第四章 事故と本。それから、頭痛。
翌日、リンが起きるとオルはもう部屋にはいなかった。
昨日寝たときにつかったと思われる、しわのよったシーツと毛布が床に残してあることから、朝食を食べにいったわけではないようだった。と、なるとどうやら、いつもの『明朝トレーニング』にでも行ったのだろう。
リンは納得し、スタンドのライトを消してベッドから起きた。
ベッドのすぐ脇に取り付けられている鏡を見てみる。と、そこには髪振り乱した少女の顔があった。
自分の顔、それから格好をみてリンは顔から火が出るような思いだった。
人はみな、今の自分をみたら『だらしがない』と感じることだろう。いや、今の状態でなくとも――いつもの格好であったとしても、人は皆自分のことをよくは見ないだろう。なにぶん、自分はうるさいから・・・・・。
そんな自分のことを、オルはどう思っているのだろうか。何故かそんなことを思ってしまった・・・・・。
『喧しいヤツ』だとか、『ずうずうしい娘』だとか、感じているのかも知れなかった・・・。だが、それならそれでもよかった・・・・・。うるさがられることには慣れていたし、『喧しい』のは生まれつきなのだ。
しかし、リンは己が最も『嫌い』、『慣れない』ことが一つあった・・・・。それは、『誰からも必要とされない』と言うことだった。
* * *
リンの予想していたことは裏腹に、オルは『ヴィントール(ヴィントール)・(・)1000(サウザント)』の整備をホテル裏の駐車場でしていた。なにぶん、半年もほったらかしにしていたため、フレームの所々に錆があったのだ・・・・・・。また、半年もほったらかしにしたための『戒め』なのか、ヴィントールは昨日、素直ではなかった。
まぁ、単に調子が悪いだけなのかも知れないが、とにかく主人の言うことをなかなか聞こうとしなかったのである。
そのためオルは早朝にこうしてわざわざ、錆び取りようの布でヴィントールを磨いてやっていたのだった。
「ったくよ」
オルが独り言を呟く。
「相変わらず手間がかかるな、オマエは・・・・・」
地べたにあぐらをかいて座り、前輪と後輪とをつなぐように伸びるパイプを磨いてやる。以前は自分の左腕の義手と髪の色と同じく白銀の色をしていたそれも、いまでは黒ずんでいた。
少し腕を伸ばして、前輪の上にあるタンクも拭いてやる。これには目立った汚れはなかったが、一応だ。
「よしっ!」
オルがタンクに手をつくようにして立ち上がる。
そしてバイク全体を眺めて息を吐く。
「ま、こんなもんでしょ!」
「―――うん。こんな感じかな?」
「へ?」
ひとり言だったつもりなのに、いつの間にか誰かが話しに侵入してきていた。そして、それは・・・・・。
「リ、リン?」
「ハーイ!」
満面の笑みで手を上げるリン。だが、オルはいきなりのように現れた彼女に目を見張るばかりだった。
「い、いつのまにいたんだよ!」
「ん? ついさっきくらいかなぁ」
「そんなにも前からいたのかよ・・・・・」
「うん。でも、オル全然気付かないから、いつ頃気がつくかなぁって思って待ってたんだよ」
「そ、そう・・・・・」
「うん」
何故か乾いた声で頷くオルにリンは頷き返して、ヴィントールに向いた。
「わぁ。綺麗になったねぇ・・・・・ヴィントールちゃん」
「・・・・・ちゃん?」
「うん」
オルはリンが発した不自然な単語に、彼女を半ば白眼で見た。
「なんで、ちゃんだ?」
「え? だって・・・・・」
と、リンは続ける。
「ヴィントールって、女の子っぽい名前じゃない?」
「いや。全然」
リンの問いにオルが即答する。
どこが女っぽい名前なんだ?
「え~えぇぇ! 女の子っぽいって、絶対!」
「全然・・・・・」
絶対に! と拳を握るリンにオルは嘆息し、彼女の頭部に軽くだが拳を見舞った。
「いったい!」
頭を押さえて腕をまわしてくる彼女の、頭――自分より頭一つ分低い――を押さえてオルが言った。
「・・・・・確かにコイツは女かもな」
「でしょう!」
オルの手の下で暴れながらリンが破顔一笑になる。
「ただし! オマエの言ってるみたいな名前でじゃあなくて、製造順で言ったらってことさ・・・・・」
「製造順?」
「そう」
自分の言葉にリンが大人しくなったため、オルは手をはなした。
「コイツには兄妹機――一緒につくられたヤツもいるのさ」
「へぇ―――。それで? こっちは妹?」
リンの丸い目を見ながらオルは僅かに微笑むと答えた。
「そうさ」
「ふぅーん」
「・・・・・たしか兄機が、『ヴェルフィック・(・)1000(サウザント)』って言ったかな・・・・・」
「へぇ・・・・。やっぱりカッコいい名前だねぇ」
「そうか?」
「うん」
頷くリンにオルは、まるでからかうような視線で言った。
「でもよ、このヴィントールの兄さんだぜぇ? 相当なワルだと思うぜ?」
「? なんでワルなの?」
不思議そうに尋ねてくるリンにオルは、ヴィントールのタンクを叩き、
「こいつ、じゃじゃ馬なのさ」
「じゃじゃ馬?」
「まぁ、ようするに『おてんば』ってわけさ」
オルがはにかむ。 事実、その『おてんば』のお陰でどれほどの迷惑を被った(こうむった)か・・・
・・。数え切れなかったのだ。
「でもな、リン・・・・・」
「うん?」
ヴィントールのタンクをぽんぽんと何回か叩いていたリンがこちらを向く。オルは半眼になると言ってやった。
「確かにコイツは『じゃじゃ馬』だけどよ、百二十キロ走行までだせるエンジンと、それに耐えうるフレームの強度は伊達じゃあないんだぜぇ?」
オルは自慢げに胸をそる。
彼女の『おてんば』にどれだけの被害を受けたかはおぼえていない・・・・。しかし、同時に彼女のその類まれなる能力で、助けられたことも数え切れないほどであった・・・・・・。と、不意にオルはリンの顔を思い浮べてしまった・・・・。
なぜ彼女の顔が浮かんだかなど知るよしもなかったが、ヴィントールと彼女を重ねてしまい、途端に苦笑してしまった。たしかに、どちらも『じゃじゃ馬』だった。
「な、なに?」
いきなりオルが笑ったため、驚きを隠せない表情でリンがオルに問うた。オルは、一回咳払いして笑いをとめるとリンに答えた。だが、その顔はまだ笑いで引きつっていた。
「いや、別に―――」
「なんか怪しいわねぇ」
「なんでもねぇよ」
少しばかり頬を膨らませ、自分を見上げてくるリンにオルはほくそえむと視線を外した。そして、思い出したといわんばかりの顔で、
「そうそう。今日のことだけど――――」
と、言った。
「ん?」
話題を変えられたような気になったのだが、ひとまずリンは頷いた。
「―――昼からでも『暗闇』に行ってみるか? オレ達が今追ってる『カルテス』って組織のことについても、新しく情報がきてるかも知れねぇし・・・・・・」
「あ、そうだね。それがいいよ!!」
いつものごとく、先ほどのことなど忘れてしまったようにリンが頷く。オルはそんな彼女の素直な返事に微笑みをつくる。
「ま、それはさておき腹減ったろ?」
「うん!」
右手で腹に手をやったオルに満面の笑みでリンが頷く。
「それじゃ、朝飯でも食いながら昼のことについては話すか」
「ほーい!」
両手を挙げてリンがホテルの裏口の方へとスキップしていく。
朝から元気なヤツ・・・・・・。
胸中で感心かそれとも呆れか、オルは呟いてリンの後を追うように歩いて、ホテルへと戻っていった。
* * *
「おはようございます。リンさん、オルさん」
昨夜、夕食をとった時の席へとつこうとした二人に、シーナがあいさつしてきた。
「おはよう」
「おはよ」
リンとオルが彼女にあいさつをかえしながら、椅子に座る。シーナは椅子に座った二人を交互に眺めながら訊いた。
「あの、朝早くからどこに行っていたんですか?」
上目づかいの彼女に微笑んでやりながらリンが答えた。
「ホテルの裏でオルのバイクを整備してたの」
「そうなんですか」
へぇ――。と感心したような声をあげてシーナが二階の階段近くにある、カウンターの方へと歩いていく。そして、戻ってきたときには彼女の手の中には、湯気のたつ――コーンスープが二皿あった。
「どうぞ」
「ありがとう」
相変わらずのおぼつかない動作で、だが、礼儀正しく皿を差し出すシーナにリンが微笑んだ。オルも、微笑だけだが返した。
「あの、バイクを整備したって言ってましたけど、どこかに行くんですか?」
コーンスープをすくったスプーンの動きをとめてオルが答えてやった。
「ああ・・・・・。昼から少し用事でな、出かけることにしたんだ」
「そう、だったんですか・・・・・」
「? 何か悪いことでもあったのか?」
顔が曇り、下げてしまったシーナにオルが尋ねた。どうかしたのだろうか。
「あ、いえ、大したことじゃあなかったんですけど・・・・・・」
うつむいたままでシーナが続ける。
「私、昼から図書館に行こうかと思っていたんですけど、リンさん、一緒にどうかなぁって思って・・・・・・」
「そうだったんだ・・・・・。ゴメンね」
スプーンを置いてリンがシーナの顔を覗きこむ。
「あ、いえ、忙しいのにお願いしちゃった私が悪いんです・・・・・。ごめんなさい」
最後の辺りの言葉がか細くなり、シーナがカウンターの方へと戻っていった。リンがオルに耳打ちする。
「なんだか、悪いことしゃったね・・・・・」
「ま、そうだな・・・・・」
答えてやりながらスープをすする。
たしかに、少々かわいそうなことをしたようで気が引けたが、こちらとて仕事なのだ。言ってはなんだが、遊んでいるひまはないのだ。
胸中で呟いてオルがスプーンを置いた。
リンを見るとスープをすするので忙しい様子だった。また、さきほどシーナがきえたカウンターの方を見やる。新しい料理がくるまでは少し時間がかかりそうだった。
「ねぇ、オル・・・・・」
先ほどまではスープをすすっていたリンが顔を上げると、皿を置いた。
「ん?」
オルが彼女の方を見る。
「バイクのことなんだけどね」
「あぁ・・・・・・」
運転が悪いとでもいいだすのだろうか。オルが少し心配気にリンを見つめた。
「オル、ヘルメットしてないよね? あれっていいの? 運転するのにヘルメットなしって・・・・・」
「え? あぁ・・・・・」
良いわけはない。特にバイクなんぞは小型のため猛スピードで走るのだ、事故がおきる確率も高い。ヘルメットは常時していなければいけないものであった。が、しかし、オルにはそれを被ることのできない理由があった。だが、それを言えば必ずリンは怒る。そう思える理由だった。
「だめ、なんでしょう? ヘルメットつけなきゃ・・・・・」
「あ、いや、まぁ・・・・・」
どことなく返事をはぐらかすオルにリンは詰め寄った。
「ねぇ、どうしてつけてないの?」
「・・・・・・」
オルは黙っている。言えば、リンは必ず怒りだすから・・・・・。しかし、リンはオルの意思を読み取ったかのように言った。
「・・・・・私が、ヘルメットつけてるから、だね?」
「・・・・・・・」
図星だった。
オル自身、元々ヘルメットなんぞ鬱陶しく感じていたが、必ずつけていた。しかし、リンが乗るようになって、ヘルメットがなくなってしまったのだ・・・・・。そのため、オルは自分ものをリンに渡してしたのだった。
「だめじゃん! オル!」
リンが大声をだしてオルに詰め寄った。
「なんでもっと早くに言わないのよ!」
オルの予想通り、彼女は怒りだした。だが、オルは自分が『怒られるから』なんて言う理由で隠していたわけではないことを、ほんの少しだけ自覚していた。
オルが本当のことを言わなかった理由は、彼女の心配そうな顔を見たくなかったからなのだ。
「事故したら、どうするのよ・・・・・」
「なぁ~に! オレはプロだからな! 事故なんてアホなことなりゃしねぇよ」
「でも! でも・・・・・」
わざとらしい軽口をもらすオルにリンの顔が段々と落ちていく。
自分のことを第一に考えてくれるオルの気持はありがたい・・・・・。でも、自分のせいで彼が傷ついたり、無用なことで我慢するのはイヤだった・・・・。どうせ、相棒なのだから、もっと頼ってほしかった。対等でいたかった。お荷物は、嫌だった・・・・・・。
だが、オル本人は、わかっている。と言うように頷くものの、反省したような表情ではなかった。
「大丈夫だよ。言ってるだろ? オレはバイクの運転にかけてはプロ並みだって・・・・。だから、大丈夫だよ!」
「・・・・・・・」
「―――心配しなくとも、オマエはお荷物じゃない」
心を読み取ったように呟いたオルの言葉にリンはわずかに顔を上げた。と、思ったらいきなりオルの鼻先に顔をのりだした。
「いい? ヘルメットがないんなら、早く買うこと! それから、ヘルメットなしの間は、減速すること!」
今にもつかみかかってきそうな彼女に困惑の表情をして、オルは頷いた。
「わ、わかった」
オルの言葉を聞いてリンが戻っていく。そして、どことなく自嘲の笑みを浮かべて、
「まったく!」
と、だけ呟いた。
シーナがカウンターから戻ってきて二人の前に新しい料理をだしたのは、それから少し経ったときだった。
* * *
『暗闇』という名からして、どの街の『暗闇』も、大抵は裏路地にある。が、裏路地というのは暗いものであり、『闇』を嫌うオルにとってみればそれは早く抜け出したいと言うような感覚もあった。が、一応これが仕事なのだと自分に言い聞かせて彼は、裏路地にリンと二人でヴィントールに乗りやってきた。
「ここだな」
緑色の屋根をした一軒屋の前にヴィントールをとめると、二人はバイクから降りた。
「情報屋にしては、意外と普通の家だね」
「まぁ、そうかもな」
なかなかピンとかないような面持ちをしているリンにオルは、ヴィントールのキーを指で回しながら頷いた。気付いてみれば、彼女を『暗闇』につれて来るのは始めてだったかも知れない。今までは色々と喧しいし、移動手段も徒歩だったため、すぐに彼女が飽きてしまうと思ってつれてこなかったのだ。が、バイクと言う移動手段が手に入った今は、彼女がついてくるのは、なんら不思議はなかった。
「他の街の『暗闇』もそうなの?」
「さぁな。個々それぞれの『暗闇』の店主によって、外見とか改装とか違うだろうさ。店主の好みをあるからな」
「ふぅーん・・・・・・」
上目づかいに頷いてリンが、今一度一軒屋を見上げた。それと言って違った点は見られない、普通のレンガ造りの一軒屋だった。
「ま、中に入ってみりゃわかるよ」
リンの肩を軽く押すようにして、オルは家の扉を開けた。
毎日の開閉が激しいのか、大した管理をしていないのかはわからないが木製の扉が軋みをあげて開く。と、家の中は、朝だからと言う理由かは定かではないが、真っ暗だった。
「誰かいるか?」
裏路地の闇色も合い重なってより一層暗く見える部屋から、一歩ひくようにしてオルが遠ざかり、リンに訊いた。
「あ、えっと待って・・・・・・」
夜目が利かないオルに代わりリンが目をこらす。と、部屋の奥で何かが動くのを感じた。
「あ、あそこにいるよ。誰か・・・・・」
リンが指差した部屋の奥のカウンターを、目を細めて見やるオル。確かに、誰かいる。
「すみません」
リンがその誰かに、声をかける。誰かがこちらを見るのが闇の中でも気配でわかった。
「・・・・・なんでしょう」
少し高い声で誰かが尋ねる。リンはオルを見る。
「あの、私たちハンターなんですけど」
「あぁ・・・・・」
と、誰が頷く。そして、立ち上がると電気をつけてくれた。
「すみませんね。明るいと落ち着かなくて電気、消していたんですよ」
「そうなんですか」
リンが相づちを打つとオルを垣間見た。彼は、その誰かが『闇』を好んでいると言う発言を受け、自嘲した笑みを浮かべていた。
随分ともの好きがいるものだ・・・・・。
そんなことをつくづく思いながらも、オルが明るくなった店内に足を踏み入れる。リンも同じくつづく。
「いやぁ―――。ごめんごめん。お客さんなんて久ぶりだったものだからついね・・・・」
と、言ってでてきたのは先ほどの誰か、いわく――緑色の髪をした好青年だった。
青年は二人の前まで歩いてくると会釈した。
「こんにちは。僕はこの街の『暗闇』店主―――ウィル・レオールと言う者だよ。どうか、よろしく」
ウィルが二人に手をだす。
「あ、はい! よろしくお願いします!」
「ども」
リンがウィルの右手を両手で握り微笑み、オルが彼の左手を握って軽く微笑んだ。ウィルも微笑を返して、二人に部屋の中ほどにあるテーブルを指差した。
うながされ、頷いて二人が座る。
「――――さて、今日はどんな用事でいらっしゃったのかな?」
ウィルが微笑みは崩さないで、目だけを細める。
その瞳は、いくたもの修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つものだった。
「この街にのさばっている『カルテス』っていう組織についての情報が欲しい・・・・」
「あぁ、なるほどね・・・・・」
ふむふむ。と首を振るウィル。そして、立ち上がるとカウンターに入り、パソコンを持ってきた。
「・・・・・君たちが追っているのは、コイツらのことかな?」
テーブルにノートパソコンを置いて、ディスプレイをたてるとウィルが尋ねた。
「――――『麻薬密販売専門組織・カルテス』・・・・・。あぁ、たしかにコイツらだ」
画面にだされている文章を読んでからオルが頷いた。ウィルが軽く微笑む。
「・・・・・最近入った情報によるとコイツら、あの名高い『メルネス』とも組んでいるらしい。まぁ、下位組織って感じだけどねぇ・・・・」
ある単語を聞いてオルの眉が微妙に動いたのをウィルは見逃さなかった。だが、あえてそのことについては追求しないで言った。
「そうそう、たしかコイツら『賢者の石』とか言うものをこの街の研究施設で、極秘で創っているらしい・・・・・。どうやら、政府にケンカを売っているようだね」
ウィルがどことなく不吉に微笑む。
「・・・・政府にケンカ売るなんて、一介の組織としては随分と余裕な奴らだよねぇ」
「・・・・・確かにな」
オルは微笑し、ふところから財布をだした。そしてその中から数枚の紙幣を取り出すとテーブルに置いた。情報提供の礼金だ。
「ありがとな」
礼を言ってオルが席を立つ。リンも一回礼儀正しく会釈をすると立ち上がる。
「またきてね」
少年らしい笑顔に送られながら二人は微笑み、扉を開けて外にでた。
外にでると辺りは――路地裏ということもあるのか暗くなっていた。
「うわっ、暗い・・・・・」
ヴィントールのタンクの上に置いてあった帽子を被ってオルが呟く。
「わっ、そうだね」
リンがヘルメットを被りながら頷く。が、どうしても上手くヘルメットを被れずにオルに手伝ってもらう。リンが礼を言ったが、オルはいつものごとく、
「別に」
と返しただけだった。
ヘルメットをなおもいじくるリンにオルは、はやく後ろに乗るように指示するとヴィントールのキーを回した。
毎度のごとく喧しい騒音をヴィントールはたてる。オルはスタンドを倒して足を地面から浮かばせ、バイクを発進させた。
** *
「ずいぶんと暗くなっちゃったね・・・・・・」
「だな」
両脇にビルが立ち並ぶ道路で信号に捕まった二人は、目の前の横断歩道を行く人々を見ながら呟いた。目の前を通る人たちも辺りが暗くなってきたことかららどことなく、足早だった。
「夕食なにかなぁ~」
オルの背に半ば抱きつくようにしてリンが訊いた。オルは少し引きながらも、
「なんだろうな」
と、相づちを打ってやった。
歩行用の青信号が点滅する。それを見て、オルが力を入れて立っていた片足を引き上げた。そして残る片足――左足の方で、車用の信号機が青色に変化するまでヴィントールが前に進めないよう、踏ん張った。
歩行用の信号が完全に赤になる。と、今度は車用の赤信号が点滅しだした。
そして信号が青になる。
オルは左足を上げた。そして、スピードメーターを六十近くまで上げる。
ヴィントールが音をたてて発進した――――その時だった! ヴィントールの前に突如として人影が現れたのは!
(危ねぇ!)
オルはハンドルを一気に右へと切った! が、スピードがでていたヴィントールは停まることができず、道路に見事な弧を描いて転倒する。
「きゃぁ!」
オルよりも軽いリンの身体が、バイクの動きに揺すぶられて後部席から浮き上がる!
(リン!)
オルはまだ完全に停まろうとしないヴィントールから踊りでるようにして飛びだすと、空中で彼女を刹那の差で自分の中に収めるようにして道路を転がった。コンクリートの道路に身がすれる。身体が停止してからややあって、激痛が走った。
「ッ・・・・・・!」
せり上がってきた呻き声を飲み込み、オルは飛び出してきた人物――少女らしい――と、腕の中で目を閉じているリンを窺った。どうやら二人とも怪我はないようだ。
(よかった・・・・・・)
安堵のため息をつくと、目の前が紅く染まりだした。
すりへり、動かせない右手にかわって機械の左手で額に手をあててみた。そして、手の平を見ると、いつもは白銀の色をした手が紅く染まっていた。頭部から出血していると言うことがわかった・・・・・・。
『知らぬがなんとやら』とでも言うように、出血しているということがわかった途端、めまいが襲ってきた。
銀の手の平がぼやける・・・・・。少し顔を上げてみた民衆―――騒ぎをききつけてきたのだろう―――の顔もかすんでいく・・・・・。
そして、オルの瞼が閉じ、重くなった頭部も道路に横たわった・・・・・。
* * *
「オル! しっかりして、ねぇってば!」
かん高い声を聞いてオルは重たい瞼を開けた。
すると目の前ではヘルメットを脱いだリンが、心配そうな表情でこちらを見つめてきていた。その上には、まるで自分を見下ろすような民衆の視線もある。
「あ、リンか?」
オルが起き上がり、それを慌ててリンが支えてくれた。
「・・・・・・・大丈夫か?」
「うん! オルが助けてくれたから大丈夫・・・・・」
答えながらリンがいまだに出血している額にハンカチをあててくれた。が、しかし、血はいっこうにとまる気配がなく、リンの白いハンカチを段々と紅く染めていった。
ハンカチを押さえるリンの手に力がこもる。
「今、病院に連絡したからね。もう少し我慢してて・・・・・・」
病院という単語を聞いてオルは頭を振ろうとしたが、身体を走った痛みに顔をしかめて言うのをやめた。確かに、これは病院に行った方がいいかもしれなかった・・・・・。
少しして救急車のサイレンらしき音が聴こえてきた。が、オルはそれが自分を運ぶためにやってきた救急車だと確認する前に、もう一度めまいに誘われて寝入ってしまった。
* * *
テンバイン総合病院に運ばれたオルだったが、奇跡的にも大した怪我がないとの医師の診断により、大きな処置を受けることもなく、そのまま病室に運ばれた。
狭く無機質的な病室に運ばれ、ベッドに寝かされたオルを椅子に座ってリンはみつめていた。
こう、人工的だと落ち着かない。オルが運ばれる前に病院をイヤがったのはよくわかった。リンが立ち上がり、毛布を上に引き上げてやる。
自分がこうして助かったのも、彼のおかげだ。
(ごめんね、オル・・・・・・)
だが、同時に自分のせいで彼が傷ついた。リンは胸中で彼に謝った。そこへ・・・・。
「あの、すみません・・・・・・」
一人の少女―――シーナが顔をだす。
「あ、シーナちゃん・・・・・・」
先ほどまでの曇っていた表情を奥へと押し込むと、リンは笑顔で彼女に向いた。そして、部屋に入るようにうながす。
「失礼します・・・・・・」
一言断って入ってきた彼女がベッドのオルを見たことをリンが、見逃さなかった。
「お見舞いにきてくれたのかな? でも、ごめんね。オル、まだ起きてないの・・・・・」
どことなく淋しげに微笑んだリンにシーナは、いきなり頭を垂れた。
「ごめんなさい!」
「え?」
いきなりの彼女の発言にリンが驚き、目を丸くする。シーナは頭を下げたまま続けた。
「さっき飛び出したの、私なんです! ごめんなさい!」
「・・・・・・・」
シーナの言葉にリンは何かが沸き立つ思いだった。
彼女が飛び出してこなかったらオルは怪我を負わなかったのだ・・・・・。そう思うと、彼女が憎かった。
なぜ飛び出したりしたの!
と、問い詰めてやりたかった。でも、オルはきっと、そんなこと望まないと思う・・・・。なんだかんだ言っても、彼は女性や子供には『怒り』は振ぶつけない。とくに、自分自身の『怒り』となると・・・・・。それは、リン自身がよくわかっていることだった。
だから、リンは微笑んだ。怒りを奥へと押し込めて・・・・・・。
「・・・・・いいんだよ」
怒りで声が震えないように用心しながら、なんとかそれだけ言った。
「でも、でも・・・・・!」
先を続けようとするシーナの方へとリンは立ち上がると、歩いていく。
リンが手を上げた。シーナは殴られると思ったのか肩を震わせた。が、リンは彼女を殴らなかった。ただ、シーナの頭に手をやり、撫でてやった。
「大丈夫。オルって、だらしなく見えても優しいから・・・・・・怒ったりしないよ」
そう言ってシーナの目頭をこすって涙を拭いてやった。そして続ける。
「ただし、『どうして飛び出したんだ! 危ないだろう!』とかっていうのは言われるかも知れないけどね」
リンの言葉を聞いて頭を上げたシーナの顔が曇る。
「本当にごめんなさい・・・・・・。図書館で本、読んでいたら気付いたら真っ暗で、それで急いで帰ろうとしたら・・・・・。ごめんなさい」
リンはもう何も言わなかった。何であれ、彼女が深く反省しているのは目に見えてわかったから・・・・・。そして、リンは話題を変えるように、シーナが腕の中に持ったままの本を指差した。
「それで? ただ今黙読中の本は?」
「え、あ、これです・・・・・」
シーナがリンに本を差し出してくる。リンは椅子に座り、シーナももう一つの座らせて本の表紙を見た。
「『神狩りの一族』???」
「あ、はい・・・・・」
「へぇ―――」
見せてね。と、断ってから本を開く。
*** ***
『神狩りの一族』
むかしむかし、まだこの世界に生き物がいなかった時のお話です・・・・・・・。
生き物がいない。そんなつまらない世界をご覧になった神様は、この世に『人間』を創りだしました。それがこの世界で始めての生き物達でした。
神様は『人間』に『鉛を金に変える力』――『錬金術』を授けました。そして、神様は『どんな願いでも叶う石』――『賢者の石』の創りかたも人間に教えました・・・・・・。
しかし、『賢者の石』の創り方を教わった人間たちですが、『危険だ』と言って石を創らなくなりました。そして、彼らは自分達が知る『賢者の石の製造方法』を門外不出とし、個々それぞれに別れ、散らばっていきました・・・・・。
後世では、彼らのことを『神の意に逆らったもの達』―――『神狩りの一族』とされています。また、彼らは『咎人』とも言われています。
「へぇ―――。何か難しそうだけど、おもしろそう」
「どっちなんですか?」
「う~ん。どっちかなぁ」
と、笑うリンにつられてシーナの表情もほころぶ。と、リンの後ろを指差して目を見開いた。
「オ、オルさん?」
「え?」
と、リンが振り向く。と、ベッドの上でオルが起き上がったところだった。
それを見てリンが椅子を鳴らし、立ち上がるとオルの方へと駆け寄る。
「大丈夫?」
「ああ。大丈夫・・・・・」
よかったぁ。とリンは胸を撫で下ろす。そして、何を思ったのか彼女はシーナの本をオルに見せた。
「ねぇ、これ見て」
オルは目の前にだされた本の題名を読んだ―――途端に、ひどい頭痛に襲われた。
「オル!」
金棒で殴られたような痛みに頭部を押さえたが、それは消えることはなく、逆にひどくなる。悲鳴じみたリンの声も遠ざかり、耳鳴りがきこえはじめる。
「だ、大丈夫・・・・・」
頭部を押さえすぎたために額の包帯を紅く染めながらも、オルがお世辞にもない声でこたえた。
「何が大丈夫、よ! 待ってて今、先生呼んでくるから!」
リンが額を押さえるオルを無理矢理に寝かしつけ、毛布をかける。そして、ドアを盛大な音をたてて開けると外にでていった。廊下を走る音が遠ざかっていく。
「グスン・・・・・」
「?」
リンが出て行って、誰もいないはずの部屋に、突如として泣き声が聴こえた。
オルは不思議に思い、痛む頭部をあまり刺激しないようにそっと寝返りを打った。と、寝返りを打った先に泣き声の正体を見つけた。それは―――。
「シーナ・・・・・」
―――だった。
彼女は椅子に腰掛けて盛大に泣きじゃくっていた。
「ごめんなさい・・・・・・」
何故? と訊こおうとしたが、頭痛がひどくなったために言うのをやめて彼女の言葉の続きを待った。
「私が飛び出したりしたから・・・・・・」
ややあってシーナが涙声で答えた。オルは今の彼女の台詞で、彼女が泣いていることを理解した。
なるほどな。あの時飛び出したのはコイツだったのか・・・・・。
オルは納得する。だが、不思議と怒る気にはなれなかった。ただ、ゆっくりと起き上がり彼女の顔を見つめて、
「ケガ、しなかったか?」
と、だけ訊いた。
オルの言葉を聞いてシーナの震える肩がとまる。聞こえなかったのかと思ってオルはもう一度訊いた。
「大丈夫だったか?」
「・・・・・どうして」
「ん?」
シーナが何か呟いたが、耳鳴りのせいで聞こえなかったオルは尋ねた。シーナは顔を上げると、オルに詰め寄った。
「どうして、怒らないんですか!」
「え?」
だって! だって! とシーナが首を振る。
「オルさんは私のせいで怪我をしたんですよ? 普通は怒るじゃないですか!」
戸惑いと悲しみが混ざったような目で自分を見つめてくるシーナにオルは微笑んだ。頭痛で顔がつらないように用心しながら・・・・・。
「怒ってほしいのか?」
「あ、いえ・・・・・そういうわけじゃなくて」
痛みを堪えたオルの静かな口調に、怒りが含まれていると勘違いしたようだったシーナが首を激しく振った。オルは苦笑する。
「な? オマエだって怒ってほしいわけじゃないだろ?」
「・・・・・・」
黙りこくったシーナにオルは自分の額を指差して言った。
「それに、怒りたくても頭が痛くてさ・・・・・・。この分だと、大声だした途端に頭が砕けると思うよ」
冗談のつもりで言った言葉だったが、シーナの表情が暗くなってしまう。オルはそれ以上何も続けず黙っていた。そこへ・・・・・・。
「オル、大丈夫?」
随分と血相をかえてリンが白衣の医師と共に騒だたしく、部屋に戻ってきた。
「大声だすなって・・・・・・」
リンの声に頭が割れそうな感覚に陥ったオルは、一応それだけ言うと額を押さえてもう一度横になった。
(コレはマジでヤバイかもな・・・・・・)
直感でそう思えるほどに頭痛は痛みを増していた。特に、さきほど起き上がってしまったからか、右脳の方に強い痛みを感じる。
「起きるからよ!」
心を読み取ったかのようなリンの大声にオルはもう一度顔をしかめた。
医師が彼の服の袖をまくると注射器の針を右腕に突き刺した。途端に、身体全体が熱くなり、意識が遠のいていくのがわかった。痛みの鈍らせるための麻酔薬だと言うことがわかったのは、眠りに引きずりこまれたあとだった。
* * *
「――――検査はしましたが、これと言った異常は見られませんでした」
「そうですか」
「まぁ、しばらく安静にしていれば大したことはないでしょう」
「ありがとうございました」
オルが寝入ってしまってからの医師とリンとの会話。
時計は八時を指していた。面会時間は八時までなのでシーナは先ほど帰って言った。だが、慌てて帰ろうとしていたために本をベッドに置き忘れてあった。
「ありゃありゃ・・・・・・」
リンは嘆息し、ベッドにあるそれをそっと取ると椅子にこしかけ、オルの顔が見える位置で本を開いた。
先ほど開いたページを探しながらリンは不思議に思った。
(オルが頭痛いって言い出したの、これ見せてからだよね・・・・・)
単なる偶然だとは思うが、それでも何か詰まるような感覚を感じてリンは釈然としなかった。
(まぁ、いいか・・・・・)
先ほど読み途中だったページを見つけてリンは続きを読んだ。
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『咎人』と呼ばれる彼らですが、今でも『賢者の石の製造方法』を知るものは生きており、それ故に多くの人々から存在を狙われています。
しかし、それも十数年前に途絶えてしまい、今では『製造法を知る者』はおろか、『錬金術』を扱うものも少なくなってしまいました・・・・・・。
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「錬金術かぁ~・・・・・」
リンは独り言を呟きながら、オルにいつだったか言われたことを思いだした。
『錬金術とは、人体の結合成分と物質の元素を結びつけて、物体を新たに生み出す科学技術だ。人が用いるにはオレのようにA・Mが必要となるが、それ以上に『尋常異常の体力』と、錬金術の仕組みを理解する『厖大な量の知識』が必要となる・・・・・・』
知識とか言われた時点で頭が痛くなったリンは続きなど聞いていなかったが、ようするに錬金術を使うには、A・Mが必要だということはなんとなく理解できた。
と、言うことはだ。ここに記してある『咎人』達は全員がA・Mを所持していたことになる。さぞ、眩しいことだろう。
それじゃあ・・・・・。と、リンはあることを思った。
(オルも、この『咎人達』だったりするのかなぁ・・・・・・)
しばらくの間彼を見つめていたが、オルの額に汗があることに気が付いたリンは物思いから覚めて椅子から立ち上がると、病室の脇に設置してある洗面所まで歩いていき、ハンカチを濡らして戻ってきた。
そしてそれを彼の額に置いてやる。昼間オルの出血を止めるために使ったハンカチだったため、少し紅が残っているところもあったが・・・・・。
額に見知らぬ感覚がやってきたことからか、オルが身じろいた。だが、目を覚ますことはなかった。
リンは椅子をベッドの近くまで足で引っ張ってくると座り、本を開いた。
別に本が好きな性格ではないが、何となく気になることもあったし、オルの看病に起きているにはちょうどいいかと思ったのだ。
しかし、元々小難しいことの苦手なリンである。『起きているために』なんてことを言っていても、結局は『小難しい文字の魔術』にかかり、眠ってしまったのだが・・・・・。




