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自由と罪  作者: 藤木遊
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 第一章  銀の番人


 この世には『お尋ね者』曰く『犯罪者』を捕らえ、賞金を得る職業『ハンター』と言うものが存在する。

 彼らは裏の世界でも名が知れるほど多くの犯罪者を捕らえると、『異名』をつけられ、恐れられるようになる。

 そして、ここにも、『狙った獲物は逃さない』その姿が、神話でも有名な『地獄の番犬・ケルベロス』に似ていることから、『銀の番人』と呼ばれるものがいた・・・・・・。


「お、もう逃げないのか?」

 裏路地に入り込む太陽の逆光に照らされた白銀の髪に、青いジャケットを着、裏路地と同色の黒をしたジーンズをはいて、それを茶のベルトで固定した風貌のハンターの青年――オルセルグ・ナイトホークは、今さっき目の前のペールに顔から突っ込んだ『強盗犯・ウィルソン』を、見下した姿勢で、ほくそえんだ。

「くそ!」

 ウィルソンは頭に引っかかったままの生ゴミを首を振って払い落とすと、ナイフを引き抜きオルセルグに向かって突進してきた。

「おやおや・・・・」

 まるで哀れむような視線を向けてオルセルグが腰の双剣に手をかける。別に抜刀するつもりはない。ただの脅しだ。

 だが、ウィルソンはオルセルグのわざとらしいふりにも動じずに、走ってくる。

「やれやれ・・・・」

 オルセルグが嘆息する。

 大人しくしてれば痛い目みなくても済むのにな・・・・。

 オルセルグが体勢を低くする。そして、突っ込んでくるウィルソンの首筋に向かって上段蹴りを見舞う。

「おわ!」

 ウィルソンが慌ててそれを横にそれてよける。しかし、オルセルグ自身本当に当てるつもりで蹴り飛ばしたわけではない。彼の本当の狙いは、軸足を回転させ、それにより自然体で生み出される左手の掌低(しょうてい)だ。

  ゴスッ!

と言う鈍い音がして、首筋に掌低を受けたウィルソンが崩れ落ちる。

「ふぅー」

 息を吐き、うずくまったウィルソンをオルセルグは軽く蹴飛ばす。

 なんでこう、犯罪者ってのは面倒なヤツが多いんだ? さっさと諦めればいいものを。

 オルセルグが半ば呆れながら嘆息して辺りを見回す。別に他の犯罪者に警戒しているわけではない。彼は待っているのだ、いつも共に行動している相棒を。

 オルセルグと相棒――リノア・ティンバーは、犯罪者=獲物を捕らえる際、常にある決まりごとのうえで行動している。

 それは、犯人をオルが地上から追いかけ裏路地に追い詰めて、身軽なリノアが建物の上を走り、見失わないよう追うというもの。

 そして、獲物が行き止まりに達した時や、見失いそうな時にはリノアが降りてきて、二人で挟み撃ちするのだ。決して綺麗な手立てとは言えないが、二人はこの手で幾多もの犯罪者を捕らえてきていた。実際、面倒なことがなくていい、この手は。

「おまたせ!!」

と、そこへ曰く頭上のビルから、相棒の少女=リノア・ティンバーが顔を出す。

 艶やかな茶髪の髪と、瞳の色と同じ緑のジャケット。そして、動きやすさばかり重視された、黒のハーフパンツを履いた少女だ。

「おっせぇぞ、リン」頭上を見上げ、半ば、怒鳴りつけるようにオルはいう。

「えへへ・・・・ゴメン、ゴメン」

 リノア=リンがオルセルグの脇にそびえるビルの上から飛び降りる。が、足をくじくことなく華麗に着地した。

「それで? オル、獲物は捕まえた?」

 オルセルグ=オルは頷く変わりに目線を足元に落とした。そこには、オルから強烈な掌低を喰らったウィルソンが伸びていた。

「おおぉー!」

 リンが目をきらめかせてオルを見る。オルがきらめく目でこちらを見てくるリンに腕を組んで、胸を張ると自慢げに言った。

「どうだよ。オマエがおっせぇから、とっくに捕まえちまったぜ!」

「さっすがだね、オル!」

 リンが腕を上下に振って彼に近寄る。オルは笑みを段々と薄めながら膝を折り、足元のウィルソンの腕を掴んだ。

「それじゃ、ま、所轄所にコイツを渡しに行くかな」

「OK♪」

 ウィルソンを持ち上げ、立ち上がったオルにリンが腕を空に突き上げた格好でついていった。



   *   *   *

 オルとリンはそれぞれ、ハンター暦五年と三年の、コンビ暦三ヶ月のハンターだ。

 ハンターと言うのは名からして『猟師』なんぞのイメージがあるかも知れないが、ここでは俗に言う『賞金稼ぎ』のことを言っている。

 危険と隣り合わせの仕事が主に多いが、比例して儲けも多い仕事だ。ハンター家業を営む者自体が少数のため、世間での評価はおおむね低いようである。(ハンター家業とは別に、悪行を営む者もいることも理由である)

 そして、かなりの実力者になってくると政府連合にある『ハンター協会』から『異名』を授与される。

 つまりオルは、ハンター協会認定の凄腕ハンターと言うことになる。


   *   *   *

「『強盗犯・ウィルソン』ですね。十万リェンの報奨金になります・・・ハンターライセンスを見せて下さい」

「了解」

「はい・・・・。わかりました。それではこちらにサインをお願いします」

「・・・・これで」

「はい。それでは、これが『認定書』になります」

「どうも」

 所轄所で受付嬢から『認定書』――獲物をつかまれた際の確認書――を貰い、オルが受付に踵を返し、金属製のドアを押した。

「あ、オルやっと来た!」

 外にでるなり、――待たせていた――リンが駆け寄ってくる。

「わりぃ、わりぃ」

 オルは片手を挙げてリンの方に歩いていくと、灰色の『認定証』を彼女の目の前でちらつかせた。

「ねぇ、ねぇ。今回は一体いくらだったの?」

 目の前を行き交う灰色の紙に視線を当てながらリンがオルに尋ねた。

「なぁに、いつもどおりの雑魚だったよ」

 ホレ。と言ってオルが紙をリンの目の前に突き出すようにして見せた。

「あ、ホントだぁ・・・・」

 彼女は『認定証』の『十万』の文字を素早く見つけると半ば満足そうに頷いた。

「でもさ、あんなのに十万は多い方じゃない?」

「ん? まぁな」

 オルも頷く。確かにあのような獲物では十万は妥当かも知れない。

(はぁ・・・・・)

 しかしオルは胸中でため息を吐いた。

 このごろ何だか退屈なのだ。捕まえる獲物は今回のように十万そこそこか、八十万くらいまで。つい最近になって百万を超した獲物はいない。

 いや彼自身、報奨金なんぞはどうでもいいことなのだ。ただ、楽しめればいい。

(はぁ――・・・・)

 オルは二度目のため息を吐いた。

 どこかに危険度Aランク以上の大物いないかなぁ・・・・。

 まぁ、そんなことはまずないだろうが・・・・・。

「どうしたの?」

と、先ほどからなにやらとブツブツ呟いていたオルを気にしてかリンが声をかけてきた。

「あ、いや別に・・・・」

「?」

 リンはオルの言葉が濁ったことに不快感を抱き、顔をしかめたがすぐに笑うと、まるでお見通しだとでも言うように笑った。

「あ、わかった! オルこのごろ、暇持て余してるんでしょ?」

「え? ああ・・・まぁ」

 いきなり思惑を当てられ困惑しながらもオルが、肯定の意味を持ってはにかむ。

 オルの笑みを見てリンが笑う。そして、人差し指を一本立てると言った。

「それじゃ、お金を貰ったら次の獲物のこと考えよう?」



   *   *   *

 獲物を捕らえた際の報奨金はその街の所轄所では払われない。

 報奨金を得る為には『黒猫』と呼ばれる、俗に言う『賞金稼ぎ専用の酒場』に行かなければいけない。また、それは政府の『ハンター協会』が運営している。数多くのハンター同士が自分達の持つ情報を交換したり、オルやリンのようなパートナーを探したりなどと、利用目的は多い。

 また、何よりこの『黒猫』、ハンター達が捕らえた獲物の報酬を得るための特別な、施設でもある。

 そして今オルとリンの二人は、先ほど捕まえた獲物――ウィルソンの報奨金を換金するために、『黒猫』に向かっていた。


「たしかこの辺よね? オル」

「ああ・・・たしかな」

 裏路地にそびえる家々を、首を左右に振りながら見てリンが、頭一つ分ほど高いオルに尋ねた。

 オルは頷くものの、自分自身前に来たのは数年ほど前だったため、記憶があいまいなところがあり、しっかりと頷けてはいなかった。

(たしかにこの辺だったよなぁ・・・・・)

 歩いていればおのずと店の中からの殺気でわかるかと思っていたが、なかなか難しそうだった。

(う――ん・・・・・)

 オルが腕を組む。

「見つかりそうにないね・・・・」

 オルが立ち止まったため、一緒に止まってリンが言った。

「ああ・・・・」

 オルも頷く。が、唐突に腕を解くと目を閉じた。

「オル?」

 沈黙しはじめたオルを不思議そうに見上げてリンが尋ねた。一体何をしようと言うのだろうか。

「・・・・・・」

尋ねても声を返さないオルにリンは訝しみながらも彼を見上げて、彼同様に黙っていた。

「・・・・・見つけた」

「え?」

 三十秒くらい待っただろうか、オルが声を上げた。

「見つけたって、何を?」

 いまだに目を閉じているオルにリンが尋ねると彼を揺すった。

「『黒猫』をだよ」

「ホントに?」

 リンが半ば半信半疑で言った。オルが頷く。しかし、リンは到底『黒猫』を見つけられたとは思えなかった。

(目、閉じてただけじゃない)

 リンは胸中呟き、前方を歩き出してしまったオルを慌てて追った。歩きながら彼の表情を垣間見たが、別に変わったことをしたようにも思えない。何故だ・・・・。

「ねぇ、オル・・・」

「ん――?」

 オルが横を自分の足の速さに小股で一心についてくるリンを一瞥して言った。

「なんだ?」

 オルが頭の後ろで手を組み、リンの方を向きながら言った。リンが少し頷く。

「どうして『黒猫』がわかったの?」

「あぁ・・・・」

 リンの質問にオルが『そんなことか』とでも言うように頷いた。

「・・・・オマエ、いつも『黒猫』を探す時、どうしてる?」

「え? そりゃあ・・・・」

 少しの間首を捻るリン。

「・・・・やっぱり、店からの殺気とかで探すかな」

「まぁ、そうだろうな」

「でも、それがどうかした?」

 もったいぶった口調のオルにリンが『速く言え』と言わんばかりに膨れて、尋ねた。

 そんなリンの顔を見てオルがほくそえみ、右手で軽く彼女の頭を叩く。

「痛いじゃない!」

 途端にリンが拳を振るってオルの方に突っ込んできた。が、彼はリンが繰り出す拳を全て余裕綽々でかわすと続けた。

「・・・オレがやったのは、ようはいつもの逆。こちらから殺気をだしたんだ・・・」

「でも、どうして?」

 自分の首元を狙い振り上げられたリンの拳を片手で止めると、オルがため息を吐く。

(相変わらず頭わりぃな・・・・)

「・・・・なんなのよ!」

 自分を見つめてくるオルをリンが叱咤する。

「さっさと言いなさいよ!」

「ハイハイ・・・・・。まぁ、オマエだって他人から睨まれれば睨み返すだろ? ようはそれと同じ原理さ」

「へ、へぇ――」

 オルに掴まれている拳を力いっぱいに外し、リンが口を開ける。

 あの動作はそう言う意図があったんだぁ・・・・。

 リンが半ば感心して胸中で呟くとオルがニカッと、笑った。

「そんじゃ、そろそろ入るとするかな」



   *   *   *

「よっと!」

 オルはそう一声かけると、重たいはずの金属製の扉を裕に開け放つ。

 途端にそこにある十数、いや、数十の眼がこちらを向く。

 誰が入ってきたかと不思議に感じる普通の視線。殺気のこもった視線。そして何より畏怖のこもった視線・・・・・。

 オルはその全てをまるで洗い流すように無視して、店の奥のカウンターに向かって足早に歩いていく。

 彼らの視線の意味はわかっている・・・・

 オルは目を少し細めて自分の左腕――半袖のジャケットから見える二の腕の辺りをみやった。そこには彼の白銀の髪よりも、ひときわ煌々と輝く機械の義手があった・・・・。(神経は繋がっているので、機械の腕、または動く鎧と称されるときもある)

 そう、ハンター達は主にこの義手――世間ではA・Mと称される――を近寄りがたい印象で見ているのだ。

 しかし、オルは視線と視線を送ってくる彼らを構いはしない。ただ無視し、顔は平然としていた。

 だが、平然としようとすればするほど胸の奥がキリッと痛んだ。が、顔には出さなかった。

「私・・・・ここって嫌い」

 しばしの間思想の中に入っていたオルは、リンが唐突に声を上げたことで引き戻された。

「リン?」

 いつもとちがう――店の雑音に消えてしまいそうな相棒の声を聞くため、オルが彼女に近寄った。

「・・・・だって、みんなオルのことヘンな風に見るんだもん・・・・」

「・・・・・」

 オルが黙る。

 リンはオルが黙ったことをハンター達の視線のせいと感じたのだろう、彼らをきつく睨みつけた。

 いままでオルを見ていたもの達が途端にリンと目線があうと、目を逸らす。まぁ、中には睨み返すものもいたが。

 リンがそんな者達から視線を外し――まだ鋭い視線だが――オルに振り返った。

「オルもなんか言ってやればいいじゃない・・・・!」

 少々怒りを含んだリンの声にオルは『ああ・・・・』としか頷けなかった。

 別にそんなことはリンに言われずともわかっていた。できることならば、今すぐにでも自分に非難の視線を浴びせている者達のところに行き、彼らを一発ぶん殴ってやりたかった。

 だが、そうなった場合――オルは自分に彼らに一発殴るだけでは済まないと言う感覚を覚えていたのだった。

(オレの中の闇は、深い・・・・)

 オルは、自分でも何をいったかわからなくなりそうな声で―――心のなかで、呟いた。


   *   *   *

 一瞬湧き上がった怒りの奔流を抑え込み、オルは店の奥のカウンターに到達した。

「いらっしゃい・・・・」

 ハンター達ほどではないが、オルの左腕を畏怖の視線で一瞥して『黒猫』の店主の女性がオルとリンの二人に顔を下げた。

 オルがジャケットから灰色の紙――『確認書』を出してカウンターに放る。

「はいはい・・・・」

 カウンターの上に二つ折りにされ、出された紙を開けながら店主が開け中を確認する。

「『強盗犯・ウィルソン』ね、それじゃあ奥で換金してね」

「ヘイヘイ・・・・」

 本来『黒猫』では喫茶店になっている店先でも換金はすることができる。が、しかし、ハンター達からの『個人情報保護』だとか、『プライバシー保護』だとか言った理由からハンターの八割は奥での換金を好む。

 そして、オルとリンの二人も奥での換金を好んでいた。まぁ、誰も畏怖の感情がこもった視線を投げつけられるようなところで、換金などしたいとは考えないだろうが・・・・・。

 カウンターのほぼ真横につけられている木製の扉を開けると、そこにはどこの街の『黒猫』も統一だが、灰色一色の壁と部屋の奥で赤いシートを張った机に座る老人がいた。

 老人が顔を上げて二人を見る。リンにはその老人の目がオルの左腕の義手に向いたのに気が付いた。

(この人もオルを馬鹿にしてる・・・・!)

 突発的にそう思った。

 それはコンビを組みはじめて一ヶ月ほどが経って、リンが気付いたことだった。だが、それについてオルはいつも反発しない。何故しないのかと訊けば、決まってこうかえってくる。

―――アレは普通の感情だ・・・・・。

 納得がいかなかった。姿形はどうであれ、ここに存在しているのはオルと言う人物で、自分達となんら変わりはないはず。それなのになぜ、人は自分と違うものに畏怖を感じ、虐げ、憎悪するのだろうか? わからなかった・・・・・。

 自分がおかしいのだろうか? 

時折リンはそう考えた。

 だが、リンがオルに自分の価値観がおかしいのかという事を話すといつも彼は、どこか淋しげに微笑むのだった。

 そして、それがまたリンにはわからなかった。

 虐げられているのはオル自身であるはずなのに。それなのに何故彼は微笑むのだろうか? 別に何も面白いようなことでもないというのに・・・・。

「リン?」

「え? 何?」

 唐突オルから声をかけられ思想を中断したリン。

「どうかしたか?」

 いつの間にかボーとしていたらしいリンを気遣ってオルが声をかけた。

「あ、何でもないよ」

「ホントか?」

「うん」

 別に何も考えていなかったわけではないのだが、オルにそれを言うといつも通りの反応しかしないため、言うのはやめておいた。

「・・・換金が終わったけど、これからどうする?」

 オルの台詞に奥の老人を垣間見るリン。確かに終わったようだ。と、言うのも老人があさっての方向を向いていることからわかった。さっさと出て行けと言わんばかりに・・・・。

「そうだなぁ・・・・」

 だが、オルは老人の意を感じてか、わざとらしく腰に手をあてて皮肉った笑みを浮かべた。

「そんじゃ、まずは『暗闇』にでも行くかな」

「あ、ソレ賛成~!」

 リンが手を挙げて喜ぶ。するとオルはニカッと笑い老人の方へと近づくと机に、これまたわざとらしく左手のA・Mを見せびらかすような感じで、手を突いて老人に問うた。この際、開きなおったのかも知れない。

「オイ、爺さんよ、この街の『暗闇』は何処にある?」



   *   *   *

オル達が言っていた『暗闇』とはハンター達から通称して言われる、曰く、『情報屋』のことだ。『黒猫』と同じく政府の『ハンター協会』が運営しているが、不便なことに大規模な街――もしくは、都市でなくては配備されていない。

 だが、幸いなことに今オルとリンがいるこの街――『チュートリル』には『暗闇』があるようだった。まぁ、『黒猫』の老人が嘘をついていなければの話だが・・・・。


「・・・にしても、一体どこにあるのだよ!」

 とあるオープンカフェの一角でオルが声を上げた。テーブルの上には、おそらくは老人が描いたとされる、この周辺の地図が広げてあった。

「まったくよね!」

 オルの向かいに座るリンも声を荒げた。

 どうやら『黒猫』の老人、二人にわざとわかりにくい地図を渡したようだ。

「こん下手クソな地図よこしやがって、今度一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まねぇぜ!」

 オルが指の関節を『ボキボキ』と鳴らし始める。

 リンは腕を組みオルに『うんうん』と頷き返すと、先ほど注文したオレンジジュースを、ストローに口をつけて啜った・・・・時だった。

 カフェのすぐ近くに黒い色の車が何台も急停止した。そして、刹那の後に中から黒ずくめの男達、十人ほどがサブマシンガンとライフルを持って出てくる。

(へぇ・・・)

 オルがあることを悟ったのと、男達が銃を発砲してきたのはほぼ同時だった。

 一呼吸の後に弾丸の嵐が吹き荒れる!

 オルはテーブルの上のアイスコーヒーと向かいに座るリンの首根っこをまるで猫のように、引っ掴み、しゃがんでテーブルの足を蹴った。そして、その倒れたテーブルを盾がわりにし、後ろに入り込む。

「真っ昼間から物騒なこって・・・・」

「な、何なのよアイツら!」

 オルの脇でリンが喚く。オルは大声をうるさく思いながら、嘆息し言った。

「どっかのマフィアかなんかじゃねぇの?」

「そんなのわかるわよ! だけどなんで私達が襲われなきゃいけないのよ!」

「いや、オレに言われても・・・・」

「アンタに言うしかないじゃない! ていうか、この状況下でコーヒー飲むなぁぁぁぁ!!」

 リンの怒声もなんのその、オルはひんやりとした喉ごしのコーヒーを啜る。

 しばらくして銃声がやんだ。

「―――久しいぶりだな、ロジャー」

 そして聞こえてきた声に二人はテーブルから目だけ出して惨状をみた。壊れ、以前はテーブルと椅子の形を保っていたのだろう木材が黒く焦げて転がり、その横に硝煙と血の臭いを漂わせて転がる幾多もの骸・・・・の中で唯一無傷な人物がいた。

 無精ひげを生やしたその人物――おそらくはロジャーと言うらしき――が、黒ずくめの男達の筆頭に声をかけられビクつく。

「あれ、アイツどっかで・・・・」

 飲み終えたグラスを地面に置き、オルが呟いた。

「あの人がどうかしたの?」

 目だけはロジャー達に向けたままでリンがオルに尋ねた。

「いや、大したことじゃないけど・・・・」

「はっきりいいなさいよ」

 少々声を抑えてだが、リンがオルを叱咤する。彼はため息を吐いた。

「あのロジャーとか言うオッサン、前に手配書で見たような気がしたんだ・・・・」

「え、あの人が?」

 ロジャーを見ようと目を細めるリン。だが、少し納得がいかなかった。

「あんなに気が弱そうなのに?」

 リンの質問にオルは消えてしまいそうな記憶をさぐり答えた。

「ああ。確か、百万の獲物だったはず・・・・」

「百万って・・・・!」

 先を続けようとしたリンの口をオルが押さえ、前を向かせる。

「・・・どうだロジャー、もう一度俺たちと一働きしねぇか?」

 サングラスをかけた筆頭がロジャーを見下すかのようにして問うた。ロジャーが後退する。

「・・・ボスもお前の返答しだいではまた、つかってくださるそうだ・・・・どうする?」

 筆頭の男がロジャーの額にポイントする。だが・・・・。

「い、いやだ・・・・」

「アァ?」

「も、もう、人殺しはしないと決めたのだ・・・だ、だから・・・」

 そこまで言ってロジャーの声が喉に詰まった。

「あっそ・・・」

 ロジャーの言葉を聞くなり筆頭の男が手を挙げた。後ろに控える黒ずくめ達が一斉に銃を構える。

「どうするの?」

 今にも射殺されそうなロジャーに視線をあてたままの状態で、リンがオルのジャケットを引っ張った。

「どうするもこうするも、あのオッサンはオレらの獲物だ!」

 言うや否やオルがテーブルの影から姿を現す。

「ちょいと待ったぁぁ!」

 黒ずくめ達がオルの方に一斉に視線を変える。大声に驚いてか、ロジャーの肩が上がったのをオルは目の端でみながら続けた。

「そっちの事情はどうでもいいけどな、そのオッサンはオレらの獲物だ! 勝手に殺すな!」

 いきなりの大声にその場にいた者全てが面食らった表情になる。

「何もんだ・・・お前・・・」

 筆頭の男が不快感をあらわにしたような顔つきでオルを見る。そしてその視線が彼の左腕と白銀の髪に当てられた時、男の顔が硬直した。

「お前は、まさか・・・・!!」

「そう、そのま・さ・か!」

 オルの顔が冗談じみた、楽しそうなものへとかわる・・・そして、次の瞬間にオルは筆頭の男の懐に拳を突き入れていた。

「かっ・・・・!」

 短く悲鳴と唾液を落として筆頭の男が崩れ落ちる。

 オルの奇襲スピードが速すぎて、最初は皆、筆頭がいきなり倒れたようにしか見えなかった。だが、数秒後にやっと他のもの達にもオルが筆頭の男を攻撃したのだとわかった。

「このガキが!」

 筆頭のすぐ近くにいた男がオルに銃を向ける。そして、距離約一メートルのところから発砲する。

「おっと・・・!」

 しかしオルは弾丸を、ボールを避けるように軽く身をよじるだけで避けると、発砲してきた男の手首を捻りあげ、銃を払い落とした。

「いでで!」

 男が悲鳴を上げる。オルはその男を、脇腹を膝で蹴りつけ黙らせる。

「こいつ!」

 次に突っ込んできた男の顔面をぶん殴る・・・・。

次の男=筆頭を合わせて四人目の男を顔面に上段蹴りで・・・・・。

 五人目を空中から踵落とし・・・。

 六人目を軽く片手で背負い投げ・・・。

 七人目・・・八人目・・・九人目・・・・と、見る見る内に黒ずくめ達の密度が減っていく。まぁ、それでも一人も逃げずにオルに立ち向かってきたと言う勇気は驚嘆にあたいする。

「・・・・なぁーんだ・・・もう終わりなのかよ。つまんねぇ」

 合計で二十人目の黒ずくめを倒し、それでも息一つ乱していないようすでオルが嘆息した。

(あ~あ。せっかく、久々に楽しめるかと思ってのになぁ・・・・)

「さっすがだね、オル!」

 そこへリンが笑顔で歩いてくる。そして、その後ろには目を張ったロジャーがいた。

「まぁな」

 オルはリンに笑みを返してやるとロジャーに向いた。

「なぁ、ロジャーさんよ」

「な、なんだね・・・・・」

 いきなり声をかけられてロジャーが肩をビクつかせた。

「まぁまぁ、何もしねぇって・・・・」

 半歩引いたロジャーに、敵意がないことを大げさに両手を広げて見せてオルが嘆息した。オルが半歩寄る。

「まぁ、落ち着けよ。オレらはハンターさ・・・・」

 いまだ渋っているようなロジャーに自分が倒した男達を見るよう手で促し、オルが言った。

「なぁ、ここにいるといつまた襲われるか、わかんねぇ。いったんオレ達と一緒にきてくれるか?」

 ロジャーが頷くのを見てオルとリンは、新手が来る前に自分達が滞在しているホテルの方へと向きをかえた。

   *   *   *

 オルとリンが泊まっている街外れの小さなホテル。

「で? アンタはどこのマフィアにいたんだ?」

 オルが青いカバーがついた椅子に馬乗りになって、ベッドに腰掛けるロジャーに尋ねた。オルの脇のテーブルではリンが過去の犯罪者リストをあさっている。ロジャーのことについて調べるようにオルが言ったのだった。

「あ、あったよ!」

 オルの脇でリンが声を上げた。『ほら!』と言ってリンがオルの目の前に手配書をだす。目だけを動かし手配書を読むオル。

「へぇー・・・『ロジャー・トーマス。一年前に失踪したマフィア、ゴルドルズの幹部・・・・報奨金・百万リェン』か・・・・」

「あぁ・・・」

 オルの目の前にあった紙が引っ込められ、ロジャーが頷くのが見えた。

「でも、ロジャーさん。どうしてマフィアを抜けたんですか?」

 リンがテーブルの上を片付けながらロジャーに問いかけた。ロジャーが半ば微笑みながら答える。

「・・・嫌気がさしてきた。と、言ってしまえばその通りなのだが、人を傷付けるようなことが嫌になったんだ・・・だから」

「だから、組織を抜けた。と・・・」

「そうだ・・・」

 ロジャーが重いため息を吐く。少々場の空気が重くなったため、オルが場を取り繕うためか、はたまた結論か、口火を切った。

「さっきもちょいと話したけど、オレ達はハンターだ。ハンターの仕事は知っているかもしれないけど、犯罪者の『確保』だ・・・・・オレ達と、警察に行ってもらうぜ?」

 ロジャーの顔に少々陰りが見えた。が、オルはそのことについてはあえて触れず、彼の意を訊いた。

「・・・・逃げるつもりなら別にいいぜ? すぐに捕まえられるし、外にはさっきのヤツらがいるしな・・・・。それに、そっちの方がこっちとしては、おもしろい」

 ロジャーは逃げると思った――少なくとも犯罪者の心理からそう思った――オルは椅子から立ち上がる。しかし、ロジャーはゆっくりと首を振った。

「いや・・・警察に渡されるのは構わないよ。幹部に追われ続け、怯え続けるよりは幾分かいい・・・それになにより・・・」

「それに?」

 リンはオルが今まで座っていた椅子に腰掛けロジャーに訊く。

「それに、連中や警察に追われるよりも・・・・もう、過去に追われたくない・・・・」

「・・・甘いな」

 先を続けようとしたロジャーをオルが冷たく響く――しかし抑揚はない――声で遮った。

「過去は、自分が犯した罪は消えない・・・・たとえ、どんなに善良なヤツになろうとも、人の役にたつ行いをしても・・・・罪は罪なんだ・・・・」

 自分のした発言にオルは胸中のなかで『あるモノ』を感じた。

 罪は消えない・・・・。

 罪・・・自分の犯した罪・・・・大切な人を守れなかったという罪。自分だけが生き延びたと言う罪・・・・幾多もの罪の意識がオルの中で混ざりあっていた。

 いきなりのオルの発言にロジャーは目を丸くした。が、すぐに笑みを浮かべ言った。

「そうだね、君が言うとおり過ちは消えないね・・・・でも、償いぐらいはさせてもらえないだろうか?」

「償い・・・・?」

 黙りこくってしまったオルにかわり、リンがロジャーに訊いた。彼は頷き、

「・・・無理を承知で君たちに頼みたいことがあるんだが・・・・」



 この街――チュートリルから南東に数十キロほどいったところに、『ウィレイ』と言う街がある。ロジャーの頼みとは警察に引き渡される前にもう一度だけ、その街に行きたいと言うことだった。何故かと問うと、

「その街は私の生まれ故郷なんだ・・・・」

と、ロジャーが目を細め返してきた。

「お願いだ! 一度だけでいい。もう一度あの街を見てみたいんだ!」

 リンがオルをちらりと見た。自分的にはロジャーに賛同してやりたいと思っている。だが、オルは必ず反対する。

 面倒だといって・・・・。

しかし、当のオルは目を閉じているだけで、表情からは意図を悟ることはできなかった。

「ねぇ、オル・・・・」

 リンが――椅子をとられたため――テーブルに無礼にも座るオルを揺さぶった。

「少しくら――――」

「駄目だ」

 みなまで言わせずにオルがリンを遮った。

 リンがうつむく。が、すぐに顔を上げ、

「いいじゃない! 少しくらいは付き合ってあげても!」

と、オルが座るテーブルを叩いた。

「駄目だって言ってんだろうが!」

「なんでよ!」

「面倒だからにきまってんだろ!」

「いいじゃない! どうせいつも暇なんでしょ!」

「なんだと!」

「ち、ちょっと待ってくれ!」

 今にも取っ組み合いを始めそうな勢いの二人を見てか、ロジャーが声を上げて遮った。そして、主にリンの方を向いて続けた。

「お嬢さん・・・ありがとう。でも、もういいんだ・・・・」

「なにがいいんですか!!」

 礼を述べてきたロジャーを相当な形相で見てリンが声を荒げた。

「いいわけないじゃないですか! 牢に入れられたら、もう出られないかも知れないんですよ! ・・・・・もう一度見たいんでしょう?」

「それは・・・・」

 喉元に言葉が詰まる。が、それはすぐに外れ、言葉が流れ込むように押し押せた。

「あぁ・・・・見たいよ・・・・」

 それ以上は彼の口から言葉は出なかった。彼はただ目を押さえ泣いていた。

 自らが望むわけでもないのに、組織のために幹部として半生をついやしてしまった男。決してその間に失った時間は戻らないかもしれない・・・・でも、それでも今からくるものは、決して今までのように人の意で決めるのではなく、自分の意志で決めようと誓った。そして、だからこそ嬉しかったのだ。だが、それを破ったのは案の定オルだった。

「・・・・オイオイ、勝手に話進めんなよな」

「なんでよ、別にいいじゃない」

 リンの言葉に半ば嘆息しながらオルがテーブルから降りる。

「・・・・何かオレに利益はあるのか?」

「損得の問題じゃないでしょ!!」

 リンがオルの胸倉をつかむ。

「アンタには優しさってものがないの?」

「別に感情がないわけじゃねぇけど・・・・」

「なら、いいじゃない」

「だけどさ・・・・」

 なんでこうも人のために一生懸命になれるんだ? コイツは?

 オルの中に理解不能な感情が波紋をつくった。

 別に自分にも義理や同情がないわけではない。と、思う。決して、冷徹人間なわけではないと思う。多分。

しかしだ、なぜ故にリンは赤の他人、しかも犯罪者のためにこんなにも一心になれるのか? それが不思議だった。

 でも・・・と、オルはごく当たり前のような気持ちにたどり着く。

 それは、彼女が人を犯罪者であれ、自分のような世間からは畏怖の感情でみられるような者をも、人として見ているということに過ぎなかった。そう、ただそれだけのことだったのだ。

(・・・・しっかたねぇな・・・・)

 オルは胸中でため息を吐いた。

 結局は自分も彼女に助けてもらっていたのだった・・・・。ロジャーと同じだ。

「・・・・たしかウィレイには、『暗闇』があったよな・・・・」

「え? うん」

 いきなり話を振ってきたオルにリンは半ば生返事で返してしまったが、一応頷く。

「・・・ここの街の『暗闇』見つけるのはもっと面倒そうだからな・・・・ま、仕事上行ってやるよ・・・・・」

「ホント?」

 リンがオルを見上げて目を輝かせる。

 オルはそっぽを向いて呟いた。

「言っとくけど、仕事上の理由でだぞ?」


   *   *   *

 いかに数十キロの道と言え、敵からの攻撃に常に目を光らせ、標的を守ると言うのは簡単なことではない。

(めんどくせぇな・・・・・)

 ホテルの入り口で、――正式には階段に座って――オルはチュートリルからウィレイの街までの地図を見ながら重いため息を吐いた。ちなみに、今ここにリンの姿はない。彼女にはオルがタクシーを捕まえてくるように頼んだ(半ば命令した)のだった。

 子供――というわけではないのだが、やはり二人とも未成年だ。車は運転できない。(オルはまだ十七なので)となると、車がいる長距離移動の際はやはりタクシーかバスなどになってしまう。

(めんどくせぇ・・・・・)

 オルはまた重いため息を吐いた。

 別に移動手段についてのため息ではなく、現状況ついてのため息だ。

「・・・・・やっぱり悪いね」

「あ?」

 唐突にオルの横にいたロジャーが声を上げた。

「あ、いや、君たち忙しいのに私のわがままをきいてもらって・・・・・」

「別に・・・・」

 オルがそっぽを向く。

「てーか、現時点でもオレは反対だけどな」

「なら、どうして・・・・・」

 眉を顰めるロジャーに、別にとまた言ってからオルが答えた。

「あいつの、リンの頼みだからさ・・・・」

 しばらくの間二人は黙った。が、ロジャーが恐縮するように尋ねた。

「・・・・彼女とは何かあるのかい?」

「別に」

 オルは短く切った・・・・つもりだった。が、何故だか言葉が自分の意に反し、飛び出していた。

「・・・・・オレって見ての通り、近寄りがたいだろ?」

「失礼かもしれないが、たしかに・・・・」

 左腕を軽く持ち上げて見せてオルが苦笑する。ロジャーはA・M――鋼の義手――に目を落とそうとはせずに、頷いた。

「・・・・・他にも、髪の毛とか、目の色とか・・・・」

「・・・・・」

 ロジャーは黙って聞いていた。内心はまずいことを訊いてしまった、と思ったのかも知れない。だが、オルはそんなロジャーの様子を半ば面白げに見ながら続ける。

「・・・・・・こんなオレに誰も寄ってこないって思ってた―――」

だから、他人との干渉を拒んだ。寄ってきてほしくない、そう思っていたからかも知れない。知らず知らずのうちに周りの人々は自分の胸中を読んでいたのかも知れない。そして、彼の周りには誰もよりつかなくなった。オル自身もそれでいいと思っていた・・・・。でも、それは違うということを気付かされた。今までに二人の人物によって・・・・・。

「・・・・一人は、リンの前の相棒。そして、二人目はリンだ・・・・」

 オルは息を吐いた。何故こんな話しをしたのかわからなかった・・・・でも、そんな自分でもわけのわからない話しを聞いていたロジャーにはもっと意味がわからなかっただろう。

 しかし、ロジャーは微笑み、オルに向いた。

「大切にしなければいけない人だね・・・・」

 オルが目を見張る。最初は彼が何を言ったかわからなかったが、結局は自分が求めたことと同じだった。

「・・・・・まぁな」

 オルは笑みを崩すわけでもなく、真顔になると白銀に光る、左手の機械の腕を触った。



   *   *   *

 ホテル付近よりは大きな街路地にでたリンは、先ほどから手を挙げているのにもかかわらず、とまってくれないタクシーにいい加減嫌気がさしてきていた。

「もう、なんでとまってくんないのよ!!」

 怒声を吐きつつ、先ほどから上げっぱなしだった右手を下ろした時だった。

 リンは微かな爆発音――どちらかと言うと銃声を聞いた。

「え・・・・」

 最初は自分だけに聞こえた空耳だろうと思ったのだが、自分の周りを歩く人々も立ち止まり、音の発信源をさがしている。

「もしかして・・・・」

 マフィアの追っ手に追われているロジャー。発砲音のした方角は、たしかホテルの方角。

 まさか・・・・

 リンの脳裏に恐ろしい予測がたった。

(でもでも! ロジャーさんにはオルが居るわけだし・・・・)

 頭の中のものを振り払うように首を振り、リンはホテルの方へと急いだ。


   *   *   *

「オイ、オッサン!! しっかりしろ!」

 迂闊だった・・・・。

 どことなく優鬱に浸かっていたオルは突然の銃声に身を固めた時にはすでに遅く、ロジャーは倒れていた。

 犯人は見失っていない。自慢ではないが、オルは一瞬でも見たものは即座に憶えることができる。

 あの黒いロングコートに、茶髪の長髪・・・・逃がすか!

 オルは腰の双剣――長剣を引き抜き、ロジャーを横たわらせて立ち上がった。

 今の彼を動かすのはただの獰猛な怒りにすぎなかった。



「ロジャーさん! しっかりして下さい!」

 息を切らせホテルに舞い戻ってきたリンは、野次馬に囲まれながら地に横たえたロジャーを助け起こした。

「あ・・・・リンさんかい?」

 微かに聞こえる声でロジャーが呟いた。

「喋らないで!」

 一喝に近い声色でロジャーの声を遮ると、リンはハンカチ、にしては大きめな布を取りだしてロジャーの傷口に当てた。まずは止血させなければ・・・・

 だが、リンの祈りは虚しくも血は止まらず布を真っ赤に染めた。

「・・・・頼みがあるのだけれど・・・・・」

 顔に血がついても一心になって傷口を塞ごうとするリンに向かってロジャーが、ある種、遠慮気味に訊いた。

「・・・・なんですか」

 止まらずに流れ続ける血に苛立ちを覚えながらリンが尋ねた。

「これを・・・・」

 ロジャーが震える手で懐を探ると、一枚の古い写真を取り出した。

「昔、母親ととった写真なんだ・・・・。母はもうすでに他界してしまって、いる、がね。も、もしも、いいなら・・・・これを私の故郷に持って行ってくれないかね?」

 血の勢いが強くなったため、ロジャーをとめようとしたリンは口を閉ざした。何故はわからなかったけれど・・・・

「それと、オルさんにも、謝っておいてくれないか? 骨折り損のくたびれ儲けで、すまないと・・・・・」

「・・・・・はい・・・・・」

 リンは頷いた。

 ロジャーは嬉しそうに微笑む。そして、写真を持つ彼の手が、落ちた・・・・・。



   *   *   *

 路地裏を、壁を駆け上がりビルの上を、ロジャーを殺した殺し屋は俊敏に逃げたが、オルはまるで殺し屋が行こうとしている道がわかるかのように追っていた。

と、殺し屋があるビルの屋根の上で止まった。オルも同時に止まる。二人の距離は約五メートルほどだ。

「・・・・しつこいねぇ~」

 殺し屋が声を上げた。そしてコートのポケットに手を突っ込んだまま、オルに向く。

「あの者に何か肩入れでもしていたかい?」

「まぁな・・・・」

 こちらを向いた殺し屋を睨み付けながらオルが頷く。

「あのオッサンは、オレらの獲物だったんだ・・・・」

「へぇ・・・・」

 頷く際に殺し屋が自分の左手を、目を細めて見たのをオルは見逃さなかった。

「それは悪かったね・・・・でも、何故だい? 獲物を殺されただけで怒るなんて・・・・ハンターとしては、ちょっと意外だね・・・・・」

「まぁな」

 殺し屋がオルの左腕を今一度見た。そして、続ける。

「お互い、自己紹介がなかったね・・・・僕はマフィア『ゴルドルズ』に雇われた、殺し屋・ハルカスって言う者さ・・・・・君は?」

 殺し屋――ハルカスがオルに笑みを投げて言った。だが、オルは微笑を返すことはなく、ただ静かに言った。

「オレは、オルセルグ・ナイトホーク」

「・・・・・『銀の番人』、だね?」

 オルが言わんとしたことかはわからないが、ハルカスが言葉の続きを言うようにして、微笑んだ。

「結構、裏業界では有名なんだよ? 君」

 相変わらず微笑みを見せてこないオルに、笑みを挑発的なものにかえてハルカスが言った。

「・・・・・『番人』という言葉は、神話にも登場する『地獄の番犬』、ケルベロスをモチーフに『敬意』を持って付けられた異名らしいけど、ホントのところは違うんだよね?」

 すっと目を細め、ハルカスがオルの左手を指差した。

「『銀の番人』の『銀』という字は、その左手のA・Mと、銀髪から取ってつけられたもの・・・

・・・。皆が『畏怖』を込めて君を呼んだ証さ・・・・・」

 オルの手が、腰にある剣の柄までゆっくりと伸びる。

 彼の動作を見て、ハルカスが武器を取るため懐に手を入れながら、まるで憶測のように付け足した。

「そうそう・・・・でも、君は二年前に、ある組織に踏み入り・・・・・殺されたことにもなっているんだよね? オルセルグ君」

 ハルカスの言葉をオルは最後まで聞いてはいなかった・・・・別に聞いていたい台詞でもなかった。

 自分で犯した罪など、他人に言われずとも自分が一番よくわかっている・・・・。

 自分がおこなった過ちなど、二年前のあの日から忘れたことはない。

 二人の距離が縮まる。

 手始めにハルカスが両手に握る拳銃――左の方を発砲した。しかし、オルには弾丸がまるで止まって見えていた。

 弾丸を右に反れて避けるオル。そして、避けた際の体勢を元の戻しながら双剣を引き抜く。しかし――――、

「遅いよ・・・・・・」

 耳元で声がした時にはすでに遅く、オルが両手に握る剣は銃声とともに弾かれていた。

「おや? 『銀の番人』ともあろう者が、これほどの腕とは・・・・ちょっと心外だねぇ」

 ハルカスが耳元で囁き、オルのこめかみに拳銃を突きつける。

「ごめんよ、これも仕事でね・・・・・。グッバイ!」

 ハルカスが引き金を引いた。

 ザク・・・・・。

「? ザク?」

 銃を撃った際には決して聞こえるはずのない音を聴き、ハルカスが首を傾げた。何故か、胸元に生温かいものを感じる・・・・・・なんだ、コレは?

 ハルカスが目線を自分の胸元へと落とす。

「!」

 そして、驚愕する。なんと、彼の胸に白銀の剣が一筋生えていたのだ。

「な・・・・・」

 白銀に光る剣の先――言うなれば、柄の部分にあたる――の方へと視線をめぐらせるハルカス。

「ど、どうして・・・・・」

 剣を握る人物を見てハルカスは呟いた。途端に血が吹き出る。

 白銀の剣を握っていたのは、あのオルだった。

「な、何故・・・・・剣は二本とも弾いたはずなのに・・・・それなのに・・・・」

 血を噴出しながら疑問を呟くハルカスにオルは呟いた。

「・・・・・錬金術」

「れ、錬金術だと・・・・・」

 ハルカスが目を見開き驚愕する。

 そうだと頷き様にオルは、今は白銀の剣へと変化している左手を見た。

「A・Mを装着したものだけが使えるようになる術だ・・・・・・。上手く用いれば、鉛を金へと変えることも可能だ・・・・」

 静かに呟くオルの瞳から目線を上にはずしたハルカスは、自分の手が急激に熱いことに気が付いた。手には、今まで拳銃の形をしていたであろう液体が蒸気をだしてそこにあった。銃が錬金術によって溶かされてしまったのだ。

「・・・・もちろん、逆に金を鉛に変えることもできる」

 ハルカスが引きつった声をあげた。いや、現に声ではなかったかもしれない。

「一つ訊かせてもらうぜ・・・・・」

 剣をさらに深く入れ込みながらオルがハルカスの耳元で囁いた。

「・・・・オレが死んだことになっていると言うのを知っているって言うんなら・・・・、もちろん知っているはずだ・・・・・『メルネス』のことを・・・・」

「メ、メルセス・・・・?」

「そうだ。知ってるよな?」

 ハルカスが頷く。知らないはずはなかった、何故なら自分の雇い主だったから・・・・。

「・・・・・じゃあ訊こう、メルネスがおこなっている実験について・・・」

「じ、実験?」

 死んでしまわない程度に力を剣に込め、オルは頷く。

「し、知らない! 実験なんてオレは知らない!」

「嘘じゃあ、ないだろうな・・・・?」

 静かでも怒りを含んだ口調のオルに振るえ上がりながらも、ハルカスは否定した。

「ほ、本当だ! 実験なんて知らない!!」

「・・・・・・そうか」

 まぁ、自分に倒されるくらいしか実力がない者が知りえているわけはないか・・・・。オルは半ば納得すると剣を引き抜いた。ハルカスが呻き声を上げてその場に崩れ落ちる。急所は突いていない・・・・。ヤツにはそれほどの価値もない。

(また、ふりだしか・・・・)

 オルは胸中で呟いた。

 だが、絶望はしない。それどころか、新たに誓う・・・・メルネスを潰すこと、それがいつも自分の目的だ。そして、それが、自分の犯した罪を償う唯一の方法・・・・・。 

「う、つつっ・・・・・・・!」

 屋上の端に足をかけつつ、ハルカスの微妙な気配で後ろを向くオル。見ると、腹部を押さえながら彼が立ち上がったところだった。

(ったく、大人しくしてりゃあいいものを・・・・・)

 あの傷で動いた彼に少々感心しながらも、オルは彼の動きを窺った。

「・・・・殺す! 殺す!!」

 ハルカスがコートから新たに拳銃を引いた。

 オルがハルカスの方へと走る。ここから、まともに打たれたのでは、いかにもこちらが不利である。距離がはなれすぎている。

「死ねぇぇぇ!!」

 ハルカスが引き金を引いた・・・・・。時にはオルは彼の懐に入り込み、彼のみぞおちに右手を突き入れていた。

「あ・・・・・・」

 短く声をあげてハルカスが倒れた。

 殺す価値もない・・・・・。

 オルは胸中呟き、近くに転がっていた愛用の二本の剣を拾うと、屋上から飛び降りた。



   *   *   *

 救急車のサイレンを遠巻きに聴きながら、ホテルの玄関先の階段に虚空を見ながら腰を下ろしていたリンは、急に目の前に現れた銀色に顔を上げた。

「あっ・・・・。オル、お帰り」

「ただいま・・・・」

 いつもの彼女らしからぬ小さな声にオルはいつも通りに短く答え、彼女の横に腰を下ろした。

「・・・・オッサンは?」

 我ながら当たり前のことを訊くと、感じながらオルは尋ねた。

「・・・・逝っちゃったよ」

「そうか」

 微妙に聞き取りにくい声でリンが呟いた。そして、そのまま力なくオルにもたれる。

「・・・・・約束、したのに」

 リンの温かみをむずがゆく感じながらオルは言った。

「ごめん・・・・」

「? なんでオルが謝るの?」

 いきなりのオルの発言に、少し戸惑いを見せながらリンが訊いた。

 オルは銀髪を掻きながら憶測のようにつけ足した。

「いや、オレがちゃんと見張ってればよかったのになって、思って・・・・」

「・・・・そんなことないよ・・・・」

 リンが自身の髪を掻くオルの手を取って言った。

「オルは、なんでも詰め込みすぎよ・・・・。オルのせいでじゃないよ・・・・」

「・・・・そう、だな・・・」

 オルがリンの手を返しながら少しだけ頷いた。そして、何かを思いついたように立ち上がる。

「なぁ、ウィレイに行ってみるか?」

「え?」

 予想していにかったことを言われたからだろう、リンが顔を上げた。

「でも、どうして? もう、行ってもしかたないのに・・・・・」

「・・・・それ」

 オルが人差し指でリンが握っていた紙――写真を指差した。

 大体のことは彼女から訊かずとも予想がいった。

「あのオッサンのモンだろ?」

 オルの問いに頷くリン。

 オルはリンに少しばかり微笑みを見せると言った。

「気にするなよ。どうせ、仕事上の理由で行くつもりだったしな・・・・」


   *   *   *

『夕日の街・ウィレイ』・・・・・。そう称される街なだけはあり、夕刻に街についた二人を街は絶景を持って、もてなした。

「綺麗な夕日だね・・・・」

「ああ・・・・」

 街一番と言われる高台がある草原へとやって来た二人は、そこから見える絶景にため息をついていた。下にはウィレイの街が見える。

「ロジャーさんが、『帰りたい』って言ったのはよくわかるね・・・・」

 リンが写真を軽く両手で握りしめて、呟く。オルも頷いた。

 確かに、ロジャーが死の危険を冒してまで帰りたいと願うはずだ・・・・

「・・・・見えますか? ロジャーさん・・・・ウィレイからの夕日、ですよ?」

 写真の表を夕日に透かすようにして、リンが微笑む。

 そして、その写真をオルへと手渡す。

「・・・・オッサンよ、悪かったな。せめてでワリィけど、アンタに景色を送るよ・・・・」

 そう言って腰の短剣の柄を握り、オルがリンを見る。リンが頷く。

「ロジャー・トーマス。どうか安らかに・・・・」

 一陣の風が吹いた。写真が風で舞い上がる。

 刹那。写真に亀裂が入り、写真は千切れて、風に飛ばされた・・・・・。

結局は骨折り損のくたびれ儲け、か・・・・・・・。

 オルは胸中で呟いた。

 だが、悪い気はさほどしなかった・・・・・・。



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