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自由と罪  作者: 藤木遊
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第五章 誘拐


 翌朝―――。

 目を覚ましたオルの目にまず入ったのは、病室の無機質な天井だった。そして、脳裏に走った頭痛と一緒に昨日のことを思い出す。

(そっか、あの時注射打たれて、寝ちまったんだっけ・・・・・)

 額を押さえながら起き上がり、何となく部屋を見渡す。そして―――。

「あっ・・・・・・」

 思わず声を上げてしまいそうになるほど驚き、見つけたのは、床―――どうやら椅子からずり落ちたらしい――で眠るリンだった。

「ったく・・・・・・!」

 半ば嘆息してオルがベッドからおり、リンを抱きあがるとベッドに寝かせた。本来なら寝ていなければいけない人物との関係が間逆である・・・・・。

 だが、オルは軽くため息をついただけで何も言わなかった。何故ならそれは、彼が起き上がった時の拍子に落ちたハンカチだった。それは、おそらく昨日病院に運ばれる前にリンが包帯変わりとして使ったものだろう、血が染みになっていた。

 濡れているところからして、夜中中ずっと頭痛にうなされていた自分のために彼女が起きていて、看病してくれていたことがわかった。

 だからオルは何も言わなかった。ただ、胸の中が満たされたような心地よい感覚にひたっていた。そこへ――――。

「失礼します」

 ドアをノックして白衣を着た医師が一人、入ってきた。昨日オルに麻酔をした医師だった。

「ご気分はどうですか?」

 ベッドで寝ているリンに少々目をまるくしたが、医師が尋ねた。オルは苦笑すると、

「だいぶよくなりました」

と、嘘をついた。もう、麻酔――注射なんてものされたくなかったのだ。だが、医師はオルの嘘には気づかずに話を進めていく。

「もう少したちましたら朝食と薬が運ばれてくると思いますので、それまでは安静にしていて下さい」

「わかりました」

 薬と言う単語をきいてオルは引いたが、一応頷く。オルの返答を見て医師がドアを閉め、出て行った。



   *   *   *

 リンが目覚めたとき、一番に不思議に思ったのは、何故自分がベッドで寝ているかと言うことだった。確か、自分は椅子に座っていたはずだ。

「・・・・・よぅ。目、覚めたか? どうだよ、人の寝床とる気分は」

 少し低めの声にリンは肩をビクつかせて声のする方を見た。と、そこには椅子にこしかけ、膝においたトレーの食事を見た目は優雅にとるオルがいた。

「あ、おはよう・・・・・・」

「おはよ」

 無難とした顔で彼はフォークに突き刺さった赤ウィンナー―――ちなみに、病院食――を回した。

「気分、どう?」

「まぁまぁかな」

 気遣わしげに訊いてきたリンにいつものようにオルは返して、立ち上がりトレーを椅子において、ベッドにおいてあるハンカチを彼女に返した。

「これ、サンキューな」

 ハンカチを受け取ったリンが微笑み、オルの額と自分の額をこつんと合わせた。オルは彼女の行動に声を少し裏返して遠ざかってしまったが、リンは気づかなかったようだ。

「うん。熱はないみたいだね」

「ん、まぁ、まぁな・・・・・・」

 顔が熱っているのを感じながらオルはベッド――リンの隣に腰かけた。と、ベッドの足元の方に転がっていた本を見つけて拾った。昨日、シーナが忘れていった本だった。

「あ、それね・・・・・」

 オルの手から本を取り、なんとなくページをめくってリンが言った。

「なかなか面白かったよ? オルも読む?」

 はい。とリンが渡してくれた本の題名――『神狩りの一族』と書かれている――を見た途端、彼をまたしても頭痛が襲った。

「! オル!!」

 本を取り上げ、リンがオルを揺さぶる。

(やっぱり・・・・・!)

 本を見せた途端のオルの様子で、リンは昨日釈然としなかったことが繋がるようだった。だが、何故またこの本をみると頭痛に襲われてしまうのかがわからなかった。

「・・・・・大丈夫」

「ほんとに?」

「ああ・・・・・」

 少しだけ色あせた包帯がしてある額をきつく押さえ、オルが弱々しい声で言った。声からして、大丈夫そうには見えなかったが一応リンは、それ以上は何も言わなかった。ただ、彼を寝かせて微笑んだ。

「ね? 気分が悪いときは寝てるのが一番だよ」

 リンは微笑んだが、オルは笑みを浮かべることも彼女に肯定を返すこともできなかった。ただ、彼女に促されるままにベッドに横になることしかできなかった。



   *   *   *

「こんにちは。オルさんの容体はどうですか?」

 昼頃にシーナが病室を訪ねてきた。その手にはフルーツの入ったバスケットがあった。

「あ、こんにちはシーナちゃん」

 オルの包帯を取替えてやっていた手を一度とめてリンがドアの方を振り返り、苦笑した。

「ごめんね。せっかく来てもらったのに、オルまた寝ちゃって・・・・・」

 申し訳なさそうに答えるリンにシーナは首をふった。

「そんなことないです」

と、彼女は答え、バスケットをリンに差し出した。お見舞いだと言って。

「ありがとう」

 微笑み、バスケットを受け取ったリンはそれをベッドの淵にひとまず置いた。すると、否応にもオルの顔―――特に額の包帯――が目に入ってしまう。だが、リンはシーナの手前、暗い顔をすることはなく、彼女が昨日忘れていった本を渡してやった。

「これ、忘れていったでしょう?」

「あっ!」

 大きな声を上げたシーナの口を慌てて塞ぎ、リンがオルを指差した。少し目を見張ってシーナが頷く。

「ごめんなさい」

素直に謝った彼女にリンは微笑み、椅子に座らせた。そして、彼女が持ってきてくれたフルーツ――りんごをとり、もう一つの椅子に座ると、ナイフで皮を剥きはじめた。

「ハイ。召し上がれ」

「いただきます」

 皮を完全にむいたりんごを皿にのせ、シーナの前にだしてやる。彼女は少し笑みを浮かべて、皿にそえられていたフォークでそれを食べた。リンも椅子に座り、りんごを口に運ぶ。途端に口中をまろやかな匂いと、まだ熟しきっていない甘酸っぱい味が駆け巡る。

「おいしいです」

 ポツリと呟きを落としたシーナに微笑んでやりながら、ふとオルのことが気になった。

 そう言えばオル、朝から何も食べてないよね?

 思い出してみたが、確かに朝彼が口にしたのはせいぜい、栄養価を必要以上に考えられ、つくられている不味い病院食一口だったかも知れない。

 皿にのっているりんごに視線を落とし、また目線をオルへと戻す。

(りんごくらいなら食べるかな・・・・・・?)

 そう思い、リンはベッドのオルを軽く揺さぶった。何回かゆするとオルが目を覚ました。

「・・・・・ん? リンか? どうした?」

 ゆっくりと身を起こしたオルを支えてやりながらリンは、りんごののった皿をだした。

「りんご切ったけど、食べる?」

 フォークでりんごを刺すと彼の目の前にだしてやってリンが微笑む。オルは微笑するとし、りんごを口に運んだ。

「どう?」

「まぁまぁかな・・・・・」

 相変わらずの口調で話す彼にひとまず安心したリンはシーナの向いて言った。

「それね、シーナちゃんが持ってきてくれたんだぁ」

「そうなのか?」

 オルが尋ねるとシーナは少し顔を染めながら答えた。

「ありがとな」

 微笑み、礼を言うとリンの手から皿を取り、寝転んでまた一個りんごを口にした。すぐリンに、『行儀が悪い』と言われたが気にしはしなかった。

「――――あの・・・・・・」

 しばらくして――オルがりんごを食べ終わった後のこと。シーナが言った。相変わらず横になっているオルと、ベッドに座り話をしていたリンが振り向く。

「どうしたの?」

 自分達を振り向かせておいてなかなか喋りださない彼女にリンが尋ねた。

「どうした?」

 さすがのオルも起き上がり、シーナの顔を訝し気に見た。

「!」

 そして、驚愕した。なんと彼女は泣いていたのだ。

「ど、どうしたの?」

 ベッドからおりてシーナの傍に立ったリンに、彼女は抱きついた。そして、ただただ幼子のように泣きじゃくった。

「?」

 二人はいきなりの彼女の行動に目を見張ったが、すぐには問いただしたりはしないで、彼女が泣き止むまで待った・・・・・・。



   *   *   *

「ごめんなさい。いきなり泣いたりして・・・・・・」

「うんうん。そんなことないよ」

 シーナの頭を撫でてやりながらリンが首を振った。オルも今はベッドから起き上がってシーナが落ち着くまでまっていた。しばらくしてシーナが口火を切った。

「あの、実はオルさんとリンさんに相談したいことがあって・・・・・・」

「相談?」

 シーナが頷く。オルは問うた。

「何か困ったことでもあるのか?」

「・・・・・・はい。実は・・・・・」

と、彼女は始めた。


 困りごとの起こりは数週間前だったという。

 その日の夕方、シーナはマルゴットに夕食の買出しを頼まれたそうだ。しかし、辺り一面が暗くなっていたため近道をして帰ろうといつもと違う、人通りの少ない裏道を帰ろうとした時のことだった。街の外れにある廃校場の前を通った時にある会話を聞いたのだという。

 声からして二人ほどが話しているというのがわかった。

(誰だろう? こんな夜に・・・・・・)

 不思議に思い、シーナは物陰に隠れてその二人の会話をしばらく聞いていた。

「――――なんだよ、随分と少ねぇな・・・・・」

「そうですか? これくらいの人数の買取りだったら、多い方だと思いますよ?」

「チッ! しかたねぇ・・・・・」

(な、なに? 人数? 買取り?)

 不思議に思ってシーナは物影から少しだけ顔を覗かせた。

「!」

 そして、驚愕してしまった。

 廃工場の前で話し合っている二人の足元には――気を失っているのか動かない、縄で縛られ、さるぐつわをされた人々がいたのだ。

 そう、二人が話していたのは、人種売買のはなしだったのだ。

 ここにいたら見つかる! それで、殺される!

 そう確信したシーナは立ち上がろうとしたが、足がすくんで立てなかった。

「誰だ! そこにいるのは!」

 だが、二人のうち一人が上げた声に今度は弾かれるようにしてシーナは立ち上がった。そして、無我夢中で走る。

 気付いたらホテルに帰ってきていた。



「―――それから何かに狙われるようになったんです・・・・・」

 細く、小さな肩を震わせてシーナが何とかそれだけ言った。

「なるほどな」

 オルは頷くと座っていたベッドからおり、彼女の傍に立った。

「でも悪いなシーナ。オレもオマエのこと護衛してやりたいけど、この状態じゃあ、ちっと無理だ・・・・・。それに、護衛はハンターの仕事じゃない」

 オルの言葉にシーナの目が見張られる。だが、彼の言葉にいち早く反応したリンは彼に詰め寄った。

「なに言ってんのよ!! シーナちゃんが大変なのよ! ハンターの仕事とか関係ないでしょう!!」

「でもよ・・・・・」

 なおもオルが何か言おうとした、その時だった! ベッドの横にある病室の窓ガラスが唐突に弾けとんだ!

 内側になだれ込むようにして飛び込んできたガラスから、リンとシーナを守るため、オルは二人を床に引き倒し、上に被いかぶさった。ガラスが頬をかすり、一筋の紅い線を描いたがオルは気にせずに、ゆっくりと立ち上がった。

 窓際には黒いコートを着た男が立っていた。

襲撃。にしては、唐突すぎると思いながらもオルは、二人を庇うようにして立つと、腰を落とした。いつでも男の攻撃に転じられるように、体術の構えをとったのだった。

「誰だ。てぇめ・・・・・・」

 威嚇するような視線を男に投げつけ、オルが尋ねた。男がこちらを向く。

「――――白銀の髪に、A・M・・・・お前が、オルセルグ・ナイトホークか?」

「人の質問に答えろ・・・・・!」

 殺意を瞳に行き渡らせてオルが声を荒げた。が、男は表情をかえることはなく、ただ続けた。

「俺は、デューク・グラスター。カルロスに、そして『メルネス』に雇われている殺し屋だ」

 男=デュークがオルの後ろ、主にシーナを見ながら言った。

「数週間前に一人の少女が組織の機密売買現場を目撃したとの話でな・・・・・その娘を殺すように頼まれたのだ・・・・・」

 デュークの言葉をみなまで聞かずにオルは一気に距離を詰めた。そして、デュークの顔面に飛びまわし蹴りを見舞う! が、それはデュークの片手に受け止められてしまった。

「!」

 驚愕が彼の顔に浮かぶよりも速く、デュークの拳が彼の腹部にめり込んでいた。



「オル!」

 リンは気を失い、倒れこんだオルを必死で揺さぶる。が、彼は顔に苦悶の表情を浮かべているだけで、目を覚まそうとはしなかった。

 リンは諦め、立ち上がると手甲を素早くつけてデュークに向いた。

 オルを倒した相手だ・・・・・、自分がどれだけやれるかわからなかったが、今はこれしかない。

「私の後ろから離れないでね、シーナちゃん・・・・・」

「は、はい・・・・・」

 か細声でシーナが答える。リンは足に力を入れた。だが、それがいきなり抜ける。

「え?」

 オルの横に倒れこむようにしてリンは膝をついた。でも、何故か重くなってしまった身体は言うことを聞いてくれなくて・・・・・。結局、リンはオルの上に倒れこんだ。

 眠りに引きずりこまれる前にリンはある会話を聞いた気がした・・・・・。

「―――よくやったなシーナ・・・・・」

「大したことじゃないです。人の気を失わせるなんて・・・・・いつものことです」

「なるほど・・・・・」

 


   *   *   *

 腹部に鋭い痛みを感じ、オルは目を開けた。

「大丈夫ですか?」

 隣からそう声をかけられてオルは肩をビクつかせたがすぐに、息をついた。

「シーナか・・・・・大丈夫だったか?」

 シーナが頷く。が、すぐにその目に涙があらわれる。

「でも、でも。リンさんがいないんです・・・・・・!」

「なにっ!」

 オルは飛び起きる。しかし、デュークに殴られた腹と、激しい運動をしたことからか発生した頭痛で呻いた。

「オルさん!」

 支えてくれた小さな手の温かみを感じながらオルは、なんとか立ち上がった。そんな彼の目の前にシーナが一枚の紙を出す。それには、こんなことが書かれていた。


『夜。街外れの廃校場で待つ。

 来るこないは勝手だが、こないとオマエの連れの命はない・・・・・。』


 手の平で紙が音をたてて潰れる。紙に書いてあるのはおそらく、リンのことだろう。

(なんでアイツがこんな目に!)

 握った拳から血が流れでる。だが、オルはそんなことどうでもよかった・・・・・。

 今の彼を突き動かすのは、ただ冷たい殺気だけ・・・・・。

「シーナ・・・・・」

「え? な、なんですか?」

 オルの怒りを抑えた低い声にシーナが肩を震わせた。だが、彼はそんなことには気が付かないで、

「・・・・・廃校場ってどこだ?」

と、訊いた。シーナは数度頷いて、

「テ、テンバイン五丁目の裏路地を抜けたところにあります。と、となりに研究施設がありますから、わかると思います」

「そうか・・・・・」

と、呟いてオルは部屋の隅においてあった双剣を拾い、腰につけた。

 彼の目にはもう誰も映ってはいなかった・・・・。ただ、彼の瞳には紅く燃え上がる『怒り』しか映ってはいなかった・・・・。




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