序章 運命の出逢
運命と偶然の違いは何なのだろうか。
どちらも、自分でコントロールできないと言う点では同じだ。
だが、2つには確固たる違いと言うものが存在する。
それはなぜだろうか。
ある格言にこんな言葉がある。
「一度目偶然、二度目奇跡、三度目必然、四度目運命」と言う言葉だ。
その言葉に倣うと、運命と偶然の違いとは、ただ、回数の違いなのだろうか。
いや、違う。
運命と偶然の違いは、その人がその時「どう思ったか」で変わるものなのだーー。
◆◇◆◇◆◇◆
〈4/2 AM10:00〉
荒れ果てた荒野。
人五人分はありそうな天然物の石柱が見え、所々に草ははえているがそれ以外は何もなく、動物もほとんど見かけない。遠くにかすかに森が見えるが、それ以外は何もない荒野だった。
そんな荒野を少年はずっと歩いていた。
どれだけ歩いたか、自分でもわからなかったが、少なくとも42.125キロメートル、つまりフルマラソン以上歩いたことだけは確かだ。逆にもう10日もずっと歩いているのだから、それくらい進んでいないと困る。
だが、それすらももうあやふやだった。
見えるものが岩しかなく、どれだけ歩いたのか成果が自覚できない。要は、どこまでも変わりばえのしない景色に気が滅入っていたのだ。
だから、どこまでも続く壁と白い白亜石の、その中央にある豪華でそれでいて重厚な門を視界の端に捉えた時の喜びと言ったら! 何にも勝るものであった。 ボロボロにほつれたローブを纏った少年は、不覚にも泣きそうになった。
「......10日ぶりの人工物だ......」
少年はその青色の瞳を潤ませた。
安堵で足が笑い、その場に崩れ落ちそうになるが必死にこらえ、もう一踏ん張りだ、とじぶんを励まし、足を速めた。
この少年の名は東條綺羅。
綺羅は少し不思議な格好をしていた。
少し前まで新品だったが、今では見る影がないほどにボロボロになってしまった安物のローブを着こなし、これまた気を削って自作した、いびつな形の木剣を腰に差し、背中に自身と同等位の大きなバックパックを背負った黒髪碧眼の少年の姿はよく言えば流離いの旅人、もしくは山男、悪く言えばこじきに見える。
勿論綺羅はこじきでも山男でもない。かといって、綺羅のファッションセンスが悪いと言うわけでもなかった。
......まあ、流離いの旅人というと否定出来ないところが悲しきかな。10日もサハイバルと言う名の旅を続けてきたのだから今さら、"旅人でない"と言っても信じてくれないだろう。
それでも流離いの、はいらないが。
話がそれた。
こんなふざけた格好をしているが、実は綺羅は、世界で5校しか存在しない魔法学校の1つ、レムファレンに入学することになっている若干12才の魔法使いである。
重要なことなのでもう一度言おう、綺羅は魔法使いである。木剣を持っていて怪しげな格好をしているが、魔法使いであるッ。
そして、綺羅が入学することになっているレムファレン。
この入学式は3日後であった。そう3日後、である。
普通の入学生であれば、入学式まで一週間を切ったこの時期には、目の前にある壁にかこまれた都市ーー通称《魔都》と呼ばれる、レムファレンがある、浮遊都市行きの汽車の駅が存在する都市ーーで入学用品の購入をしたり、制服の採寸をしたり、体を休ませたりするのだが......生憎と綺羅は、そのどれでもなかった。今は3日前である。これでは時間が足りるかギリギリだ。入学用品は多いし制服の採寸は時間が掛かる。
こんなことになった理由は綺羅が魔法使いに見えない格好をしている理由とともに10日前ーー綺羅がサハイバル(と言う名の地獄の日々)を始めた日まで遡るーー。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その日は穏やかな空だった。
適度に晴れていたし、麗らかな春の風が遠くで鳴く鳥の声を運んで来ていた。
人里離れた森の湖のほとりに建つ小屋での生活も、あの事件の後「修行だ」と綺羅の保護者でもあり、師匠でもあるメルリアに連れて来られてから2年の月日が経っていたので、もう日常と呼べるくらい馴染んでいた。
一ついつもと変わったことといえば、綺羅自身が小学校を卒業し、レムファレンに入学することが決まって、目標に一歩近づいた、と浮かれていた事だけだったが、それでも、"日常"に何ら支障をきたす事ではなかった。
だから、それ以外は、いつも通りだった............いつも通りだと、思っていた。
このまま、入学の準備のために、入学の一週間前くらいに、魔都へと行くまでは、"いつも通り"の生活をするのだと、行ってからも、普通に過ごすのだと、そう、思っていた。
実際に、綺羅はいつも通り、5時に小屋の二階の自室で目を覚ましたし、
いつも通り、朝の水汲みで小屋と井戸を行き来したし、
いつも通り、ダメ元と分かりつつも中級魔法の習得をめざし訓練したし、
いつも通り、2年前に死んだ両親に教えて貰った槍と剣の鍛練をしたし、
いつも通り、ほっといたら産業廃棄物(いや、そんなレヴェルではないかもしれない、あれはもはや......兵器だ)を作ってしまう綺羅のかわりに朝食の支度をしたし、
いつも通り、朝食が完成間近になるとメルリアが臭いにつられて起きてきていた。
だが、そのいつも通りが狂ったのは、そのすぐのことだった。
直接的な原因は、朝食を食べているときにメルリアが桐にはなった、
「綺羅坊、おまえ、食べ終わったら地下室に来な。出掛ける用意をして、だよ」
この一言ーーもとい爆弾だった。
この発言に綺羅は飲んでいたコーンスープを吹き出しそうになった。
なぜなら、地下はメルリアの研究室になっていて、綺羅は立ち入りを禁止されており、一度も入ったことがなかったからだ。
だから、この時の桐の気持ちは、
ーーえ!?............チカ? ちか......地下。
ーー地下ぁ!? へ!? なんで? このタイミングで!?
であった。言語の変換が追い付かない程驚いたのだ。それと後、少しでレムファレンに入学すると言うこのタイミングで、と言うのも驚いた。
だが、問題はソコではない。問題は、メルリアが綺羅を地下室に呼んだと言う事実なのだ。
メルリアはーーいや、ほとんどすべての魔法使いにとって、研究室は自分のテリトリーのようなもので、入られるのをとても嫌う。
自分もメルリアの親友の子と言う肩書きがなかったら、家にすら入れてもらえなかった......かもしれない。ただ、研究室が危険と言うことで入れてもらえなかっただけかもしれないのだ。
......メルリアの性格を考えると、案外そっちの方が事実のような気がするのは気のせいだろうか。父母を失った自分を保護し、魔法の鍛練を見てくれたし、料理や家事が根本的にダメなのに料理が悪いと難癖をすぐつけてくるし、少しコミュ症だし、怒ると鬼婆のようだし......あれ? 優しいと言おうとしたのに......
まあ、ただ単に地下室に入れてもいいと、2年暮らすうちに、綺羅と言う個人のことを、認めてくれただけかもしれないが。
話を戻すと、ようはメルリアが親しいとは言え、他人である綺羅を地下室に入れると言うことにびっくりしたのだ。
何故? と聞こうとしたが、その時にはメルリアは朝食を終えて、地下室に向かって行ってしまったので、綺羅は急いで残りの朝食をかきこんだ。
朝食を食べ終えた綺羅が向かったのは、二階の自室だった。
自室へと戻った綺羅は、外出用のポーチ(魔法によって中身が拡張されている)をひっさげて、必要なものを物色し始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
ひとまず外出用の格好をした綺羅が、地下室への階段を降りていくとメルリアから声を掛けられた。
「遅かったね」
いつになく傲慢な口調に、あんたが行きなり呼んだのがいけなんんだろ! と突っ込みたくなるが、堪える。お説教を3時間程受けるのが目に見えているからだ。
「うん、ちょっと準備に手間取ってね」
「ふん、そうかい」
メルリアが鼻で笑った。
「それで、何でここによんだの?」
綺羅は地下室を見回しながらいう。
地下室は以外と綺麗になっていて、なんと言うか、普通だった。傲岸不遜で如何にも魔女と言う格好をしているメルリアの事だから、研究室はこう、禍々しいものだと思っていたので拍子抜けだった。
だが、そんな気持ちもメルリアのこの発言によって吹き飛ばされた。
「実はね、少しの間イギリスにいくことなったのさ。それで後少しでここをでなければならないのさ」
本日二度目、綺羅は吹き出しそうになった。
まあ、今回は口になにも入っていなかったので、吹き出すのを堪える必要はなかったが。
「へ?......今なんて?」
「二度も言わないとわからないのかい。イギリスにいくことになったんだよ。3年ほどね」
不機嫌そうに言うメルリア。そのせいで綺羅は本当だとわかってしまった。3年をちょっとと言うのか? と思った綺羅だったが、それより気になることがあった。
「え!? じゃあ《魔都》行きはどうなるのさ?」
そう、レムファレンに入学するためには《魔都》に行かないといけない。
「一人で行きな。ほら、地図は用意してある」
だが、それもメルリアにはわかっていたようで、メルリアが何処からともなく取りだし、差し出した紙切れを、綺羅はローブの懐にしまった。
「どうやって行けばいいかな? バス? 電車?」
「そんなもの使う事はないよ。あたしが魔法で送ってやるよ。それと、この鍵を渡しておくよ。《魔都》にあるあんたの両親の家のだよ。場所は地図に描いてあるからね」
「......ありがと」
普段見せないメルリアの優しさを感じて少しそっけなくなってしまった。
「あと、このバックパックを持ってきな。それと、《魔都》に着くまで魔法使うんじゃないよ。まあ、水は使ってもいいけどね」
「うん......って、このバックパック重ッ。って、魔法使っちゃいけないってどういうこと?」
綺羅はバックパックの重さに驚くが、なにか聞き捨てならないことをメルリアがいっていることに気がつく。
「つべこべ言うんじゃないよ。そこにたちな」
「あ......うん」
聞いてみるがいいようにあしらわれ、言われた通りにする綺羅。
「それでは行ってきな、綺羅坊」
「今までありがとう、メル。本当に感謝している」
別れに泣きそうになる綺羅。瞳がうるんでいた。
「元気にするんだよ。あと、さっきも言った通り、魔法は水を得るため以外《魔都》に着くまで使うんじゃないよ。すぐにわかるからね。それッ!!」
「え......さっきも言ったけどそれってどうゆう......ーーーー。」
質問しようとする綺羅だったが、それよりまえに目の前が歪み始め......カチカチと視界が別れていく。まるでパズルのピースが別れるように。
綺羅は転移するなか、メルリアの涙をみた気がした。
カチカチと空間が戻り、色彩が戻る......転移が成功したようだ。
そして綺羅が感じたのは浮遊感だった
感じるはずのない感覚。足が地につかない。
何故だろう? と思い、下を見る......浮いていた。どうやら崖にバックパックが引っ掛かり、浮いているようだ。
はっきりいって、高さが半端ない。
魔力を目に集め、視力を強化すると、遥かーー本当に遥か先に《魔都》がみえた。
「魔法使うなって、そうゆうことかよおおおおおおおおおお!!」
綺羅は目にためていた涙が吹き飛ぶ勢いで絶叫した。
なにがともあれ、綺羅の10日にわたるサハイバルはこうして始まった。
その後、何とか崖を登った綺羅だったが、渡されたバックパックのなかは全部石ころだったことが判明したり、その辺にある木の枝を削って木剣作ったり、それで森の猛獣と戦ったり、そんなこんなしてるうちに森を抜けて荒野に出て数日たち、今に至る。
ここ数日の出来事を回想していたら、いつの間にか門の前に着いた。
身分証......つまり学生証を見せて検問をパスする。
その時に、「おう、坊やもレムファレンに入学するのか。頑張れよ」「はい、ありがとうございます」と言う会話があったが、割合しておく。
門を潜ると大通りがあり、喧騒に満ちていた。
普段なら綺羅はここで心が踊ってハイになり無駄買いとかしてしまうのだが、今は疲れて、そんな気分ではなかったので1本横道にそれ、満開の桜の木のしたにあるベンチに荷物を置いた後、腰かける。そこで、
「あああああああ、疲れたぁあああああ!!」
どっと疲れが押し寄せた。
柔らかな日差しにそこでうとうとしかけるが、そこで綺羅に話しかける綺麗な少女の声があった。
「大丈夫ですか?」
その時綺羅の目には、太陽の光を受けて輝く雪のように繊細でいて、美しい蒼銀の髪が映っていた。
これが、《雷光》と呼ばれることになる黒の少年と銀の少女が出会った瞬間だった。
春の日差しが心地よい、麗らかな陽気の日だった。
〈4/2 AM14:32〉
◆◇◆◇◆◇◆
ーー運命と偶然の違いは何だろうか。
回数の違い? それとも、天のさだめ? それとも、生まれたときから決まっていたかどうか? それとも、それとも、それとも?
もし、運命と偶然の違いが、与えられた者が特別に思ったかどうかなら、この日の出逢いは自分にとって、運命だったのだろうーー。
1章 銀の少女と猫一匹と始まりと
( 1 )
階段を上りきると、春だと言うのにうだるような熱気が押し寄せてきた。
それが、人がたくさんいる事によるものか、すでに停車している汽車によるものかは分からななかったが、とにかく暑いことにかわりなく、うめき声をあげてしまった。
「うわぁ......」
4月5日。
ぽかぽかとして過ごしやすくなってきた時期。
俺こと東條綺羅は、
駅のホームにいた。
ふと、周りを見渡してみると、有ることに気がついた。
まわりにいる不特定多数の人が、ほとんど興奮しているようだ。
......暑いのはみんな興奮しているからか......だがそれも仕方ない、とげんなりしながら思う。
かくいう俺も、少し......いや、盛大に高揚しているからだ。ちなみに一人称は、サハイバルの所為で変わってしまったが、いつか戻るそうだ。田舎のかあ・・医者が言ってた。
何故、俺を含み、この場のほとんどの人が興奮しているかは、周りを観察すればよくわかる。
黒光りする蒸気機関車があるーーすっげぇ、かっけぇ。此が我々を乗せる黒き......はっ!? 何をしていた? もう少しで中学生にもなっていないのに......いやこれからなるんだが! 厨二と言うものに目覚めるところだった。危ない危ない......。というか、これ関係ない。
駅には巨大な柱があり、それが、ドーム状の天井を支えているーー柱って、すごく......大きいです。すまん、ネタに走った......じゃなくて、優雅な装飾が趣がある......これも関係ない。
見送りに来る親御さんの姿がーーはあ、俺も5年前に両親を亡くしていなかったら、ああだったのかなあ。......そしてこれが謎なんだが、両親が死んだ時その場にいた筈なのだが、不思議とその時のことをおぼろ気にしか思い出せない。......ってこれを今語っても仕方ない。
駅弁を売る恰幅の言いおじちゃんーーこうゆうの、普通おばちゃんじゃね? 俺からはそれ以上なにも言うまい。
勝手に魔法ぶっぱなす人ーーって、あぶねえ。気分がいいからって時と場所を考えましょ、いい大人なんだから。......ああ、警備員さんに連行されてった。警備員さん、大変ですね。お勤め御苦労様です。
ホームに響くアナウンスーーなんで駅のアナウンスって「~~してくだっさいーー」って詰まるんだろう。謎だ。
ホームを歩く少年少女が着ている服ーーこれだよ。これが言いたかった。俺も着ている白を基調とし、青線が入ったこの服。実はレムファレン魔法学校の制服なのです。すごく動きやすいのに加え、通気性抜群という代物なのです。
ちなみにレムファレン魔法学校とは、魔法を使える素養のある少年少女のための教育機関だ。
詳しくはだたいま持っているパンフレットを読むとわかると思う。
要約すると、
10年くらい前から、魔物の活動が活発になった。根本的な原因は分かっていないが、直接的には迷宮と呼称する魔物たちがすむ異空間への入り口が増え始めたことが原因だ。
迷宮から出てきた魔物たちは、古来より、その存在を知覚していた魔法使いたちや、何処からか魔物たちの存在を知った高校生などによって人知れず対処されてきたのだが、10年前、迷宮の入り口が増えたことにより、対処が難しくなった。魔法使いたちの絶対数が少なかったためだ。
そのすぐまもなく、うち漏らされた魔物は人里を襲うようになったが、各国は魔物の存在を初めは認めようとしなかった。が、5年前、魔物による大侵攻があり、それにより被害を被った各国は、その存在を認めた。
その後、魔物に対する有効な手段ーー魔法のことも公開され、1校だけあった魔法学校にならい、それを新たに協力して4校作り、それらを1つの独立国家とした。それらの学校には、各国が、魔法を使える素質を持つ少年少女たちを入学させる事が義務となっている。
レムファレン魔法学校は、そのもとからあった一校で、唯一、単位制を採用している。
他の魔法学校より、格段に自由性が高いが、その代わり、自己責任で行動しろとも書かれている。まあ、2年生までは、強制の授業が多いのだが。
閑話休題。
何が言いたいかというと、ここにいる皆、レムファレンにいく人だと言うことだ。そして今日は、4月5日ーーレムファレン行きの唯一の列車が出発する日である。といっても、学生なら無料の列車がこの便というだけで、レムファレンら5校がある浮遊大陸«ノヴァ»には他の列車でもいこうと思えば行けるのだが。まあ、その場合、面倒な手続きが必要になるというデメリットがあるが。
ともかく、これでわかっただろう。
皆これから始まる学校生活に思いを馳せているのだ。
興奮している理由、分かってくれただろうか。
考え事をしながら歩いていたら、列車の前にたどり着いた。
列車とホームの間につまずかないよう、気を付けながら列車に入る。
列車の中は、向かい合わせの席がいくつかあるコンパーメイト式だった。
まだ出発まで、50分程あると言うのに、席がほとんど埋まっていた。
前の方の車両に来たのは間違いだったかもしれない。
そうおもって、俺は後ろの方の車両を目指し、移動し始めた。
そして、直ぐに空いている車両を見つけられた。
そこに、すぐさま座り、窓際に手をかけて窓の外をぼっと眺めた。
先程は、移動していて分からなかったが、駅弁売ってるおじちゃんの反対側のカウンターにはおばちゃんがいた。うん、何かしっくり来た。
ホームには恋人だろうか。先輩だろう。背の高い男女がてを、繋いで歩いていた。......リア充爆発しろ。悪態をつく。
そして、ホームの隅に、白い猫がいることに気がついた。あの時の猫だ。
ーーああ、お前、見送りに来てくれたのか、律儀だなあ。
そうおもいつつ、俺は3日まえの出来事を思い出していた。
( 2 )
......居心地が悪い。
東條綺羅が最初に思ったのは、そんなことだった。
自分を見る数々の視線。
嫉妬。
羨望。
微笑ましく見る目。
様々な視線が刺さって痛い。
その原因は、俺のとなりにいる少女。
透き通る蒼銀の髪に、淡い水色の服を着た幻想的な、紫色の目の少女。
......紛れもない、美少女である。
だが、勘違いしてもらっては困る。
綺羅は案内をしているだけであり、決してリア充ではないと言うことだ。ちなみに彼女いない歴=年齢でもある。
そんな綺羅には、視線がとてもつらかった。
ーーそこの男子諸君。
ーー君たちの思っているようなデートなんかじゃあない。
ーーただ、案内してるだけなんだ。
ーー君たちの気持ちはよくわかる。
ーーこっちだってこの2年、修行漬けだったのだから。
ーーだから、リア充爆発しろ! という目で見ないでくれ......。
これが今の綺羅の切実な気持ちだった。
余談であるが、修行とはメルリアとの修行のことである。
その時は、修行がつらくて彼女なんか作れなかったとだけ言っておこう。
ちなみに説明が遅れたが綺羅の隣にいる少女は先ほど、
『大丈夫、ですか?』
と話しかけてくれた少女だ。
どうやらこの少女ーー銀河雪音という名前だそうだーーは、財布を落とした綺羅(疲れていたので記憶にないが)に財布をわざわざ届けに来てくれたらしい。だが、あまりにも綺羅が疲れた顔ををしているので心配をしてくれて、あのような話しかけかたになったようだ。
落としたのは大通りとのことで、かなり歩かせてしまって迷惑だったと思う。
その事に気がついた綺羅は、「すいませんでした」と謝り続けた。
その結果、雪音が、
「では、私、この町に来たの初めて何です。案内してくれたらチャラと言うことでどうでしょうか?」
と、行ったことで綺羅がそれを了承し、今に至る。
つまり、今の状況は綺羅の自業自得(なのか?)なのだが、それでも綺羅は
(理不尽だ)と思わずにはいられないのであった。
それは横においておいて、彼女はさっき、こう言った。
『この町に来たのは初めて何です』
と。
この町ーー魔都は、世界的に見ても少ない、魔物の侵入を防ぐ結界が常時展開されている都市で、来たことないと言う人は少ないだろう。しかも、聞くと彼女も綺羅と同じくレムファレンに今年入学する新入生だそうだ。
レムファレンは、日本が主に運営しているので、彼女がレムファレンに入ると言うならば、彼女は日本人のはずだ。銀髪だが。
そして、日本人ならば、魔都に来たことがないと言う人は少ないだろう。
だから、東條綺羅は雪音のことを箱入りお嬢様か、今まで魔法のことを知らなかったのかの、どちらかだろうと予測した。
まあ、雪音の立ち振舞いが優雅だったので、箱入りお嬢様の可能性が高いと思う。それに、すっげえ綺麗だし、と雪音の顔を見ながらポツリといった。すると雪音が、
「どうしたの、ですか? さっきの疲れが残っているの、ですか。さっきから縮こまって......」
「い......あ......うん、何でもない」
......言えるわけない。
「あなたの顔に見とれていました (*_*)キリッ」
なんて、すこしへたれな綺麗には言えるわけがなかった。この台詞言えるの、どこのイケメンだよ。
そんなふうにギリギリで誤魔化した綺麗に違和感を感じたのか、雪音が
「本当、ですか?」
と訝しげな声色で、綺麗に聞いてきた。もちろん綺羅は本当のことを言えるわけがなく、
「......本当だよ」
と答えた。
「そう、ですか......」
雪音は一応は納得してくれたようだった。
少し歩き、物が売っている通りに出ると、雪音が目を見開いて固まっていた。肩をポンポンと叩くと再起動し、
「は、はい。まずは何をしたらよいでしょう? 物が、一杯で分からなくて」
「服屋にいこう。銀河のその格好は目立ちすぎる。......と言うかそのままじゃ目立ちすぎて俺に被害が来てる......」
綺羅はそう提案した。この視線の嵐に耐えられそうもなかったからだ。
......運良く最後の呟きは聞こえなかったようだ。
少し歩くと、簡素な看板を立て掛けてあるひとつの店にたどり着いた。
周りに人が不自然にいないが、気にせずドアを開ける。
すると、鈴の音がカランカランと聞こえた。昔ながらの来客のおしらせの方法だ。
しかし誰も出てこない。そこで綺羅は声を張り上げた。
「お〜い、ニナ姉。居るんだろ。出てきてよ〜」
「あ......ごめんなさいね綺羅ちゃん。だあれも店にこないから退屈で寝ていたのよ」
出てきたのは、20台前半の見た目なのにゴスロリをきた、女の人だった。
はっきりいって年齢考えろ!! と突っ込みたくなるが、何故か合っている。
「良く言うぜ。自分で人払いの魔法掛けてるくせに。と言うか、綺羅ちゃんってゆーな」
「あら、あのくらいの魔法も突破できないような奴にふくを作ってやるもんですか、そうよね綺羅ちゃん♪」
「同意を求めるな! それと綺羅ちゃんってゆーな! というか今まで入ってきた人何人だよ」
「一桁よ。綺羅ちゃん♪ あなたも含めてね」
「少なすぎだろ! 後、綺羅ちy......いや、もうこのやりとりはやめよう」
疲れた顔した綺羅は話を変えた。
「そう? 私はいいけど。今日は何のようかしら?」
「服の仕立てだよ。彼女、自分と同じでレムファレンに入学する用だからさ、制服といま着る服頼むよ。あと、雪音。こちらニナ姉こと、城北ニナ。こんなんだけど腕は確かだから、安心して任せるといいよ」
「銀河雪音です。よろしくお願いします。」
そういって、ペコリとお辞儀をする雪音。
「分かったわあ。綺羅ちゃんの頼みだからね。すぐに仕立てるよ。あと、綺羅ちゃんの服。汚れてるけどどうしたの?」
「メルのせいで10日間サハイバル」
「......御愁傷様ね。ついでに綺羅ちゃんの服も作るわ」
「センキュ。恩に着る」
「じゃあ、早速作るから。雪音ちゃん、こっちおいで。採寸するから......綺羅ちゃんは入らないでね」
「誰が入るか!!!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃあね〜。綺羅ちゃん」
代金と引き換えに、仕立て終わり、完成した服を受け取り、店から去ろうとした綺羅ちゃんに別れの言葉を掛けた。
「いきなり来てごめん。恩に着るよ。また来る」
綺羅ちゃんはそう返し、先程わたしの店に連れて来た少女ーー雪音ちゃんに「行こう」と言って、今度こそ店から出ていった。
......それにしてもあの綺羅ちゃんに彼女が出来るとは......ッ。
自分だってまだ恋人居ないのに、とがっくりした。
子供だと思っていた弟分ーー今でも思って居るがーー綺羅ちゃんに先を行かれたのは堪えた。主に精神的に。
綺羅ちゃんは案内をしているだけと言っていたが、わたしに言わせるとあれは時間の問題だと思う。
ニナことわたしが綺羅ちゃんと出会ったのは、まだ綺羅ちゃんの両親が、存命していた頃だった。
綺羅ちゃんの両親である東條夕闇先輩と炉卯月和香先輩、そしてメルリア先輩を合わせた3人には良く面倒を見て貰った物だ。
3人はとても才能が飛び抜けていた。
そんな3人に憧れて、追い付きたくて、たったひとつ他人に誇れる特技だった魔法刺繍の腕を磨いた。
そして、やっと開いた店にかつての憧れの存在あった3人が最初に来てくれたのだ。その時に和香先輩がつれていたのが綺羅ちゃんだった。
アワワ言って、可愛かった。そして口足らずな口でニナねえね〜といってくれたときは悶え死にそうだった。
夕闇先輩と、和香先輩と、綺羅ちゃんの家族はとても幸せそうだった。
......今のわたしと同じで行き遅れとなりそうだったメルリア先輩は複雑そうな顔をしていたが、綺羅ちゃんが飛び付くと顔をほころばせていた。
だから、夕闇先輩と、和香先輩が邪神信奉者に殺された、と聞いたときは耳を疑った。15回程聞き直してしまった程だ。
わたしはショックだったが、2人の親友であったメルリア先輩と綺羅ちゃんは半端じゃなかった。
事件後、メルリア先輩が綺羅ちゃんを引き取ったが、葬式の場での、綺羅ちゃんの目の虚さ加減が半端じゃなかった。まあそれも時がたつごとにだが、その内に柔らかくなっていた。
これは、おそらく、メルリア先輩の修行ーーという名の地獄を味わったため、悲しみより、生存本能が勝った結果だと思う。
わたしも何度かやらされたが、あえてなにも語るまい。ただ、全治3ヶ月の怪我を負ったとだけ言っておこう。魔法で回復速度を上げてこれである。
また、メルリア先輩に引き取られてすぐ綺羅ちゃんの意外な事実が発覚した。
綺羅ちゃんが属性魔法を行使しようとすると、暴発するのだ。
和香先輩たちもそんなことは言ってなかったので、ビックリした。
しかも、魔力を使いすぎると綺羅ちゃん自身が暴走することも判明。
綺羅ちゃんは「前は暴発することも、暴走することもなかったのに」と落ち込んでいた。
そんな状態の綺羅ちゃんを危惧したメルリア先輩はあろうことか、わたしに、綺羅ちゃんの魔力を封印する魔法具の作成を依頼してきたのだ。
......わたしの専門は服だと言うのに。だが、服に封印の機能を付けても、服はどうせ脱ぐのだから、あまり意味ない。もし、脱がないひとがいたら、正直いってかかわり合いになりたくない。
まあ、魔法具は結局、ペンダントの形にした。
色々試行錯誤した結果がでて、綺羅ちゃんが暴走することはなくなった。......暴発はするが。
ちなみに開発期間は必死だった。......メルリア先輩の底知れぬ目でじっとにっこりとこちらを見る顔がちらついていたからだ。
当時のことを思い出して背筋がうそ寒くしていると、窓の外に綺羅ちゃんと雪音ちゃんの姿が見えた。
雪音ちゃんは本当に美少女だ。
雪を想わせる白い銀の髪、夕日のような淡い紫色の瞳、キリッとした眉、仄かに赤い唇。
見た目は外国人のように見えるが、穏やかな雰囲気を纏っていて、THE・大和撫子、という印象を受けた。
服の採寸の時に聞いたが、魔都にくるのは初めてで、綺羅ちゃんが案内しているらしい。返答も礼儀正しかった。
裏表がなく、いい子だった。......最近の綺羅ちゃんは男の子、って感じになって、着せ替えすることができなくなっていたのだが、うん、雪音ちゃんサイコー。さっきは凄く良かった。
まあ、そんな子だから、願わくは綺羅ちゃんとくっついて欲しいものだ。
気付いていないようだけど綺羅ちゃん何時もと少し違ったからね。まだ両親のことを綺羅ちゃんが引きずっているのは分かる。恋愛することで、過去を断ち切れるなら、いいなと思う。
決して綺羅ちゃんとくっつけば、着せ替え人形となってくれると願った訳ではない。ええ、決して。
だけど、そもそもの問題として、あのヘタレな綺羅ちゃんの事だから逃がしてしまうこともありうる......、と思っていたが、訂正しよう。そんな考えは窓の外を見たら吹き飛んだ。
そこで綺羅ちゃんは、雪音ちゃんが転ばないように周囲に気を配り、自らは道路側にたって危険を排除し、気まずくならなく、うざがられないように話題を提供し、手を引いて、人の流れに逆らわないようにしている。
そういえば、さっきの雪音ちゃんへの服のコーディネートも完璧だった。
なんと言うことでしょう。
文句の付け所のない完璧なエスコートではありませんか。
ヘタレ気味だった綺羅ちゃんは、女の子思いの優しい人間になりました。
すまん、ネタに走った。
衝撃を受けつつ、わたしは
(あれ時間の問題だよ。やっぱり......と言うか、あそこまで完璧なエスコートされて、落ちない人いるの? もうすでに雪音ちゃん、ほんのりと顔を紅くしてるし......ありゃ、完璧に落ちるな。今から祝う準備しておこう)
と、わたしは思いつつ、届かないだろうが言う。
「綺羅ちゃんにも春が訪れそうです。安心して見ていてください。......綺羅ちゃんも頑張って」
そんなわたしの言葉は誰もいない店内に少し反響して、消えた。
「結界、弱めよっかな」
少し寂しかった。
〈side out〉