第1話 ダンジョンが現れた日常
ダンジョン物です。
突然現代社会にダンジョンが出現したら?がテーマです。
その話を耳にした瞬間、カレンダーに目をやり月日を確認した俺、九重大樹は悪くないはずだ。
いつものように朝食を食べながら朝のTVニュースを見ていたら、短い電子音が鳴りTVの上部に速報が流れる。珍しいというか初めて見る、5分後に臨時の政府放送が流れるので視聴するようにという勧告テロップだった。
そして速報が流れてからきっかり5分後、TV画面には政府報道官の姿が映し出される。試しにチャンネルを変えてみても、どの放送局も同じ画面が映る。何を語るのかとカメラのレンズが注目する報道官は、達観したような表情を浮かべながら多くの国民の意識を飛ばすことになる第一声を発した。
『我が国の領土内に多数の大規模地下構造体、通称ダンジョンが出現しました』
恐らくこの瞬間、日本中の時間が一瞬停止したはずだ。俺と一緒にテレビを見ていた父の大輔と母の美春、そして1つ年下の妹の美佳も箸を持ち上げたまま目を見開きTV画面を凝視していたからな。
『突然の事に驚かれ信じられないでしょうが、これは政府が幾重にも確認作業を行った上での正式な結論です。もう一度申し上げます。我が国領土内に多数のダンジョンが出現しました』
どうやら聞き間違いではないようだ。
父と母は錆び付いた機械のような動作で顔を合わせ信じられないという様な表情を浮かべているが、妹はどこか嬉しそうに目を輝かせポニーテールを揺らしていた。うん。妹は中学3年生……中二病の真っ只中だからな。
現実逃避している間にも、報道官のダンジョンに関する報告は続いている。
『また、このダンジョンは我が国に限らず、世界各国でも同様に出現しております。出現原因は不明ですが、出現したダンジョン内には凶暴な未確認生命体、通称モンスターが生息している事が確認されています。これに伴い、現在我が国領土内で確認されているダンジョンには自衛隊を派遣し、民間人の立ち入りを制限すると共に入口を封鎖しています』
うん。まぁ、国としたらそういう対応にはなるわな。民間人が勝手に入り込んで、負傷しただの死亡しただのの話になったら、何故か国の責任問題になるからな。
『現在自衛隊をダンジョン内部へ調査派遣しておりますが、判明しているだけでも内部は非常に広大かつ厳しい環境で、凶暴なモンスターを含むトラップなどの危険が確認されています。ですので、政府が把握しきれていないダンジョンを発見した場合、安易に内部へ入らず直ちに警察や役所などの公共機関へ報告してください。命の危険がありますので、決して興味本位でダンジョン内部へ入らないでください』
うーん。これって、フリ……か?
まぁ、政府としたらそんな意図はないんだろうけど、絶対極一部の馬鹿が警告を無視してダンジョン内部に入るだろうから、いざって時のための予防線ってところかな? 政府としては事前に警告しておいたから、警告を無視してダンジョン内部に入って死傷したのは自己責任だって。
『繰り返し……』
その後、政府放送は報道官が同様の内容を3度繰り返した後に終了した。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん! 聞いた!? ダンジョンだって!」
「聞いてるよ、一緒に飯食いながら見ていただろ?」
あまりの内容の政府放送にどう反応したらいいのか困惑していると、妹の美佳が箸を手にしたまま立ち上がり興奮気味に捲し立ててきた。
「ダンジョンって、どんな所かな!?」
「俺が知るか。まぁTV放送を聞いた限り、かなり危険な所みたいだな。それと美佳、座るか箸を離せ、箸に付いた味噌汁の汁が飛んできたぞ」
「あっ、ゴメン」
美佳は水を差された様子で落ち着きを取り戻し、大人しく椅子に座り直した。
ったく、何がそんなに嬉しいんだろうな。ダンジョンができたって、一般市民の生活がいきなり激変するってことはないと思うんだけどな。まぁ、自衛隊の調査の結果如何ではどうなるかは分からないけど。
「ダンジョンか……一度行ってみたいな」
「美佳ぁ、馬鹿なこと言ってないで早く食べちゃいなさい。学校に遅れるわよ」
「あっ、うん」
馬鹿なことを言う美佳を母さんは窘める。まぁ、珍しく政府が臨時放送をしてまで、危険だと周知徹底させているのだ。余程のことがない限り関わりあうことは避けた方が良いだろう。これで美佳の奴が大人しくなるかは分からないが、少しは釘を刺せたかな?
大体、ダンジョンに入ってどうするつもりだコイツ? TVでも言ってたけど、モンスターやトラップが仕掛けられているような場所でどうすれば良いとかわかってるのか? トラップと聞いて俺が思い浮かべるのは、映画やドラマで出てくるような物で、解除方法や対処方法なんて知らないぞ。モンスターにしたって種類や大きさは知らないけど、殺すつもりで襲いかかってくる奴の対処なんてどうすればいいんだよ。返り討ちにして殺せってか? 無理無理無理、普通の害獣駆除もした事無い奴がいきなり何の躊躇も無くそんなことができるかっての。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま!」
予想外の放送で少々時間はかかったが、俺たち家族は朝食を食べ終えた。登校時間までは今少し時間があるので、ダンジョンのことについて少し調べてみるか。俺は一度自室に戻りPCを起動した。
「何々?」
ネットの電子ニュースを流し読みしていくと、既に複数の関連ニュースが流れている。
それによると、日本にダンジョンが出現したのは深夜0時。そして、ほぼ同時刻に世界各国でダンジョンが出現していた。深夜ゆえに日本は当初ダンジョンの存在に気が付いていなかったが、米国からの連絡でダンジョンの出現に気が付いたそうだ。連絡を受けた政府は簡易確認を行い事態の深刻さに遅まきながら気付き、緊急対策本部を危機管理センターに開設。出現が確認されているダンジョンに警察を調査に派遣、初動調査を行いダンジョンの存在を確認した政府は自衛隊の派遣の検討を開始。しかし、政府で自衛隊派遣を検討中に、ダンジョン内部に潜行調査を行った海外の調査チームが壊滅したと言う情報が飛び込んできたそうだ。それを受けた政府は自衛隊の派遣を決定、ダンジョンの封鎖と内部調査を行うことにしたそうだ。
「ここまでは、さっきの政府放送と同じような内容だな……」
まぁ、今の段階だと当たり障りがない内容しか出せないか。
もう少し調べたいけど、登校時間が近いな。後は帰ってきてから確認するか。
俺はPCの電源を落とし登校の準備を始めた。
「えっと、今日の時間割は一限目が数学で……」
時間割を確認しつつ、通学カバンに教材を詰め込んでいく。そして今日の美術の授業で使うデッサンセットを、学習机の一番下の引き出しから取り出そうと引き出しを開けると。
「……はぁ?」
引き出しの中には学校の特別教室ほどの大きさの石畳の部屋が広がっており、部屋の中は壁に埋め込まれた揺らめくランプの灯りで照らし出されていた。そして引き出しの真下に当たる3mほど下の部屋の真ん中に、ウニウニと動く不定形粘性物体が陣取っていた。
無言で引き出しを閉じた俺は悪くない。
「うん。ちょっと落ち着こうか? えっと……? ここは俺の自室で、これは俺が小学校の頃から使い続けている学習机だよな?」
頭を軽く左右に振りながら、震える声で現状を羅列しつつ混乱する頭を整理しようとする。が、引き出しを開けたら中に石畳の部屋が広がっていた……何が何だか意味が分からない。
深ーい深呼吸を繰り返し、気持ちを整える。
「えっと、もしかして……これってアレか? ダンジョンか?」
昨日まで何の異常もなかった机の中が、今日開けたらこうなった原因は俺には一つしか思い付く事が出来なかった。
ということはアレがモンスター……って、あれスライムじゃん!
「待て待て待て! 何でダンジョンが俺の部屋に出現するんだよ!? ダンジョンって、TVで見た装飾が施された門と一緒に出現するんじゃなかったの!?」
政府放送で流れていたダンジョンの姿は、ドーム状の見た事の無い象形文字の様な図形が施された物。間違っても、机の引き出しに収まるような大きさの代物ではなかった。
それなのに、そのダンジョンが俺の部屋の俺の机の引き出しの中にある。見間違いであってほしいと思いつつ、俺はもう一度机の引き出しを開ける。
だが……。
「……見間違いじゃないな」
思わず溜息が漏れる。
引き出しの中は、先程と同じようにスライムが陣取っていた。よくよくスライムを観察すると、半透明な体の中心に黒い球体が見える。
「ファンタジー物の定番だと、あの黒い球体がスライムの核でアレを砕けば倒せる筈なんだけど……あれに触りたくないな」
どう見ても、触れるだけで毒か麻痺の状態異常を誘発されそうだしな、あれ。
性質も生態もわからない物に不用意に触れたり近づいたりしたら、どうなるか分かったものじゃない。単なる怪我で済めば御の字、最悪伝染性のウイルスホルダーにでもなりそうだ。
嫌だぞ、バイオハザードの発生源とか。
「とりあえず、今は見なかったことにしよう。遅刻しそうだしな」
俺はそっと引き出しを閉めた。
行方不明になったデッサンセットは諦め、他の教材を詰め込んだ通学カバンを持ち重い足取りで自室を後にする。
鉛の様に重い足を引き摺る様にリビングへ入ると、TVを見ていた美佳と目が合う。
「あれ? どうしたのお兄ちゃん? 凄い疲れてるようだけど……」
「いや、なんでもない。チョット、な」
「?」
TVには先程の政府放送を検証する、臨時報道番組が映し出されていた。自称専門家のコメンテーターがよく分からない持論を打ち上げ、他のコメンテーターと激しく弁論を交わしている。
少し話を聞きかじるだけで、自衛隊が治安出動するのは問題だの、国がダンジョンを独占するのは違法だの、何時も通りの平常運転だ。自室にダンジョンが出現した俺にとって、タメになるような話は出てこなさそうだ。
「貴方たち、いい加減に学校に行きなさい。遅刻するわよ」
「はーい」
「了解」
母に促され、俺と妹は通学カバンを持って玄関へ向かう。まぁ正直、学校は休みたい心境である。
「行ってきまーす!」
「行ってきます」
妹の元気な声に比べ、俺の声は限りなく沈んでいる。
家を出て道路から我が家を見上げると、目の錯覚かもしれないが自室から瘴気のような物が漏れ出しているように見えた気がした。