1番嫌いなタイプ
「だからさぁ、こっちから願い下げって感じじゃんそんなやつ!で、メールも電話も全部着拒して、切ってやったの!」
白井真紀がジョッキをドン、と置きながら大声で言った。
真紀が飲みに誘うときは、たいてい憂さ晴らしをしたいときだ。そしてその相手は、いつも決まって大学からの友人、湯川皐月であった。
「まぁ、状況が悪くなる前に別れられてよかったじゃん。被害なかったんでしょ?」
皐月は軟骨の唐揚げをつまみながら言う。
今日の愚痴は、真紀が婚活で知り合った男性についてだ。
どうやらその男性、悪質な男だったらしい。最初は優しく声をかけてきて、連絡先を交換したが、妙に真紀の仕事内容や給料のこと、貯金のことなどを聞きたがるので、怪しいと思ったそうだ。「私、お金関係きっちりしている方じゃないとお付き合いできません」とメールを送ったら、連絡が途絶えたとのこと。
ヒモ狙いか、結婚詐欺狙いか・・・まあ途中で気づかれるようじゃ、結婚詐欺なんか成功しなさそうだけど、と皐月は思いながら、真紀をなだめる。
「あぁもうっ!やっと出会えたと思ったらこんなやつばっかり!ねぇ皐月ー、あんたの高校にいい人いないのー?」
「いないよ。若い先生がまずいないし。独身男性は40代以上ね」
「ううぅ・・・。あ、生徒は!?」
「マキ、それ犯罪」
「じゃあ元生徒とか!」
「みんな大学で素敵な彼女をゲットしてるんじゃない?卒業したらほとんど来ないよ」
皐月と真紀は、今年で27歳である。高校生は10も年下、大学生だって5つ以上離れている。それ以前に、彼らの方が相手にしないと思われるが。
「違うのよー。実際に付き合うわけじゃなくてー。目の保養っていうかさー。誰かいないの?」
「うーん・・・特に目立つのはいないかな。この間卒業していった生徒に、すんごい美人がいたって話。男の子の」
「男の子で美人?美形とかイケメンじゃなく?」
「そう。なんでも『姫』って呼ばれてたとかなんとか。残念ながら、私は見たことないけどね」
皐月は、今年の4月に異動してきたばかりだ。美貌の『姫』は噂でしか知らない。
「そこまでの人なら、見てみたいねー」
「そうねー」
「確かにー」
「・・・・ん?」
今しゃべったの、誰だ?と、2人が振り返ると、男性店員がニコニコしながら料理を持ってきたところだった。
「はい、出し巻き玉子とホッケ焼き、お待たせいたしました!美人さんはいいですよねー。見ているだけで心が潤いますねー」
「ちょ・・・何、人の会話聞いてるんですか!」
「すみません、聞こえちゃいました」
悪びれもせず言う男性店員に、皐月は唖然とする。
(客商売としてどうなの、この態度は!)
「あーでも、お客様方を見ているだけでも心が潤っちゃうかも」
「あはは、お上手ー」
「いえいえ、本心ですよ?」
真紀は酔っぱらっていることも手伝ってか、店員の言葉に笑みを返している。
皐月はというと、黙って店員をにらんでいた。
「おっと、仕事に戻らないと。それでは、ごゆっくりどうぞー」
皐月の視線に気づいたのか気付いていないのか、男性店員は無事いなくなった。皐月はホッとする。
「ねーねー、なかなかのオトコじゃなかった?」
「は?どこが?軽くって最悪」
真紀はまんざらでもなかったらしいが、皐月は一刀両断だ。ああいうタイプが、皐月は一番嫌いなのだ。
「相変わらず、考えが固いわねー」
「固くて結構。堅実が一番よ」
皐月も、恋人がほしいとは思うが、年も年なので、そろそろ結婚を考えたい。次に付き合う人とは結婚したいし、結婚する相手は堅実な人がいい。顔は普通で、収入も人並みで、でも誠実な人が一番。
「お互い、相手が見つかるといいねー」
真紀は積極的に婚活をしているが、皐月は仕事が忙しいこともあって、積極的に相手を探すようなことはしていなかった。
皐月の仕事は高校教諭だ。教師の仕事は、授業以外にも、授業のための準備、職員会議、担任ならばクラス経営、課外活動など、言い切れないほどある。
自分の時間など、ほとんどないのだ。
こうして友人と時々飲みに行くことが、皐月のプライベートでの楽しみだった。
真紀と話していると、いくらでも話題が出てくる。皐月は皐月で、一学期の成績つけが終わり、ようやく少し肩の荷が下りたところだったので、うっかり飲み過ぎたらしい。頭が少しぼうっとしてきた。
「マキ、そろそろお開きにしよう・・・マキ?」
「あ、お連れのお客様は寝てしまわれたみたいです」
先ほどの男性店員が、いつの間にかいた。そして正面では、真紀は机に突っ伏して寝ていた。皐月は一瞬で酔いが醒める。
「え、あなた、どうして?」
「いえ、ご注文が止まってからしばらく経ったので、伺いに来たのですが、お2人ともうつらうつらしてましたので、置き引き等に遭わないように、警戒していました」
「さっさと起こしてくれればよかったじゃない!」
「いやー、気持ちよさそうに寝ていましたので、つい」
こんなわけの分からないやつに醜態をさらしてしまったと、皐月は悔しい思いでいっぱいになる。
「それで、お連れ様はどうしますか?タクシーをお呼びします?それとも、しばらくここで休んでいきますか?」
「放っておいてください。そのうち起きるだろうから」
「分かりました」
にこにこと店員は言い、そのまま皐月の斜向かいに座った。
「何で座るんですか?」
「お一人じゃもて余すかなと」
「余計なお世話です。仕事に戻ってください」
「今日結構暇なんですよ」
どうやら、離れる気はないらしい。厄介なことになった。
皐月がちらりと店員の名札を見ると、『テツ』と書いてあった。
「あなた、ここの社員?」
「いえ、バイトですよ。本職は劇団員です」
「劇団員?」
「ええ、主宰しています」
劇など観たことがない皐月には、その良さがさっぱり分からない。それに、目の前の男はどう見ても皐月とそう変わらない年齢だ。この年まで定職につかないなんて・・・。
「そう。やっぱり苦手なタイプね」
「と言うと?」
皐月は酔っていたらしく、ほぼ初対面の人を相手に、普段なら言わないようなことまで言っていた。
「夢追い人。絶対結婚したくないタイプ。こっちばかりが苦労しそうだもの。あと、軽い人も嫌い。いつか絶対浮気する」
「ずいぶん、決めつけてますね」
ひどいことを言われたはずなのに、店員は態度を変えない。それが余計に皐月の癇に障る。
「本当のことでしょ」
「それは試してみないと分かりませんよ。人それぞれですから」
「試して失敗してる暇なんかないの」
「まあまあ、騙されたと思って」
「なんなのよ、あなたさっきから!」
平行線の会話にイライラして、皐月はつい怒鳴る。半個室とはいえ、隣に声が丸聞こえだろう。
「いやー、お客様とお話ししたかっただけですよ」
にこり、と皐月に笑いかける。皐月がどう言い返そうか考えていると、店員はちらりと真紀を見た。
「これだけの大声でも起きないなら、このまま朝まで寝ちゃうかもしれませんね。タクシー呼びましょうか」
急にまともな会話になったので、皐月は拍子抜けしてしまった。「そう・・・ね。お願いします。お会計も」と、何もなかったように言う。
「わかりました、少々お待ちください」
そう言って、テツとかいう店員は一旦その場を離れた。会計を済ませ、真紀を運ぶのを手伝ってもらい、皐月もタクシーに乗り込む。
見送っていたテツが、何か差し出した。ショップカードである。
「これに懲りずに、また来てくださいね」
「あなたがいなければ行くかもね」
「手厳しいなぁ」
差し出されたショップカードは受け取り、タクシーを発車してもらう。
静かになった車内で、皐月はカードを見つめた。
「なんなのよ、もう・・・」
持つと、指先に凹凸を感じた。裏返すと、ボールペンで字が書かれていた。
『澤部哲也 090-○○○○-○○○○』
「誰が連絡するか」
とは言え、連絡先が書いてある物をタクシーに捨てていくわけにもいかないので、皐月はバッグにしまった。家でシュレッダーにかければいい。
真紀の家までタクシーを走らせ、節約のために、そこからは電車で帰ったのだった。