幕間 陸話 日本ダンジョン協会設立に向け
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この日、各省庁の代表者が集い、とある会議が行われていた。議題は、日本の保有する特殊地下構造体の取り扱いに関する各省庁合同管理団体設立にむけて。
要するに、利害調整団体と言う名の公益法人の設立会議……天下り先の作成会議だ。
「ダンジョンが出現した時はどうなる物かとヒヤヒヤしましたが、開けてみれば宝箱ではないですか」
「そうですな。あの様なエネルギー資源が豊富に産出されるとは……」
「それだけではありません。鉱物も信じられない純度の物が幾つも出てきています」
「薬品類もです。細胞を急速に活性化させ自己再生を促す薬など、革命ですよ」
出席者達はダンジョンから産出された品々を思い出し、ホクホク顔で笑みを浮かべていた。利益の大小の違いはあれ、各省庁新たな利権の確保に成功しているからだ。
「……ですが、やはり厄介物も出てきたではありませんか」
「ですな」
「ダンジョンが出現した時も驚きましたが、まさかアンな物まで出てこようとは……」
「……魔法まで出てくるとは思いませんでしたね」
出席者達の表情が曇る。
ダンジョンから産出されるドロップアイテムの中には、コアクリスタルや鉱石、薬品類の他にも数は少ないが、マジックアイテムと呼ばれる超常的な力を宿した物品が共に産出されていた。その中でも更に数の少ない、スキルスクロールと呼ばれるマジックアイテムが厄介だった。スキルスクロールを開いた者に、魔法と呼べる超常現象を起こす能力が付加されるのだ。
最初に魔法を使う者が世間に認知される事となった切っ掛けは、某国のダンジョンに潜ってスキルスクロールを手に入れた民間人の投稿したネット動画だ。その動画は手の平から小さな水球を発射すると言う物で、当初はCGを疑う声が優勢だったが続々と同様の映像が投稿される様になった段階で、ダンジョンに行けば魔法使いに成れる、と言う情報が世界規模で爆発的に広がった。
「御陰で、国民のダンジョン一般開放を求める声が更に高まりましたからね」
「先週末も国会前でデモ行進があったそうで?」
「ええ。暫く先までデモ行進を行うと、担当の警察署に届出が出ていますよ」
「まぁ、届出を出してお行儀良くデモ行進をする分、外国よりはマシなんでしょうが……」
「まぁ、そのあたりは国民性でしょうな」
出席者達は溜息をつきながら、頭痛がする頭に手を当てる。外国のダンジョンに潜った民間人が死傷したと言うニュースは連日報道されている筈なのに、現実はこの有様。魔法と言う空想の産物が現実になった昨今、空想と現実の境界線が甘くなり箍が外れかかっていると言える状況だ。
実際、外国ではスキルを悪用した犯罪行為が後を絶たないらしい。現地の治安機構も通常犯罪を想定した組織の為、想定外のスキル保有者による犯罪対策は後手後手に回っているとの事だ。
しかし、この問題はダンジョンを一般開放した場合、日本も対岸の火事と言っていられなくなる。
「そう言えば、ダンジョン開放を求める署名も百万名を超える量を提出されたそうで?」
「ええ。若者を中心にした署名が多いそうです」
「若者ですか……やはり、長期不況による閉塞感が原因でしょうか?」
「それも一つの理由でしょう。まぁ他にも、非正規雇用による貧富の差や、アレやコレやと上げればキリがありませんよ」
外国のダンジョン情勢を見る限り、民間人によるダンジョン攻略は人的資源の消費を意味するのが見て取れた。只でさえ人的資源が少ない日本において、若者層の人的資源がダンジョンで浪費されると言う事は、超高齢化社会へ移行しつつある日本にとって影響が大きすぎる。
だが同時に、民間人によるダンジョン攻略は、資源確保と失業者対策になると言うのも現実だった。
「外国のダンジョンで産出されるドロップアイテムが、高額で取引されていると言うのもダンジョン開放を求める一因でしょうな」
「ネットオークションで、かなりの高額で取引されているとか……」
「ダンジョンで一発当てようとしている、と言う事ですな」
「正に、現代のゴールドラッシュですな」
死中に活あり。若者達の行動を思い、出席者達の頭に浮かんだのはそんな諺だった。デモ参加者にそこまで考えている者は殆ど居ないだろうが、一部は確実にそう思っている者が居るはずだ。
そして、そんな若者がダンジョンから回収するドロップアイテムによって利益を上げようと目論む国内企業によって、各メディアはスポンサーの意向を反映した数々のダンジョンに関する良い特集や肯定的な特別番組を制作し繰り返し世間へ流していた。世間のダンジョン熱は冷めるどころか次第に加熱の度合いを増している。
「そうなると、ダンジョンの一般開放は避けられないでしょうな」
「現在ウチの方でダンジョン関連特別法の草案を作成中です。近日中には国会の審議の方にかけられると思うので……」
「成立する見込みは高いと?」
「ええ。国民の人気を気にする政治家に、この情勢下で長期間審議を続ける度胸があるとは思えませんからね」
国民の反応を気にする政治家が多い国会で、これだけダンジョン開放に加熱している国民の民意を無視できる政治家は、まず居ないだろう。パフォーマンスで反対を唱える者は居るだろうが、最終的には法案成立に鞍替えする事が目に見えている。
「なる程、つまり法案を短期間で成立させる為、審議は雑になると?」
「そうなると草案が検討不足のまま、国会審議を通過する事になるやもしれませんね。いやはや」
「ザル法に成らないか心配で堪りませんな」
口では法案に不備が出ないか心配しているような事を言っているが、出席者達の口元に浮かぶ笑みは隠しきれていない。これ程の好機を見す見す逃すのは惜しすぎる、これが彼らの本音だった。
「法案が成立するという事は、ダンジョンに潜る者達を管理する団体が必要ですな」
「ええ。幅広く彼らをサポートする団体であるべきですね」
「各省庁で協力すれば、彼らのサポートも充実させられるかと」
「そうなると色々要り物になりますな、色々と」
「いやぁ、コレから忙しくなりますな」
彼らは嬉しそうな笑みを浮かべながら、利害調整と言う名の話を詰めていく。
そして、数ヶ月に渡る会議が行われた結果、日本ダンジョン協会は各省庁の様々な思惑が詰め込まれる形で誕生した。
一攫千金、ダンジョンへ行こう!そんな見出しの雑誌等が本屋の店頭に山積みにされ、大型家電ショップの街頭テレビや壁面大型モニターからはダンジョン特集の映像が大音量で流れている。ダンジョンを題材とした雑誌や番組が、国民の話題の大半を占める様になるまで然程時間は掛からなかった。
大企業の、民衆をダンジョンへ送り込みアイテムを確保したいと言う意図は隠され、ダンジョンの危険を訴える政府の、ダンジョン攻略を推奨すると言う隠された意図も微塵も感じさせない巧妙な報道。官民一体となった情報操作と言える状況下において、一般国民の大半は深く考える事無くマスコミの作ったブームと言う名のあやふやな物を信じ熱狂した。
曰く、ダンジョンを一般開放しない政府は国民の権利を阻害している、と。
曰く、一刻も早いダンジョンの開放を、と
事ココに至り、ダンジョンに熱狂する国民の民意は最高潮と言って良い状況だった。そんな折、ダンジョン誕生を報告する政府放送から5ヶ月。
国会審議にかけられていた特殊地下構造体特別措置法が可決成立したと報道され、新法律は即日公布され一月後から施行されると発表された。この報道後、日本中はお祭り騒ぎの模様を見せ、ダンジョンに関連するだろう品を扱っている企業は軒並み株価が急上昇する等、ダンジョンバブルと言える社会現象が引き起こされた。
「ダンジョンに行こうぜ! モンスター退治だ!」
「ダンジョンで手に入るドロップアイテムが、ネットで高値で売れるってよ!」
「魔法! 魔法! 魔法!」
ダンジョン解禁を歓迎する声が至る所で上がり、1ヶ月後に解禁される事となったダンジョンへの期待は高まる一方だった。特に、ダンジョンがどういう物かを知ろうとせず、マスコミ報道を鵜呑みにした者ほどその傾向は強い。ネット上ではダンジョンに関する複数のサイトが立ち上がり、盛んな議論の的となり幾多ものサイトが炎上する。各企業ではダンジョン攻略に役立つと銘打った新商品等の販売を開始し順調に業績を伸ばし、ダンジョン攻略を目論む多くの男女は区別なく格闘技や武道を教えるカルチャースクールにこぞって通い始めた。
そして、特殊地下構造体特別措置法成立から半月が経った頃、日本ダンジョン協会設立の話が国民の耳に飛び込んできた。ダンジョンへ入るには日本ダンジョン協会が発行した特殊地下構造体武装探索許可書が必要であると。民衆は自由探索を求め抗議の声を上げようとしたが、日本ダンジョン協会はダンジョンの詳細情報を協会会員にのみ無料公開すると言うカードを切る。この情報の中には、自衛隊の調査チームが集めた日本に出現したダンジョンに生息する現在確認が取れているモンスターに関する詳細情報や、攻略済み階層の詳細MAPなどと、ダンジョン攻略に乗り出そうとしている者にとって価値が高い物だった。
結果、一部を除き抗議の声は収まり、国民は渋々といった感じではあったが日本ダンジョン協会の存在を認め、ダンジョン攻略希望者達は粛々と特殊地下構造体武装探索許可書の交付手続を行っていく。これも流されやすい国民性故だろうか?
日本ダンジョン協会設立に関わった、各省庁の代表者が何時もの会議室に集合していた。
「見事に思惑通りに進みましたな」
「ええ。特別措置法の方も予想通り、審議不足でザル法になりましたからね」
「抜け道は幾らでも……ですな」
薄笑いを浮かべる参加者達。自分達の思惑通りに動いている現状が、堪らなく嬉しい様だ。何せ、日本ダンジョン協会は彼らの思惑通り各省庁の利権が複雑に絡んでおり、探索者が増えれば増えるだけ、ドロップアイテムが集まれば集まるだけ、莫大な利益が各省庁の特別会計に流れ込む仕組みになっていた。これを笑わずして何を笑う?と言うのが彼らの素直な感想である。
「しかし、思った以上にダンジョン熱が加熱していますな」
「大企業と呼ばれる企業群が株主やスポンサーになっているマスコミを動かし、世論を煽っている様ですからね」
「彼等もこの商機を逃すつもりはない様ですよ。ドロップアイテムの合同研究への出資金が、各企業共に増加傾向にあります」
「利根川に作った、実験炉の件が効いている様ですな。目に見える実績がある以上、各企業の期待も大きいのでしょう」
ドロップアイテムを利用した発電施設の件は、大きな衝撃を各方面へ与えていた。原発撤廃を求めていた国民は有力な代替発電手段の登場を歓迎し、電力不足で生産能力を絞らざるを得なかった企業群は安価な電力供給に期待した。逆に、化石燃料を主力輸出品目に置いている産油国にとっては凶報極まり無く顔面蒼白状態に陥る事となり、外務省を通じ真偽を問う問い合わせが殺到している。
「ドロップアイテムの研究が進めば、今後有効な商品開発に繋げられる可能性がありますからね」
「各企業ともに、ここで資金提供をけちればリターンが減ると考えたのでしょうな」
各企業が合同研究に提供した資金の合計はかなりの物で、通常の合同研究では考えられない額が動いていた。
「恐らく今後数年内の研究の如何によって、様々な分野でブレークスルーが起きる筈です。ここで手を緩める様な事があれば、日本の技術力は世界から取り残されると言う事にもなりかねません」
「技術立国で成り立っている日本の企業にとって、技術力で劣るような事になれば死活問題ですからな」
特に、マジックアイテムや魔法に関する分野はこれから発展していく分野だ。ここで出だしに乗り遅れるような事になれば、気が付いた時には絶望的な差が出来ていると言う事態にも成りかねない。
それは避けなければ成らない、それが出席者達の一致した見解でもあった。
「探索者達の成果に期待しましょう。彼等が持ち帰るドロップアイテムの種類が増えれば研究材料が増える事に成りますし、量が増えればそれだけ利益が上がり研究資金が捻出できます」
「そうですな」
「ははっ、これでは探索者になる者達が報われませんな」
「差詰め現代に蘇った炭鉱労働者ですな、18世紀から19世紀にかけての」
的確な表現だと、出席者達は押し殺した笑みを口元に浮かべながら同意した。
閑話はこれで終わりです。次から第2章に移ります。




