の決断で、巨大宝石は政府に売却。売却金を島民に分け与えたのだが、売却金が余りにも膨大なもので島民達の生活は一変。島を出て街に移住する者が1人出ると、堰を切ったかの様に島民達はこぞって移住を開始。半年と経たずに島からは誰もいなくなり、村は滅んだ。
この様な事態はダンジョン出現以降、あちらこちらの島で発生。特に、地球温暖化の影響で海面上昇し、住んでいる島が沈むと言われている島々で暮らす人々の移民の動きが顕著だった。
そして、島民が居なくなった島々は、政府の直轄地となり残されたダンジョンを管理する為の僅かな人員が派遣されるだけの存在となり果てる。ダンジョンの出現で伝統的生活様式を守っていた者達の生活が一変し、多数の伝統文化が消失の危機に直面し、政府はなんとか伝統文化を残そうと奮闘する事となった。
日本のコアクリスタル発電が発表された後、オーストラリアは直ぐに日本に海水淡水化プラントとコアクリスタル発電設備の発注を行った。コアクリスタルと言う高出力で低コストなエネルギー源を用いれば、オーストラリアが抱える慢性的な水不足を解決出来ると考えたからだ。
試算では、コアクリスタル発電と言う安価で莫大なエネルギーの裏付けがあれば、周囲を海に囲まれるオーストラリアは現在海水の淡水化にかかる数十分の1のコストで、海水から大量の淡水を得られると出ていた。
「コアクリスタル発電か……正に、次世代のエネルギー資源筆頭だな」
「はい。日本が発表した発電コストを信じるのならば、既存のどの発電方法よりも安価で莫大なエネルギーを得る事が出来ます。環境問題が取り沙汰される昨今、大量の温室効果ガスを排出する化石燃料をエネルギー源とした火力発電や、重大事故を起こして世界的に使用を忌避される風潮が強い原子力発電では、無公害で安価なコアクリスタル発電に対抗出来ません。同じ無公害でも、気象条件に大きく左右され発電量に大きなバラつきが生じる太陽光や風力等の再生可能エネルギー発電では、安定供給と言う観点でベースロードにはなりえませんからね」
「そうだな。世間では再生可能なエネルギーと持て囃されてはいるが、不安定な発電方式という点が残る限り、国のエネルギー政策の支柱に置く事は出来ん。もっとも、エネルギー貯蔵技術が発展し安定供給の目処が立てば話は別だがな」
「そうですね。何よりコアクリスタル発電が優れている点は、発電に必要なコアクリスタルと言う資源が今や世界中に存在するダンジョンから容易に回収が可能という点です」
「現在のエネルギー資源筆頭たる石油の主要産出地は、各国の多重干渉のせいで極めて情勢が不安定だからな。国としては安全保障問題上、エネルギー資源の内製化の機会があるのならば是が非でも実現化したい」
首相と補佐官は、大統領執務机を挟んで国として取るべき道について語り合う。ダンジョンの出現と言う難題に対する対応するだけでも頭が痛いが、日本の発表はオーストラリアにとっても好機でもあった。
「それに、コアクリスタル発電の恩恵で大量の淡水が手に入るのならば、大陸中央部の乾燥地帯を緑化し農業地帯に変えると言う事も可能だろう。そうなれば、我がオーストラリアは世界の食料庫としての地位を確立出来る」
「そうですね。世界的な人口増加や異常気象による不作、過剰なバイオ燃料への転換によって食糧危機が来ると近年言われています。今後を見据えれば、食糧生産能力を高める事は有用な外交カードを得る事と同義ですから……やるだけの価値はあるかと」
「お前も、そう思うか?」
「はい」
首相は自分の構想に補佐官が同意してくれた事に嬉しそうな表情を浮かべたが、直ぐに表情を曇らせた。
「しかし、乾燥地帯の緑化となると……また日本の助けを借りないといかんな」
「それは……仕方ないかと。砂漠緑化の分野でも、日本の緑化技術は世界有数で実績も豊富です。下手な国と手を組んで、予算と時間を浪費し緑化に失敗するよりは良いかと。それに日本は我が国にとって、最大の食料輸出国です。交渉次第では、互いにWin-Winの関係を築けるかと」
「……そうだな。よし。コアクリスタル発電施設や海水淡水化プラント発注の折に、乾燥地帯の緑化協力についても話をしてみよう」
首相は自分の中で折り合いを付け、自分に言い聞かせるように何度も頷いた。
オセアニア編です。
住んでいる場所が沈むと言われ実感していれば、移住に足る金が手元に入ったら移住しますよね?
※6.5章は、後3話程で終わります。