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3日間の合宿ー準備ー

皐月は後悔していた。


「やっぱり頼むんじゃなかった・・・」


何度目かの言葉をつぶやく。

居酒屋のショップカードを見つけた昨夜、思い切って哲也に電話したのだが、そのやり取りからして不安要素しか感じられなかった。


「あの、もしもし、鳥川第二高校の湯川と申しますが・・・」


そう言ってから、皐月はしまったと思った。あの夜、自分は果たして名乗っただろうか。いや、きっと名乗っていないはず。何といえば通じるだろう。


「あの、えっと、居酒屋で、この間、お会いした・・・」

『ああ、ケイコちゃん?それとも、ミユキちゃん?チヨちゃんかな?』

「・・・」


聞こえてきた内容に、皐月は無言で電話を切ろうとした。

やめよう。こいつとは関わらない方がいい。


『わ、待って待って、冗談だから!切らないで!』


電話の声が慌てて言う。こちらの行動が見えているかのようだ。


『あれでしょ?女性二人で来て、お一人の方が眠ってしまわれた、高校の先生の!お名前聞き忘れたなーって思ってたんだ!』


どうやら、哲也は誰からの電話か分かったらしい。よく分かったなと思いつつ、皐月は本題に入るべく、携帯を握りなおす。


「ええ、その、高校教師です。湯川皐月と申します。あの、今回ご連絡したのは、お願いがありましてですね・・・」


そして皐月は、状況をざっと説明した。


「それで、澤部さんの周りに、そう言ったことをお願いできる方はいないかと・・・」

『俺でもいいの?』

「え?」

『俺やりたいから俺でもいい?というか、俺やりまーす!合宿も行きたいでーす!』


(何なのこのノリは!)


皐月は困惑する。あまり哲也に関わりたくはないのが正直なところだ。


「あの、澤部さんはお忙しいのでは・・・」

『今ちょうど、公演の谷間で時間作りやすいし、バイトには大して影響しないよ、2、3日なら。普段の練習は昼間だしね。演劇を好きな高校生が困っているなら、できる限りのことはしたい」


最後の理由に、皐月は少し哲也を見直す。見直すと言っても、「この人、少しはまともなこと言えるのね」くらいに、だったが。


『それで、頑張ったら皐月さんがデートしてくれるとかいうおまけは・・・』

「では具体的なお話なんですが、とりあえず一度高校の方に来ていただいて、部員たちの様子を見ていただきたいんです」


哲也の戯言をぶった切るようにして話を進める。勝手に名前を呼ばれることに嫌悪感を抱いていると、そこでふと気付いた。哲也の身元確認をしていない。


「あと、あの、今更なんですが・・・失礼ですが、澤部さん、本当に劇団員なんですか?」

『あー心配?だよねー自称かもしれないもんね。んーと、パソコン見られる?うちの劇団のホームページ見てみてよ。それくらいしか、証明できるものないんだけど』


哲也が言った劇団名で検索してみると、すぐにホームページが出てきた。

凝った作りではないが、見やすいページだ。今までの公演や今後の予定、ブログなども載っているらしい。劇団員紹介のページには、哲也が写真付きで一番前に載っていた。肩書は『主宰・脚本・演出・役者』。


「すみません、最初に確認すべき事でした。年に2回ほど公演されてるんですね」

『そう。次は秋頃の予定なんだけど、まあ2週間なら大丈夫でしょう』

「えっと、演劇部に来ていただく日ですが・・・」

『明日も練習あるなら行きますよ?早い方がいいでしょ。皐月さんに会えるし』


そんなこんなで、電話のすぐ翌日-つまり今日-に哲也が高校に来ることになったのである。




皐月は正門で、哲也が来るのを待っていた。じりじりと夏の日差しが痛いくらいだ。

これで演劇部の合宿はどうにかなるのだろうか。生徒たちに何か悪影響はないだろうか。


不安なことだらけで、気分が暗くなる。ついでに視界も暗く・・・


(え・・・?)


「危ない!」


皐月は急に腕を引っ張られ、気が付くと誰かに肩を支えてもらっていた。どうやら倒れそうになったらしい。


「大丈夫?こんな炎天下の中、帽子も被らずに立ってちゃ危ないよ、皐月さん」


その声は、いつか居酒屋で聞いた声だった。


「・・・澤部さん・・・?」


まだ少し朦朧とする。軽い熱中症だろうか。


「涼しいところで休んだ方がいいよ。保健室とか職員室とか。なんならお姫様だっこでお連れしましょうか?」


哲也は身長が180cm近くあるようだ。160cmに満たない皐月を運ぶのはたやすいだろう。


(ってそうじゃなくて!)


「結構です。日陰に入れば回復します。それより、我が校の演劇部のために来ていただき、ありがとうございます」


皐月は哲也から一歩離れ、一人で立った。


「お役に立てるかは分からないけどねー。あと、皐月さんの頼みだから来たんだよ」

「まずは演劇部の部室にご案内いたします」


哲也の言葉は無視して、正門から左の職員玄関に連れていき、靴を履き替える。部室に案内しようとすると、哲也に止められる。


「その前に、水分補給した方がいいよ、皐月さん」


そう言って、哲也はスポーツドリンクのペットボトルを皐月に投げて渡した。


「・・・ありがとうございます」


確かに、考え事ばかりしていて水分をろくにとっていなかった。ふたを開けて、一気に半分くらい飲む。


「わーお、いい飲みっぷり」

「では、部室にご案内します。あと、頼まれたとおり、視聴覚室もとってあります」


いちいち哲也に反応しないようにして、皐月は事務的に進めていくことにした。




部室に連れていくと、部員たちは大騒ぎだった。


「本当に、劇団の人が来てくれたんだ!」

「すげーな!」

「え、湯川先生とのご関係は!?」

「やだ、見てなかったの?さっき、正門で抱き合ってたじゃーん!」

「うそ!ってことは湯川先生の・・・」

「そうでーす恋人でーす!」

「嘘をつかないっ!!」


演劇部部室は正門がよく見える場所にある。部員たちは先程の場面を見ていたらしい。ほとんどの部員が、やんややんやとはやし立て、哲也がそれに乗っかる。はやし立ての輪に入らなかったのは、1年生の万里だけだ。

哲也をじっと見ている。まるで、睨むかのように。


皐月は何とか部員たちを静まらせ、哲也の紹介をした。


「えー・・・澤部哲也さんです」

「どーも、ご紹介にあずかりました、澤部哲也です。皐月先生との出会いは、夏のある夜・・・」


皐月は無言で、持っていたノートを丸めて哲也の頭をはたく。余計なことを話されては困るのだ。哲也は懲りずに話をする。


「えー、皐月先生が照れてしまうので、この続きは合宿で。で、まじめな自己紹介ね。小さいながらも、一応劇団を主宰しています。脚本書いたり演出したり、役者をしたりと、その時々でいろいろやってます。説明するよりも見てもらった方が早いかなと思うので、みんな視聴覚室に移動しよう!」


部員全員でぞろぞろと移動する。視聴覚室は2階にある。着くと、哲也が持ってきたDVDを皐月は再生機器にセットした。


「今から見てもらうのは、うちの劇団の前回公演です。全部見ると1時間半はかかるので、さわりだけね。記録用だからちょっと見にくいし引きの映像ばかりだけど、まあ様子は分かると思うから」


そして15分ほど、DVDを見た。劇の内容は、さびれていく商店街を何とか盛り上げようと奮闘する人々の話だった。キャラクターが立っていて、引き込まれる。要所要所に笑いをちりばめてあり、演劇初心者の皐月でもとっつきやすかった。


「はい、とりあえずここまで」


哲也が途中で止めたが、皐月はもう少し見てみたいような気がした。続きが気になる。


「澤部先生、続きが気になります!」


義成が手を挙げて言った。他の面々も、うなずいている。


「んー、じゃあ特別に貸してあげるから、家で見なさい。複製はだめですよー」


それを聞いて、「やったぁ」と数人が声を上げる。


「じゃあ俺のことが大体分かったところで、部室に戻って自己紹介してもらおうかな。あと、普段の練習とかも見せてね」

「うー緊張するなぁ・・・」


と武志が胸を押さえて言う。


「いつも通りいつも通り!」


部長の直子が明るく声をかけながら、みんなで部室に向かうのだった。




演劇部の練習を見学し、皐月が持っていた昨年度までの資料にざっと目を通した哲也は、「大体分かったな」と言い、合宿当日の集合時間と場所を確認して帰っていった。


どうやら、夕方からは居酒屋のバイトがあるらしい。


皐月はとりあえずほっとした。演劇に関しては、哲也はまともと言うか、真摯に打ち込んでいるように見えたからだ。

あと皐月がすることは、合宿所の哲也の部屋を取ることくらいだろう。


「さて、と」


職員室の自分の机で伸びを一つして、パソコンに向かう。合宿所は大学生用のセミナーハウスだが、大学生以外も使えるようになっている。宿泊用のコテージがたくさんあり、部員たちは数人ずつ男女別で泊まる。もちろん、男子部屋と女子部屋は少し離れている。


美保は、顧問用にさらに離れたところにある部屋を借りていたらしい。もう一部屋、近くに借りればいいだろう。


「美保先生、妊娠中なのに合宿もやる気でいたなんて、すごいな・・・」


皐月がつぶやきながら合宿所のホームページを見ていると、哲也からメールが届いた。連絡用に、半ば強引に交換させられたのだ。


『今日はお邪魔しました。久々の高校、楽しかったです。合宿所の部屋は皐月さんと同室でお願いします(ハート)ではまた合宿で。  哲也』


文面を読んだ皐月は携帯を投げそうになりながら、何とか思いとどまった。

携帯電話が壊れては困る。

これさえなければいいのにと思いつつ、『当然別室です。合宿よろしくお願いします。 湯川』と返信したのだった。

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