3日間の合宿ー最終日ー
朝の爽やかさに比べ、皐月の目覚めは全く爽やかではなかった。
一晩中、もやもやとしたものが頭の中を巡り、眠ったような眠っていないような状態だ。
少しでもすっきりするためにシャワーを浴び、食堂に向かった。
朝食を運び、席に着いて食べていると、朝食を乗せたプレートを持った義成が声をかけてきた。
「おはようございます、皐月先生。寝不足ですか?」
「あ、おはよう須藤君。そんなに眠そうな顔してる?」
「クマできてますよ。哲也先生と何かあったんですか?」
「・・・何でそこで澤部先生が出てくるの?」
「違うんですか。じゃあいいです」
そう言うと、義成は部員たちの方に歩いて行った。
(今どきの高校生の思考回路って分からない・・・)
皐月は小さくため息をつこうとすると、義成が途中で振り返り、
「先生、そろそろ僕たちのことも名前で呼んでくれると嬉しいです」
と言って、またスタスタと歩いて行った。
皐月は一瞬呆気にとられたが、それもそうだと思い、部員たちの名前を頭の中でもう一度確認しながら、朝食を進めるのだった。
荷物をまとめ、部屋をざっと片付けてホールに集合した一行は、発声練習や準備体操をした後、パントマイムやスローモーションなどの動きの練習をし、2チームに分かれて創作劇作りをした。
30分で一つの創作劇を作るというもので、皐月はそんな短時間でできるのかと驚いたが、出来上がったものは高校生らしいユーモアにあふれたおもしろいものだった。
もちろん、粗削りであったり展開が急であったりはしたが。
哲也は満足そうにそれを見て、講評をした。これで、今日の練習は終わり、合宿終了である。
哲也は最後に部員たちに言った。
「合宿で俺が教えたのは、あくまで俺が今までやってきた経験に基づく練習方法です。演技の仕方は、百人いれば百通りあります。新しい先生が、もしかしたら俺とは真逆のことを言うかもしれません。それくらい、演劇は正解というものがない世界です。まずは先生に言われたとおりにやってみて、そこから自分なりの演技と言うものを探していけたらいいんじゃないかと思います」
そしてニヤリと笑って付け足した。
「文化祭は観に行くからな。合宿の成果が生かされてるかどうか」
「うわー怖いー!」
慎がふざけたように言うと、
「シンシンの課題は体の柔軟性と、せりふをしゃべってない時の演技だな」
哲也がすかさず切り込む。
「把握されてる・・・」「少人数だから覚えやすいんだよ・・・」「今のうちに私も課題聞いておこうかな・・・」部員たちはひそひそ話し合う。
「さて、じゃ、練習終わりにしますか」
「あ、哲也先生、そのままで」
直子に言われ、哲也は動きを止める。
「ん?」
「短い期間とはいえ、大変お世話になりました。哲也先生は話しやすくって、教え方も上手で、合宿もすごく楽しかったです。演劇部代表として、お礼申し上げます」
部長である直子がそう言っている間に、部員たちは哲也の前に一列に並んだ。
「気を付けー、礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
哲也はそれを見て、
「おう。がんばれよ」
一言だけ応えた。
食堂で昼食を済ませ、バスで駅まで行き、電車に乗る。部員たちは合宿の疲れが出たのか、ほとんどが眠っている。
皐月はそれを見守りながら、自身も眠気に襲われてきた。
(いけない、引率の私が寝たら・・・)
「皐月先生、少し寝たら?」
「・・・澤部先生。いえ、そういうわけには・・・」
「昨日、あまり寝られてないでしょ?俺が見ときますから。まだ20分くらいは乗りっぱなしだし」
「・・・すみません・・・」
電車の揺れが心地よく、目を閉じると皐月はあっという間に深い眠りに落ちていった。
「無防備すぎて手が出せないな」と言う哲也のつぶやきは、皐月の耳には届かなかった。
部員それぞれが最寄りの駅で降りていき、最後に皐月と哲也は2人になり、同じホームで電車を待っていた。
「そういえば、澤部先生のご自宅はこちらの方面でした?」
「ん?もう通り過ぎたよ」
「・・・え?」
「皐月さんに渡したい物があったから。あいつらの前じゃあちょっとね」
そう言うと哲也は、持っていたリュックの中から封筒を取り出し、皐月に手渡した。
「本気の証。家に着いたら開けてね。で、気持ち決まったら教えて」
「は・・・?」
「じゃ、またね」
哲也はあっさりとそう言って、反対方面の電車に乗っていった。
「え、あの、ちょっと!」
きちんとお礼を言えないまま別れてしまい、皐月はまたもやもやしてきた。
家に帰りつき、荷物を下ろすとちゃぶ台の上に突っ伏す。
電車で眠ったとはいえ、疲れは取れていない。明日は休みの日だから、洗濯物は明日回せばいいか・・・と考えながら、うつらうつらする。
(あ、そういえば、あれ何だったんだろう・・・)
哲也から受け取ったものの中味を見るため、バッグを開ける。
封筒に入っているのは、何かの用紙だった。折りたたまれていたそれを開き、皐月は思わずつぶやいた。
「何、これ・・・」
そこには、【夫となる人】のみ記入済みの『婚姻届』と書かれていた。