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自由と罪  作者: 藤木遊
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第七章 翌日


 『麻薬密売専門組織・カルテス、昨夜壊滅。裏には極秘の研究が?』  


 このような大きな見出して書かれた新聞を、病室のベッドの上で読みながらオルは欠伸をついた。

 脇では椅子に座り、リンがりんごを剥いていてくれ、シーナは病室のテレビの前に釘付けになり、さっきから色々とチャンネルをいじっている。

 昨日の夜、一応の検査のために帰ってきた三人を医師はもの凄い剣幕で叱りつけてきた。その大半はほぼ無視していたのだが・・・・・・。念のため検査をうけたオルであったが、大した怪我もなく―――あるいは、残っておらず――頭痛も失せたようなので、明日には退院できるようだった。

(退屈だぁ――――)

 自分的にはもうなんの問題もないのだが、ここでまた抜け出すとぐちぐちと医師達にいじり散らされるため、今日は大人しくしているのだった。

 新聞を、音をたててめくりながら、大体同じことを書いてある次のページを読んだ。


『政府への反抗が予想される、研究所合同極秘研究・・・・・。政府や警察団体からも、捜査のメスが入るようではあるが、詳しいことは公式的な発表ではさられていない。また、昨夜の研究所爆破事件とも、かかわりはある様子』


「オルさん」

 シーナの声に彼は新聞から顔をあげ、テレビの前の彼女を見た。

「ん~?」

「・・・・・これ、見てください。昨日のニュースやってます」


『―――昨夜の午前零時ごろに発生した「カルテス壊滅爆破事件」と「テンバイン総合研究所爆破事件」の関係についてですが、今のところ、犯人についてはわかっていません。ですが、これを機に両者の勢力も弱まるもようです・・・・・・』


「スゴイですよね、権力の力っていうのは・・・・・・『賢者の石』を創っていたってことを皆無にできるんですから・・・・・」

「まぁな」

 オルが頷き、新聞をたたんだ。と、横からリンが口を挟んでくる。

「それにしても、昨日は凄かったよねオル。なんたって、大規模組織を二つも壊滅させたんだから・・・・・・」

「シッ―――!」

 オルがリンの口に手をあてる。

 実を言うとこの三人、バロデムを倒したあと、廃校場の真横にある『テンバイン総合研究所』を、オルが造りだした爆弾で破壊してきているのだ。また、バロデムがいなくなった『カルテス』も、三人――主にオルだが――が乗り込んで、潰しているのだった。

しかし、だからこそ、その自分達のお手柄を政府や警察のものにされるのがリンには気に入らないのだった。

「言っただろ! オレがヤツらを潰したってことは黙ってろって!」

「なんでよ!」

 リンがオルの手をもがき、外すと大声を出した。

「昨日のはオルのお手柄でしょう!」

「そうだけど、静かにしてろっての!」

「どうしてよ!」

「―――例え、オルさんが政府や警察実地団体に『自分が組織を潰した』と言ったとしてみてください。即刻捕まりますよ・・・・・・」

 テレビを真っすぐみすえたまま、シーナが冷静に言った。リンが彼女を振り返る。

「どうして? オルのお手柄なのよ!」

「それが、政治の世界なのさ・・・・・・」

「どういうことよ!」

 ため息をつくオルにリンは『納得いなかい!』と言って牙をむく。オルは嘆息し、

「政府はな、公式的に――つまり、民間には『賢者の石をメルネスが創っていて、悪事に利用しようとしていることを、阻止できていない』ということを発表していないんだ」

「と、言うと??」

 オルが重いため息をつく。説明するのもめんどうくさいが、彼女をほうっておく方がさらに、めんどうくさそうなので、続けた。

「考えてみろよ! 政府がそんな危ない組織をほうっておいているということを知った民間はどう思うと思う? 答えは簡単だ・・・・・。政府の信頼度がゼロパーセントになっちまうのさ。政府はそれを防ぐために、公式的な発表を皆無にし、爆破犯をとっ捕まえて、処分にしちまうつもりなのさぁ」

「う~ん。何となくだけ、わかったかも・・・・・・」

 首をひねる彼女にオルは、

 絶対にわかってないな。と、胸中で嘆息しながらオルは続けた。

「第一に、メルネスが裏で悪いことしてるってことさえも民間は知らないんだ。それに、『メルネス教』を信仰してる民間も中にはいる・・・・・・。彼らの政府への反抗を阻止するべく、政府は何も言ってないんだよ」

「――――まさに、一触即発状の対立関係というわけです・・・・・・」

 シーナが呟く。

 まさにその通りである。

「ふぅ~ん」

 かなり生返事でリンが頷き、オルにりんごがのった皿をだした。

「はい」

「サンキュー」

 フォークにつきさしたそれを口に運ぶ。昨日怪物に殴られた横っ面が引きつったが、大したことはなかった。

 そして、彼はあることを思い出す。

「そう言えば!」

「? どうかした?」

「どうかしましたか?」

 いきなり大声をだした彼に二人が引きながら、訊いてきた。オルが頷く。と、シーナに向き、

「なぁ、オレのヴィントールどこやった?」

 ヴィントール。すっかり忘れてしまっていたが、事故のあと彼女はどこへ行ったのか・・

・・・・。まさか、廃棄処分なんてことはないとは思うが、それでもオルは表情をかくして、シーナに尋ねた。彼女が頷く。

「大丈夫ですよ、オルさんのバイクなら私がホテルに持ってきましたから・・・・・」

「ほんとか? な、なんか故障してるとことかあったか?」

「さぁ、詳しくは知りませんけど、損傷はあまりなかったと思います」

「そ、そっか・・・・・・」

 ため息をつき、ベッドに身を沈める。

 さすがはじゃじゃ馬、耐久性もハンパではない。

「よかったねぇオル」

 リンが微笑む。

「ああ」

と、彼女に微笑み返し、さらにりんごをかじる。

 すると、彼が寝返りをうつ。

「退屈だから寝る」

「あ、うん。おやすみ」

 リンが微笑むのをみながら彼は寝入った。



   *   *   *

 どれくらい時間がたったか、窓から差し込んでくる夕日を眩しく思い、オルが目をさました。足の辺にかすかに重みを感じてそれをみると、リンがオルの足を枕にするようなかたちで、椅子からずり落ちそうになりながらも寝ている。

「さっき寝ちゃったんです、リンさん。多分疲れていたんだと思いますけど・・・・」

 窓のカーテンを閉めようとテレビの前から立ち上がり、シーナが言った。

 そして彼女は、日が遮られるところまでカーテンを引っ張るとオルに向いた。

「あの、オルさん・・・・・・」

「? なんだ?」

 オルが彼女の方を向く。彼女は会ったばかりのころの、おどおどとした雰囲気を微塵も感じさせない表情で言った。

「――――私が、ホムンクルスだってこと、お話しましたよね」

「ああ・・・・・」

 確かに、昨夜病院に帰ってくる前に彼女から、彼女がホムンクルスであるということを聞いた。他にもホムンクルスはいて、生き延びたのは自分だけだという話も・・・・・。だから、死んでいった同族達のためにも生き延び、皆の人間になるという願望を叶えようと、オルを刺したことも・・・・・。

「もし、バロデムが善良な人間だったとしても、私を人間に―――人にしてくれたでしょうか?」

「・・・・・どうだろうな。オレはヤツじゃあないからわからないけどな・・・・・」

「・・・・・そうですか・・・・・」

 シーナが下を向いた。オルは何か声をかけたかったが、それほどよい言葉は浮かんでこなかった。だが、自然と口は動いていた。

「・・・・・でも、オマエの気持はなんとなくわかるよ」

「・・・・・どうして、ですか? あなたは人間なのに・・・・・」

 シーナがうつむいたままに呟く。でたらめ言わないで下さい。と、気配から彼女の心境は読み取れた。しかし、オルはゆっくりと首をふった。

「そんなことないよ・・・・・・。オレもオマエの気持がよくわかる・・・・・・。オレも、人間じゃないから」

「え?」

 今度はたまらずシーナが顔を上げた。

 何を言っているのか理解できない。と、感じているにはちがいなかった。

「オレは、昨夜に少しだけ言ったかも知れないけど、『賢者の石』を持っている・・・・。母親の命を代価として手に入れた石を、ね・・・・・・」

 自嘲的な笑みを浮かべ、オルは続けた。

「でも、バロデムが使ったやつみたいに『石』の形をしてるものを持っているわけじゃあない。『力』自体を持っているんだ・・・・・・・。つまりは、オレ自身が石・・・・・・」

「!」

 シーナが驚愕した。でも、オルは微笑みを崩さない。

 もう、慣れていたから・・・・・。他人に畏怖の瞳で見られることには・・・・。

「人間になりたいと、思ったことはないんですか?」

 少し引き気味―――遠慮気味にシーナが尋ねた。どうかな。と、オルは返して、

「ま、なりたくないってこともないけど・・・・・・。でも、オレがオレだったから会えた人もいるし・・・・・」

と、彼は自分の足を抱くようにして眠っているリンの茶色い髪をすいた。

「リンさん、ですか?」

「まぁ、そっかな」

 髪を撫でられ、むず痒そうにしたリンだったが起きはしなかった。オルがそんな彼女の様子をみて微笑む。

「それから、もう一人・・・・・レイスってヤツで、オレの前の相棒なんだ」

「レ、レイスさんですか?」

「? 知ってるのか?」

 はい。とシーナが頷く。オルは彼女によろうとしたが、足元にリンがいることを思い出し、気配だけで迫った。

「ど、どこであったんだ!」

 押し押せる気配にシーナは身を引きながら答えた。

「に、二年前くらいにこの街にいらして、私のホテルに泊まっていかれたんだす。キレイな金髪にオルさんの髪みたいな銀の目で、とっても優しくしてもらったので、覚えていたんです・・・・・・」

同名異人かと感じたが、そうではなかったらしい。

 金髪に銀色の目・・・・・。まるで、自分の格好と真逆になったかのような彼女。自分ほど軽蔑はされてはいなかったが、それでも彼女も世間から疎んじられていたのだった。また、それは――不本意ではあるが―――彼女を探すための手がかりとなっていたのだった。そして、確かにそれはレイス本人!

 オルは息をついた。

 彼女本人とわかったところで、それは二年前ほどの話・・・・・今慌てふためいても、どうこうなる問題ではなかった。

「――――さっきの話の続きだけどさ」

 興奮する自分を抑えるため、オルは話題をかえた。

「はい」 

 シーナも彼の胸中を察したのか、話題をかえられてもなんら追求はしてこなかった。

「別に、人間じゃなくてもいいんじゃないかな?」

「そ、それはどう言う意味ですか?」

 シーナの顔に困惑が走る。そして、オルに言われたことを、否定するように首をふる。   だが、オルは彼女を落ち着かせるために微笑み、

「いや、オマエの考えを否定してるわけじゃあないんだ。ただ、その、人間じゃないってことも、ある種ソイツの取り得って言うか、自分らしさっていうか・・・・・・」

「・・・・・・私にはわかりません・・・・・・」

 シーナの眼光が鋭くなる。

 彼女にとっては、『人』になることが、今まで生きてきたことの支えなのだ。つまりは、ここで『はい。そうですね』と、頷いてしまえば、彼女は今まで自分が生きてきたこと――――やってきたことを、完全に否定してしまうことになるのだ。シーナにはそれが許せないのだろう。が、オルとて、そんな彼女の気持がわからなくはなかった。

『人間』ではない自分を助けてくれた―――手を差し伸べてくれた、そして、自分を『人』としてみてくれたリンとレイス・・・・・・。二人は、オルにとって『大切な人』・『守るべき人』なのだ。

 オルは息をついた。そして、いまだに寝ているリンに微笑みかけた。

「ま、少なくともオレは、『人間』になりたいと感じたことはあまり、ないよ・・・・・。別に『人』にならなくても、『人として』みてくれる人がいるからな・・・・・・」

「そうですか・・・・・・・」

 まだ表情は硬かったがシーナが頷く。オルはもう何も言わなかった。彼女と自分の目指して―――感じていることは違う。それでいい。それが、『人らしいこと』なんだから。

「・・・・オルさん・・・・・」

 会話が途切れ、少しの間二人を包んだ沈黙を破るようにシーナが尋ねてきた。

「ん?」

 リンを何となく見つめていたオルは、顔をあげてシーナに向いた。

「なんだ?」

 オルが首を傾げると、シーナが真顔になって言った。

「オルさんは、リンさんのこと・・・・・・、好きなんですよね?」

「えっ? あぁぁ?」

 顔を真っ赤にしながらオルが首をふる。

いきなり何を言いだすのだ、この子は!

「違うんですか? だって、してたじゃありませんか、キ――――」

「ち、ちょっとまて!」

 危うくある単語が飛び出してこようとしていたシーナの口を、腕を伸ばすと押さえつけ、オルが――リンを起こさぬよう、声を潜めて――怒鳴った。

「そ、そんな特別な感情はねぇよ!」

「ないんですか?」

 不思議そうに少女が首を傾げる。その表情にオルは詰まった。

「べ、別にないとも、言いきれないけど・・・・・・」

「どっちなんですか?」

 言葉を濁らせたオルにシーナが詰め寄る。オルはそっぽを向く。

 だが、本当のところはどうなのだろうか。と、彼は思った。確かにリンは『大切な人』である。だが、自分は彼女のことをどう感じているのだろう・・・・・・。彼女は、自分のことをどう想っているのだろう・・・・・・。もしも、彼女が自分のことを嫌っていたら―――――。

 また独りにされる・・・・・・。

 そう、直感できた。

 怖い。

 どす黒い波が押し寄せてくる。

「どうしたのぉ? オル・・・・・」

 額の包帯を押さえ、顔を被ったオルにリンが声をかけてきた。だが、見てみると彼女はまだ眠っている。寝言である・・・・・・。

「リ、リン?」

 彼女の寝言にオルとシーナが目を見張る。でも、リンは起きない。ただ、続ける。

「だいじょうぶぅ・・・・・・。オルは独りなんかじゃあないよ。私が、いるでしょう?」

 オルの中で何かが砕けて散った―――何か、黒いものが・・・・・。

 大丈夫。と、今度はしっかりとした口調でリンが呟いた。そして、黙った。

「よかったですね」

と、シーナが言った。『何が?』と訊く。

「リンさん、オルさんのこと嫌ってはいないみたいで」

 しばらくの間ポカンとしていたことにオル自身気が付いた。でも、困惑しずにはいられなかった。

「ああ。そうだな・・・・・」

 しかし、その次にはいつものように頷いていた。



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