希望は灰になって照らされて
家に到着した俺と姉はあまりの驚きに声も出ずただただ立ち尽くしてしまった。きっと人間あまりにも衝撃的なことが起こったらこんな風になるんだろうな、と思った。
なぜこんなにも立ち尽くしてしまったのかと言えば、生まれて十数年暮らしてきたマイホームの周りに何台もの消防車がとまり、そして肝心のマイホームが燃え続けていたからである。
数分前には冗談のつもりで話していたことが実際に起こり、大概のことは笑って済ませる姉も今回ばかりは笑っていなかった。目の前で起きていることが信じられないといった顔で燃え続ける我が家を見つめるばかりである。
そういえば母さんと父さんは!と思い、辺りを見渡すと消防隊員の横でこれまた立ち尽くしている母を先に見つけた。
「母さん、これは…?」
母は未だ炎上中の我が家を見つめたまま「火事ね…」と呟いた。
父の行方を尋ねると「家の前。お母さんよりお父さんのほうが動揺してるみたいだから話しかけてきてあげて」と返しながら指をさした方向には泣きながら何かを投げている父がいた。
まさか、と思いながら近づいてみると泣きながら投げているのは芋だった。父に近づき「なんで芋投げてんの…?」と聞くと
「何とか火事のことポジティブに捉えようと必死なんだよ!お前この状況で冷静でいられるとか正気か!?お前も投げろ!父さんは焼き芋するために家焼いてみたっていう体な!」
俺はそれを聞いてどうかしてる、とも思ったけど家族の大黒柱としてこの状況に必死に耐えようとする姿になんだか泣けてきてそれから火事がいよいよ最大限にまで大きくなり消防隊員に止められるまで何個も何個も芋を投げ続けた。
途中からは母と姉も泣きながら芋を投げ始め、火が消えた後は投げた芋を取って家族全員で泣きながら食べた。
城田家全焼。
どうやら火事の原因はたばこの不始末だという。うちの家族でたばこを吸うのは父の伸介のみ、それは同時に全焼の責任は一家の大黒柱であることも意味するのだが、今まで家族に涙1つ見せなかった父が火事のショックでずっと泣いているのを見た母、姉、そして俺は誰もそれに関しては触れず、自然とたばこ、不始末、といったワードは家族の中で意図的に避けられるようになった。
しかし大変なのはここからである。
元から経済的に余裕がないのを何とかやりくりして、養育費や生活費を出していたが、この火事でほぼ無一文になってしまった。あるのは少しばかりの貯金、そして姉の奨学金ぐらいである。
まずい…。このままじゃ俺が受けようとしている私立高校の入学金も厳しい。
今の家の状況を考えるととても払ってくれなんて言えないな…。
母は「心配せずに予定通りいきなさい!」とは言ってくれるものの、金がかかるのは入学金だけじゃない、他にも色々な場面で必要になる。
冷静に考えてもここは高校を諦めて働いて家に金を入れたほうがいいだろうな。姉ちゃんはせっかく日本でもトップクラスの大学に入ったんだから卒業してほしいし…。
俺は自分の進路を決めると、そのことを担任に伝えるために火事以来1週間ぶりに学校へ行った。
職員室に行くまでに何人かの同級生と久しぶりに会って、火事の話などを軽く説明しながらも「こいつらと同じように俺も4月からは高校生のはずだったんだけどな…」と考えてしまい、一旦考え始めるとどんどん落胆していき、職員室のドアをノックするころには立っていることも嫌になるような気分になっていた。
「おー、久しぶりだな。元気、ではないよな。すまん」
恐らく久しぶりに顔を見られて安心した、と言う気持ちと気の毒に思う気持ちでどう話したらいいか迷っているのであろう。話し方の節々に優しさが感じられる声の持ち主は俺の担任である難波修である。
先生の声を聴いているとなんだかほっとしてしまい涙が滲んてきた目を袖でこすった。あんまり時間かけるとがっつり泣いてしまいそうだからさっと話すか。
「先生、僕高校進学を諦めて就職しようと思います。火事の影響でどうにもお金が払えそうにないので」
「!お前本当に諦めるのか!?」
「すみません。こればっかりはどうしようも…。」
そういうと先生は一瞬悲しげな表情を見せたがすぐに表情を変え、
「そうか。就職先は俺も一緒に探すから。とりあえず、家が落ち着いてきたらまた連絡くれ。携帯の番号交換しよう」
番号を交換した後、俺は知り合いに会わないように急ぎ足で家路を急いだ。
今会ったら悔しくて泣きだしそうだ…。
辺りは暗くなり街灯の明かりでできた俺の影はいつもより何だか物寂しく見えた。