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第五章 対峙/破顔

last Thursday→


「まあよーするにあれだ。『二重人格』って奴だよ。『サーズデイ』と『成上遠流』は同じ人間なんだが、なんつーか……心が違う。思考が違って嗜好が違う。『成上遠流』のときにしたくないことが『サーズデイ』のときはやりたくなったりする。わかるか?」


「私、できないことはしない主義なんです」


「…………お前、本当にブッ飛んでるよな」


「奴の右目は絶対に見るな」

 雑居ビルに着いたとき、サーズデイはそう言った。

「何故ですか?」

「奴には人間を洗脳する能力がある。あのゴミどもを見たろ?」

 確かにあの三バカトリオの様子はおかしかった。成上さんを襲ったときのことも覚えていないみたいだったし……。

「普段は眼帯で隠してるが、眼帯を外したときは気をつけろ。うっかりでも右目を見ちまったら奴の思いのままになっちまうからな」

 恐ろしい能力だ。他人を自由に操れるということは、身体を複数持っているのと同じじゃないか。

「まあ、俺とは違って奴は戦闘タイプの改造人間じゃねーからな。操ってる奴――『遣い魔』にしろ、元が強くなきゃタチの悪い酔っぱらいと大して変わらねえ。数が多いとめんどくせーが」

 タチの悪い酔っぱらいが何人も……それはそれで恐ろしい。

「わかりました。心得ておきます」

「おう」

 ビルの入口に近づく。しかし、扉は開かなかった。

「ケッ、閉まってやがる」

「もう真夜中ですししょうがないですけれど……どうします?」

 まさかドアを蹴破るのだろうか。さすがにそれはまずいと思うのだが……。

「ケッ! しょうがねーな」

 サーズデイは私に背中を向けて屈んだ。

「おら、乗れ」

「え…………?」

 乗れ、ってサーズデイの背中に、か? サーズデイの背中におぶされということか?

「早くしろ、置いてくぞ」

「は、はい!」

 催促され、わけがわからぬままサーズデイの背中に抱きつく。この歳になって、誰かに背負われるのは正直ちょっと恥ずかしい。

「……わりと軽いんだな」

「サーズデイさん、怒りますよ」

 女子にその手の話題は禁句だと知っての狼藉だろうか。

「ケッ。なんで褒めたのに怒られなきゃなんねーんだよ」

 笑っているのか苛立っているのか曖昧な口調で、サーズデイは前屈みになった。

 ………………屈む?

「口はもう閉じとけ。舌噛むぞ」

 言いながら、さらにサーズデイは屈む。両手を地面につけ、曲がる関節を最大限に曲げ、さながらカエルのようにほとんど這いつくばっている。

 ………………カエル?

 ……凄く嫌な予感がする。ドアを蹴破ったほうが余程常識的で良心的な手段だと思えるような事態が起こりそうな気がする。

「いーち、にーいのぉ――」

 じゃり、とサーズデイの靴が微かに動く。私はとっさにあらんかぎりの力で彼にしがみついた。


「――――――さんっ!」


 砲弾になった気分だった。

 サーズデイはぎりぎりまで縮めていた手足を一気に伸ばし、それと同時に地面を蹴った。

 つまり。

 押さえつけていたバネが跳ね上がるように――改造人間サーズデイはビルの屋上に向かって『跳躍』したのだ。

 もっともそれはあくまで客観的な表現であって、私からして見れば『離陸』とか『発射』などと表したほうがしっくりくるような体験だった。

 ぶっちゃけ死ぬかと思った。

 ていうか、現在進行形で死にそうだ。

「う――う、ううううううううううううううううううう!」

 口は閉じろと言われたが――声を出さずにはいられない!

 風が当たる。Gがかかる。人間ごときが空を飛ぶなと拒絶されているようだ。私だって飛びたくて飛んでいるのではない。文句ならサーズデイに言ってほしい。

 それらもだんだん勢いが落ちていっているが、それはつまり少しずつ落下しているというわけで――

「らあああっ!」

 がくんがくんっ、風やGの感覚とは別の衝撃を感じる。どうやらビルの壁をジャンプした勢いで駆け登っているらしい。

「ぅらあっ!」

 最後に一回、大きな衝撃。今飛び越えたのはフェンスだろうか。

「……おら、着いたぜ」

「ひわっ!?」

 唐突にサーズデイの背中から下ろされた。盛大に尻餅をついたが、今はそんなことが些細に感じられるほど地べたが恋しかった。地面じゃなくてコンクリートだったが。

 地に足がついているのがこんなに素敵なことだったなんて。

「もうちょっとマシな方法はなかったんですか……」

「ケッ。嫌なら最初からついてくるんじゃねえ」

 サーズデイはむちゃくちゃな台詞を吐いて歩きだす。私も吐き気と目眩をこらえて立ち上がった。


「おや――おやおや」


 向こうから声が聞こえた。声の主はどうやら、反対側のフェンスにもたれかかっているようだった。

「随分と早い到着ですねえ。もう少しかかるものだと思っていましたが……」

「ケッ、てめーがノロマすぎんだろーよ。久しぶりだな糞野郎。相っ変わらずロクでもねーことしでかしてるみてーで何よりだ」

 サーズデイが尖った犬歯を剥き出しにして笑う。それは笑顔というより、野生動物の威嚇のようだった。

「貴方も息災のご様子で。なんとかは風邪をひかないとは言いますが、まさかこの季節でもそのような服装で平然としていられるとは」

 確かにサーズデイの『ライダースーツ+マフラー』というファッションは冬にしては寒々しいスタイルだが。

 声の主は身体を起こし、こちらへ歩いてくる。遠目でもそれとわかるくらい白いコーディネートをしている人に服装がどうの言ってほしくはない。

「ケッ、そりゃどーも。それにしても一人とは珍しいじゃねーか? いつも鬱陶しいくらい引き連れてる雑魚共はどーした」

 一人。屋上には私とサーズデイと、白服の男――おそらくはウェンズデイしかいない。サーズデイの口振りだと、ウェンズデイはその能力で部下を沢山作れるようだったが……。

「ああ、いえいえ。確かに今回『遣い魔』はあまり作っていませんが……決して一人というわけではありませんよ」

 薄暗いながらも、ウェンズデイの顔が見られるようになってきた。右目を眼帯で覆った、ニコニコと不気味で不器用な笑みを浮かべたその顔は。

 その顔は――


「そうでしょう、累?」


「おい、どうした?」

 サーズデイが怪訝な顔で私を見る。私はそれに答えることはできなかった。


 何故。どうして。そんな馬鹿な。そんなはず。ありえない。何かの間違いだ。気のせいだ。幻覚だ。他人の空似だ。夢だ。勘違いだ。偶然だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――



 ――なんでここに、叔父さんがいるの?



「お――おい!? しっかりしろ、累!」

「うくっ、うくくくくく……!」

 ウェンズデイ――叔父さん――風見仁導が心底おかしそうに笑う。

「まさか、まだわからないとおっしゃるつもりですか?」

「ケッ! 生憎俺はてめーとは違っておつむが回んなくてな! どういうことか説明しろ!」

「説明……はたしてそんなものが必要でしょうか? その娘を見ればわかるのでは?」

 私は――私は。私は……

 叔父さんはお母さんの弟で。でも全然会ったことはなくて。初めて会ったのは葬式の翌日で。

 お母さんに弟がいるなんて知らなくて。そもそもお母さんには弟なんていなくて。だから――


『貴方はなんなんですか? そこまで言うのなら証拠を見せてください』

『証拠ですか……それならこれでどうでしょう?』


 そうして彼は私に右目を。

 あの真っ白な右目を光らせて――


「……まさかてめえ! 累も遣い魔に――!?」

「うくく――気づくのが遅すぎますよ。そう思いませんか、累」

「………………はい」

 気がつくと私はサーズデイに向かって歩きだしていた。

 まるでそれが自分の意志であるかのように歩きだしていた。

 ……自分の意志? 当たり前だ。自分の身体を動かすのが自分の意志でなくてどうする。

 そうだ。これは私の意志だ。

 ウェンズデイ様に従うのが私の意志なんだ――

「さあ、累。貴女のやるべきことはわかっていますね?」

「は い」

 やるべきこと? 決まっている。目の前に立っている敵を殺すことだ。

 ウェンズデイ様のために。ウェンズデイ様の敵を殺すことだ。

 サーズデイを――成上遠流を――殺す。

 もう意志はいらない。もう意識はいらない。そんなものは使命決行の邪魔になるだけだ。


 そして私は、思考を止めた。




「……ちっくしょう!」

 サーズデイは襲いかかってきた累を弾き飛ばす。だが彼女はすぐに起き上がってまた同様の動きをする。

 累の眼は焦点が合っておらず、身体もふらふらと重心がまったく安定していない。『遣い魔』の典型的な風貌だ。サーズデイは内心舌打ちした。

(どうやらマジに洗脳されちまってるらしーな……だがそれは後回しだ!)

 累を無理矢理振り払い、サーズデイはウェンズデイに詰め寄る。

「てめえこの糞野郎! 今度こそ逃がさねえ――!」

 プロペラがはためくような音と連続した銃声によってサーズデイの声が遮られる。続いて、屋上を覆う巨大な影がサーズデイの視界に入った。

「うくく――マッハで来るとおっしゃったわりには遅かったですねえ」

「迎えに来させといてお前はなんでそんなに偉そうなんだ!」

 屋上の真上に飛ぶ、暗い色調の迷彩色に塗られた小型ヘリ。その開け放たれた扉から、このヘリの運転手であろうブルゾンを着た短髪の女性がウェンズデイに毒づく。

「お前――チューズデイ……!」

「お? ああ、サーズデイか、久しぶりじゃん。けど今は相手する暇ないんだわ、ごめんな」

 チューズデイと呼ばれた女性はサーズデイを見ると、嬉しそうに笑いながら右手にはめられた手袋を外す。あらわになった右手は義手のようで、女性らしくない無骨なシルエットが鈍く光沢を放っていた。

 続いてチューズデイは縄ばしごを降ろす。縄ばしごはそれなりに長く、普通の人間でも少しジャンプすれば手が届きそうな位置に下がっていた。

「どうした、早く乗んなよ」

「ええ、わかっていますとも」

 ウェンズデイは敏捷な動きで縄ばしごを駆け昇る。

「――くそっ、待ちやがれ!」

「おっと、そうはいかない」

 ズダダダタ! とサーズデイの足元にいくつもの弾痕が出来る。弾丸はなんと、チューズデイの右手――鋼鉄の義手から発射されていた。

「ぐっ――!」

「悪いな。もうこんな夜更けだろ? めちゃくちゃ眠いから帰って寝直したいんだ」

 サーズデイが怯んだ隙に、ヘリは向きを反転して飛び去っていく。

「今度、昼間会えたら思っきしバトろうぜ――!」

「私はあまり会いたくありませんが……まあ、そういうことで」

「待てっつってんだろうが!」

 慌てて追い縋るも、ヘリは既に彼方に消えていた。屋上にはサーズデイと累だけが残される。

「……ケッ。完璧、してやられたぜ……」

 サーズデイは盛大に舌を打ち、迫ってくる累に向き直った。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞



「……なあ、ウェンズデイ」

「なんでしょうか?」

「ちょっとこっち来い」

 ヘリの操縦にかかりきりのはずのチューズデイが、左手でちょいちょいとウェンズデイを招く。

「どうかなさったのですか――――うぐっ!?」

 身体を寄せてきたウェンズデイの頬を、チューズデイは左手で思いきりぶん殴った。ウェンズデイが窓まで吹っ飛ぶ。

「……ぅ、痛た…………いきなり何をするのですか? 痛いじゃありませんか……」

「電話で叩き起こしてアッシーにしてくれやがった貸しは、これでチャラにしてやんよ」

 チューズデイは苦々しそうにそう言うと、ウェンズデイは「うくく」と笑った。

「そうでしたか。蜂の巣にされなくて何よりです」

「……お前さあ。下手なんだから作り笑いはやめたら? 殴られて笑うなんて気持ち悪いよ……」

 さらにげんなりした顔でチューズデイが呟く。ウェンズデイはなおも笑っている。

「まあいいけど。……ところで、今回は何して来たわけ? 『最強の肉体を持つに値する最強の精神』の持ち主とやらは見つかったの?」

「いえ……それらしい娘は見つけましたが、どうやらハズレだったようです。今頃サーズデイがなんとかしているでしょうね」

「お前の洗脳を自力で解けるような奴、そうそういないと思うけどね……自力で解いたサーズデイはあの通り敵になっちまったし」

「いるかいないかの話ではありませんよ。たとえいなくても探しだして見つけだして作り上げてみせますとも」

 と――ウェンズデイが唐突に作り笑いをやめる。

「それが今の私の『目的』なのですから――そのためなら自らの手を汚すことすらいとうつもりはありません」

 チューズデイはウェンズデイの真面目ぶった顔を見て、「ふん」と鼻で笑った。

「何をやるにしても他人を遣うようなお前がそんなことを言ってもなあ――」

「手作業でやるのと機械に任せるの、どちらも結果が同じなら効率の良い方を選ぶでしょう?」

「なあウェンズデイ。前々から言おうと思ってたんだけど」

「なんでしょうか?」

「お前絶対、ロクな死に方しないよ?」

 チューズデイが右手を銃の形にし、「ばーん」と撃つ真似をする。

「ご心配なく。私はそう簡単に死ぬつもりはありませんから」

 そう言って、ウェンズデイは再び「うくく」と笑った。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞


next Thursday→


「『事故』と『家族』と『兄』ね――被りすぎてて聞いたときはビビったぜ」


「お前自身がどう思ってるかは知らねーが……お前相当、大嘘吐きだよな」


「貴方はどうして、そんなに強いんですか?」


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