エピローグ
翌日。テンバイン総合病院を退院したオルは早速、シーナの宿屋へと戻った。そこの裏には、シーナが言ったようにヴィントールがとめてあった。
「わぁっ、あったあった!」
リンが感嘆の声を上げた。二人がヴィントールに駆け寄る。
オルが急いで彼女をみる。ところどころフレームに凹みや、曲がりがみられたが、走れなくなるようなものではない。他にも、タイヤに磨り減った時の傷や、ミラーが弾けとんでしまっていたが、これも運転に差し支えるものではないし、ミラーにいたっては、オルはいつも見ていないから別によかった。
「ごめんなさい・・・・・」
シーナが頭を垂れた。
あの日の事故については、バロデムが命令したことではなかった。と、彼女は語った。まぁ、自分の命が危険にさらされるようなこと、誰もしないであろう。
「いいよ。大丈夫」
オルがほくそえみ、ヴィントールの脇にしゃがみこみこむと、宿の亭主――マルゴットに借りた工具箱を開く。
「じゃ、まぁ、さっさと済ませるとするか」
「ねぇ、オル・・・・・・」
バイクの下に入り込み、ひしゃげたパイプを手直ししているオルにリンが声をかけた。
「ん~?」
作業中のため、かなり生返事でかえしながらオルが右手をだす。
「わるい、スパナくれ」
「・・・・・はい」
リンは片手にはあまるような大振りのスパナを、バイクのしたから手をだすオルに握らせた。今、彼女は彼の言う工具を渡す係りなのだった。
「サンキュー」
オルがスパナを握る手をヒラヒラとふるとリンに礼を言った。
「ねぇ、オル・・・・・・」
すっかり話す機会をもっていかれてしまったリンは少しの間黙っていたが、オルが手をだしてこないのを見計らって彼に言った。
「―――私、足でまといだよね・・・・・」
「ん? え? あ、いてぇぇ!」
オルがバイクの下で顔を上げようし、下方部のパイプに顔面をぶつけた。『いってぇ!』と悲鳴をあげながらも、バイクの下から這い出す。と、リンに向いた。
「なんで、オマエが足でまといなんだよ!」
「だってだって!!」
少々怒り気味のオルに対抗するようにリンも怒鳴った。
「だって、私守られてばかりだもの!!」
見てよ! と、リンはヴィントールのサイドキャリアを指差した。そこには、黒ずんだ大きな染みのようなものがこびりついていた。おそらくは数日前の事故の時についたオルの血だろう。
「私、あなたに守られてばかりなんだもん! 事故の時も、バロデムに捕まったときも!」
もっと、もっとあったはずだった。これだけではない。自分がオルの足手まといになってしまったことは。まだ、数え切れないほどあるはずだった・・・・・・。思いだせないけれど。
「だから私、足でまといなのよ! オルに迷惑ばっかりかけてるのよ!!」
「そんなことねぇ!」
オルが怒鳴った。リンは肩をビクつかせてしまう。
オルは自分を落ち着かせるため、間合いをおくため、息をついた。
「・・・・・・オマエは足手まといなんかじゃない」
「どうして?」
とうとう、彼女が泣き出した。自分の瞳と同じ緑色をしたジャケットの袖で涙をぬぐう。
オルがため息をついた。そして、彼女を安心させるように自分の中に収め、茶色い髪に手をかけ、それをすいた。
「―――憶えてるか? オレとオマエがはじめて会った三ヶ月前のこと・・・・・。オレはその時独りだった。誰とも話さず、会わず、ただ独りで生きていた。でも、そんなオレの前にオマエはきてくれた。他のヤツらのように『畏怖』視線をなげてはこなかった。オレはその時直感したんだ・・・・・・。コイツとなら、一緒にやっていけるかも知れない。ってな・・・・・・」
甘い香りの漂う髪をすくう手を休めずにオルは続ける。
「そして、オレの直感は的中した。・・・・・・・オマエはオレを『人』としてみてくれたんだ。『相棒』だと言ってくれた・・・・・・・。嬉しかったんだ」
いまだに泣き止もうとしないリンに微笑み、オルは胸中を語った。
「オマエがオレのそばにいてくれたことで、オレはオレでいられた。『人』としていられたんだ。・・・・・だから、オマエは足手まといなんかじゃない。・・・・・・オレにはオマエが必要なんだ。傍にいてくれ・・・・・」
「・・・・・・ありがとう。私でいいのなら」
耳をオルの胸にあて、リンが呟いた。
オルが微笑み、彼女の顔を上げさせた。
昨夜と同じ、深い緑のでも、泣きはらして赤くなった瞳がある。
でも、昨日とは決定的にちがうのは、瞳のなかにやどっている光りの加減。
オルが顔を寄せた。そして、寄せながらこれが二度目であることに気が付いた。が、しかし昨夜は大量出血で意識が朦朧としていたし、彼女の方も、その出血のせいで困惑していたはずだ。まぁ、つまりは正常での口付けはこれがはじめて、と言うことになる。
(ま、いいか・・・・・)
何がいいのかよくわからないが、オルは胸中頷き、昨夜と同じく彼女に吸い寄せられるようにして、唇を重ねた。
時がとまり、静けさが二人を包む。
オルの腕がリンをさらに強く抱きしめる。
と、その時。
「はい、オルさん! 預かっていたヘルメットとゴーグル持ってきましたよ・・・・・って、あ、あのぉぉ――――」
事故をした際のどこかにいってしまっていた二つをシーナが持ってきてくれた。だが、どうもまずいタイミングに来てしまってことに気が付いたらしい。
二人はまだ抱き合っている。
「こ、ここに置いときますね!」
叫ぶようにしてシーナが裏口に消えた。
二人が微笑みながら離れた。
泣いていたリンの表情も明るくなっている。
オルはシーナが置いていってくれた二つを手に取り、リンに向いた。
「さてと、ヴィントールの調子が悪くなる前にいくか?」
「うん。そうだね」
リンがオルに手渡されたヘルメットを、今回は上手に被り、バイクに乗る。オルも乗り、シーナが消えた裏口を見た。
彼女に別れのあいさつをしたかったが、先ほどの状態を見ると、どうもそれは無理のようである。
キーを回すと、お決まりの喧しいエンジン音をヴィントールがたてる。
これだけの大きな音がすれば、シーナにもきこえるだろう。
「じゃ、いこうか」
「うん」
オルの腰に抱きつき、リンが頷いた。
ジャケットごしに感じる身体がとても熱い。心臓の音も不規則で、速い。
(おなじだ・・・・・)
(おんなじ・・・・・)
二人の鼓動はいつしか重なりあい、バイクのエンジン音よりも壮大な一つ交響曲を創り出していた。
* * *
左腕の肘の部分に、『GUILTY(罪)』と彫ったのは二年前、レイスが消えたあのひのこと。
そして、その真横に、『FREEDOM(自由)』と彫ったのは今日のことだ。
どちらも、自分が自分らしく生き、そして手に入れたちっぽけな称号だ。
誇るつもりはない。ただ、憶えておきたい。
罪が自由にかわるその時まで、
大切な人を取り戻すというその時まで。




